ミドワード王国

 ザッツ男爵に手配してもらった絵の教師は、次の日の午後、さっそくやって来た。


「フェオドラ・アンドリュースと申します」

 フェオドラは40歳くらいだろうか、少し痩せた、しかし強い眼差しの女性である。品の良い服装で、ちょっとした大きさのカバンを持ってやって来た。


「わざわざ有難うございます」

「いえ、若い方の才能を伸ばすのは楽しい仕事ですわ」


 エントランスで、『最終決戦』を見て立ち止まっている。

「これは……。ザッツ男爵には聞いていましたが、実物は圧倒的ですね」

「古い絵ですので、少々劣化している部分もありますけど」

「そうだとしても、いや、これはなかなか」


 中へ入ってもらって、リズを紹介する。

「こちらが、手ほどきをお願いしたいリズ・プリムスフェリーと申します」

 リズのこれまでに描いたスケッチブックを見てもらう。


「ああ。これは楽しい絵ですね。まずはのびのび描いているのと、動きをうまく引き出せているのがいいですね。ただ、テクニックという点ではまだ我流の部分が目につきますので、まずはこのあたりからお教えしましょうか」

「はい、よろしくおねがいします」

 リズはペコリと頭を下げる。

「まだ妙なクセがついていないですから、すぐにもっといい絵が描けるようになりますよ」


 俺からも少し注文を。

「基礎ができてからでいいと思うのですが、油絵も教えて頂けますか」

「そうですね。まずはデッサンから始めますが、比較的すぐ、油絵にも入っていけるでしょう。とりあえず、きちんとした画材を揃えた方がいいですね」

 聖都の画商を紹介してもらった。

 この後、だいたい週に1回の頻度で来てもらって、午後に1、2時間の教授をしてもらえることになった。空いている部屋を絵のレッスン用に整理しておこう。


 実務的な話は終わって、お茶を飲みながらあれこれ話を聞く。

「もともと聖都にお住まいなのですか?」

「いえ、若い頃にミドワード王国からこちらへ参りました」

「ミドワードですか。ミドワード王国についてはあまり存じ上げないのですが」

「もう昔のことで……」

 そう言って、クッキーを口にしたフェオドラ、ぱっと笑顔になって口調が変わる。

「あら? これはデルペニアのクッキーではありませんか?」

「ご存知ですか」

 そう言えば、デルペニア王国とミドワード王国は海を隔ててはいるが、地理的には比較的近い。

「久しぶりに口にしました。ペンバートン伯爵の所でよく頂いたものです。ああ、懐かしい味です」


 意外な人物の名前が出てきた。この前、レスリー王の依頼でポーリーンに会いに行った時にゾンビ退治やらで知り合いになったのがペンバートン伯爵の兄弟だ。クッキーのレシピはその時にレスリー王のメッセージを伝えた礼で教えてもらったわけだ。

「ペンバートン伯爵をご存知ですか。実は私も少々ご縁がありまして」

「そうでしたか。でも、私が存じ上げているのは先代の伯爵になります」


 話を聞くと、フェオドラはミドワード王国の貴族の庶子だそうである。

「15年ほど前、ミドワード王国にいる頃に王位の継承に伴うゴタゴタがありまして」

「それは存じませんでした」

「当時のミドワード王、ヘンドリック2世の死後、内乱の危機があったのですが、当事者の一人であるウェストリング家のレイニック卿が内乱を避けるために聖王国に亡命致しました。私もウェストリング家の侍女として仕えておりましたので、一緒にこちらへ参ったような次第です」

「なるほど」

「レイニック卿は当時からずっと、ラヴレース公爵家のお世話になっているはずです」

「え、そうなんですか?」

 確か、ハワードが「ウチには色々な経緯で居候してる人がいる」とか言っていた。しかし、あの家は広いから、顔を合わせる機会はなかったなあ。


「もうお亡くなりになりましたが、レイニック卿のお母様がペンバートン伯爵家の方だったものですから」

 なるほどねえ。意外な所でつながっていたな。これからはミドワード王国のことについても少し勉強させてもらおう。



 午後はその後、『以心伝心の耳飾り』をダンジョンで手に入れる方法について検討。

 聖王国でも今後は『耳飾り』による情報収集を行った方がいいだろう。しかし、俺が耳飾りを作成しなければならなくなるという状況は避けたい。ダンジョンで、従来よりは容易に入手できるようになればそれが一番いいのではないだろうか。


 デルペニアで入手した『愛する者たちの試練』という魔法スクロールが、『耳飾り』を入手するための条件を示してくれるらしいのだが、そのあたりをもう少し具体的に知りたい。


 ちょっと桜邸に行ってチャウラとガネッサに聞いてみる。

「『耳飾り』を入手したときの状況を知りたいんだけど」

「え、デレク様は『耳飾り』を持ってますよね?」

「聖王国でも、『耳飾り』を活用して遠方の情報を取得すべきじゃないか、って話になっててね。いろいろな人の体験談を聞きたいんだ」


 するとまずチャウラがその時の状況を説明してくれる。

「えっとですね、マーズィって結構お調子者だったんで、ゴブリンを倒したときに出てきた魔法スクロールを詠唱しちゃったんですよ」

「ネタ魔法かもしれないよね?」

「あはは。そうそう。ロバの顔に見えたり、変な妖精が出てきたりね。で、その時もそんなのかと思ったら、派手な音楽が鳴って、『この魔法を詠唱した者よ。将来を誓った相手と試練を乗り越える覚悟はあるか?』とか言われちゃったんですよ」


 するとガネッサも思い出しながら説明してくれる。

「あ、そうそう。そんな感じの声が聞こえて、あたしとイベックが『ハイ』って答えたらあたしたち2人だけ別な階層に急に飛ばされたみたいになって」

「あれは不思議だったよね。ダンジョンには別のメンバーも一緒に入ったんだけど、一瞬で急に別な所に立っている自分に気が付きましてね。周りで見ていたメンバーは、急にふっといなくなったって言ってましたけど」


 チャウラとマーズィの「試練」は、襲ってくる鎧武者5体を倒すというものだったそうである。一方、ガネッサとイベックは結構キツイ「試練」だった模様。

「ダンジョンスパイダーを3匹倒す、ってやつでね」

「うえ。それはキツそうだな」

「そうそう、あいつら、浅い階層の最大の難敵ですよね。2人で1匹ずつに対応してる間にもう1匹に絶対やられちゃうじゃないですか」

「よく倒せたね」

「イベックが火系統の魔法が使えたんでね、やたらにファイア・バレットを打ってたら、まぐれで次々に倒せた感じです。あれはラッキーでした」


「それでね、あたしたちが鎧武者5体をなんとか倒し終わったら、また一瞬のうちに元の場所に戻ってて」とチャウラ。

「あ、あたしたちもそう。なんか白日夢を見てたみたいな感じだったなあ」

「でも、『耳飾り』は足元にちゃんと落ちててね」


「その試練に失敗するとどうなるんだろう?」

 チャウラが教えてくれた。

「別のパーティーのメンバーで、『試練』に失敗したペアがいるらしいんだけど、単に元の場所に戻るだけみたい。試練の間に怪我をしたんだけど、戻ったら治ってたって言ってたらしい」


 なるほど。大体感じはつかめたかな。

 そのペアだけを対象にした小規模なダンジョンが、元のダンジョンとは独立に起動されるような感じらしい。


「まずはネタ魔法の可能性を恐れずに、スクロールを詠唱してみるところからか」

「かなり確率は低いと思いますねえ」とガネッサ。

「そうね、しかも下らないネタ魔法だったときのガッカリ感は半端ないし」とチャウラも同意。

「あたし、ネタ魔法で数分間、みんなから『お前、だれ?』とか言われて、真っ暗なダンジョンの中で絶望しましたよ」とガネッサは思い出して憤慨している。


 すまんな、それ作ったの、俺だ。



 夕食時にセーラが白鳥隊の制服のままやって来る。

「今日のごはんは何かしら」


 今日、絵の教師としてやって来たフェオドラの話をする。

「へー。確かにレイニック・ウェストリングって名前の貴族っぽい人が、家臣何人かと居候してるけど、そうか、ミドワード王国の人だったのか」

「知らなかったのか」

「えー。だって他にも居候はいるし」

 まだ他にもいるのかよ。


「下世話な話だけどそういう人たちの滞在費っていうか、食費とかはどうなってんの?」

「それはそれぞれのケースで違うでしょうけど、亡命はしてこなかったけれどまだ繋がりのある親類とか、関係のある商人とかの人脈があることも考えられるでしょ?」

「なるほど」


「ところで、15日に白鳥隊を正式に辞めることになったわよ」

「そうかあ。親衛隊とかいうのを作るとか言ってるし、ゴタゴタに巻き込まれないうちに辞めた方がやっぱり賢明だよね」

「そうなのよね。で、その親衛隊なんだけど、やっぱり何か怪しいのよねえ」

「怪しい?」


「この前、王宮にネコになって潜り込んだじゃない」

「そうだった」

「その時に聞いた話とか、その後、王宮内で漏れ聞こえてくる話を総合的に考えると、なんだかエスファーデンの特務部隊と同じような感じがするのよ」

「というと、スキルと魔法の能力を持った者を集めるってこと?」

「そうそう。王の直轄部隊という所も同じ」

「うーん。の入れ知恵かなあ」

「そんな匂いがするわね」


「それで何をする気なんだろう?」

「分からないけど、今の聖王国でわざわざそんな組織を作る意味が分からないわよね」

「確かに。……でも、スキルを持っているかどうかは、『スカウト』というスキルの持ち主がいないと判定できないんじゃなかったかな」

「そうよね。そのあたりは不明ね」

「どこかからか情報を集めた方がいいのかな?」

 とは言うものの、あてがあるわけではない。またネコでうろうろするか。


「あ、それでね、17日に、騎士隊お疲れ様パーティーを開催することにしたの」

「なるほど」

「ラヴレースの屋敷で、白鳥隊のメンバーとか、騎士隊からも何人か参加してもらうけど、もちろん、デレクも来るのよ?」

「あー、はいはい。そうなると思ってたよ」

「早速準備しないとなあ。うふふ」

 セーラは見知った顔ばかりだろうから楽しみだろうが、俺としては騎士隊のメンバーにそれほど知り合いがいるわけでもない。知らない人と会うのは、正直、まだ少し気が重い。


 夕食が終わったら、セーラがニヤニヤしている。

「何か嬉しそうだな」

「ふふ。今日は騎士隊の訓練で汗をかいちゃったなあ」

「……」

「あ、あたし、お風呂を張ってくるね」とリズ。

「今日は3人で入ろうか」

「……」


 拒否権はこの前奪われてしまいましたね。どうしてこうなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る