共犯
次の日。
昼前にローザさんがやって来る。
「やあ、デレク。いい子にしてた?」
「俺はいつでもいい子ですよ」
「そんないい子のデレクにお土産だ」
ローザさんは抱えてきた大きな袋から何かを出してくれる。
「うわーい。……あ、ゴムボールですか」
「そうそう。夏に湖で遊んだよね。あれを2つ買ってきたよ」
「これはいいですね」
ローザさんも交えて昼食。
「あたし、これからはクロチルド館で寝泊まりすることにするから」
クロチルド館には、ディムゲイトからこちらへやって来た女性が数十人で集団生活をしている。
「あれ。三食昼寝付きの泉邸よりも快適なんですか?」
「あそこにはRC商会の事務所を置いてるじゃない。あそこに住んでいる女の子を何人か雇っているんだけど、何かあったらすぐ対応できるし、最近は食堂の施設が整って、そこらへんのレストランに負けないくらいの食事がとれるのよね」
「なるほど」
「でも、時々はこうやって食事を一緒に食べに来るつもりよ」
「……オーレリーとはうまくやってますか?」
オーレリーことメディア・ギラプールは、命令とは言え、ウマルヤードのラカナ大使館を襲撃した張本人である。今はクロチルド館の警備をしてもらっている。
あちらはローザさんのことは覚えていないようだが、その場にいたローザさんとしてはちょっと複雑だろう。
「このところ毎日顔を合わせてるけど、もう一人のサスキアといいコンビね。不審者を追い払ったりしてくれるし。クロチルド館に住んでいる女の子から結構人気があるわよ」
「へえ」
俺の前だとグータラしている印象しかないが。
午後、勉強時間が終わった子供たちを呼んで、早速ボール遊びである。
まずは鞠つき。
ニーファが上手い。
「ゾルトブールやエスファーデンではボール遊びは普通の遊びですから」
「そっか。聖王国ではあまりゴムで作ったボール自体を見かけないからなあ。鞠つきのほかはどんな遊びがあるんだい?」
「ドッジボールですね」
「なるほどぉ」
ところが、ボールに慣れていない子供たちは、案外ボールを遠くまで投げられない。
「まずはキャッチボールからだな」
キャッチボールだけでもすごく楽しそう。
しかし、取り損なったボールが花壇や噴水に飛び込むのは困ったな。
様子を見ていた警備員のエドセルが言う。
「もし、しばらく庭で遊ぶなら、1つ花壇を撤去したらどうでしょう?」
「あー。そうだねえ。こちらの花壇は冬になってからほとんど花もないしね。……エドセルも暇だったら子供と遊んであげてよ」
「え。……そ、そうですね」
結局、エドセルも子供たちと楽しそうに遊んでいる。
花壇を眺めるのもいいが、子供が遊んでいる様子を見ているのも楽しい。
そしてローザさんがニヤニヤしている。
「これはもしかして、子供用にボールをたくさん仕入れたら……」
「あ。そうだね」
「ボールを使った遊びやゲームを、練炭のおまけに付けたら……。うふふ」
「ボールの大きさとか、硬さとかは?」
「注文したらかなり融通がきくはず」
「素晴らしいですね」
その後、リズ、ローザさんと一緒にコーヒーを飲みながら庭の子供たちを見ていると、門に男性が訪ねて来たのが見える。あれ? 誰だっけ。見たことあるんだけどなあ。
ローザさんが覚えていた。
「オークションで会ったザッツ男爵じゃない?」
あ。ランプリング作の絵画『最終決戦』を競り落とした時のあの人か。
「ご無沙汰しております。例の絵を拝見できないかと思いまして」
「ええ、どうぞ御覧ください」
エントランスに招き入れる。
「いや、こうして立派に飾られているのを見ると、なるほど、やはり本物だと思えてきますなあ」
ザッツ男爵は『最終決戦』をしばらく食い入るように見ている。
「ランプリングという人は、テッサード領の方の出身らしいですな」
「ええ、私も不勉強でしたが、最近あらためて色々勉強しました。実際に魔王と勇者を目の当たりにしてそれを芸術作品に仕上げるとは、並々ならぬ力量の画家ですね」
「おっしゃる通りです。いやあ、素晴らしい」
ザッツ男爵と色々話をしてみたら、貴族の子弟などに絵の手ほどきをしている教師を知っているとのこと。
「ちょっとお年を召した女性ですが、丁寧に教えてくれますよ。王宮に出入りしているような肖像画家に下手に教えを乞うと、尊大な態度で高額な指導料をとる割にはカビの生えたような小手先の技術しか教えてくれないようなこともありましてですね。あ、ちょっと口が滑りました」
「ははは。聞かなかったことにしますよ」
その女性に連絡をつけてくれるとのこと。これは助かる。
「リズの絵の教師が見つかりそうだな」
「ちょっとワクワクするよ」
「専門の先生にアドバイスしてもらったら、今より凄い絵が描けるようになるんじゃないかな」
「そうなったらとてもいいね」
さて、お茶の時間の後、新しく開発した魔法のテストをしてみたい。
指輪をしている誰かを指定してそこに転移する魔法、『
次は、誰かが思い描いた場所に転移する魔法と、そこを『
魔法のテストはリズと一緒にするのが普通なのだが、今日は指輪の動作も確認したいから、メイドの誰かがいいかな。……などと思いながら書斎に向かっていると廊下でシトリーにばったり出くわす。
「あ、ちょうどいいや。時間があったら新しい魔法のテストに協力してくれないかな」
「いいですよ」とシトリーはニコニコしている。
一緒に魔法管理室に来てもらって、シトリーの持っている指輪の魔法を書き換える。シトリーは真っ赤なソファに座って待機。
「まず俺が魔法を起動すると、そっちの頭の中に『デレクが場所をリクエストしました』って声がするはずなんだ。拒否することもできるし、拒否しないならどこか俺の知らない場所を思い浮かべてくれないかな?」
「はあ。やってみます」
そこで俺も隣に座って魔法を起動。
「
「あ、確かに声がしました。不思議ですね。ちょっと待って下さいね」
少しだけ間があって、感覚が共有される。すると、見たことのない田舎の、川沿いの風景が見える。どうやらカラスと感覚を共有している。天気は雨かな。
この起動方法では、シトリーは場所を思い浮かべただけで、感覚の共有はしていない。風景を見ているのは俺だけだ。
「ここはどこ?」
「あたしのホームタウンのイノノイって町の景色を思い浮かべてみました。ユーテラ川の途中にある町なんですけど」
「ああ、川と川の合流地点が見える。今は雨が降ってるみたいだよ」
「それはハッカ川との合流地点です。この場所はデレク様は知らないんですよね?」
「うん、全然知らないな。ディプトンまでしか行ったことがない」
「それよりも川をさかのぼった場所になります。面白いですね、これ」
「うん、どうやら成功だな。……じゃあ解除」
次は、シトリーにまず『
「まずシトリーが『
「どこでもいいですか?」
「うん。任せるよ」
「はい……そしたらですね。……あ、いいですよ」
赤いソファの隣のシトリーが身体を密着させてくる、ような気がする。
「
今度はどこかの町の、お菓子屋さんの前。ネコと視覚を共有しているが、黒いネコがこっちを見ている。
「あたしはどうやら黒いネコなんですけど」
「そうみたいだな。ここは?」
「えっと、ディプトンの町で有名なお菓子屋さんです。懐かしいです」
「へー。……あ、ちょっとそのままネコで見ててね。俺の方は別の魔法を確認したいから」
「了解です」
『
「
すると、さっきネコで見ていた店のそばに転移。成功である。
シトリーにイヤーカフで呼びかける。
「見えてる?」
「あ! デレク様。いつの間にそんな所に!」
「おすすめのクッキーとかを買ってあげようか?」
「わあ! ぜひお願いします。えーとですね、そこのジンジャー風味の……」
店で買物をして、再び転移で戻って来る。
「もう、魔法はキャンセルしていいよ」
「うわ。本当にあのお店のクッキーですね。いい匂い!」
「いや、テストに協力してもらったから、まあ、お礼だよ」
シトリーはクッキーを受け取って、懐かしい香りに感無量といった面持ち。
「あ、あの。ちょっと思いつきました。デレク様に見て欲しい場所がありますので、まずあたしがネコで見に行きますから、あとから同じ場所を見に来て下さい」
「え。そう? いいよ」
「じゃあ、……はい、いいですよ」
「
今度は、どこかの狭い路地である。ネコと視覚を共有しているが、白と黒のブチのネコがこっちを見ているのが見える。
「あ。見えるね。ここはどこかな?」
「ここは、あたしが前までバイトをしていた喫茶店の裏の路地です」
「はあ」
路地に何の用があるんだろう?
「そこに木箱が積んであるじゃないですか。その上に乗ってみて下さい」
「何かいいことでも?」
木箱に乗りたいと考えると、ネコがぴょんと飛び乗ってくれた。
すると、半開きになった窓から建物の中が見える。
「ああ?」
「へへへ」
「女の子が着替えをしているのが見えるんだけど」
「いい穴場でしょ?」
「あのー。……お礼を言った方がいいの?」
「デレク様ったら。ここは『シトリー、ダメだぞ』って言わないと」
「そっか。……シトリー、ダメだぞ」
「ふふ。ごめんなさい」
なんか、ちょっとした悪事の共犯にされちゃった感じ。
……心の中でお礼は言っておこう。
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