ヒックス伯爵の墓

 天気は快晴、空気は乾燥している。墓の周囲のヤブを下手に焼き払ったら燃え上がって自分まで火に巻かれてしまうだろう。火系統の魔法はまずいし、光系統のレーザー光線も危ない。

 ちょっと考えて、闇魔法のデモニック・クローでツタを切り裂いたり、ヘル・ケイヴィングで空間ごと削り取ったりしながら進む。


 バートラムが擦り傷だらけで帰ってきたというのはこれのせいか。


 結構な時間がかかったが、やっと墓石の前まで到着。

 墓碑銘を確認するとうっすらと「レロイ・ヒックス」とある。

 間違いない。


「やっと到着」とイヤーカフで報告。

「あたしも行ってみたいんだけど」

「寒いし、次の休憩の時にちょっとだけね」


 しかし、バートラムがここへまっすぐ来たということは、俺たちが知る以外の、何らかの手掛かりがあったのだろう。川沿いの道はすでにけもの道同然だし、案内の標識もない。あちこちにあったであろう木の橋は落ちている。

 ブレードウルフだからスイスイと歩いてきたが、人間の足なら数倍の時間がかかったはずだ。とても日帰りなどできない。


 さて。……遺骨か。どうしよう。

 遺体なのか、遺骨なのか、あるいは単に遺品なのか。


 ここまで来たからには、ちょっと失礼して埋葬されているものを確認せねばなるまいなあ。

 墓石に手を合わせて、ちょっとごめんなさい。

「ナンマンダブ、ナンマンダブ」

「今度は何の呪文?」とセーラの声。


 『無重力ゼロ・グラヴィティ』で墓石の重さをゼロにして横へ除ける。

 すると、石で作られた30センチ四方の小さな石室が現れ、そこにちんまりと白磁の壺が置かれている。

「ナンマンダブ、ナンマンダブ」

 再び手を合わせてから蓋を開けてみる。


 お骨である。


 またまた失礼して、布を広げて骨壺の中身を全部出してみる。

「ナンマンダブ、ナンマンダブ」


 お骨はすでにかなり脆くなっていて、強く持ったら砕けそうである。

 で、壺の中にはお骨しかない。

 何か副葬品くらいはあると思ったんだが。


 白磁の壺の中をよく見る。

「あれ?」


 壺の底に、直径2センチほどの丸い跡がついている。お骨の跡ではない。


「指輪の跡か!」


 多分、お骨と一緒に、副葬品として指輪が入れられていたのだ。

 バートラムが上機嫌で戻ってきたということは、指輪を手に入れた?


 エドナに尋ねられても教えなかったというのも分かる。人の墓を暴いて副葬品をもらってきた、なんてあまり褒められたことではないからな。


 じゃあ、その指輪はどこへ行った? バートラムの遺品としてマフムードの教会から持ち帰ったヤツかな?

 お骨をもとに戻して、墓石も元通りに直して。

「ナンマンダブ、ナンマンダブ」


 馬車の一行はトイレ休憩で停まったらしい。

 リズがセーラを伴って傍らに現れる。

「うわ、さむっ! ……これがそのお墓なの?」とリズ。

 セーラが墓碑銘を確認している。

「あー、そうね。これは間違いないわね」

「失礼して墓の中も調べてみたが、お骨しかなかった。ただ、指輪が入れられていたらしい痕跡だけを発見したよ」

「え? 指輪があったの? じゃあ、バートラムさんが持ち去ったのかしら」

「多分ね」


 丘の上は見晴らしはいいのだがとにかく寒いので、馬車に戻る。

 3人が急に現れたのでナタリーが驚いている。

「す、すごいですね」とちょっと声が上ずっている。

「秘密でお願いね」


 馬車で移動しながら、現状を整理。


「まず、『交友録』の記述の通りに墓は存在していた。で、どうやら副葬品として指輪が入れられていたらしい」

「もしその指輪がいわゆる『聖体』なのだとしたら、バートラムさんは襲撃された時、実は自分で持っていたことになるわよね」

「普通、聖体と言われたら誰かの遺体かと思うだろうな。襲撃者も遺体か何かだと認識していた可能性があって、意思の疎通が取れなくても仕方ないかな」

「じゃあ、その指輪がどこに行ったか、それからその正体は何か、が次の問題ね」

「そうなるなあ。これはエドナさんにまた聞いてみないといけないかな」


 夕方にランガムに到着。今夜は普通に宿をとって宿泊。

 部屋は全部4人部屋。イヴリンが仕切る。

「では基本的に昨日と同じ、デレク様とリズ様、ナタリーさんにオーレリーさんで1部屋。それからセーラ様と私とスザナ、……」

 例によって不満顔のセーラ。


 今夜の宿は1階にレストランが併設されていて、全体的にリッチな感じである。

「ランガムは昨日のマッドヤードと比べて綺麗な街だな」とオーレリー。

 マッドヤードあたりの食事はちょっと塩分多めな感じだが、ランガムの料理は美味い。まあ、オーレリーは大抵のものを幸せそうに食べるのだが。


「明日には聖都に到着しちゃうわねえ。もっと長くデレクと旅行したかったなあ」とセーラが言うが、リズが反論。

「そんなに長く馬車に乗ってたらお尻が痛くて大変だよ。この前、ゾルトブールまで行ったときはかなりきつかったんだから」

「リズさんもゾルトブールに行ったことがあるの?」とナタリーが聞く。

「うん、マフムードに行っただけだけど。カレーがおいしかったね」

「王都のウマルヤードは内乱でずいぶん荒廃しちゃったらしいですよね」


 ナタリーに王都の様子を教えてあげる。

「マフムードは内乱は比較的短期間で収まったからまだましだったけど、ウマルヤードは戦いが長引いたせいもあって、かなり荒れ果てている感じだね」

「そうですか」とがっかりしているナタリー。

「でもね、ゴーラム商会はそろそろ営業を再開するらしいよ」

「え? 本当ですか?」

「うん。俺が出資しているレイモンド商会というところがゴーラム商会から穀物を大量に仕入れる契約をしたばかりだ」

「そうですか。またこれまで通りに商売ができるようになるといいですね」

「レイモンド商会の代表はチジーというんだけど、この前ゴーラム商会へ出向いてご主人に会ってきてるから、様子を聞いてみたらいいよ」

「そうですか。楽しみです」

 いや、俺も護衛です、って顔して一緒にいたけどさ。



 寝る前に、ペールトゥームに転移。

「あら、デレク」

 エドナはちょっとお酒を飲んでいたようだ。ギューッと抱擁されてしまう。少し火照った身体の熱を感じる。

「今日、バートラムの話を色々したでしょ。ごめんね、思い出したらちょっと淋しい気持ちになっちゃってね」

「すいませんでした」

「いえ、いいのよ。……で、さっきの続きかしら」


 例によってソファに隣り合わせで密着して座りながら、ヒックス伯爵の墓を発見したことを報告。

「で、故人には大変失礼とは思いましたが、墓の中も改めてみました」

「あら」

「その結果ですね、骨壺の中に指輪が収められていたらしい痕跡を発見しました」

「ほほう」

「もし、俺の前にバートラムさんが同じように墓の中を調べていたとしたら……」

「バートラムが指輪を持ち出した、のかしら」

「その可能性があると思います」

「ふーむ」


 エドナはちょっと考えている。


「あの人が魔法の指輪をいくつ持っていたかは分からないけれど、そうねえ、複数の魔法を起動できるランチャーとか、収納魔法を使うようになったのはそのころからかもしれないわ」

「それって……」

「やっぱり、先日マフムードの教会から持ち帰ったあの指輪がそれじゃないかしら」

「でもそれは、誰かの遺体という意味の『聖体』ではないですよね?」

「そうなのよね」


 指輪の魔石に書き込まれている情報のコピーはとってあるから、あとでもう一度調べてみるか。


「それからね、この前デレクが書庫を見て回っていたと思うんだけど『いにしえのガイドブック』が見当たらないって言ってたわよね。あれ、バートラムが持ち出していた気がするわ」

「そうなんですか? じゃあ、観光船に乗った時のカバンの中にあったのかな?」

「その可能性があるわね。事故の時に紛失したか、あるいは誰かが持っていったか」


 エドナは部屋の隅の棚からグラスを1つ持ってきて、俺にも少しウィスキーを注いでくれる。魔法で氷を2つほどグラスに出す俺。

「あら、いいわね。あたしにも頂戴」


「ところで最近、アルヴァはどうですか?」

 エドナは少し笑って答える。

「屋敷のスタッフの子供で、同じくらいの歳の子を何人か集めて読み書きの勉強をしたり、体術の訓練を始めたりしてるわ。とても仲良くなっててね、毎日とても楽しそうにしてるわ」

「それは安心しました」

「聖都ではお姉ちゃんたちに遊んでもらって、それはそれで楽しかったみたいだけど、やっぱり同じ歳くらいの男の子たちと力いっぱい遊ぶのがいいみたいね」

「遊んで、食べて、寝て、あのくらいの歳の男の子はあっという間に成長しますよね」


「本当にね。……ナタリーの様子はどう? 今日、声だけ聞こえたけど」

「ええ、元気ですよ。ここに滞在している間に健康状態も良くなったようですね」

「大切にしてあげてね」

「ええ、聖都ではメイドの仕事をしてもらうつもりです」

「そうね。そばにおいてあげて」

 そう言うとエドナはまた俺を抱き寄せる。少しいい匂いがする。

「ジェインもナタリーもいなくなって、この館は少し淋しいわ。もうちょっと人の暖かさというか、……そうね、家族が欲しいのよ」

「そう、ですか」

 エドナはいつもよりも酔っているみたいだった。

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