げつごつ
朝、目を開けると、目の前にナタリーの寝顔。あれ?
「デレク様。おはようございます」
「えーと。どうして同じベッドで寝てるのかな?」
「昨晩、リズ様に許可を頂きました。……ご迷惑でしたか?」
そういいつつ、身体を密着させてくるナタリー。
「あ、その。そんなことはないというか」
「デレク様をお慕いしている方が多くて驚きましたけど」
「あ、うん」
「こうしているだけでもとても幸せです」
あ、そんなところに手を伸ばしちゃ、ダメ……。
視界にオーレリーの顔がにゅっと現れて一言。
「そろそろ起きろよ。朝ごはんできてるぞ」
馬車に乗る準備をしているとセーラが言う。
「さて、今日はヒックス伯爵の墓所を探しに行きましょうよ」
「えー?」
「だってほら、今日はこんなに天気がいいし、風もあまりないでしょ?」
確かに、ここ数日の寒さがずいぶん和らいだ感じではある。
「しかし、どこなのか分からないから、いきなり転移はできないよ?」
「午前中はデレクがブレードウルフか何かの視線で探索すればいいわ。手がかりはそれなりにあるじゃない」
「まあねえ。……セーラはその間何をするつもり?」
「今日はこっちの馬車の御者がオーレリーさんで、ナタリーさんにこっちに乗ってもらうから、ナタリーさんとお話をして過ごしたいわね」
「なるほど」
そういうようなわけで、セーラ、リズ、ナタリーが楽しげにガールズトークをしている間、おれだけ目を閉じてブレードウルフと感覚共有。
「デレク様は何をなさってるんですか?」とナタリー。
「あれで、普段は街の女の子を見に行ってるらしいんだけど」とセーラ。
「失敬な。この魔法でかなりの人を助けることができてると思うぞ」
結果的に、だけどな。
「そうねえ。ひったくり犯を捕まえて女の人を助けたこともあったわね」とリズ。
「遠くの場所の様子が見れるんですか?」とナタリーは純粋に驚いている。
「えっとね、行ったことがある場所のネコやカラスなんかと視覚、聴覚を共有できる魔法。行ったことがない街とか、ネコやカラスがいないところはダメなんだよね」
「時々怪しいものを見てるみたいだから注意しないとね」とリズ。
「そうなのよ。時々、すっごく嬉しそうにパンツの話とかするし」とセーラも追撃。
「こらこら。そんなこと言うけど、この前、チャウラの一件の時はリズとセーラで……」
「あー。何のことか、ぜんっぜん、覚えてないなあ」
ナタリーがくすっと笑って言う。
「すごく仲良しのようで羨ましいです」
「あとでナタリーもやってもらえばいいよ。魔法が使えない人でも見ることはできるはずだから。ね、デレク」とセーラ。
するとリズがちょっとためらうように言う。
「うーん、そう、だねえ」
ん? 何か歯切れが悪いな。
俺はスワンランドの北の山中にいるブレードウルフと感覚共有。
「手記」の記述によれば、昔、スワニール湖ができる以前はスワン川の支流にイサニー川という川があったらしい。町はなくなっても川は残っているはずだから、その川は今はスワニール湖に流れ込んでいるのではないだろうか。それを探そうというわけだ。
理屈ではそうなのだが、なかなか難しい。
「スワニール湖の東側に流れ込む川を一本見つけて上流へさかのぼっていったんだが、途中で支流に分かれててね。それをさらにさかのぼるとまた支流。考えてみれば当たり前なんだが、川の支流のすべてをしらみつぶしに探すのは時間と手間が大変だよ」
「あー。そうか。ちょっと単純に考えすぎてたかもしれないわね」とセーラ。
コンピュータ科学では木構造のデータをたどるアルゴリズムを基本知識として学ぶ。ただ、コンピュータなら再帰的なプログラムを書いて探索を任せればいいが、物理的に同じことをやろうとするとその労力はとんでもない。
「今度はカラスの視線で上から見てみるよ」
そう言ってやってみたものの、これも森の木がかなり繁っていて、川の流れを追うのが難しい。
そんな感じで、午前中は山の中をうろうろしただけで終わってしまう。
ティンブリッジの町で昼食を食べながら相談。
「なんか疲れた」
成果が得られない時は余計に疲れた感じがするよなあ。
「うーん。いい方法はないものかしら」
するとリズが提案。
「もう、バートラムさんが探し出して行ってみているという可能性はない? エドナ母さんに聞いてみたら?」
「あー。可能性はあるな」
バートラムが襲撃された理由が、ハグランド氏の論文にあるかも、という話もしておいた方がよさそうだ。イヤーカフで聞いてみる。
「……というわけなんですけど」
「そうかあ。確かにバートラムはゾルトブール王宮の書庫に特別に入れてもらって、何かを閲覧したことがあるわ。その時閲覧を許されたのはバートラムだけだったので、何を閲覧したのかは分からないけど」
「スワンランドの北の森のあたりに出かけたことはありませんか?」
「あるわよ。あたしの時間感覚ではそんなに昔のことじゃないから覚えてるわ。この時は山奥まで行くからって、バートラムが一人で出かけたわ。スワンランドの宿から朝出かけて夕方には帰って来たわね」
「たった1日?」
森の中へ踏み入って1日で帰ってくるとしたら、そんなに上流まで入っていったわけではなさそうだ。目的地は最初からだいたい分かっていて、ほぼ一直線で行って帰ってきたとしか考えられない。
「なんか、擦り傷だらけで帰ってきたんだけど、その後はしばらくずっとご機嫌だった記憶があるわ」
「多分、例の『手記』のL氏の墓所に行ってきたんだと思うんですよ。しかし、どうして上機嫌だったのでしょう?」
「それが教えてくれないのよ」
誰も見つけられない場所を自分が最初に特定したからかな? でもそれなら自慢話くらいはするんじゃないかな?
「その話はハグランドさんにはしてないんですか?」
「してないわね。つまり、ウマルヤードの王宮へ行って、その足でルジルのハグランドの所へ行ったわよね。それから、サーマストン経由の道を通って、ダズベリー、スワンランド、山の中、という道順になるでしょ? あ、この時、帰り道でもう一度ダズベリーに寄って、あなたに指輪をプレゼントしてたわよね」
例の、ジェル・ボールが出せる指輪である。やはりバートラムからもらったのだ。
ナタリーが驚いてセーラに聞いている。
「エドナ様とお話してるんですか?」
するとその声が聞こえたらしく、エドナが反応する。
「あら? そこにナタリーがいるのかしら。元気でやってねと言っておいて」
「はい。……ナタリー、エドナさんが元気でやるようにってさ」
「はい。がんばります」とナタリー。
午後になって方針の相談。
「バートラムは1日で帰ってきたそうだ。今や人が通れる満足な道もないから、支流をそんなに奥地まで探索したわけじゃないんだろう」
「そうなると、探索の範囲は絞れそうね」
「まあ、もうちょっと探ってみるよ。今度は支流をあまりさかのぼらないという方針で」
身体は馬車に揺られながら、またブレードウルフに川沿いをうろうろしてもらう。
馬車の中では、リズとセーラが、俺がどこでどんな女の子を助けてきたかについてナタリーに説明している。
「もうねえ、デレクはピンチの女の子がいたら自動的にそっちに行くという呪いがかかっているに違いないのよ」とリズ。
セーラがさらにひどい仮定を披露する。
「最近、逆に考えると、とか思うのよ。つまり、ピンチに陥る可能性のある女の子は世の中にいっぱいいるんだけど、デレクがそこに出かけることにした途端、そのピンチが顕在化するわけ」
「ちょっとちょっと、何、その哲学的というか量子力学的な解釈は」
「デレクが何を言っているか分からないけど、ほとんどの場合で女の子は助かっているから結果オーライってやつよ」
「ほとんど、ですか?」とナタリー。
「唯一の例外は、ディムゲイトの農園で助けたはずの女の子を一人、海賊にさらわれちゃったことかな?」
「あー。あれは腹立たしいよなあ」
確かに心残りなのだが、行方を探すあてもない。
しかも、海賊にさらわれるとさらわれた人間も海賊になる、みたいな話を聞いてからはちょっと扱いに困っている。
そんな話をしつつ、ブレードウルフと感覚共有して川沿いをたどる。あまり上流に行かないという方針にしたので、今探索している支流は3つ目。ブレードウルフはちょこちょこ乗り換えていて、この彼は5頭目くらいだ。
お。石でできた橋発見。確か、橋をかけて欲しかった集落じゃない側に教会の塔が立ったというのだから、その教会は橋を渡らない反対側にあるはず。
橋から離れて、昔は道だったと思われる石畳の跡をたどっていくと、少し木の生え方がまばらになっている場所に出る。
「あ。あれ、塔じゃないかな?」
想像していた塔よりはかなり小さいものの、2階建ての建物よりは少し背の高い石造りの塔を持つ建造物の痕跡を発見。
「ちょっと転移してみるよ」
「頑張ってね」
「え? 転移って?」とナタリーが驚いているが、まああとで説明しよう。
現地に転移。
森の中は太陽の光もあまり入ってこないので手がかじかむくらいに寒い。冬なので夏ほどではないが、森の中特有の香りがする。そして静かである。
眼の前の建物はかなり古い。塔が崩れていないのは、すぐそばに大きな木が生えていて、その木に建物を縫い留めるかのように太い蔓の植物がびっしりと絡みついているからのようである。
入り口に、かつて石碑だったであろう石材が転がっており、薄くなった文字は辛うじて「イサニー」と読める。
よし。ここがイサニー川だ。
さて、では墓所があるという丘はどこだ? この町自体がヒックス伯爵の生誕した場所とは限らないし。
確か、南向きの丘と記述があったな。
教会の傍らに座って、カラスと視覚の共有を試みる。少し高く飛び上がってもらうと、このあたりで南向きの、しかも墓を作れるようななだらかな斜面を持つ丘は2つくらいしかないことが判明。1つ目の丘の周囲をカラスに飛んでもらうが、見た目とは違って岩が露出していて、特に何もなさそうである。
2つ目。こちらも岩が多めのせいか、あまり大きな木は生えていない。南向きの斜面はかなり茂みに覆われてしまっている。
あ。茂みから少し頭を出している丸い大きな石を発見。あれじゃないかな。
感覚共有を切って、斜面に近い岩の上に転移。
「うわっ」
上空から見るのと違って、現地に転移すると茂みが結構深い。冬で良かったよ。夏だったら変な虫とか蜘蛛の巣とか、蛇なんかも出てきたりしていたかもしれない。
しかし、ヤブがかなりゴッツイのだ。トゲトゲした葉やら蔓やらが絡み合っていて、20メートルほど先に墓石らしい石が見えるのだが近づけない。
一息ついて、さて、と周囲を見渡した時に優馬の記憶がふと蘇る。
「かつるいにげつごつにくるしむ、といった状況なんだけど」
「はあ? 何の呪文よ、それ」とセーラに呆れられる。
古代中国の四書五経のひとつである「易経」。江戸時代くらいまでは文化人なら誰でも内容を知っていたが、人生における状況を6ビット、つまり64通りの「
「
そんなことを思い出しながら足を踏み出す。占いの結果には気休め程度に「進んで吉」とある。まあ、頑張るか。
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