性愛

 セーラはその後も邸内をあちこち見て回ったようだ。

 俺は先に感覚共有を解除。『人名録フーズフー』を使ってスケラ・ガッタムの家族関係を整理する。


 一方、セーラも邸内の偵察というか散歩を終えて感覚共有を解除。馬車の中で俺とセーラ、リズ、そしてエメルが顔を突き合わせて情報整理。


「まず、スケラ本人を目にするチャンスが得られたので、そこからガッタム家の家族構成を調べることができるようになった」

「何か分かった? あそこには子供と思われる人物もいたわね」

 セーラの方が状況をよく見ていたはずだ。


「まず、スケラには6人の子供がいる」

「へえ。多い方だけどまあ普通かな?」

「スケラの長男はトビアスっていう、セーラも見たと思うけどオールバックのすらっとした男だけど、彼は現在26歳」

「ん? 嘘でしょ? スケラは今、40歳よね?」

「生んだ時の年齢が若すぎませんか」とエメル。


「まあ、そのくらいの歳で出産というのもないわけじゃないよね。で、スケラの子供のうち1人は死亡しているけど、5人は存命で、そのうち2人が男性。子供の人数に比べて旦那の数が8人と多いのが気になる」

「8人? ……子供はそれぞれ父親が違うかもしれないわね」とセーラが少し呆れたように言う。

「チャウラたちはスケラに旦那はいないという認識だったし、現在結婚しているかどうかよく分からん」

「あまり深く追求したくないですね」とエメルが若干引いている。


「家族構成だけ分かってもしょうがない。問題は主要人物が誰かとか、指揮系統とか、だよな」

「だったらチャウラに聞いてみたらいいんじゃない?」とリズ。


 イヤーカフでチャウラを呼び出して聞いてみる。

「さっきちょっとガッタム家の中にお邪魔してだね……」

「命知らずにも程がありますね。……あ、変装してこっそり、とかですか?」

 チャウラにはネコの話は内緒。


「まあそんなところだけど、スケラがトップで色々指示を出してるみたいだよね?」

「そうらしいですね。実際に組織を動かしたりしてるのは長男のトビアスですけど」

「あのー、スケラに『推進』っていうよく分からないスキルがあるんだけど、知ってるかな?」

「いや、それはあたしも知りません。初耳です。ですけど、スケラがいい出したことは多少無理かな、と思うようなことでも、結局はガッタム家全体で推し進めることになるという話は聞いたことがあります。そういう、人心掌握みたいな能力ですかね?」

「ははあ。それは可能性があるな」

 カテゴリは対人スキルだったし、そういうリーダーシップの強力なやつということかもしれない。


「あ、スキルと言えばですね」

「何?」

「ガッタム家の先代のエリオノーラって女性なんですけど、この人もスキルを持っていたらしいです」

「へえ。どんなスキル?」

「それがですね、『性愛』っていうらしいんですけど」

「はあ? 性愛?」


 でかい声が出てしまって、馬車の中の女性陣3人が同時に呆れた顔でこっちを見る。う、ちょっと恥ずかしい。


「スケラの母親がそのエリオノーラで、もう亡くなっているんですけどね」

「ふむ」

「意中の男性を誘惑して子供を授かる能力だそうです」

「……なにそれ」

「実際、あちこちの国の有力者との間に子供を作っているらしいです。実際に誰、ということは分からないんですけど」

「えー」

「色々な国に血縁の娘を送り込んだりするだけじゃなくて、自分でもせっせと生んでいたということですね。生んだ子供の人数も結構多いはずですよ」

「はあ」

「あれ。デレクさん、興味ありませんか?」

「いや、なくはないけど、なんか現実離れしてるというか」


「エリオノーラがまだ生きていたら、デレクさんなんか危ないんじゃないですか」

「えー。俺、別に有力者とかじゃないし」

「ふふふ」


「それから、祖霊祭ってのをやるって張り切ってたけど……」

「聞いた話ですけど、ガッタム家発祥の地のカルヴィス島に集まって、盛大に先祖を祀る儀式というか、お祭りをするらしいんです。12年に一度って聞いてますけど、きっと来年がそれなんですね」


「へー。……あ、そうそう、ツォンクフって名前、聞いたことない?」

「いや、ありませんね」

「エスファーデンがきな臭い感じなんだけど、その人に連絡して事を進めるらしいよ」

「ちょっと分かりません」


 ここでチャウラとは接続を切る。


「スケラの母親のエリオノーラは、意中の男性との間に子供を授かる、『性愛』というスキルを持っていたんだそうだ」

「なにそれ」とセーラ。

 いや、俺もそう思ったけどね。


 するとエメルが変な方向からのフォロー。

「エスファーデンの王様もですけど、男はヤッたらやりっぱなしですよね? ちゃんと産むのがすごいですよね」

「そ、そうかな」

 そのあたりの感覚はよく分からん。


「ガッタム家の当主は代々女性なの?」とセーラ。

「ガッタム家はカルヴィス島の海賊だそうじゃない? デルペニアは女王の国だし、あそこらへんは女系で一族がまとまる文化なんだと思うよ」

「そういう文化だと、父親が誰かというのはそれほど重要じゃないのかしら?」

「……かもな」


 ガッタム家とエスファーデンの話をする前に、結婚観というか、文化の違いというか、そういうあたりのギャップに既に軽くショックを受けている俺たち。


「話をさっきの会議に戻すけど、あまり新しい情報はなかったよね」

「ニーファに悪さをしたヤツは悪の報いを受けることになりそうね」とセーラ。

「人間のクズ呼ばわりされてたけどな。ギャングにクズとか言われちゃうのもなあ」


 トイレ休憩で馬車を止めた時にオーレリーにもちょこっと聞いてみる。

「あのさ、ツォンクフって名前、聞いたことない?」

「初めて聞く名前だなあ」


 なんだろう。人の名前ではない可能性もあるな。


 夕方になってマッドヤードに到着。例によってバッツ・インの離れに宿泊。


「部屋割はどうする? 離れは最大8名だそうだが?」

 イヴリンがすすっとやって来て言う。

「まず、デレク様とリズ様。そこにあと1人か2人。離れのもう一部屋はセーラ様と私、さらにスザナ。それで……」

「えー。またデレクと別の部屋なの?」というセーラの抗議はスルーされる。

「前回、デレク様のお部屋にはエメルさんとノイシャさんでしたから、今度はオーレリーさんとナタリーさんでいかがでしょうか」

「えーと。まあいい、かな」

 正直、オーレリーを目の届かないところにやるのはためらわれるが、そうかと言って一晩一緒の部屋なのも少々不安。

 一方、ナタリーは明らかに嬉しそう。


 夕食に、商店街のいつもとは反対方向のレストランを探して行ってみる。

「これはステーキハウスかな?」

「うは。これは美味そうな肉だな」とオーレリー。そこそこの肉と酒でご機嫌な様子。


 突然、イヤーカフに連絡。

「もしもし、キザシュですけど。ご無沙汰です」

「あれ? どうしたんだい? ケシャールで選挙をするって言ってたよね?」

「はい、無事に選挙が終わりまして、ディプトンの町を新たな首都とする体制が整いつつあります」

「それは良かった」

「それで、こちらの新しい首領というか、大統領ですね、決まりましたので各国に向けて新体制の宣言を行う必要があると思うのですが、連絡先としてまずは聖王国でしょうか。そのあたりはどなたかに話を通しておく必要がありますか?」

「ちょっと待ってね」


 セーラに聞いてみる。

「ケシャールで新しい大統領を選挙で決めたそうなんだけど、聖王国への連絡とかそういった話はホワイト男爵あたりにするの?」

「あー。あたしも実際どうなってるのか分からないけど、そうねえ、まずは外務省を通して連絡を入れる必要があるでしょうね。で、もしかしたらその後、大統領が聖都を直接訪問するように働きかけがある可能性がありそう」

「そうなの?」

「つまり、外務省はあくまでも条約とか法律に則った対応をする窓口だから、国同士が直接挨拶してよろしくね、と言うためにはトップか、それに近い同士が会うのが儀礼的には普通なんじゃないかしら。大統領は国際的な慣例では国王よりは下だから、出かけるのは大統領の方になるわ」

「あ、そっか。でもまずは外務省へ連絡かな」

「そうね。それも書面を送りつけるのではなくて、新体制なのだから、ちゃんとした使者を立てるべきでしょうね」

「そーかあ、いや、セーラは頼りになるなあ」

「ふふふ。大事にしなさいよ」


 バッツ・インに戻って、順番にそれぞれ風呂を使ったりする。


 セーラがナタリーに色々と聞いている。

「じゃあ、ジェインさんは男爵を継ぐことになってゾルトブールに向かったの?」

「ええ、無事に名誉回復がなされたようで、ダンスター男爵にはお礼の言葉もありません」

「良かったわね」

 でも、セーラはディムゲイトでダンスター男爵の手助けをしているから、名誉回復に俺たちも関わっていることは承知している。


「ゾルトブールの実家には戻らなくていいのかしら」

「私が無実の罪とはいえ、奴隷同然の扱いをされた上、繰り返し辱められていたことは実家にも伝わっているでしょうから、私が元気でやっているという便りだけを送ってあります。これはデレク様のご配慮で……」

「そっか。……でも、いつか戻れたらいいわね」

「ええ」


 するとそばで聞いていたオーレリーが言う。

「セーラ。知ってるか? ナタリーは奴隷魔法を使う非道な奴らを告発するために大演説をぶったらしいではないか」

「あ、ええ。話には聞いてるわ」

「素晴らしいよなあ。自分のことが解決したら、普通はそれで終わりでいいではないか。そうではなく、自分と同じ奴隷魔法の被害者に罪がないことを世界中に伝えて欲しいと訴えたのだろう? しかも誰かと相談したのではなくて、だ。いや、なかなかできることではないなあ。ナタリーは身を盾にしてジェインというお嬢様をひたすらに守っていたとも聞いている。もうね、その話を思い出すだけで涙が出るんだ」

 と言いつつ、もう既にちょっと涙ぐんでいる。


 ちょうどリズが風呂から戻ってきた。

「だからな、デレク。ナタリーは幸せにしてやらないといけないぞ。セーラもだな、あー、まあそういうことだ」

 オーレリーはそう言い残して風呂へ行ってしまった。


「そういうことって?」


 ふふっ、とナタリーが笑って言う。

「段々分かって来ましたけど」

「何かな?」

「オーレリーさんってすごく、なんていうか頼りがいのある気丈な方なんですけど、デレク様には甘えてますね」

「え?」

「デレク様がいる時といない時では態度が違います」

「そ、そう? 俺の方が随分年下なんだけど」

「それでも、です」


「へえー。なるほど」とセーラが何かに納得している。

 俺にだけよく分からないんだが?

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