スケラ・ガッタム
リンキードに到着。昼食休憩である。
どんな食事でも実に幸せそうに食べるオーレリーにホルガーが話しかけている。
「オーレリーさんって、どこかの警ら隊にでも勤務してた?」
「うむ。まあ秘密だが、そんな仕事をしていたことはあるぞ」
妹のスザナも質問。
「その筋肉はかなり鍛えてますよね。武器だったら何を使います?」
「あたしは長剣をブンブン振り回すのが性に合ってるかな」
「なるほどぉ。体術みたいなのは?」
「あれはあまり好きではないなあ。一度に一人しか相手にできないではないか」
そんな理由かよ。
意外なのは、オーレリーとナタリーが結構いい感じに仲良くなっていることだ。
「ナタリーはすごく女の子っていう感じでな。いままであたしの周りにはこういうタイプの友人がいなかったから、話すといつも何か発見があるし、とても楽しいのだ」
「あたしは商人の家で育って男爵家にお勤めに出ましたから、あまり街の外の世界のことが分からないんですけど、オーレリーさんの話を聞くと自分が冒険してるみたいで凄いわくわくします」
考えてみたら、この2人は観衆を前に大演説をぶちかましたという共通点があったな。
クロフォード姉妹もオーレリーと打ち解けて、和気あいあいといった感じ。最初はどうなるかと思ったが、特務部隊のリーダーをやっていただけあって、何か人を引き付けるものがあるようだ。
さて、午後はいよいよガッタム家に偵察に行ってみることに。
エメルとリズは、今日は馬車の中で編み物をする予定らしい。
「またベッドルームで何かあったら教えてね」とリズがセーラに言っている。
「昼間からあんなことをするのは、やっぱり浮気とかでしょ」
「いや、新婚さんならきっと朝から晩まで」とエメル。
エスファーデンの王様もね、と言いかけてやめる。少し自制というものを覚えたデレクくんである。
まず、スールシティのカラスと感覚を共有。どうやら表通りの背の高い木に止まっている。スールシティは地震が多いので、2階以上の建物は数が少ない。山と海の間の平地を平屋の建物が埋め尽くしている感じ。
「あたし、どこかの家の屋根の上にいるわ」
「ちょっと飛び上がってみてよ。……あ、あれかな? そっちに行ってみるよ」
「こっちに飛んで来たのがデレクかしら」
2羽のカラスであちこち飛び回ってみる。なかなか爽快。
「これはこれで楽しいな」
するとリズの声がする。
「遊んでると、そのうちお腹が減って残飯あさりに出かけるから、早めに目的地を探した方がいいよ」
「なるほど。確かにそれは嫌だな」
チャウラたちに書いてもらった地図を思い出して高台に飛んで行ってみると、確かに開けた広大な敷地に屋敷がある。
カラスとの感覚共有を切って、今度は邸内にいるネコと感覚共有を試みる。
「あ、俺は中庭みたいな所にいるな」
「あたしはどこかの広いリビングか食堂みたいな所なんだけど……暖炉があるわね」
リズは地図を見てくれているようだが、それだけの情報ではどこだか分からない。
俺は建物の形を観察しながら歩き回ってみる。
「2階建ての大きな建物があって、そこから池を右に見ながら回廊が続いていて……」
「あ、その2階建てが母屋ね。そこに入れないかしら」とリズ。
「あたしはどこだか分からないわ。部屋には誰もいないし、ドアは閉まってるし」
すると、回廊を急ぎ足で歩いてくる黒い服の男性を発見。男性はドアを開けると母屋に入っていく。
「今、黒い服の男が母屋に入っていったけど……」
「あ。ドアが開く音がして、だれかが廊下を歩いてくるわね。どうやらデレクが見た男の人じゃないかな?」
「なるほど。じゃあ、リズは母屋のどこか広い部屋にいるということだな」
この建物にはチャウラたちは立ち入ったことはないらしいので、内部は謎だ。
「部屋の外で話し声がするけど、内容までは分からないわね」
ふむ。ネコはドアを開けられないしなあ。どうしようか。
「あら。人が集まってきたわ」とセーラ。
ちょうどその時、母屋から別な男が飛び出してきて、回廊を走っていく。
ドアが開けっ放しになったので、俺もこっそり中におじゃましまーす。人の話し声がする部屋があるので、そっちへ移動。ただ、飼い猫じゃなかった場合には追い出される可能性が高いので物陰に隠れて行動。
またしばらくしたら数人の男女が母屋に入ってきた。どうやらセーラのネコがいる、暖炉のある部屋に集合しているようだ。
「えーっとね、キツい感じだけど美人のおばさんがいてね、『ネームプレート』で見るとこの人がスケラ・ガッタムね。40歳か。もっと若く見えるわね」
「へえ」
俺(ネコ)は廊下の彫像の陰に隠れているので部屋の中は分からない。
セーラが部屋の中の様子を伝えてくれる。
「立派な身なりの男女が、合計30人くらい集まってるかしら。それにしても、スケラに対する回りの人たちの気の使いようったらないわ。まるで女王様ね」
「ほほう」
「今、この部屋に集まってるのは、ガッタム家の幹部クラスってことかしらね」
「そういうことになるかな?」
すると、そのスケラと思われる人物の声が廊下まで聞こえてくる。
「エスファーデンで、とんでもないことが起きたらしい」
話の内容は、メディアが大演説をブッて王宮とガッタム家の内情をバラした件。
「あれ? 情報が遅くない?」とセーラが俺に聞く。
確かに1週間ほど前の事件である。
「えっとねえ、ガッタム家の『耳飾り』の諜報員はマミナクと王都ウマルヤードにいたんだけど、ガネッサが逃げちゃったから、マミナクにいた諜報員が王都に行けって命令されて移動中みたい。だからエスファーデンの近くには『耳飾り』の諜報員は誰もいなくて、タイミング悪く情報が入って来なかったんだと思う」
彼はウマルヤードに着くこともなく、命令が変更されて今度はエスファーデンに行け、とか言われるんだろうか。……お仕事頑張ってね。
スケラは激怒している模様。
「立て続けにまずいことばかりが起きてるじゃないか。ゾルトブールの内乱に介入するのには失敗する、麻薬農園は全滅、エスファーデン王も死んで、『耳飾り』の諜報員はどこかへ逃亡したというし、挙げ句の果てに王都中に響く大演説だって? 一体どうなってるんだい?」
「それぞれは別々の事件だと思われるのですが……」と側近らしい男性の声。
あ、ごめん。だいたい全部に俺が関わってました。
「別々だろうが何だろうが、たるんでるんじゃないのかい?」
「お怒りはごもっともですが、母上」
これは息子か。
「責任の追求は後回しにして、当面はエスファーデン王国の後継者問題に集中すべきではないかと思います」
「あー、まあそうだな。現王家に反対する勢力が集まってるって? これも忌々しい話だな」
すると別の女性の声で説明がある。
「王家派で過半数は押さえていますから、順当に行けば王妃の長男であるガストンが新王に即位するはずなのですが、それを承認するための秘密会議が定数不足で開催できません。メンバーの3/4以上の出席が必要という規約のようです。一方の反王家の貴族たちはモーズリー男爵の孫にあたる継承順位5位のカルヴィンを推してまとまっている模様です」
「うーん」と、スケラはしばらく考えている様子。
さっきの声の主の男性が言う。
「ここでガッタム家が力づくで乗り出すのは得策ではありません。どうでしょう、反対派に対して……」
「あ、そうだな。……ふむ、その手で行こう。よし、早速ツォンクフに連絡。いつものようにな」
「了解しました」
……ツォンクフって、誰?
「ところでバグダールの
違う男の声で報告がある。
「ポーロックに罠を仕掛けてみましたが失敗した模様で、諜報員が逃亡したのはその影響かと思われます」
「それは聞いた。その後だ」
「ポーロックが金塊を入手したとすれば、まずその輸送手段が謎です。運搬作業だけでもかなりの人手が必要になるはずですが、ポーロック家の関係者がそのようなことに関わったという話はどこからも聞こえてきません」
「おかしいねえ。運び出すとしたら海路しかない。エフレイク家じゃないし……。我々が見過ごしている海賊勢力があるのか?」
「逆にそのような組織があったとして、あれだけの金塊を入手して沈黙を守れるとは思えないのですが」
「やっぱり別な所に隠し金庫があるのか」
「その可能性が一番高いですね」
「じゃあ、あれだ。透視のスキルを持った子がいるじゃないか。あの子……」
「麻薬農園の騒ぎで行方不明です」
「何だって! どうして麻薬農園なんかに? 関係ないじゃないか」
「どうやら、特務部隊の男が、いかがわしい目的で連れ出したらしく」
「あああ? そいつは始末しとけ。チッ。人間のクズだな」
「了解です」
……エロオヤジことプレスマン、ここに命運が尽きた模様。
「じゃあ、たとえば『探索』のスキルは使えないのか?」
「既に相当数の作業員が現場に入っていますから、誰がどんな方法で持ち出したかという痕跡をたどるのは不可能と思います」
「うーん。あれが回収できないと痛いな……。デーム海諸国でナリアスタの金らしきものが出回っていないか、監視を緩めないようにしておけよ」
「了解です」
「それにしてもメディアのヤツ、何をしてくれてやがる。どこに行ったか分からんのか?」
「戦闘で怪我をしていますし、片目を負傷して眼帯姿とのことですから、発見されるのは時間の問題だと思われます」
「よし。発見し次第、王家への反逆容疑でその場で処分しとけ。ゾルトブールやラカナには渡すなよ」
「心得ました」
「よし、今日はとりあえずこんなところか? あとは、祖霊祭の準備だな」
「はい」
「あたしの代では初めてで、しかも120周年祭だ。盛大にやるからな」
「母上、体調はよろしいのですか?」
「ああ、この前はちょっと腰が痛かっただけだ。今はもう絶好調だ。もう1人、2人くらい産めるんじゃないかな?」
「ははは。それは結構ですなあ」
追従笑いをする周囲の者たち。
なんだこのオバサン。
会議が終わって、暖炉の部屋から10人くらいがぞろぞろと廊下へ出てくる。
あ、あの銀座の高級クラブのママみたいな(注:行ったことはない)派手なおばさんがスケラ・ガッタムか。白髪まじりの栗色の髪を結い上げて、あちこちで宝石類がクリスマスツリーみたいに光ってる。確かに40歳には見えないが……。ステータス・パネルで確認。
スケラ ガッタム ♀ 40 正常
Level=3.0 [風*]
対人スキル: 推進
あ? 対人スキル『推進』って何だ? ……押しが強いとかそういうこと?
子供は6人いる。長男がトビアスというらしい。今、部屋から一緒に出てきた、すらっとしたオールバックの男がトビアスかな?
トビアス・ガッタム ♂ 26 正常
Level=0
げ。長男が26歳って。……逆算するのも怖い。
「あ、野良猫がまた入り込んでますよ」とメイドらしい若い女性の声。
しまった。見つかったか。
感覚共有を中止。
いやあ、しかしスケラ・ガッタム。アクが強い。
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