寒い夜

 夕方、フルームの宿場に到着。

 天気があまり良くなかったせいか、宿がかなり混み合っている。6人部屋1つと4人部屋が2つという変則的な状況。

 大人数なら間違いなど起きるわけもないわ、とセーラが力説して、俺とリズ、エメル、ノイシャ、そしてセーラの5人で1部屋。オーレリーとナタリー、クロフォード姉妹で1部屋。ラヴレース家の同行者で1部屋。……大丈夫かな?


 夕食を食べながら、エスファーデンの状況を整理。


「第2王妃のコレットが息子のカルヴィンを王にするべく、王家に反旗を翻したわけだ。多分モーズリー男爵家やその他の貴族の後押しがあると思うが、問題はこの後どうなるかということだ」

「数の上では王家派の方が有利だけど、秘密会議を王家派だけでは開催できないという微妙な力関係なのね」とセーラ。


「どちらの側も、相手方についている貴族を引き剥がして多数派工作をする、かな」

「それで決着しなければ、最悪、内戦かしら?」

「国民にとってはいい迷惑だなあ」


 実に幸せそうに肉の塊を食っているオーレリーに聞いてみよう。

「王家派と、モーズリー男爵ほかの反王家派で争うことになったら、特務部隊はやっぱり王家派につくよな?」

「だろうな。だが現在、主力はゾルトブールで待機したままだ」

「ゾルトブールですべき仕事はもうないんじゃないの?」

「例の文書を探せ、というミッションが取り消されていないから仕方ないんだろう」

「そのミッションは亡くなった国王が出したのかな?」

「国王の名でガッタム家の誰か……、多分王妃レティシアの参与のデズモ・リーコックってヤツだろうな」

「そのリーコックって誰?」

「ガッタム家から派遣されているっぽい、胡散臭いヤツだ」

「へー」


 セーラがオーレリーに質問。

「オーレリーはコレットと友達みたいだけど、助けに行こうとかそういう気にはならないのかしら?」

「まるっきり思わないわけではないが、あたしも王宮の命令で動いてきた人間だし、コレット以外の人間には信用されていないんじゃないかなあ」

「立場的に微妙ということ?」

「そうだな。それと、あたしが守らなければならないものは、エスファーデンにはもうないって感じがしてる。言いたいことを言って出てきたから、未練もないしな」


「なるほど。俺達としては直接の利害関係もないし、しばらく様子かな」

「そうね」とセーラも同意。


 食事の後。小雨が降る寒い中、御者を勤めてくれたエメルとノイシャを謎研修所の風呂に入れてあげようというので、リズが2人を連れていく。


 部屋には俺とセーラ。

「あらあ。デレク、二人っきりになったわねえ」

「あ」

 ベッドに押し倒されちゃう俺。

「あとで二人でお風呂に入ろうか」

「え。お母様に怒られますよ」

 などといつものやり取りをしながら、たっぷりキスをされちゃったり。


 で、結局2人で風呂に入ったりするわけだ。ああ、控えめに言っても、天国。


 宿の部屋に戻るとノイシャたちに目ざとく見つかる。

「あー。デレク様はセーラさんとお風呂なんですかぁ?」とノイシャ。

婚約者フィアンセだからいいのよ」とセーラ。

「お風呂だけならフィアンセとか関係ないですよね。今度また、ご一緒させて下さい」とエメルがぐいぐい来る。


「リズさんともお風呂に入るんですか?」とノイシャ。

「うん。よく入ってるよ」とリズ。

「いや、そんなこと……」と否定しようとするのだが。

「デレクとリズだけで隠れて楽しそうなことをするのは許せないなあ」とセーラ。


 するとリズが提案。

「エメルもノイシャも、デレクと一緒のベッドで寝たことがあるから、今日はセーラが一緒でどう?」


「それはもちろん絶対に賛成だけど、ちょっとデレク。エメルやノイシャと一緒に寝たことがあるって何?」

「いや、あの、朝起きるとなぜかエメルやノイシャが抱きついているの……」

「おかしくない?」

 エメルとノイシャは視線を外して他人のフリ。


 まあ、そんなプチ修羅場があったものの、一晩中セーラに抱きつかれて濃密な熱い夜を過ごすことになったり。


 翌朝。

 朝食を食べながら、侍女のイヴリンが言う。


「セーラ様。まさかと思いますが、昨夜は慎ましく過ごされましたよね?」

「当たり前じゃない。やだなあ」

「おや? デレク様。……首にキスマークが付いて……」

「え、ウソ!」

「あ、気のせいでした」

「……」

「ま、いいですけど」


 ふふ。いつも俺にカマをかけてくるセーラがしてやられているのは、なんだか微笑ましいね。

「デレク、なに笑ってるのよ」


 オーレリーが遠慮のないコメントで追い打ちをかける。

「なんだ、デレクはさっそく尻に敷かれているのか。はははは」


 みんながニヤニヤしていて、いたたまれない俺。


 今日は雨も上がって少し暖かい。午前の御者はエメル。

 またセーラが暇そうにしている。危険な兆候だ。


「この前はスールシティでポーロック家にたまたま行った訳だけど、肝心のガッタム家の情報が得られていないわよね?」

「そうだけど、これまでのガッタム家のやり口を見る限り、かなりヤバくないかねえ」


 内情を知られた者を始末するのが普通なんて組織はギャング以外の何者でもない。


「でもほら。ネコだったらきっと大丈夫」

「うーん。でもほら、屋敷の場所が分からないよ」

「チャウラに聞いてみなさいよ」


 イヤーカフはこの前渡してあるので、聞いてみることにする。

「……返事がない」

「どうする?」

「この前の兵隊崩れのようなことがあると困るから、ちょっと見てくる」


 そう言って、俺だけ桜邸へ転移。リビングは暖炉に火も入っておらず、寒いまま。あたりはしーんとしている。

「もしもーし」

 廊下の一番奥の寝室をそっと覗いたら、あれ?


 チャウラとガネッサが1つのベッドで抱き合って寝ている。


 それまでの色々な小さなピースがカチッとはまった感じ。……失礼しました。


 リビングにそっと戻って、大きな声を出す。

「チャウラぁ、いる?」


 しばらくして寝ぼけた顔のチャウラとガネッサが起きて来る。

「おはようございます」

「朝からごめんね」

「いえ、今朝はちょっと寝坊しました」


 チャウラに頼んで、ガッタム家の屋敷の場所を聞き、内部の見取り図を書いてもらう。その間に、ガネッサは暖炉の火をつけたり薪を持ってきたりしている。

「あたし達が知っている範囲なので、あまり参考にはならないかもしれません」

「いやいや、十分だよ」

「ガッタム家の当主はスケラ・ガッタムという女性です。年齢は40くらいですかね。あたしも数回くらいしか見たことはないんですが、ここの奥の離れみたいな所で暮らしているっぽいです。旦那さんはいないはずなんですが、子供は何人もいますね」

「しかし呆れるほど広い敷地だな」

「多分王宮より広いでしょうね。高台にあって、いつも見張り台から監視していますから、周囲に不審者が来るとすぐ分かります」


 チャウラが朝食当番らしく、ここでガネッサと交代。

「あたしたちが日中、『耳飾り』のペアと連絡を取り合ったり、ガッタム家の担当者と情報交換をしたりしていた部屋はここです」

「まだ誰か残ってるのかな?」

「ええ、あたし達より年上でメルセラ・ヴィクストという女性が1人いるはずです。メルセラの『耳飾り』の相手はガッタム家の血筋で、しかももう子供がいるから、デームスールから出るつもりはないと思いますよ」

 これはきっと、『耳飾り』の情報チェックで俺が「マミナク監視」と呼んでいるペアのことだろうな。


「屋敷の中にネコはいるかな?」

 ガネッサは不思議そうな顔。

「は? ネコですか? ……ええ、敷地内に何匹も野良猫が住み着いていますし、室内で飼っているネコもいると思います」

 それは好条件。……チャウラにはネコの話はしないでおこう。


「ところで、ポーロック家とエフレイク家ってのがあるじゃない。ガッタム家とはどういう関係かな?」

「ポーロック家とは露骨にいがみ合ってますね。抗争事件みたいなのを起こすことも多いんですが、貴族や警ら隊とも繋がりがあるので市民は傍観するしかない状況ですね」

「エフレイク家ってのは?」

「これは昔からデームスールにあった商家で、歴史がありますね。ガッタム家やポーロック家とは商売がたきですから、仲がいいわけではないですね」


「対外的なことで、王宮を動かしたりすることもあるのかな?」

「えーとですね、外国の王室や有力な貴族に自分たちの血筋の女性をおきさきとして推薦してもらうにはデームスール王室を通す必要がありますよね。ただ、王宮の軍事的な力を借りることはないですね。そういう時は海賊にやらせますから」


「デレク様は朝食はいりますか?」とチャウラが聞いてくる。

「あ、もう食べたからいいや。お茶だけもらおうかな」

「わかりました」


「海賊はデルペニア王国のカルヴィス島とルリエ島が本拠と聞いたけど、ほかにもあるのかな?」

「ガッタム家とつながりがあるのはその2つの島の海賊ですけど、そのほかにもいくつもあると思います。ただ、規模は小さいでしょうね」

「デルペニア女王は海賊を掃討しようとしているって聞いたけど」

「難しいんじゃないですかね。海賊って、結局あの2つの島を実質的に統治してますから」


「統治?」

「ええ、あの2つの島は厳密にはデルペニア王国の領土とは言えないと思います。歴史的にもデルペニアがあそこを治めたことはないはずですし」

「え? ということは昔からずーっと自治領で、しかも海賊?」

「もちろん島民全員が海賊なんてことはなくて、主要産業の1つが海賊ってことです。でも、血縁で結びついていますから、海賊にまったく関係のない島民はいないという言い方もできますね」

 主要産業って。


 馬車がトイレ休憩で停車するらしいので、そろそろ帰ろう。

「給金と食費はこれくらいでいい?」

「うわ。ありがとうございます」

「いや、いろいろ教えてもらったし。これからもよろしくね」


 さて、帰りは『直行転移ラッシュ・オーバー』の改良版を試してみるか。

「セーラ、この前の転移を試してみるから、最初は拒否してみてくれる?」

「いいわよ」

直行転移ラッシュ・オーバー、セーラ」

 すると、脳内で「拒否されました」と氷川陽子さんの冷たい声が再生される。試しにやってみたにも関わらず、ちょっとショックを受けるのが不思議。


「次は許諾して欲しいんだけど」

「オッケー」

直行転移ラッシュ・オーバー、セーラ」

 セーラのそばに転移ポッドが出現。

「あ、うまくいった」

「うん、これなら無闇に転移されなくていいかな」

「じゃ、これでとりあえず完成ということで」


「ところで桜邸に、あたしは行かなくてもよかったかな?」

「ああ、2人ともまだ寝てたからリビングとかも結構寒かったよ」

「そっか。まあ、2人でうまいことやってるみたいで良かったわね」

 うん、本当にね。

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