誰がうまいこと言えと

 次の日はポルトムからフルームまでの予定だが、朝から天気はあまりよくない。小雨がぱらぱらと降っている。

 御者はエメルとノイシャに任せて、俺とリズ、そしてオーレリーで馬車に乗る。

 セーラはナタリー、クロフォード姉妹の方に乗ってもらって、聖都のあれこれを話してもらう。どうせセーラは泉邸に頻繁に来るのだから、馴染んでおいてもらった方がいいだろう。


 さて、オーレリーは連日、(彼女的には)うまい食事と酒を堪能してすっかりご機嫌な様子だが、今日は特務部隊のあれこれを聞き出したい。


「昨日は一日中、御者をお願いして大変だったね」

「いやいや、特務部隊の人使いの荒さに比べたら何でもない」

「その特務部隊について色々聞いてもいい?」

「構わんぞ」

「まず、予知のスキルというのについて教えて欲しいんだけど」

「ああ、そのスキルを持っているのはスヴェニフ・ノットウェルというヤツでな」

「予知って魔法じゃないよね? どんな風にするものなんだろう?」


「これは一種の占いみたいなもので、『○○はどうなる?』という具合に質問されて、未来がある程度決まっていればその様子が頭に浮かぶらしい」

「脳裏に浮かぶなら占いとは違うんじゃない?」

「言い方が悪かったかな。頭に浮かんだからといって、必ずそうなるわけではなくて、それとは違う結果になることもある。2つの違う結果が見えることもあるらしい。そういう意味で占いみたい、と言ったんだが」


「どのくらい未来まで分かるんだろう?」

「はっきり決まってはいないが、通常は1ヶ月、長くてもせいぜい3ヶ月先といったところかな。あ、それから、見通した結果を多くの人に伝えると外れやすいと言っていた」

「なるほど。ありそうだな」

「それもあって、予知の結果は極秘事項トップシークレットになっているのだ」


「今回の国王の崩御は分からなかったみたいだけど」

「えーと、大きな自然災害みたいなものは突然感じることがあるそうなんだが、普通は質問されないと未来は見通せないらしい」

「ということは『国王陛下は近々お亡くなりですか』って聞かれてればきっと分かったということ?」

「そうなんじゃないか? しかし、不敬だからそんな質問はしないな」

「確かに」


 リズが質問する。

「もし、王様が死ぬみたいな予知があった場合、それを防ぐことはできるの?」

「ああ、ある程度は可能だな。つまり、死因が何かが分かったら、それを避けるように行動すればいい。ただし、避けたつもりでも結局同じような結果になることもある」

「例えばどういうこと?」


「実際にあった例だが、ある男爵がどういう経緯からか命を狙われるという事件があってな。男爵が馬車で出かけたところを襲撃されるという予知だったので、馬車には替え玉を乗せて、本人は出かけずに別の場所に隠れていることにしたのだ」

「なるほど」

「ところがその隠れ場所で火事が起きてな。男爵は2階から飛び降りたのだが打ちどころが悪く、亡くなってしまう。一方、替え玉の馬車は道を間違えて迷ってしまい、結局襲われることなく帰ってきたという……」

「へえ。結局亡くなる運命だったのか、単に運が悪かったのか」

「とにかく予知というヤツは、ズバっと当たることもあれば、当たったのか外れたのか分からんことも多い」


 なるほど。そんなもんかもしれない。確率の実験みたいに、何度も同じ条件でやり直してみるってことはできないもんなあ。


 リズが別な質問。

「未来のことじゃなくて、例えば『○○の隠し場所は』みたいな質問なら?」

「分からないだろうな。ただ、『リズは○○を見つけられるか?』という聞き方をしたら、リズが発見するかどうかは予知できるだろうな」

「つまり、誰かの動作と関係していると予知しやすいの?」

「そうらしいな」


 なるほど。おぼろげではあるが『予知』の雰囲気が分かった。


「特務部隊には『探索』というスキルを持っている人がいるらしいじゃない」

「デレクは何でも知ってるな」

「いや、何でもは知らないよ。で、それはどういう能力?」

「グレタ・パーセルという、あたしより年上の姐さんが持っているスキルで、知っているものならどこにあるか分かる」

「ちょっと良く分からないな」

「そうだな、犬が匂いをすごく嗅ぎ当てるのは知っているだろう? あんな感じだ」

「え? 匂いなの?」

「いや、そうではなくて、モノや人はそれぞれ別々の雰囲気というか空気みたいなものをまとっているとかいう話で、それは近くにあれば感じ取れるとか言っていたな」

「漠然としているけど、たとえばどんな事ができる?」


「ある人を知っている時、その人から盗まれた財布が近くにあると分かる。逆に、忘れ物の指輪が誰のものか分かる、とかだな」

「サイコメトリ、ではないの?」

「あたしは詳しくないが、違うらしい。サイコメトリはもっぱらモノの持つ性質や、それに触れた人の情報が分かるらしい」

「つまり、『探索』というスキルは、同じ雰囲気というか、オーラ? を持つものの存在が分かるということか」

「オーラ? なんだそれ」

「人間は身体から目に見えないエネルギーというか、光みたいなものを発していて、それは感情とか体調によって変化するらしいぞ」

「デレクはまたおかしなことを言う。目に見えないのになぜ光なのだ?」

「あー。それはまた後で議論しよう。結局、『探索』というスキルでは知らないモノは探せないのか?」

「誰かの所有物だったモノは探せるがな」


「えーと、サスキアが嫌っているらしいバウトリーという人物のスキルは?」

「ブリモ・バウトリーだな。ブリモのヤツのスキルは『生理』だな。相手の健康状態や病気の箇所が分かるようだ」

 ……なるほど。


「スキルには『スカウト』というのがあるらしいじゃないか」

「おう。テレサ・プラウドフットという40過ぎのおばさんでな。今いる特務部隊のスキル持ちエクストリはだいたい彼女が探してきたんだ」

「そのスキルで何が分かるって?」

「相手がスキル持ちエクストリかどうかと、おおよその種類。それから、魔法の能力を持っているかどうかだが、現在はスキルを持っていなかったり、魔法の能力がなくても、将来にそういう能力に目覚めるかどうかも分かるらしい」

「それはすごいな」

「ただ、テレサは最近、腰が痛いとか身体がだるいとか言って外に出たがらないのでな。スカウトのスキル持ちエクストリを新しく探すのが目下の課題だな」

「ははは。最大の敵は年齢か」

「全くだな。人間はいつかは死んでしまうからな」


「他にはスキルを持っている人はいないの?」

「知っているかもしれんが、ニーファが透視のスキルを持っている」

「うん。聞いてる」

「あとはなあ……。数年前に亡くなった人物が持っていたスキルで『抑圧』というのがあったな。あれは強力だったな」

「何それ?」

「相手のスキルや魔法の能力を抑え込むことができる」

「へえ。そんなのがあるのか」

 スキルを抑え込むのは魔法ではなくてスキルか。


「それから、特務部隊には関係ないが『楽才』とかいうのがあるという話は聞いたことがあるな」

「ほう」

 文才があるから楽才もあるのか。他にもいろいろありそうだな。


「ところで、特務部隊はゾルトブールで何かの書類を探しているらしいけど?」

「うむ、書類というより古文書だな」

「それは何か知ってる?」

「エインズワースの日記だかなんだか、だ」

 やっぱり。


「それだけ?」

「指示があったのはそれだけだな」

「それは何の役に立つって聞いてる?」

「この世界をもっと素晴らしくできるヒントが書かれている、とか言ってたけど、何のことやらさっぱりだ」

「見つかったの?」

「いや、報告がないから見つかってないんじゃないかな?」


 昼になって、ミノス郊外のレストランで食事。

 ミノスの町が初めての面々は、無数の煙突から吐き出される煙や、ゴミゴミした町の様子に圧倒されている様子。

「こんなに密集して暮している町は初めて見ました」とジュノが驚いている。

「聖都もこんな感じですか?」とディアナが心配顔。


「聖都はこんなにはゴミゴミしていないし、煙突も多くないよ。ミノスがちょっと特殊なんだ。ただ、これからミノス川の下流へ行くに従って町の規模は大きくなる」


 オーレリーの方をちらっと見て追加情報。

「あと、美味いものも色々と増えてくるね」

「それは期待しかないな」


 昼過ぎは御者をエメルとオーレリーで担当。

「エメル、天気が悪いのに大変だな。すまんけど午後もよろしく」

「小雨ですし、そろそろ上がってきましたから平気ですよ」


 馬車の中で、セーラに午前中の情報を伝える。


「なるほど。『探索』ってそんな感じなのか」

「オーレリーが犬のたとえで説明してくれたから感じが掴めたね」とリズ。

「しかし、オーレリーに指摘されたけど、オーラってあるのかね?」

「さあねえ。日常的に『独特なオーラを感じる』とか、『あの人はオーラがすごい』って言うけど、確かに見たことはないね」とセーラも同意。


「しかし、予知のスキルはまだ謎が多いなあ」

「100%的中するなら何をしても無駄という感じだけど、そうじゃないんでしょ?」

「でも、たとえばこちらの動きをある程度察知される可能性があるとしたら?」

「そうねえ。ちょっと厄介か」


 セーラが『遠隔隠密リモートスニーカー』でエスファーデンの王宮のメイドを見に行くと言い出すが、昼過ぎの時間はそろそろメイドの休憩時間じゃないかな?


「またこの前と同じ中庭ね。ネコのくつろぎポイントなのかしら。この前は塔のあたりに行ったんだけど、もうちょっと廊下を進んで奥まで言ってみるわ」

「そうね、そっちが王族や側室の部屋になるわ」とリズが誘導してくれる。


「あ、ちょっと待って。廊下の隅で部屋着にニットを羽織った女性が2人で立ち話をしてる。王族か側室じゃないかしら」

「名前は分かる?」

「ピンクの髪がロベルタ・オルソン、黒い髪がブライス・レンフィールド」

「黒い髪のブライスは昨日俺が話を聞いた側室だ。ロベルタはオルソンという名前からして王族だろう」

「えっとねえ、不穏な話をしてるわよ。側室のコレットが、息子のカルヴィンを王にすると言って、王宮を出て、反ガッタム家の貴族と一緒にどこかに集結するらしいとか言ってるわね」

「え、それは大きな動きだな。カルヴィンは継承順位第5位だと思ったけど、ガッタム家と関係が薄いはず」

「軍の一部も同調するらしいなんて言ってるわね」

「それはきな臭いことになってきたな」


「あ、もう一人、金髪の女性が来たわよ。少し立派な身なりね。名前はレティシア・オルソン」

「それ、王妃だね」

「ロベルタがレティシア姉様と呼んでいるから、ロベルタはどうやら王の妹ね。あ、追加情報が来たわ。昨日、秘密会議の話をしてたじゃない。会議が開催されれば根回しされていた通り、王妃の息子のガストンが王になるはずだったんだけど、出席者が会議の開催に必要な定足数に満たないって言ってる」

「秘密会議は開催しないで王を決めるってのはできないのかな?」

「それが、王太子がそのまま王になるならそれでもいいんだけど、王太子だったウォーレンが死亡してるから、秘密会議の議決を経て王を決めないと正統性がないんだって」

「なるほどね。ガッタム家の勢力で過半数は確保できているけど、定足数に満たないから会議自体が開けないのか。ふふふ。それは面白いな」


「あ、メイド発見。ははあ。デレクが気にしてたのはこれか」

「え? 何?」

「随分スカートが短いわね。あ、近づいてきた。見上げるとパンツが見えちゃうわ」

「あ、はあ」

 あれ? それだけですか?


 ふむ。メイドはパンツをちゃんとはくようになったらしい。

 ……そっか。


 まさにはかないゆめ、ってやつだぜ。

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