適任者
「デレク、起きて」とリズに起こされる。
今朝は誰にも抱きつかれることなく、一人で寝ていたようだ。
「昨日は一日、大変だったせいか、デレクは爆睡してたわね」
「あ、そうだった?」
「寝ている間に色々しても起きなかったわよ」
「え? ……色々って何?」
あれ? ナタリーどころかオーレリーまで視線を逸らすのはなぜなんだぜ?
馬車でランガムを出発して、聖都に近づくにつれて周囲の町の規模も次第に大きくなって行く。
なんだか楽しい連休が終わってしまうような感覚。
聖都に戻ったらやらなければならないことは色々あるが、まずはゾルトブールから次々にやってくる女性たちの生活の心配。難民の定住とか、ダガーヴェイルへの入植の促進とかも考えないといけない。
そんなことをぼんやり考えているとセーラが俺に向かって言う。
「ねえねえ、あたし、来週いっぱいで騎士隊を辞めるつもりなんだけど」
「そっか。年内には辞めるって、前から言ってたよね。騎士隊というか、王妃殿下のご意向は大丈夫なのかな?」
「ええ、婚約について報告した時にも年内で辞める話はしたし、問題ないわ」
「騎士隊をやめたあとは何をして過ごすんだい?」
「基本的には結婚の準備」
「それって具体的に何をするんだろう?」
「特にすることはないから、デレクの所へ行ったり、公爵家の関係する行事に付き合ったり、家でごろごろしたり、かな」
「優雅だなあ」
「あとはダニッチやハーロックの手伝いもいいわね。あ、でもその前にダンジョンに行くんだったわ」
セーラは楽しそうだなあ。
「そういえばリズに絵の勉強をさせるという話があったな……」
「あたしも何か勉強しようかしら」
「例えば?」
「魔法とかどうかしら。デレクみたいに新しい魔法が作れたら楽しそうじゃない」
「なるほど」
しかし、魔法管理室のコンピュータにログインするにはアカウントが必要じゃないかなあ。あのアカウントのパスワードは明晰夢で教えてもらったけど、新しく作るにはどうするんだろう。
「あ」
「どうしたの、デレク」
ちょっと待てよ? あのコンピュータは優馬の世界のOSがベースになっているように思われる。優馬の記憶によれば、IoT機器向けに特化されたOSでない限り、普通のパソコンでもアカウントとかユーザの概念がある。
「ねえ、リズ。魔法管理室のコンピュータに俺以外のユーザのログインアカウントを作れる可能性はないの?」
「可能性はあると思うよ。ログインが必要ってことは、複数のユーザが存在できるってことを表しているから。ただ、デレクにアカウントを作成する権限はないと思う」
「……2人は何の話をしてるのかしら?」
セーラには分からない話で申し訳ない。
「つまり、あのコンピュータにログインして魔法システムを管理する権限はあるけど、コンピュータ自体の管理者は別にいるということでいい?」
「多分そうだね」
「過去にあのコンピュータシステムを使っていたユーザがいたとして、そのユーザの作ったファイルなんかが残っている可能性はあるかな?」
「あると思うよ。例えばデレクが『
「そうだよな。だとすると、俺がどのユーザからも見えるような
「それはコンピュータシステムの管理者がマメに管理をしているかどうかによるんじゃないの?」
「その通りだなあ。でも、昔のユーザ情報が残っているかを調べるくらいはしてみてもバチは当たらないよな」
「不正なアクセスをしない限りはね」
「ちょっと、2人は何の話をしてるのよ?」とセーラ。
「あー。ごめん。例の部屋に機械装置があるだろ。あれを使える権限についての話」
ナタリーがおずおずと話に加わる。
「すいません、今、『
あ。しまった。
「ごめん。うっかりしてた」とリズ。
「いえ、ガパックの宿でデレク様があたしに話しかけて下さった時に、『不当な魔法は解除しました』っておっしゃってましたよね。あたし、覚えてます」
「ありゃ」
すっかり忘れていたが、確かにそうだった。
「公式には魔王討伐から300年で、という話にしておいたらよろしいですか?」
「すまないねえ、それでお願い」
「はい。もちろんそのように致します」
そういって、ナタリーは実に嬉しそうな笑顔を浮かべるのだった。
しかし、オーレリーとローザさんをうっかり引き合わせてしまったり、最近ちょっとうっかりミスが多い。
「デレクはいろいろ隠し事が多いからなあ」
セーラがそう言ってニヤニヤする。
「そうなんだよな……。もちろん悪いことをして隠しているつもりはないんだけど」
「誰に何をどこまで知らせているか、という線引きがあいまいになってる」とリズに指摘される。
「どうしたらいいかな?」
「例えばOSのアクセス制限を参考にしたらどうかな?」
「えーと。ファイルにアクセスできるのは誰か、みたいな話か」
「そうそう」
「また2人で意味不明な話を始めるんだから」とセーラがむくれている。
「ごめんごめん。えっと考え方としては2種類あって、まず、レベルという考え方。これはそうだな、例えば王宮のどこまで顔パスで入れるか、みたいな話かな」
「国王陛下ならほとんどすべての場所に行けるけど、大臣クラスまでは許可されている場所、あたしみたいな騎士なら入れる場所、みたいな感じ?」
「そうだね。それからプロジェクトとか目的によって分けるグループという考え方がある。例えば王宮でも外交を専門に担当する部署、内政の部署、教会関係者が関わる部門などがあって、それぞれの担当者は別の部署に勝手に入ることはできないよね」
さすがにセーラは理解が早い。
「なるほどね。秘密を守るには、どのグループでどんなレベルにいる人物なのかを把握しておけばいいのか」
「そうだね」
「だけど、レベルとグループがたくさんあったら混乱するよね」
「だから、できればシンプルにしたいね」
「えーと、あたしが今把握しているくらいまで、デレクの秘密を知っているのは?」
セーラには俺が優馬の記憶を持っていることまで話してある。
「セーラの他にはリズだけだね」
そう言うとセーラはちょっと嬉しそう。
「それは最高レベルということよね?」
「そうだよ」
「その1つ下のレベルになると?」
「魔法システムを管理しているという話まで、かな。これはエドナさん、ケイ、メロディ、ダガーズの面々、ハグランドさん、それと今話しちゃったからナタリー、だな」
するとリズがコメントする。
「ザ・システムのある空間というか、もっと具体的にいえばお風呂に入ったことがある、ということにならない?」
「お風呂って何ですか?」とナタリー。
「あー。お風呂かあ」
「あれ、デレクはナタリーもお風呂に入れてあげるわけ?」とセーラ。
「ダガーズだって全員お風呂に入っているわけじゃないよ」とリズ。
「これは困ったな」
「困るようなことかしら? デレクが一緒に入ったりしなければ何の問題もないわ」とセーラは楽観的だ。
「え、一緒でもいいじゃん。楽しいし」とリズ。
セキュリティレベルの話が、いつの間にかお風呂の話になってる。
ナタリーはなぜ風呂の話をしているか分からないだろうな。ごめん。
リズがお風呂メンバーをリストアップ。
「これまでお風呂に招待したのは、セーラ、エドナ母さんとアルヴァ、ケイ、メロディ、それとエメル、ノイシャだね」
「デレクと一緒に入ったことがあるのは?」
「あたしとセーラだけじゃないかな?」
「ふふん」
セーラはちょっと得意そう。
「風呂から話を戻すとだね、さらに転移魔法、ストレージ魔法を知っているかというレベルがあると思う。オーレリー、サスキア、ニーファ、それからディムゲイトで手伝ってもらってたエステルたち4人、さらに桜邸にいるチャウラとガネッサ」
「結構多いねえ」とリズ。
「グループで考えると、俺とリズ、セーラを別にすると、ダガーズが1つのまとまりだな。例の指輪も渡してあるし。それからディムゲイト、エスファーデンの特務部隊の3人、桜邸の2人が1つのまとまり、という感じだな」
セーラが提案する。
「今の話のディムゲイトとかの合計9人に呼び名を付けておくといいと思うわ」
「確かにね」
ぼんやりした概念にちゃんと名前を付けると、コミュニケーションをとるときにも明確な意図を共有できるからとてもいい。
「あ、それがアルカディアでいいんじゃないの?」とリズ。
「そう? 実際に麻薬農園に乗り込んだのはダガーズだけど?」
セーラが賛成する。
「あたしもそれでいいと思うな。その9人に共通してるのは麻薬農園やガッタム家に対抗するという立場でしょ」
「なるほど。今までアルカディアは架空の組織だったけど、そう考えるとアルカディアでいいかな」
黙って聞いていたナタリーが質問。
「あたしは何をしたらいいですか?」
「ああ。今話をしていたメンバーはあとで紹介するけど、みんな元冒険者とか特務部隊の隊員とかなんだ。ナタリーには武力で敵に対抗してもらおうなんて考えてなくて、今考えているのは冷蔵庫と電子レンジ、それと洗濯機の専任スタッフだな」
セーラがプッと吹き出す。
「ははは。確かにそれは重要よねえ」
「本当だ」とリズ。
「え? つまりどういう?」
「これもあとで説明するけどね、先日結婚したメロディに今まで頼ってたんだけど、秘密にしている空間にある特殊な機器で、極めて重要な上に秘匿性が高いというか……」
「はあ」
「いいわね、ナタリーがまさに適任じゃないかしら」
セーラが笑顔でうなずいている。
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