暗殺者

 侵入してきた賊はすでに警備員を手にかけているし、遠慮はいらないだろう。


 ネコの「発射台」にはエンジェル・アローがとしてセットされている。

 ナイフ男に狙いを付けて……。

 発射。


 突然、胸から血を吹き出して崩れ落ちるナイフ男。


「あ? 何だおい、どうした」


 刀傷の男が急いで抱き起こすものの、胸から血が溢れ出していて、もう息がない。


「くそ。誰かいるのか?」

 ドアから廊下を見たり、窓の外をうかがったりするが、まあ、誰もいないわけだ。まさかネコに撃たれたとは思わんよな。


 俺だけネコの感覚共有を解除。

「あ、デレクのネコが外へ逃げていったよ」とリズが教えてくれる。


 今度は俺が邸宅の庭に転移。来客を装って入って行くことにしよう。もちろん、『変装ディスガイズ』で別人の顔。


「こんにちはー。誰かいませんかー」

 リズがイヤーカフで教えてくれる。

「刀傷の男が、オーナムさんとチャウラさんに猿ぐつわをして黙らせているよ」

 いないフリをしてやり過ごす作戦だな。


「誰もいないなら勝手に入りますよー」

 ズカズカと入り込む他人の家。人間目線でもかなり広い立派な家である。それにしてもほとんど誰もいないのは何故だろう?


 問題の寝室の前まで来た。

「オーナムくーん。いないの? 開けるよ」と尋ねてきた友人を装う。

 リズが教えてくれる。

「ドアのそばで待ち構えてるよ」


 低い姿勢をとってドアをバン、と開ける。とたんに、刀傷の男がナイフで切りかかってくるが、その位置には誰もいない。空いている腹にパンチを食らわせる。


 手応えはあったのだが、刀傷の男は比較的平気な様子。

「ふふ。やるじゃねえか、若いの」

 ありゃ。手強いな、こいつ。


 ステータス・パネルで刀傷の男をチェック。


 ヤレッツ ヒューバーグ ♂ 33 正常

 Level=3.3 [水]


 さっきパンチを入れた時に、男の腕にタトゥーが入っているのが見えた。

「これはこれは。海賊のヤレッツさんですか」

「ほう、何で俺の名を知ってる?」

「女を騙して使い捨てにする卑劣漢って、有名ですよ」

「けっ。何言ってやがる」


 などと煽っている間に『魔法無効化イモビライズ』を起動。


「1人で来たのかよ。バカだな。まあお前はここで死んどけ」

 そう言って刀傷の男、ヤレッツは身を翻してナイフで斬りかかり、同時に何か魔法を詠唱している。身のこなしがプロだな。


 俺は手甲で身をかばいつつ後ろへ1歩下がる。きっとこのタイミングでヤレッツの魔法が直撃するはずだったんだろう、だが何も起きない。

「あっ?」


 だがさすがプロ。間合いを取り直してもう一度攻撃の構え。

 まあ、何度やっても同じなのでこちらから。

「ダーク・グレイヴ!」

 重力が3倍になる魔法。ヤレッツはガクッと前のめりになる。

「エンジェル・アロー!」

 ナイフを持った手と両膝をレーザー光線で撃ち抜く。

「ぐあっ!」


 反撃できなくなったヤレッツを殴り飛ばしてロープで縛り上げる。

 オーナムとチャウラの猿ぐつわを解いて、さて、状況を説明してもらおうか。


「オーナムさん、お怪我は?」

「助かった。どなたかは知らないが、恩に着る」

「まあ、パンツくらいははきましょう。それにしても、この広い屋敷にほとんど人がいないのはどうしてですかね?」

「いや。この建物は敷地内のゲストハウスだから、来客がない限りは誰もいないんだ。本館には普通にメイドや使用人がいる」

 なんと。この広さでゲストハウス?


 話を聞くと、美人のチャウラにころっと騙されて、屋敷の警備が手薄な時間に、誰もいないゲストハウスに招き入れて、むふふ、という段取りだったらしい。


「男ってダメねえ」とセーラがイヤーカフから言っている。……俺もそう思う。


 『尋問上手』を起動してヤレッツに聞いてみる。

「どこの海賊団?」

「おめえになんぞ教えねえよ。ディリダ海賊団だけどな」

 おっと、これは。

「マミナクにも来てただろ?」

「知らねえよ。あっちに行ってるのは俺たちの仲間だが、俺は行ったことないね」

「エスファーデンで麻薬農園を作ってたのも、オタクたち?」

「さあ、何だか分からないね。そうだけどよ」


「マミナクから女の子をさらって行ってるだろ。どこに連れて行ってるんだ?」

「知らねえって言ってるだろ。俺たちの本拠はルリエ島にあるからそこだな。そこの麻薬農園で働かせたり、船に乗せて昼も夜も働かせたり、だ」

「それはひどいな」

「はあ? テメエはなんにも知らねえんだな。そりゃあ男だけの船に乗せられたら共有物だからなぐさみものにされるのは当たり前だが、女も船に乗っている間は無駄飯食わせるわけにいかねえ。食事作ったり、掃除洗濯、とにかく仕事は山程あるから働いてもらうんだ。そうこうしてる間に、海賊の仲間になっちまう女も多いし、女でも肝が据わったヤツは海賊船の船長になってたりもするんだぜ?」

「あ? そうなの?」

 そう聞くと誘拐結婚とあまり違わないような気がしてくる。

 っていうか、昔のイギリス海軍も海兵をほぼ誘拐同然の方法で集めてたと聞いたことがある。


「でも、麻薬農園では奴隷みたいに働かされているんだろ?」

「あのな。閉じ込めて死ぬまで働かせるのはゾルトブールやエスファーデンだけだ。ルリエ島の麻薬農園は普通の農園とたいして変わらないぜ?」

「どうして?」

「あはは。だって島全体が俺たちの領分なんだから、閉じ込めておく必要もないし、船がなければ逃げられないし。だから奴隷ってほど酷い扱いはしてないんだぜ。だいたいの農園はちゃんと給料も払ってるんじゃないか」


 なんか想像してたのと違う。


「ところで、ディリダ海賊団とガッタム家はズブズブの関係なの?」

「質問の意味が分からねえなあ。まあ、ズブズブというより、ガッタム家が元は海賊だからな」

「なんだって? ちょっと詳しく聞かせろよ」


「おめえになんぞ話すことはねえよ。カルヴィス島を本拠にしていたカルヴィス海賊団がデームスールに入り込んで商売をする時の顔がガッタム家だ。カルヴィス海賊団と俺たちの海賊団は、まあ兄弟みたいなもんだからな。仲良くやってんのよ」

 へー。そうなんだー。

「酷い話ね、それ」とセーラも初耳の様子。


 チャウラにも聞いてみよう。

「何でオーナムさんを誘惑することになったんだい?」

「名前も知らないあんたなんかに教えるわけないでしょ。『以心伝心の耳飾り』で国外の情報を集める仕事をしてたんだけど、相棒が死んじゃってお払い箱ってわけよ。ところがタダでは辞めさせてくれないわけ。最後にひと働きしてくれたらどこへでも行け、という話だったんだけど、甘かったわ」


 あ! 『耳飾り』のペアの片方か。だから名前だけに見覚えがあるわけだ。相棒はザグクリフ峠でブレードウルフのフェンリルにやられてたなあ。

 なるほどね。片割れの男の方がいなくなったら、女の方は用済みだ。だが情報を色々知ってるだろうから、最後にオーナムを誘惑する役目をさせて、ついでに男たちのなぐさみものにされてサヨウナラか。


「これからどうするつもり?」

「この国に居場所はないからどこかへ高飛びしたいかしら」


 すると話を聞いていたヤレッツが憎々しげに言う。

「ハッ。世界中どこへ逃げても俺たちの仲間が殺しに行くぜ。残念だったな」


 ガッタム家、ほぼほぼギャングじゃん。


 オーナムが俺に問う。

「お名前をまだお伺いしておりませんでした。それと、助けていただいたお礼をさせては頂けませんか」

「いや、礼などはいらないのですが、でしたら、賊を倒したのは警備の方とオーナムさんということにして頂いて、私の存在は秘密にしておいて頂けると有り難いですね」

「そんなことはお安いご用ですが、……しかし、あなたの目的が分かりません。単なる人助けというわけではありますまい?」


「私ども、麻薬ルートを追っている組織でして、あまり存在を表沙汰にしたくないというような事情が……」

 ちょっと苦しいかな?


 イヤーカフのあっちでセーラとリズが笑っている。

「あははは。ネコになって寝室で覗き見をしてました、とは言えないわよねえ」

 あのー。覗き見をしてたのは君たち2人だよね?


「オーナムさん、この男はここに置いていきますけど、この女はどうします?」

「騙されたと分かったら、もう顔も見たくないですね。この男と一緒に警ら隊にでも引き渡します」


 チャウラの顔色が変わる。

「ちょ、ちょっと待ってよ。警ら隊なんかに渡されたら、留置場の中まで殺し屋がやってきて殺されちゃうわ。ねえ、助けてくれないかしら」

「そんな義理はないし、もう君なんかどうでもいいんだが」とオーナムが冷たい返事。


 するとチャウラ、俺の方を見て懇願する。

「どこのどなたか存じませんが、どうかお願いします。ここから連れ出しては頂けないでしょうか。心を入れ替えて何でもお手伝いさせて頂きます」


 ヤレッツが憎まれ口をたたく。

「ハハハッ。あんちゃん、そんな女を連れていたら、世界中どこにも逃げ場所はないぜ。やめときな」


 うーん。

 確かに、チャウラはガッタム家の内情を知っていそうだから、ここで警ら隊に渡してしまうのは惜しい。

 だが、自分の保身のために男を騙して暗殺の手引をするような人間でもある。安易に信用してはいけない気もする。

 どうしよう。


 オーナム、少し考えて言う。

「さっきの、あなたの情報を他に漏らさないという条件を考えるなら、この2人を警ら隊に引き渡すのはやめておきます。警ら隊からはガッタム家や海賊に情報が筒抜けですし、私が女に騙された話を外でわざわざするのも家名に泥を塗るようなものです。この2人はこちらで適宜処分することに致します」


 え? 適宜って言った? ……ポーロック家も容赦ないな。


 チャウラ、俺に向かって必死に訴える。

「一度死んだつもりで何でもします。裏切った時には殺して頂いても構いません。どうか私を連れて行って頂けませんか」


 ガッタム家に戻ると、どうやら死ぬより辛い仕打ちが待っているらしい。


 イヤーカフからリズの声。

「あー。これはデレクが女の子を助けるパターンだ」

「確かに美人さんだけど……男ってダメねえ」とセーラ。


 ……俺もそう思う。

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