ネコだからいいじゃん

 泉邸にジャスティナを送ってから、例によってリズに呼びに来てもらう。

 リンキードの町で昼食。


 危ない所へホイホイと出かけるなとは言われたものの、馬車にずっと乗っているとヒマなわけだ。


 セーラは不満そうだ。

「デレクだけ、女の子とお出かけとか酷くない?」

「でもほら、ストレージの女性を解放しないといけないし」

「ジャスティナは随分楽しそうな様子で帰ってきたよ?」とリズ。


 セーラが提案。

「というわけで、またネコになってどこかを見に行きたいんだけど。本体は馬車にいるから安心でしょ?」

「いいねいいね」とリズも賛成。


 今日はエメルが馬車の座席の方に乗っている。先日、聖都の王宮にネコで忍び込んだ時の話をノイシャから聞いていたのであろう、エメルが当然のように俺の隣に座る。

「ですよね?」

「そうね。今日はエメルの番かな?」とリズ。

「あのー。俺の立場は?」

「もちろん、デレクが一番エライ人なわけだけど、エライ人は時に我慢も必要なわけ」

「うん。リズのいう通りね」とセーラがうなずいている。

「意味分かんないんだけど」


 どうやら俺の意見は自動的に却下されるらしい。どこかにあったな、そんな話。


 相談の結果、デームスール王国の王都、スールシティへ行ってみることに。

 スールシティは前に3人で行ったことがある。


 セーラは早速ネコと感覚を共有できたが、俺とリズはなかなかできない。

「ネコがいないのかな?」

「もう全員カラスでどうかな?」

「ここはロングスカートの国だから、デレクとしても問題ないわけか」とリズ。反論はできないけれども、だ。


 というわけで、全員がカラスと感覚共有。

「どこへ行ってみる?」

「あそこの丘の上にあるデカい邸宅はどうかしら」とセーラ。


 セーラのカラスが率先して飛び立つので、後を付いて行く。


 そうこうしている間、エメルがおれをがっちりホールドして離してくれない。俺の胸元や首筋に顔を擦り付けている。ネコがする匂い付けのようである。

「はぁ。しあわせ」なんて呟いている。

 エメルの髪が俺の鼻をくすぐる。いい匂いがする。


 3羽のカラスは揃って邸宅の高い塀に止まって中を窺う。

「こりゃ広いなあ」

「貴族とか王族の邸宅かしら?」とセーラ。

「デームスールには有力な豪商がいくつかあるらしいぞ。ガッタム家だったりして」


 あれ? エメルが俺の左手をとって、どこか暖かくて柔らかいところへ……。

「エメル、ちょっと……」

「ほーら。柔らかいでしょう?」と耳元でささやくエメル。


 セーラはそんなことに関係なく、屋敷の探検を進めたいらしい。

「敷地内にネコがいるわ。ほら。あれと感覚を共有できないかしら」

「それはやってみる価値があるな」


 感覚共有をいったん解除。見ると俺の指がエメルのあんな所に。

「エメル、それはルール違反っぽい。触っていいのはエメルの方だけ」とリズ。

 はあ? ルールがあるの? 何がルール違反なの? そして俺に発言権は?


「さあ、もう一度行ってみよう」とセーラは全然意に介さない様子。セーラはそういうところが謎なんだよなあ。


 俺は屋敷の庭にいたネコと感覚共有することに成功。

「あ、あたし、部屋の中にいるわね」とセーラ。

「あたしも。もしかしてセーラは毛の長い白ネコかしら?」

「じゃあ、リズは毛並みのいい黒ネコね」

「俺だけ外か」


「よし、セーラと一緒に屋敷を探検だ」

「うふふ。これは楽しいわね」

 家宅侵入……とは違うか。ネコはもともとそこにいたしな。とりあえず取り締まる適切な法律はないなあ。


「おっと、住人に接触」とセーラ。

「綺麗なお姉さんじゃん。やばいなあ、ほとんど下着だねえ」

「デレクが中じゃなくてよかったかな?」

「旦那らしい人が来たよ。うわ。いきなりキスだよ」

「夫婦かしら? どうやらここは寝室よね?」

「昼間っからラブラブだねえ」


 俺は屋敷の呆れるほど広い庭の隅でひなたぼっこである。俺だけ野良ネコかもしれない。なんだかなあ。


「あ、セーラ。あれやばくない?」

「ほんとだ。服も脱いで……これは凄いね」

「昼間っからあんなことしちゃうんだ」

「うわ。指をあそこに、ほら」

 一体二人は何を見ているというのか?


 ちょっと俺もそっちに混ざりたいなあ、とか思って屋敷の周りをウロウロする。


 その時である。

 高い塀を乗り越えてくる怪しい人影を発見。2人いる。


 早速、どこからともなく黒くて大きな番犬が3匹、猛ダッシュで駆け寄って来る。

「ワン、ワン、ワン、ワン、ワン、ワン」


 けたたましく吠える番犬たち。すると、怪しい人影から何かが射出された。魔法か?

 頭あたりを撃ち抜かれて瞬殺される番犬たち。


俺: おいおい、侵入者だ!

セーラ: あ、犬が吠えてたのはそれ?

リズ: でも静かになったよ?

俺: 番犬は魔法で瞬殺された。そっちに行くんじゃないか? 賊は2人。

セーラ: こっちのお二人さんはそれどころじゃないみたいよ?

リズ: うは。デレクほどじゃないけど、やばいね。

セーラ: え、デレクはあれより……?

俺: いやいや、君たち、そこにいると危なくないかな?


 警備担当らしいのが4人駆け寄ってくる。

「何者だ!」

「侵入者ーッ!」


 リズとセーラに聞いてみる。

「どうしたらいいと思う? どっちかの味方をするか?」


 リズが言う。

「こういう時は綺麗なお姉さんのいる方に味方と決まってるよ」

「そうね、そもそも邸宅に侵入してくるヤツは犯罪者よね」とセーラ。

「あ、お二人さん、やっと気がついたみたいだよ」

「これからだったのにぃ」

 何が?


 賊は2人とも少し小柄で黒っぽい服装に黒い覆面。

 賊の1人が警備員の前に立ちふさがって何か詠唱をしているっぽい。

「ウォーター・カッター!」

 あっと言う間に1人の警備員が胸から血を吹き出して倒れる。


 警備員の1人も魔法で応戦。

「エアロ・ブレイド!」


 だが、賊が腕にはめた小盾が、射出された斬撃を防いでしまう。


「フォグ・ウォール!」

 賊があたり一面に霧を発生させる。あっと言う間に周りが真っ白になる。


「エアロ・ツイスター!」

 さっきの警備員が旋風を起こして霧を払うと、4人いた警備員のうちの3人がすでに倒されている。賊は随分と戦い慣れしてるな。


 そしてそんな緊迫した展開には一切関係なく、俺の上着の隙間から中に手を入れて満足そうなエメル。


 セーラが感心している。

「かなり大きくなかった? ネコの目線で見たからかしら」

「でも一瞬でヘナヘナってなったね。あれは面白かった」

 何の話をしているのか。


 最後の警備員も倒されてしまった。

 賊2人はズカズカと邸宅に入り込む。後を付いていってみよう。賊は間取りもちゃんと把握しているみたいだ。迷うことなく廊下の奥の部屋へ。


 バンッとドアを開けると、ベッドの上にはほとんど全裸の男女。女性は黒髪をボブにしており、筋肉質でかなりスタイルがいい。さらに部屋の隅にちょこんと座る2匹のネコ。


「あ。賊がやって来たわよ。後ろのネコは、あれはデレクなの?」とセーラ。

 2元中継って感じになってる。


「何者だ!」と全裸男が言う。

 ちょっとステータスを見てみるか。


 オーナム ポーロック ♂ 28 正常

 Level=0


 チャウラ フォーニシップ ♀ 26 正常

 Level=1.2 [風]


 男の方は……ポーロックって、富豪の名前だったかな?

 あれ? この全裸のお姉さんはどこかで見た名前だが、誰だっけ? 顔に見覚えはないんだよなあ……。美人だから忘れるはずはないんだが。


 侵入してきた賊は大きめのナイフを取り出すと男に突きつける。

「なあ、あれを横取りしたのはおめえ以外には考えられねえって結論らしいぜ」


 オーナムという男(全裸)が応じる。

「ふざけるな! あんなところからどうやって運び出すっていうんだ」


 もう一人の賊が覆面を外しながら言う。男は赤い髪で、頬に刀傷の跡。

「おとなしくお宝のありかを白状したら、命だけは助けてやってもいい、って言われてるけど、さて、どうするね?」

「知らんものは知らん」


 そのやりとりの横で、案外余裕で衣服を身に着け始めるチャウラという女。

 それに気づいたオーナム(全裸)。

「あ? チャウラ、お前まさか!」


 ナイフを持った男が大笑い。

「あはははは。やっと気がついたかよ。こいつにお前を誘惑させてな、屋敷にほとんど誰もいない時間帯にわざわざ誘い込ませるように仕組んだんだぜ。おめえも性悪な女に引っかかったってもんだな」

「く、くそー」


 刀傷の男は腰から細いロープを取り出してオーナムを後ろ手に縛り上げる。

「ははは。パンツくらい履かせてやったらどうだい」とチャウラが笑う。

「くっ……」

 丸出しのオーナムくん、かわいそう。


 すると、刀傷の男は振り向きざまにチャウラのみぞおちにパンチを食らわせる。突然の攻撃を避けることができず、床に倒れて悶絶するチャウラ。

 男は懐から手枷を取り出してチャウラにはめる。

「……な、何を」


「騙されたバカはおめえもだ。ガッタム家の秘密を知っているおめえをこのまま生かしておくわけはねえだろう。ま、このあと、俺たちをせいぜい楽しませてくれよ。俺たちが飽きるまでは生きていられるんじゃねえかな」

「兄貴、いいなそれ。役得ってヤツだな」とナイフ男が笑っている。


「だ、騙したな……」

 チャウラは床に倒れ込んだまま立ち上がれない。手枷は魔法封じだろう。


 馬車の中では、俺たち3人で緊急会議。ただし、相変わらず視覚と聴覚は寝室でネコと共有したままである。


「どうなってんのこれ?」とリズ。

「えっと、男の方はオーナム・ポーロックといって、デームスールの富豪だ。襲ってきたのはガッタム家の手の者だろう」

「お宝って言ってたけど……」とセーラ。

「多分、ナルポートの富豪が隠し持っていた金塊だな」

「あー」とリズ。

 これはオーナムをどんなに痛めつけても知っているわけがないよなあ。……なんかごめん。


「女は誰?」とセーラ。

「うーん。名前はチャウラ・フォーニシップ。名前は知ってるんだけど顔は初めて見る」

「デレクが女の子の顔を忘れるわけはないねえ」とリズ。的確なコメントを有難う。


「とりあえず、オーナム・ポーロック氏には何の罪もないな」

「じゃあ助ける?」とリズ。

「女の方はどうする?」

「うだうだ言ってないでなんとかしてよ、デレク」とセーラ。


 そうだね。うかうかしているとすぐにもオーナムは痛めつけられそうな勢い。


「あれあれ。すっかりちぢこまってるよ」

 リズは何の話をしているのか。

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