エドナに叱られる

 緊張が解けたので、そのまま書斎で少々休む。ゾーイが気を利かせてお茶を持ってきてくれる。熱いお茶を飲むとお腹の中からほっとした気分になる。


「いやね、少しカッコよかったのは認めるけどね。あんな状況で言いたいことを言いたい放題したら生きて帰れるかどうかも分からなかったわけじゃない」

「ごめん。本当にその通り。でもね、ラカナ公国の、俺が顔を見知っている人も死んでるんだよな。ローザさんたちも死ぬような目に遭わせておいて、メディアときたらあんなに傲慢な感じでさあ。お前は国王が何をしていたのか知ってるのかよ、って聞きたくもなるだろう?」

「そりゃそうだけど、あたしに何かあったらとか思わなかった?」

「いや、セーラのことはもちろん死んでも守るつもりだったけどさ」

「あら、ありがとう。でもデレクが死んじゃったらダメよ」


「ふふふ。お二人は仲がよろしいですね」とゾーイ。


 さて、エドナに経緯を報告しないといけないなあ。

 セーラには書斎で待機してもらって、俺だけでエドナの所へ転移。


 少し青い顔のエドナが駆け寄ってきて、いきなりギューッと抱きつかれた。


「心配したのよ! あのね、危ないと分かっている所へホイホイ出かけないのよ」

「本当にすいません」

「セーラに言われたからってどこへでも行っちゃダメ。いまのうちからそんなんじゃ困るわよ」

「確かに」

 申し開きもございません。


 エドナは抱きついた状態から少し身体を離して、俺の顔を見ながら言う。

「あと、結構好き放題言ってたわね」

「相手の傲慢な感じにムカっとしまして」

「そういうのも自制が必要よ。しかも周りは敵ばかりだったのでしょう?」

「ええ」

「セーラを危険にさらすことになったのは感心しないわね」

「はい」


「でもまあ」と、ソファに座るように俺に促しながら言う。

「内容はその通りだし、相手も言葉に詰まってたようで、正直、ちょっとすっとしたというのはあるわ。次はもうちょっとうまくやんなさい」

「はい」

 

「で、そのメディア・ギラプールという御仁はどんな女性だったの?」

「俺の印象では燃え上がるような美人とでも言うんでしょうか。ただ、右目に眼帯してました。内乱の戦闘で負傷したんでしょう」

「ふむ」

「内乱への介入は多分上からの指示でしょうから、そのことにはあまり疑問は抱いていなかったようです。ただ、王の不審死あたりから多少の疑念は持っているようにも思われました」

「特務部隊って何なのかしら?」

「魔法が使える者、スキルを持っているものを集めて、国王直下の組織として便利に使っていたみたいです」

「とりあえず、ラカナ公国とエスファーデンの交渉は中断でしょうね。責任の追求も難しいかなあ」

「でも、後ろで糸を引いているのはガッタム家みたいですから、そこをなんとかしないと責任も何もないですよ」


「ところで、ダルーハンは寒かったみたいだからお風呂に入るわよね?」

「は?」

「夜になって、お風呂の用意ができたらリズに迎えに来るように言ってくれるかしら」

「はあ。まあいいですけど」

「ふふ。久しぶりにあのお風呂に入れるのは楽しみね。……デレクも一緒に入る?」

「いえ、そこは節度をわきまえたいかなと」

「デレクと一緒にお風呂。ちょっとワクワクするわねえ」

「ですから、俺じゃなくてアルヴァと入ってあげて下さいよ」


 泉邸の書斎に戻る。


「というわけで、夜は風呂に入ることになったんだが」

「えー。あたしは?」

 セーラにはイヴリンの目が光っているから難しいなあ。

「ちょっと方法を検討しよう」


「ところでここの書庫は、お手伝いを雇って整理を始めたんでしょ?」

「着々と進んでいるけど、量が膨大だからねえ」

「ペールトゥームの屋敷の書庫は荒れ放題って聞いてるけど、実にもったいないわね」

「確かに。そういえば、セーラのお父様が籠もっている書庫は何があるのかな?」

「あの書庫はそれほど古い書物はなくて、比較的新しい、法律とか制度に関する書籍が多いわね。だから、あたしの興味の対象とはちょっと違うのよ」

「へえ」


 夕方近く。リズからそろそろマッドヤードに到着すると連絡が入る。

「バッツ・インが空いていたら離れに止まりたいなあ」

「そこは何?」とセーラは知らないよな。

「前に誘拐された子供たちを助けたり、警ら隊と戦った時に泊まったんだよ。離れは襲われた現場だけど、泊まるだけならとてもいいんだよ」


 バッツ・インの前に馬車を止めたタイミングでリズに迎えに来てもらう。

 フロントに尋ねたら空いているものの、最大で8名と言われる。ラヴレースの馬車の御者とホルガーが本館の方に泊まることにして、こちらの馬車の5名とイヴリン、スザナの7名で宿泊。

 なんか、定宿になってきたな。


 離れの寝室は2つに分かれていて、例によってセーラはイヴリン、スザナと同室。


 夕食は例のゴミゴミした商店街あたりへ繰り出す。定食屋に毛が生えたようなレストランで食事。


「結局、ちょっと危険なデートを楽しんできたということですね?」とエメル。

 終始、あまり緊張感のなかったリズが言う。

「結局デレクもセーラも、素顔は晒してきちゃったけど、名前は出してないね。特徴のある魔法も使ってないみたいで、そこは良かったけど、ダニッチみたいに消えるところは見られちゃったわけだ」


「うーん、ハーロックとその関係者じゃないかと思ってるよね、きっと」とセーラ。

「できればもう会いたくないなあ」

「綺麗な人だったけど、眼帯してたね」

「前に遠くから見かけた時にはしていなかったと思うから、内乱の戦闘で負傷したんじゃないかな」


 隣のテーブルで楽しそうに食事をしているイヴリンやニデラフ兄妹は、まさかセーラがエスファーデンの王宮近くまで行って兵士の棍棒を真っ二つにしてきたとは夢にも思うまい。


 バッツ・インの離れには小さいながらバスタブ付きの浴室がある。

 セーラとリズの2人で浴室に、という言い訳で、謎研修所の風呂へ転移するという作戦。なんか、エドナとアルヴァも一緒になって楽しく入浴してきたらしい。

 アルヴァ……。お姉ちゃんたちと一緒か。


 その後で俺も入浴。

 なぜか当たり前のような顔をしてエメルとノイシャが入ってくるのは、リズが仕組んだ罠だな。

「えへ。デレク様」

「ささ。お背中をお流ししましょう。うふふ」

「何を遠慮しているんですか。……わあ」

「……」

「うふふ」


 翌朝。セーラの声で目が覚める。


「あら。デレクは女の子と一緒に熱い夜を過ごしたりしたのかしら」

 目を開けてみると、エメルとノイシャに挟まれて寝ている俺を発見する。

「あれ? ……リズはどこに行った?」

「あたしとリズはあっちのベッドで一緒に寝たけど」

 何がどうなっているのやら。……節度、か。



 午前中は久しぶりにディムゲイトに行って、ストレージに保管しっぱなしの女性たちを解放することにした。

 いったん泉邸に戻って、ジャスティナを連れて出かけることに。


「デレク様とお出かけは久しぶりです」

「えっと、そうだっけ? ロールストンの農園の時も、その前のダルーハンにも一緒に行ったよね」

「そういえば、あの箱いっぱいの魔道具くずれは……」

「魔道具くずれって。いや、たしかに大半はガラクタだったけど、掘り出し物もあったぞ」

「見せてもらってないですよね」

 ぐいぐいと俺に顔を寄せるジャスティナ。……今日の服は谷間がとても魅惑的だ。

「しょうがないなあ」

 ということで、もはや恒例となった感のある『精霊のランプ』。


 ランプに手を触れて、ジャスティナが唱える。

「火の女神様、精霊をお遣わし下さい」

 青い炎がゆらりと出てきて女性の形になる。驚いているジャスティナの方を見てにっこり笑い、こんなことを言う。


「未来を作るのは愛。あなたの内に愛を灯すのよ。やればできるわ」


 精霊は炎になって消えていった。

 一瞬の沈黙の後、ジャスティナ、爆笑。


「あはははは。こ、これ。そうかあ。そうだよねえ」

「え? 頑張れって普通に励ます言葉かと思ったけど?」

「ふ、ふふふ。デレク様」

 可笑しさを堪えきれない様子のジャスティナ。

「ん?」

「やればできますよ」

「え?」


 シーメンズ商会へ。エステルとズィーヴァが出てきた。

「あれから2組、聖都へ向かいました。この近隣で暮し始めた人もいますので、ベッドは20以上は空いています」

 それでも、ストレージに収納している全員は無理。まあ、取り出すのもしんどい作業だからぼちぼち進めるかねえ。


 ジャスティナと手分けして、捕らわれていた女性たちを次々に解放する。

 いつものように、ストレージから解放、目が覚めたら状況を説明、身体をきれいにしたり着替えたりして温かい食事、という流れ作業。

 2時間くらいで作業を終えるが、でもストレージにはまだ随分残ってるよなあ。


 ジャスティナはディムゲイトの街でスパイス類を買いたいというので、買い物に付き合う。

「お屋敷で、スパイシーな料理を作るのが流行っててですね」

「なるほど。しかし、いくらスパイシーでも、コカトリスの唐揚げは食いたくないかな」

「あはは。みんなかなり料理の腕が上がって来ましたから、もしデレク様がコカトリスを獲ってきても美味しく料理できると思いますよ」

「ホントかよ」


 ジャスティナは俺と腕を組んで楽しそうに街を歩く。俺の腕をお胸にグイグイ押し付けて、そして笑顔が眩しいなあ。なんか普通に楽しいぞ。


「そういえば、ドラゴンって何食べてんの?」

「えっとですね。多分場所としてはアドニクス王国か、ボルトリア王国のあたりに野生の牛とかヤギの群れがいる地帯があって、そこからヒョイヒョイと攫ってきて食べるみたいです」

「へー」

「あたしも見たわけじゃないですけど、野牛の群れなんか数十万頭規模でいるらしいですよ」

「へー」

「時々、捕まえた牛をうっかり落としてしまうことがあって、あちこちの地域に『空飛ぶ牛』の伝説が残ってるらしいです」


 あ。ダズベリーの定食屋『空飛ぶ黒牛亭』の名前はそこからか。

 意外なところで屋号の謎が解明される。

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