例の文書
午後はノイシャが御者でエメルが同乗。ランプの精を試してもらう。
ランプの精はにっこり笑ってこんな事を言う。
「結局、最後に勝った者が勝ちなのよ」
「あー。その通りかもしれませんねえ。うんうん」
何か心に刺さったようだが?
ランガムの町までまだ時間があるので、単身、ゾルトブールの現在の王宮の様子を見に行くことにする。セーラは一緒に行きたがるが、さすがにまだ街中がピリピリしていて危険だから諦めてもらう。
「じゃあ、エスファーデンでいいから、あとで連れてってよ」
「ああ、いいよ」
この安請け合いが、後でまたトラブルを引き起こすことになるのだが。
王都ウマルヤードは、北と南の2箇所に王宮があるが、普通に王宮と言った時には北にある方を指す。王宮は出入り口のチェックは厳しいが、転移していったん内部に入ってしまえば、中では色々な人が右往左往しているので、武装していない人間が怪しまれることはない。
ただし、重要な会議が開催されているあたりや、重要人物の近くは別。
廊下の途中に、武装した見張りが2人立っている。これは逆に言うと、その奥で何か重要な情報が得られそうだということだ。
見張りがいる向こうに、イビル・ディストーションで偽装して『
そのままこっそり歩いて行くと、聞いたことのある人物の声がする。
ダンスター男爵だな。
側近と話をしているらしい。廊下に佇んで、会話の内容を聞く。
「奴隷魔法に関係した貴族の処遇はどうなっている?」
「はい、証拠が明らかな件から裁判を行っております。最低でも爵位の剥奪、さらに傷害や殺人などの罪状が加わると極刑の場合もあります」
「今後、処刑される予定なのは?」
「既に処刑された前王、メヒカーム伯爵、バームストン男爵ら8名に続き、今後は12名が処刑される予定です」
ああ。レスリー王はすでに処刑されていたか。
本人も覚悟を決めていたし、やむを得ない。しかし、改めて耳にするとショックではあるな。
「犯罪の証拠が明確ではない貴族も残っていると聞いたが?」
「はい、数件ですが立証が難しい人物がおります」
「しかし、きちんと始末を付けなければ国民は納得しないだろう」
「はい。もう少しお時間を頂きたく……」
「名誉回復の方はどうなっている?」
「はい、シャデリ男爵のご令嬢、ジェイン様がプリムスフェリー家に保護されておりましたので、ご指示どおり王都に呼び寄せることにしております。所領は以前の通りに回復致します。同様に……」
シャデリ男爵の他にも、無実の罪で爵位を剥奪された人がいたらしい。相当ひどいな。
「ところで、ジェイン嬢はまだ幼い。後見人が必要なのではないか?」
「血縁者から、シャデリ男爵の
「うむ。それが良かろう。ただ、血縁的にはかなり遠いし、例のハーロック氏との約束もあるので、共同後見人として私の名前も挙げておいてもらえるかな?」
「了解しました」
おお。ダンスター男爵、有難う。
「さて、例の文書はどうなったかな?」
「相変わらず見つかっておりません」
「うーむ。王宮の書庫にないとなると、どこにあるだろう?」
「噂では、地下に隠された書斎があって……」
「いやいや、王宮を隅々まで探したが、そんなものはなかったではないか。そもそも、蔵書をそんなに厳重に隠しておくだろうか?」
ふむ。「例の文書」って行政文書とかじゃなくて蔵書なのか。
「やはり、内乱の際に持ち出された中にあったと考えるべきかと」
「しかし、持ち出された先は例の別荘ではなかったなあ」
「エスファーデンから特務部隊が来て、あれこれ探っている模様です」
「彼らが探しているのは、別な何かではないのか?」
「それも不明で」
「折を見て、特務部隊は追い出した方がいいのではないかな」
「しかし、かなりの実力を持ったものが含まれているとのことですので、下手に手を出すのはよろしくないかもしれません。しばらく様子を見ましょう」
話が終わって、側近の男性は部屋から出てきた。髪の毛が緑色。
ステータス・パネルで見る。
ラナフ ノッケン ♂ 28 正常
Level=2.0 [風]
この男性は、例の麻薬農園を襲撃した時のメンバーじゃなかったかな。後をつけて話を聞いてみるか。
王宮から出て、ノッケン氏、表通りを歩いて行く。さて、『
「失礼ですが、ノッケンさんではありませんか」
「あ、はあ。どちら様でしょうか」
ここで『尋問上手』を起動。
「ディムゲイトで海賊から妹を助けて頂いたボガスと申します。その節は大変お世話になりました」
「えっと、そんなことありましたっけ?」
もちろんそんな事実はない。
「失礼ですが、こちらには、どのような御用でいらっしゃいましたか? 王宮の書類に関する何かでしょうか」
「ちょっとそれはお話できません。ただ、書庫にあったはずの古い蔵書を探していますけれど」
「内容をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「極秘任務ですのでご容赦下さい。ですが、数百年前に記された日記のようなものですよ」
え?
「それは『エインズワースの交友録』とかですか?」
「詳細はお話できませんが、まさにその通りです。ゾルトブールにその原本にほぼ忠実な写本があると言われているのです」
「なぜそれを探し求めているのですか?」
「詳細についてはお話できません。しかし、歴史上の最大の謎と言ってもよい、魔王出現の理由について解明するヒントがあるはずなのです」
エインズワース氏が日記を書いたのは、魔王が出現するより数十年も前のことではないだろうか? どういうことだ?
「その写本から何が分かるのですか?」
「これはスートレリアのメローナ女王陛下からのご指示で、詳細までは分かりません」
ふーむ。本当に知らないらしいな。
「ゾルトブール王宮に秘密の地下室がありますよね?」
「徹底した探索にも関わらず、そのようなものは発見できていません」
そうそう、これも聞いておこう。
「反乱軍がマミナクを制圧した時、ダンスター男爵はどうしてマミナクに駆けつけなかったのでしょう?」
「市内で戦闘になると多数の死傷者が出るでしょう。それを避けることがまず第一の理由です。それと、反乱軍を後ろで操っているのがエスファーデンだというのは分かっていました。とするならば、マミナクをできるだけ無傷で手に入れたいはずで、港湾施設をはじめとする公共施設に手を出すようなことはあるまいと判断したのが第二の理由です」
なるほど。実際にマミナクでの騒乱は大きな戦闘になることもなく、沈静化されている。ダンスター男爵の判断が正しかったわけか。
ここで『尋問上手』を解除。
「ノッケンさんは覚えていらっしゃらないかもしれませんが、あの時は本当に助かりました。お礼を言えないままでしたので心残りでした。ここで会えてお礼を申し上げることができて、本当に良かったです」
「は、はあ。そうですか。いえ、あまりお気になさらぬよう」
ノッケン氏、首を捻りながら去っていく。まあ、色々ゴタゴタしていたし、そんなこともあったかなあ、くらいの認識でいてくれるだろう。
しかし、モヤモヤしていた「例の文書」の正体が判明。
馬車の一行が休憩時間をとった時に、リズに迎えに来てもらう。
「ダンスター男爵が探している文書は『エインズワースの交友録』だ」
「え?」
セーラも意外という表情。
「ということは、この前、誕生日プレゼントでもらったものが、まさにそれってこと?」
「みたいだねえ。魔王が出現した理由につながるヒントがあるそうで、スートレリアの女王陛下からの命令で探しているらしい」
「日常のことを思いつくままに書いた、単なる日記よねえ? 写本もいくつかあるでしょう?」
「それが、ゾルトブールのものが原本にもっとも忠実らしい」
「ふーむ。何かの事情で他の写本からは除かれた部分が重要ということなのかしら」
「その可能性が高いと思う。確か、メローナ女王は『理解』の
「なるほどねえ。……ただまあ、時間がある時に単なる読み物としてぼんやり読むのにはいいわよ。短い文章なんだけど、ちょっとしたユーモアみたいなのがあって」
「確かにね」
「それで、いろいろ面白いことに気づいたわ」
「どんなこと?」
「この日記の作者は、どうやら別のペンネームで小説か何かも書いているらしいのよ。それが結構エロい内容らしくてね」
「ほほう」
「最初に読んだ時はよく分からないんだけど、ぼやかして書いてある部分は、実は当局に追求されてしらばっくれたり、奥方にバレないように必死に言い訳している箇所らしい、ってわかると結構面白いのね」
「なんだそりゃ」
「あとね、この人、ヒックス伯爵と友達らしいわ」
「え? 『メレディスの手記』のあのL氏だよね?」
「そうそう。世間的には忘れ去られたヒックス伯爵が田舎で隠遁生活を送っていることも知っているし、葬儀にも参列している」
「へえ。ヒックス伯爵の奥さんのことは?」
「奥さんの話は出てこないわね。ヒックス伯爵のことをすごく尊敬しているという記述が数か所にある」
「ほう。そんな繋がりがあったとはねえ」
「ペンネームで書いたという小説もどこかから出てくると面白いんだけど」
「三百年前だろう? 今読んで面白いかねえ?」
「それで、『交友録』はダンスター男爵に渡すの?」
「エスファーデン側が探しているのも同じ文書だとしたら、現時点で渡すのが正解なのかはちょっと分からないなあ」
「無用の争いの原因になるかもしれないね」
「そうなんだよ。ただね、例の歴代の王の犯罪の証拠が沢山あるじゃない。あれは返そうと思う」
「どうして?」
「本来、シャデリ男爵が無実の罪に陥れられた証拠をもらう、という約束だったんだが、どの書類なのか分からなかったから全部持ち出したわけ。現在ゾルトブールで進めている貴族の裁判の証拠として役立つものもあるかもしれない」
「そっか。まだちょっと見てみたい気もするけど」
「いやあ、けっこうエグい犯罪記録の宝庫だから、捨てるのはためらわれる反面、手元に置いておきたくないという気もするんだよな」
「マリリンは残念がるかもね」
「いや、新作が胸糞悪い犯罪小説になる前に、やっぱり返そう」
「あはは。それは確かにね」
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