セーラと馬車の旅

 メロディの結婚式に出席するため、今日から2週間、ダズベリーへの往復の旅行である。予定通り4人乗りの馬車に俺とリズ、セーラ。そして御者を交代しながらエメルとノイシャが担当。

 さらに、ラヴレース公爵家からセーラの侍女としてイヴリン・モスブリッジという栗色の髪の女性、メイドとしてスザナ・ニデラフ、護衛としてホルガー・ニデラフという男性。


「あれ? モスブリッジって?」とセーラに聞いてみる。

「ええ、白鳥隊のヴィオラの妹にあたるんだけど、彼女、庶子でね。公爵家に使用人ということで来ているのよ。今回彼女が来るとは思わなかったわ」

 そう言われてみれば、髪の毛の色が違うくらいで、ヴィオラ嬢と良く似た雰囲気がある。そして、お胸が大きい。


「仲が悪いということではないんだよね?」

「むしろ小さい頃からの顔なじみだし、使用人というよりは友達に近い感覚かなあ。今回一緒に行くことになったのは、多分、エヴァンス家にお邪魔することにした関係だと思うわ。彼女の母親が、ルパート卿の前の奥さんのシシリーと親戚らしいのよ」

 他人の親戚関係はなんだかよく分からん。

「シシリーの実家はクデラ家といって、エヴァンス伯爵家の傍系で、格闘術に長けた家系なのよ。あたしも小さいころにクデラ家の先生に手ほどきを受けたことがあるわ」


「スザナとホルガーは……」

「ホルガーは兄さんで、スザナが妹ね」

 どちらも黒い髪に灰色の瞳。すらっと細身で鞭のようなしなやかな体つきである。

「ホルガーは見た目以上に強くて頼りになるわよ」

「それは心強い」


 そういうわけで、4人乗りの馬車2台に分乗して出発である。


 初日、午前中の御者はエメル。

 天気はあまりよろしくない。薄曇りながら冷たい風が吹いている。


 馬車の中では、完成したての『ダガーズの指輪』をセーラとノイシャに説明する。

「何よ、ほとんど無敵じゃない。相手の魔法を封じることができる上に、『デモニック・バイト』でどんなものにも断裂を入れることができるんですって?」

「いやいや、どんな魔法士でもそうだけど、飽和攻撃には弱いんだな」

「つまり、大人数で弓矢の攻撃をするようなやつね?」

「エスファーデンの怪物級の魔法士、メディア・ギラプールもそれで負傷して療養中らしいからな」


 指輪を手に、セーラは新しいおもちゃを買ってもらった子供のように楽しそうだ。


「『ネームプレート』っていう魔法はいいわね。相手の名前がパッと出る」

「俺がパーティーという戦場で生き残っているのは、もっぱらこれのおかげ」

「ふふふ。確かにデレクは男の人のことはすぐ忘れちゃうみたいだからねえ」


「偽名を使っている人もすぐ分かるけど、注意しないといけないのは、例えば孤児院の出身者みたいに、自分でも本名を知らないようなケースかな」

「なるほどね」


 一通り指輪の説明が済んだところで、取り出したのは『精霊のランプ』。

 ダンジョン固有IDの箇所を修正し、詠唱も調べておいた。

「何これ?」と3人とも不思議そうに見ている。


 ランプに触れながら、短く詠唱。


「火の女神様、精霊をお遣わし下さい」


 すると、ランプの芯穴(芯を出して火を灯すための穴)から青い炎のような光がゆらりと現れると、15センチほどの輝く女性の姿、つまり「ランプの精」になった。見つめる女性陣から「おー」と感嘆の声。


 ランプの精は俺の方を見てにっこり笑って一言。


「女の子はね、こっちを見ているうちに声をかけないとダメよ」


 そして再び青い炎のように芯穴に消えていった。

 俺以外、爆笑。


「……余計なお世話だ」


「あははは。これ、いいわねえ。何? ランプの精霊なの?」とセーラ。

「あ、うん。特に意味のないことを一言だけ言ってくれるらしい」

「あたしもやっていい?」

「どうぞどうぞ」


 セーラが同じようにランプに触れながら唱える。

「火の女神様、精霊をお遣わし下さい」

 同じようにランプの精が現れ、セーラに向かって一言。


「思い出して下さい。世の中の大部分はあなた以外でできているんですよ」


 思わず吹き出した俺をセーラが睨んでいる。

「これ、何か皮肉を言う魔法なのかしら」

「……そんなことはないと思うけどね」


 今度はノイシャがやってみる。ランプの精が現れ、一言。


「水に飛び込んだら、水面みなもに映っていた綺麗な月は手に入るかしら?」


 セーラがニヤリと笑う。

「意味深ねえ」

「いや、プログラムを見た限り、ランダムなはずだけど」


 最後にリズ。ランプの精が現れ、一言。


「高い木には登るときより、降りる時にこそ注意すべきなのよ」

「……だから何?」とリズ。

 出典は『徒然草つれづれぐさ』かな?


 ちょっとした暇つぶしが終わると、あとは馬車に揺られるだけ。


 セーラが提案。

「せっかくデレクが指輪を作ってくれたし、聖都でそれぞれが別々のネコと感覚共有をするという遊びはどうかしらね」

「いいねいいね」とリズ。

「あたしだけ仲間はずれじゃないですか」とノイシャが不満そうだ。

「じゃあ、ノイシャにはデレクの隣に座って、デレクを好き勝手に触る権利をあげます」とリズが勝手なことを言う。

「ん。まあいいか」とセーラ。おいおい。


 王宮前あたりにネコがよくいるので、そのあたりを思い浮かべて『遠隔隠密リモートスニーカー』を起動。

 少し寒いので、王宮前には厚着の人ばかり。

「スカートの女性は見当たらないなあ」

「さすがデレク、全方位を瞬時に観察するのね」とセーラ。

 いやあ、それほどでも。

 あ。ノイシャが俺の耳に息を吹きかけている。ちょ、あの。ねえ。


「あたしの目の前に白のパンツルックに毛皮のコートの女の子がいるんだけど、わかるかしら」とセーラ。

 どこかと思って(ネコが)キョロキョロすると、どこかの事務所の前に立っている女の子と、そばにちんまりと座っている白いネコ。

「発見した。そっちへ向かうよ」

「あ、デレクは黒ネコね」

「あたしもそっちへ向かってるよ」とリズ。どうやら丸っこいキジトラがリズのようだ。


 ネコが3匹も集まってきたので、女の子は少し驚いているみたいだ。

「朝からネコの集会かしら」なんて言っている。


 一方、ノイシャはおれにしがみついて色々な所をさすっている。あ、そこはダメって。

「ふふ。どうですか、デレク様」

「デレク。こんなところで欲情してたら許さないわよ」とセーラ。

 どうしろって言うんですか。


「ねえねえ、あたし、王宮に忍び込んでみたいんだけど」とリズ。

「お、いいわねえ」と乗り気なセーラ。

 白ネコ、黒ネコ、キジトラで列をなして王宮に入り込む。まあ、門番はぼんやり見ているだけだけどね。


 中庭を見渡せる場所に来ると、黒い制服姿の男女が20名くらいで隊列を組んで行進している。騎士隊と違って武器は携行していない。

「あ、あれは親衛隊の訓練ね」とセーラ。

「へー。騎士隊じゃなくて親衛隊か。初めて見た」

「あっちの回廊に立ってるのは王太子ね」

「あれが噂の王太子か」とリズ。そうか、リズは直接見るのは初めてか。


「ちょっと王太子をスパイしに行ってみよう」とセーラ。

 さすがにネコが3匹もまとまって行ったら怪しいので、セーラの白ネコだけで近づく。


「王太子は誰かと話をしてるわね」

「ネコのままでも『ネームプレート』は起動できるよ」

「あ。本当だ。これは便利。……知らない人ねえ。親衛隊にどんな人材を集めるべきかみたいな話をしているわ」

「へえ。王太子も仕事をする気になったのかな?」


「えーっと。魔法が使える人や、エクストリを集める必要がある、なんて言っているわ。エクストリって何かしら」

「エクストリってのはスキル持ちのことだ。デルペニアとかエスファーデンで聞いた言葉だな。しかし、スキル持ちエクストリなんてそこらへんに転がっているもんじゃないだろう」

「うーんと、スカウトという能力があるからそれで集めるんだって」

「え? それってエスファーデンの特務部隊と同じじゃん。しかし、スカウトの能力持ちなんてどこにいるんだろう?」


 ちょっと時間が長くなったせいか、ネコが他の方に行きたがっている。腹が減ったか、喉が乾いたか。制御が難しくなってきたので感覚共有を解除。


 目を開けるとすぐ前にノイシャの紅潮した顔がある。

「ちょっと好き勝手しすぎじゃないかなあ」

「えへへ。次回はもっとがんばります」



 昼少し前にフェアラムの宿場に到着。

 昼食を取りながら、セーラに同行する3人と話をすることができた。


「イヴリンさんはモスブリッジ家の方なんですって?」

「はい、そうなんです。白鳥隊にいるヴィオラは2つ年上のお姉さんです」

 セーラが余計なことを言う。

「イヴリン、デレクはどうもヴィオラの豊かな胸が気になってしょうがないみたいだから、あなたも気をつけなさいよ」

「あら。はい、お手柔らかに」

「セーラ、それは酷いんじゃないかな」

 しかし、ニコニコと笑うイヴリンはとても可愛い女の子だ。お胸も大きいし。


「ニデラフさんはご兄妹きょうだいと聞きましたが」

「ええ、昔から公爵家に仕えている血筋でして」


 ちょっとステータスを確認。


 ホルガー ニデラフ ♂ 24 正常

 Level=0


 スザナ ニデラフ ♀ 22 正常

 Level=2.0 [土*]


 あれ?

「ねえ、スザナって魔法が使えて結構強いんじゃないの?」とセーラに聞いてみる。

「そうなのよ。メイドって名目で付いてきてもらってるけど、実は護衛が2人と同じことね」

「つまり、ニデラフ家が、公爵家の荒事担当みたいな?」

「まあね。クデラ家も含めて、他にもそういう家はあるけど」

 他にもあるのかよ。


「ちなみに、セーラと戦ったらどっちが強い?」

「それはあたしね」

「……護衛の意味ある?」

「そりゃ、護衛が付いていると分かったら、ちょっかいをかけてくる手合が少なくなるでしょ」

「でも見た目はメイドでしょ?」

「あとは、お母様が安心なさるわ」

「あー。なるほどね」


 その会話を聞いていたホルガーが追加情報を。

「それと、スザナはお酒にかなり強いので、セーラ様より先に潰れる心配はありません」

「すごく納得しました」

「何言ってんのよ」とセーラはちょっと不満顔。


 いやいや、重要だろ。お母様の心配もよく分かります。

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