ダンジョンの屍
夕方近くになってランガムの町に入る。
エヴァンス伯爵の邸宅は、川沿いの街道からも目につく少し小高い丘の上にあった。以前からでかい邸宅があるなあとは思っていたが、それが伯爵邸だった。
馬車で近づいていくとさらに大きい。さすがに聖都の公爵家の屋敷ほどの規模はないが、ダズベリーの屋敷の倍はあると思われる。
エントランスの前にはかなり大きな何かの石碑があって、その周りがロータリーのようになっている。車止めに馬車を止めて荷物などを下ろしていると、ミシェルと兄のアンソニーが出迎えてくれた。
「やあ、デレク。この前はどうもすまなかったね」
井戸の話だが、あれはミシェルには内緒だ。
「あら? お兄様はいつの間にかデレクと仲良しですのね」とミシェルが訝しむ。
寝室に案内されたが、セーラとは別室。
「えー。婚約者だし、一緒でいいじゃない」とセーラが言うものの、イヴリンに却下されてしまう。
「いえいえ、そういうことがないようにと、私が付いて参っているわけです。イライザ奥様から念押しをされておりますので、どうか」
俺とリズはいとこ同士だし同じ部屋でいいか、ということになる。セーラは不満顔だがまあ我慢して欲しい。
夕食前に泉邸の書庫に転移して、歴代の王の犯罪の証拠書類をストレージに格納。
他の古文書は着々と分類の作業が進んで、タイトルや大まかな内容が書かれたメモが添えられてるが、こちらの犯罪記録は手つかずのようだ。単に手伝いで来てもらっているリアーヌとマリエッタにこんなものを整理してもらうのは意味もないし、精神的にきついだけだろう。読んでいないようで良かった。
次に、秘密の地下室に転移。
今回は光系統の魔法『
ストレージから書類ケースを取り出して、適当に書棚に詰め込む。
最後にダンスター男爵の執務室にこっそり転移して、用意しておいた、秘密の地下室への入り方を教える手紙を残してくる。歴代の王とグルになって悪事を働いていた貴族に関する証拠があるぞ、とも書いておいた。
これで悪徳貴族の処分や、所領の割当がスムーズに進むといいのだが。あとはダンスター男爵にお任せだな。
夜になって雨が降ってきたようだ。日中に降られなくてよかった。
夕食は、イヴリンやニデラフ兄妹、それにエメルやノイシャも同席することに。これは、イヴリンがルパート卿の前妻であるシシリーの縁者だから同席させたいというセーラの希望によるのだが、貴族の夕食としては珍しい。
例によって気ぜわしく、しかし楽しげに登場したルパート卿。
「おお、久しぶりだね、セーラ。そしてデレクくん。婚約したってねえ、おめでとう」
「どうも有難うございます」
「イヴリンほか、供の者の同席をお許し下さって感謝しております」とセーラ。
「いやあ、たまにはこういう格式にとらわれないのも良いものだよ。だからほら、イヴリンも他の方も、遠慮せずに楽しくやりたまえ」
そう言われても、貴族の家柄とは全然関係のないエメルやノイシャは少し戸惑っている。いつもは自分たちが給仕する側なので落ち着かない風でもある。
気を使ってくれたのか、アンソニーが彼女らについて質問してくる。
「そちらのお二人はデレクくんのところのメイド兼御者と聞いているけど?」
「ええ。格闘術の訓練もしていまして、護衛も兼ねています」
「あ、もしかして例の暴漢が乱入した時の?」
「ええ、賊と互角以上に戦って屋敷を守ってくれたんですよ」
すると、本職のホルガーが言う。
「なるほど。道理で身のこなしに隙がないと思いましたよ」
エメルが謙遜して言う。
「いえ、まだまだです」
「デレクの屋敷には体術のトレーニングができる場所があって、メイドたちもかなり強いのよね」とセーラ。
「へえ。それは今度お邪魔してみたいものですね」とスザナ。
どこにでも拳で語り合いたい人っているもんだなあ。
「この前、セーラと試しに組んでみたら一瞬で組み伏せられて驚いたんだけど、セーラの言うにはアンソニーはもっと強いと……」
するとホルガーが言う。
「それはそうでしょう。アンソニー様は騎士隊にいる当時は、ブライアン様と並んで
「それはすごいですね」
俺はアンソニーの強さはあまり知らなかったが、それは相当な強さだな。
謙遜するアンソニー。
「いや、現場で役に立つかどうかという点で言えばブライアンには到底及ばないよ」
ちょっと失礼して、ステータスを確認。
アンソニー エヴァンス ♂ 22 正常
Level=3.1 [土*]
なるほど。これはかなり手強そうだ。しかし伯爵家の長男だし、現場を体験したあとは伯爵の跡継ぎとして勉強中なんだろうな。
セーラが思い出したように言う。
「ねえねえ、あたしそのうちダンジョンに行ってみたいと思ってるのよ。アンソニーも一緒にどうかしら?」
「ダンジョンか。数年前に騎士隊の友人に連れられてグヴァンゴンのダンジョンに行ってみたんだが、あれは対人の戦闘とは勝手が違って難しいね」
「グヴァンゴン? 聞いたことないわね」
「スカーレット辺境伯領のかなり奥地でねえ。行くまでがまず大変だった」
「あたしはフィアニカのダンジョンでいいんじゃないかと思ってるんだけど」
「なるほど。ブレイズの近くのダンジョンか。聖都からもそう遠くないね」
「デレクもダンジョンには2回ほど行ったことがあるそうだから、メンバーを集めて行ってみたいのよ。シャーリーやカメリアもその気があるみたいだから誘うわ」
「いいよ。日程が合えば行ってみようか」
「本当? やったぁ!」
するとルパート卿が興味深い話をする。
「ダンジョンといえばだね、このランガムの近くにも昔、ダンジョンがあったらしい。わしが先代から聞いた話だが、数十年前に消滅したらしい」
それは面白いな。少し質問。
「消滅したら、跡地はどうなるんですか?」
「うむ、それがな、洞窟のような穴が残るとか思うじゃないかね。違うらしい。外側の神殿風の建築物と入り口だけは残るものの、中に入れなくなるというんだな」
「父上、それはどのあたりの話ですか?」とアンソニー。
「ここからティンブリッジへ向かう途中の森林地帯のあたりだ。それでな、ダンジョンが存在している間は外側の建築物はちゃんとしているんだが、ダンジョンではなくなったと同時に、見る見るうちに朽ち果てていくらしいんだ」
「それは不思議ですね」とホルガーも驚いた様子。
それはまさにダンジョンの
俺も少し情報を提供しよう。
「ダンジョンで魔道具を拾得することがありますが、拾ったダンジョンが消滅すると魔道具も使えなくなるようですよ」
「なんと。それは本当かね」とルパート卿。
「はい。考えてみれば、そうでないとこの世は魔道具で溢れてしまいます」
「ああ、確かにそうだなあ。しかしそうなると、貴族や王室の宝物庫に大切に保管されている魔道具のいくつかはもう使えないという可能性もあるな」
「そういう賞味期限切れの魔道具はあると思いますね」
「これはいかん。ウチの宝物庫の魔道具も調べてみないとな、アンソニー」
「ははは。確かにそうですが、ウチにはそれほど沢山はありませんよ」
我々がダンジョンの話で盛り上がっている間、ミシェルは退屈そうにしていた。申し訳ないことをした。
食後はしばらくワインと地元の珍味などを楽しんだあと、各自の寝室に引き上げる。
「セーラ様。殿方の寝室に忍んでいくような真似はなさりませぬよう」とイヴリンが釘を刺している。不満そうなセーラ。
リズに寝室にいてもらって、俺は魔法管理室で『耳飾り』の情報をチェックする。
【反乱監視】 L3d1R7sh
▽: 貴族の裁判は証拠が揃ったものから進行中。ただし、嫌疑はあるものの、証拠が十分でないものも多い模様。
▲: 並行して、新しい所領の割り当て案を作成せよ。
▽: 裁判の目処が立たないと難しい。
【ダンスター側近】 2Ue5w9Ci
▽: エスファーデンの部隊の動きが慌ただしい。何かがあったらしい。
▲: 探している例の文書が見つかったのか?
▽: そうではないらしい。国内で大きな出来事があったのかもしれない。
▲: 情報を集めて欲しい。
▽: エスファーデンの部隊のスキル所有者の能力が分かった。「探索」らしい。
▲: それはどんな能力なのか?
▽: 自分が知っているものなら探し出せるということらしいので、知らない書類を探すことはできない模様。
しかし、スキル「探索」かあ。案外役立たずなのか?
エスファーデン側はどうかな?
【マミナク監視】 j9S5ugAo
▲: 国王が崩御された。
▽: 本当か?
▲: 詳細は明らかにされていないが、事故とのこと。
▽: こちらはどうしたらいい?
▲: 引き続き任務に当たられたし。
【ウマルヤード監視】 Y8qbb3T6
▲: 国王が崩御された。
▽: こちらはどう対応すべきか?
▲: 崩御の情報はしばらく伏せておくこと。ただし、ラカナ公国との交渉は一時中断する旨を通告せよ。
▽: 了解。例の文書だが、内乱の最中に搬出された中に紛れている可能性が高い。
▲: スートレリア側の手には渡っていないのか?
▽: ダンスター男爵が同じ文書を探しているのかは不明。
搬出された中にある、ということは泉邸にあるのか? エスファーデンの手先が探している文書は相変わらず何なのか分からん。
ペギーさんの所はいつも正確だな。
【ハイランド商会】 tHn41Bz6
▽: エスファーデン王が崩御したらしい。麻薬農園で襲撃されたとのこと。
▲: 今後の動きは?
▽: ガッタム家がどう動くのかによるが、本格的にガッタム家の
ふむ。この件に俺が関係しているのは確かだが、王が死んだのはまあ自業自得だし、エスファーデンを積極的に助ける理由もない。
今後の成り行きについては見守るしかないってところだな。
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