ニーファ

 知らぬこととはいえ、エスファーデンの国王が死亡する原因を作ったことは、そりゃあ気になる。

「でも、麻薬農園で悪役ヅラしてたら、やられても仕方ないよなあ」

 夕食を食べながらセーラとリズに愚痴る俺。


「直接手を下したわけじゃないし、今回、たまたまデレクがきっかけを作っただけで、結局、いつかはそうなったんじゃないかなあ」とセーラ。

「あの場にセーラがいたら、迷わず一刀両断してたような気もするな」

「ああ、きっとそうね。ハダカの女の子を縛って人質にするようなヤツに正義があるとは思えないもんね」


「しかし、偶然なんだけど、ゾルトブールの農園の見張り役が手を下してくれたのは、今考えてみると良かったのかもしれない」

「そう?」

「エスファーデンの息のかかった連中が反乱軍を裏で扇動していたのは、これは証拠もある明らかなことなので、ゾルトブールの人たちがエスファーデン王国に対して憤りを感じていたとしても不思議ではないわけだよね」

「なるほど。しかも襲われたのは麻薬農園だし、エスファーデン側が純粋な被害者の立場を訴えるのはおこがましいわね」


「だから国王の崩御も、例えば事故死や病死ということにして、都合の悪いことは隠したまま幕引きを図る可能性が高いね」

「そうね。でも、水面下では犯人探しは続くと思うけど」

「一方、ウマルヤードにあったラカナ公国の大使館が襲われた件で、ラカナ公国が謝罪と賠償を求めているから、これがどうなるか」

「そうなんだ。……死んだ王様のせいにしてウヤムヤにするんじゃないかしら」

「ありそうだなあ」

 エドナも心配していたが、少し面倒なことになるかも。


 食事が済んでセーラは帰っていった。


 俺とリズは魔法管理室へ。

 「ダガーズの指輪」用の『人物探知ソナー』を開発しようというわけだ。


「人数だけ調べるようにするんだっけ?」とリズ。

「いや、それがね、この前デルペニアで入手した魔法スクロールに『愛する者たちの試練』というのがあったじゃない」

「あ、『以心伝心の耳飾り』を手に入れる条件を示してくれるらしいやつか」

「あの魔法のソースプログラムで魔法の起動条件を見たら、魔法システムの管理者権限がなくても個人の固有IDから性別くらいは取得できるみたいなんだ」

「これまで、個人情報はビナーのレコードから取得してたよね?」

「それだと普通の冒険者が魔法を起動したときに、対象となる2人が男女のペアかどうか分からないだろ?」

「確かに」


「教会の神聖魔法もそのAPIを使っているらしい。ビナーのレコードに直接アクセスしようとすると管理者権限が必要なんだけど、それだと不便なことが多いから、抜け道をいくつか用意してあるらしい」

「なるほど」

「でも、そのあたりでセキュリティが甘くなってるんじゃないかって気がする」

「どういうこと?」

「確証はないけど、ティファレトのレコードをハッキングできそうな予感がする」

「やば。魔法システムからティファレトのレコードにはアクセスできないはずだよね」

「下手なことをするとザ・システムの係の人に魔法システムのアカウントを削除バンされそうだから触らないでおくけど」

「係の人って誰よ」


 とか言いつつ色々調べると、ビナーのレコードにアクセスしなくても、固有IDから性別と年齢、名前を取得できるAPIが存在することが判明。


「あ。簡易版の『ステータス・パネル』が作れるじゃん」

「名前と性別、年齢だけだから『ステータス・パネル』って呼ぶのはおかしいよね」

「じゃあ『ネームプレート』だな」

 これ、個人情報の「固有魔法」に書き込んだら、魔法が使えない人でも使えるのかな?


 当初の目的である『簡易版・人物探知ソナー』も作成。最初は人数だけとか言っていたが、性別や名前まで分かるようにできた。


「当初のプランよりもいい『ダガーズの指輪』ができたかな」

「すごいねえ。作ってあげるのは、ダガーズとゾーイ、それとセーラ?」

「ケイにも作ってあげようと思うんだけど」

「必要かな?」

「新刊をすぐに送ることができるよ」

「ああ、それは絶対欲しいって言うね」


 この前、ダルーハンで仕入れてきた魔道具のチェックもしてみたいのだが、ちょっと時間がないな。



 翌日は午前中から再びディムゲイトへ。今日はアミーと出かける。

「あのー。ヨダブの農園の管理棟のって気になりませんか」

「おいおい」

「何か重要な書類が残されているかもしれませんよ」

「本当の目的はそれじゃないだろ?」

「うひ」


 などと言いつつ、やっぱり出かけてみるわけだ。


 森の中に転移して、農園の方をうかがう。

「あれ?」

「どうしたんですか」

「なんにもなくなってる」


 焼き払われた畑の痕跡はあるものの、塀も建物もすべて取り壊されて廃材の山になっている。荷馬車が何台か、廃材を積み込んでいる。


「やられたなあ。証拠隠滅ってやつだね」

「うわあ、残念」

 アミーはディムゲイトの農園にあったのようなものを期待していたのだろうが、残念だったな。


「これはもう、デレク様とジャスティナの記憶から、泉邸の一室に例の部屋を再現するしかないですね」

「再現しないし、そもそも誰が使うんだよ」

「うひ」


 寄り道をしたがディムゲイトのシーメンズ商会へ。

 まず、副代表のダリオ氏に、元奴隷で、他国への出国を考えている人を受け入れる可能性があることを伝えておく。

 次に、商会にエステルとカリーナがいたので、アウンドルの農園から解放した女性の状況を聞いてみる。


 まずカリーナが調査結果を説明してくれる。

「全員について状況を詳しく調べましたが、エスファーデン国内か、マミナク近郊で拉致された人がほとんどですね」

「農園でひどい扱いを受けてたわけだけど、自宅へ帰るのをためらう人もいるのかな?」

「はい、かなりの割合で」


 さらにエステルが事情を説明してくれる。

「それがですね、領主、王弟殿下からして犯罪に加担していましたので、麻薬農園があったという事実は隠蔽されてしまっています。ですから、本人が被害を申し立てても公の機関はとりあってくれないでしょう。すると、本人が勝手に家出していたか、もしかして誘拐結婚を強要されてしばらくして逃げてきたんだろう、みたいなことで、どちらにしてもあまり良い評判は立たないと……」

「ふーむ。で、女性たちはどうしたいって?」


「希望についても調べていますが、エスファーデンやマミナクに帰りたいと考えている人はごく少数ですね。身元を明かす必要がないという前提で、このままディムゲイトあたりで暮らしたいと考えている人が多いです」


「そうかあ。それでだねえ、また新たに農園を2箇所潰してきたから、そこで働いていた女性が100名いるんだけど」

「100名ですか。ちょっと対応できませんね」と後から部屋に入ってきたズィーヴァが呆れたように言う。

「まだ体力的に衰弱している人も多いですし、独力で何かをしようという精神状態になれない人もいます」


「さて、どうしようか?」

 エステルが確認する。

「その魔法で保護している間は女性たちの状態に問題はないんですよね?」

「そうだね」

「では、申し訳ありませんがしばらくそのままでお待ち頂けませんか」


 ズィーヴァが言う。

「とりあえず、4人部屋が2つ空いていますから、8人ほどを取り出して頂くことは可能です。あとはまた少しずつということで……」


 せっかくディムゲイトまで来たし、2つの空き部屋の1つを俺、もう1つをアミーが担当することにして、並列に4人ずつ取り出すことにする。


 1人目。痩せた女性がベッドに横たわる。少し衰弱しているように見える。

 2人目。小柄な可愛い感じの女性が現れる。

 3人目。やはり小柄な女性。ここで1人目の女性が目を覚まして、エステルからの説明を聞き、何度も「ありがとう」と繰り返しながらむせび泣く。


 4人目。プラチナブロンドの髪で小柄な可愛い女性。あれ? この女性には見覚えがある。ロールストンの管理棟の1階で保護した女性だ。ずいぶん幼く見えたので印象に残っているが、明るい光の下で見てもかなり若い。おれより確実に4、5歳は年下じゃないか?


 ふと気づく。他の女性は裸足か、粗末なサンダルのようなものを履いているのに、この若い女性はそれなりに上等なブーツを履いている。

 ステータス・パネルでチェック。


 ニーファ ツインデュー ♀ 12 正常

 Level=2.1 [火]

 特殊スキル: 透視


 これ、特務部隊の隊員じゃないか? なんかやばい。

 『魔法無効化イモビライズ』で魔法を封じてから、改めて収容。


避難所アサイラム、“ニーファ”を収容コンファイン


 いったん取り出した女性を収容し直したので、エステルが訝しむ。

「どうされました?」

「今の子、王宮の特務部隊のメンバーだ」

「え? ずいぶん幼い感じでしたけど」

「まず、今の子だけブーツを履いていた。それと、魔法が使える。実はヨダブの農園の方で、やはり特務部隊のメンバーを1名確認していて、その時と状況が同じなんだ」

「そうなんですか」

「今の子については我々で対応を検討したい」

「分かりました」


 4人目の女性を改めて解放。やや衰弱した感じの女性が現れた。

 2人目、3人目の女性も目を覚まして、アデリタの説明を聞いて号泣している。


 隣の部屋へ行くと、アミーの方も終わったようだ。


「ロールストンの管理棟の1階から収容した女性の中に、特務部隊のメンバーがいたみたいなんだ」

「本当ですか?」

「ヨダブとロールストンで同じ作戦をとっていたようだから、ロールストンでも『人質作戦』を実行しようとしていた可能性は高いだろう?」

「確かに」

「帰って、サスキアに確認を取ってみる必要がありそうだ」

「そうですね」


 アミーと急いで泉邸に戻り、クロチルド邸にいるサスキアを呼び出してもらう。

「ニーファって子、知ってる?」

「ニーファ・ウィルカーですね。はいはい、特務部隊の最年少メンバーですね」

 やっぱり。

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