書庫の整理をせねば

 今朝は書庫の整理を依頼したリアーヌと、マリエッタが泉邸にやって来た。

 本人たちも庶子ではあるものの貴族の血筋とのことで、貴族の子弟が対象の教師をしていたそうである。例によって何らかの陰謀に巻き込まれて地位を失ったらしい。2人とも端正かつ理知的な感じのする女性である。


 書庫に移動して仕事の内容を説明していると、マリリンが登場。

「あら? 新しいメイドさん?」

「いえ、書庫の整理を手伝ってもらおうと思っています。リアーヌと、マリエッタです」

「マリリン・ロックリッジです。よろしく。しかし、どうしてデレクが雇って来る人たちはみんな美人さんばかりなのかしら?」

「あはは、たまたまですよ」


 それはあれだよ。拉致して農園で好き勝手なことをしたいと思った誰かの趣味としか言いようがないんだけど、上手く説明できないよね。笑って誤魔化す。


 仕事の流れとしては、何が書かれた文書かを2人でざっと判断して、封筒にしまったり付箋を付けたりして書架に整理して行く。マリリンはその中から興味深いものをさらに読み込んで行くことになる。

 書庫の仕事のほかに、午前中は6人の子供たちの教育をお願いする。これまではメイドというかダガーズのメンバーにお願いしていたが、それぞれの学力が怪しかったり、個人差があったりしたのでちゃんとした教育をお願いしようというわけだ。子供たちの境遇については大体説明をした上で、親や故郷に関する話題は避けてもらうようにお願いする。リアーヌと、マリエッタも似たような境遇なので、うまくやってくれるだろう。


 子供たちに紹介したら、子供たちの方の感触もなかなか良さそうだ。

 あ。サスキアの教育も何とかした方がいいけど、どうしよう。持ち場を離れるわけにもいかんなあ。


 昼になり、リアーヌ、マリエッタも交えて昼食。


 マリリンがまた何か発見したらしい。

「スートレリアとゾルトブールの関係って、あたしたちあまり詳しくないじゃない?」

「連合王国の話ですか」

「そうそう。その経緯を記録した王室の公式な文書があったわよ。……ていうか、何でそんなものがここにあるのかしらね」

「えっと、……極秘でお願いします」


 それによると、記録が残る一番最初にはゾルトブール王国、マミナク王国、スートレリア王国の3つがあったのだそうである。

「へえ。マミナクって王国だったんですか」

「そうらしいわ。一方、ゾルトブール王国は現在のエスファーデン王国の国土までを含む広大な領地を持っていたようね」

 その後、ゾルトブールがマミナクを併合。スートレリア王国とゾルトブール王国で連合王国を構成した後でゾルトブールからエスファーデンが独立したらしい。


「面白いのはねえ」とマリリンが珍しく興に乗って話をしている。

「はい?」

「ゾルトブールの王宮が政治や外交をやっているから、立場的にゾルトブールが上のような気がするじゃない」

「ええ、ラカナ公国の駐ゾルトブール大使もそう言っていました」

「違うのよ。スートレリア王が上になって君臨していて、ゾルトブール王に政治と外交を、というのが正しいらしいわ」

「へえ。それは意外……。しかし、実質的にどっちでもいいのでは?」

「そうね。正統性にこだわるのでなければ同じことかしらね」


 リズの絵の教師についてマリリンに意見を聞いてみる。

「そうねえ、ロックリッジ家ではそういう勉強をしている人はいないわねえ」

「やっぱり公爵家に聞いてみたらいいですかね?」

「うーん。あそこはいろんな人が出入りしているから、逆に変な人も多いわよ」

「変な人?」

「そうそう、デレクみたいにね」

「あのー」


 そんな話をしていると、ローザさんとアイラさんがやって来る。

「ただいまー」

「お帰りなさい、……っていうか、ここはローザさんの家じゃないですよね」

 アイラさんが目ざとくマリリンを見つける。

「あ、マリリンさん! アイラ、ミドマスから帰って参りました」

「ご苦労様でした」

 いや、別にマリリンの用事で出かけたわけじゃないだろ?


 ちゃっかり昼食を食べる2人である。


「クロチルド館の方に、ゾルトブールから女性が来ています。商社に勤務したことがあるという人もいるみたいだから、仕事を頼めそうな人がいたら雇ってあげて下さいよ」

「あ、そうなの? それは楽しみね」


「ローザさん、メロディの結婚式に出ますよね?」

「もちろんよ。明後日あたりにはダズベリーに向けて出発するわ」

「俺のところもそんな感じです。セーラが婚約の報告に行きたいと言っているので、一緒に行きます」

「なるほど。婚前旅行ってやつね」

「子供の前で怪しいことを言わないで下さいよ」


「ケイはもうあっちらしいけど、デレクたちは何人で行くのよ?」

「俺とセーラ、リズ。御者はエメルとノイシャが交代で勤めます」

「あら。あたしが乗る所がないじゃない」

「一緒に行く気満々ですか」

「ローザはあたしと婚前旅行でいいじゃん」とアイラさん。変なことを言い出さないで欲しいんですけど。

「セーラが明後日にすぐ出かけるか分からないですから……」

「ふーむ。するとやっぱり別々かなあ」


「練炭の方はどうですか?」

「現地の仕事を担当してくれる会社を見つけたから、あとはそこにお任せね」

はどうするんです?」

「まず第1弾として、前にデレクに教えてもらった『折り紙』の説明を何種類か付けることにしたわ」

「ああ、それはいいですね」

「第2弾は、まあ誰でも知ってそうだけど昔話のシリーズ。その先についてはちょっと悩むわね」

「そうですね。折り紙飛行機とかどうです?」

って何よ」

 あ、飛行機を知らんか。

「食後にちょっと見せましょうか」


 食後、いくつか思い出しつつ作ったら、これが子供たちに大ウケ。そうか、飛行機は存在しないからそれをネタに遊ぶこともないのか。

「いいわね、これ。第3弾はこれで決定ね」

 ローザさんも満足そうである。よしよし。

 とりあえず、午後はチジーと一緒にクロチルド館へ行ってみるらしい。



 午後、リズとスキルの件でちょっと相談。

「サスキアの話によると、魔法やスキルの能力を調べることができるスキルがあるらしいんだけど」

「へえ。デレクの『ステータス・パネル』みたいなやつかな?」

「それほど正確じゃなさそうだけど、それでもそういう人に俺たちの異常なステータスを見抜かれる心配があるかな、って思ったんだよな」

「そうだねえ」


「他人から自分の個人情報を覗かれない方法とかはあるのかな?」

「システム魔法に、アクセスレベル設定というのがあるよ」

「へー」

「詠唱で『拒否』、『保護』、『許可』が選択できるようになっているはずだよ」

「その3つはどう違うんだろう」

「拒否と保護は、個人情報にアクセスできないけど、保護なら多分、教会の使う神聖魔法で設定が変更できるはず」


「ちょっとやってみてよ」

「いいよ。……ザ・システムの管理権限を有する我リズ、天使たるリズ・エンキドゥがアクセスレベルの設定を申請する。アクセスレベル、拒否ディナイアル


 リズの個人情報をステータス・パネルで見ようとしたら、あれ?

「パネルの表示が見えなくなったね」


「アクセスレベル、許可アラウド

「また見えるようになった。なるほどね。しかし、異常な値が見えるのも困るけど、情報が全然見えないのも怪しくないかな?」

「つまり、フェイクで平凡なステータスを見せるようにしたいということ?」

「そうそう」

「うーん。スキルって、魔法とは違う仕組みかもしれないから、対策は難しいよね」

「でも、魔法のレベルが分かるということは、何らかの方法で個人情報にアクセスしているんだろうけど。ザ・システムには別のサブシステムがいくつかあるらしいから、そっちの機能かな?」

「そうかもしれないねえ」


 とりあえず、俺とリズの個人情報へのアクセスレベルは「拒否ディナイアル」にしておこう。この前、プリムスフェリーの跡継ぎを教会の人に神聖魔法でチェックしてもらったが、ああいう時以外は情報にアクセスできなくても問題ないだろう。


 さて、「ダガーズの指輪」用の新しい魔法の開発に着手。空間ごと断裂を入れる『デモニック・クロー』の機能制限版である。

 レベルに関係なく使えるようにできたら便利かと思ったが、対応するAPIを機能させるには魔法レベルが3以上必要なようである。現状ではシトリーやセーラは使えないことになるが、まあ仕方ない。本人のレベルが上がるのを待つか。


 断裂を入れる範囲を、手のひらから20センチ程度に限定した『デモニック・バイト』を作成。「悪魔のひとかじり」くらいな意味である。ドアや錠を破壊するのに使える。攻撃技としても、相手に接触しながら使うととてつもない破壊力があるだろう。どんな硬い鎧を着ていても関係ないという凶悪さ。ちょっとヤバイかな? 詠唱をしないと使えないという制限を付けておこう。



 夕飯前にセーラがやってくる。

「デレク、ちょっと聞いてよ」

「はいはい」

「ダズベリーに行く件だけど、あたしひとりがデレクの馬車に一緒に乗って行こうと思ってたんだけどお母様が侍女とメイドを最低でも1人ずつ付けないとダメですっておっしゃるのよ」

「あー、なるほど。俺もうっかりしてたけど、それは道理かもしれない」


「え? どういうこと?」

 リズが不思議そうに聞くので説明する。

「つまりね、貴族のお付き合いとしての訪問だから、女性にはそれなりの身だしなみなんかを整える専属のスタッフが付いているべきだということ、だよね?」

「そうそう。逆にそういうスタッフなしで出かけるというのは、相手を軽く見ているということと捉えられかねないので失礼だ、というわけ。まあ分かるんだけどね」


「となると? 結局セーラの側は何人になる?」

「4人乗りの馬車でいいと思うんだけど、御者が2人、侍女、メイド、護衛がそれぞれ1人ということになるかしら」

「国外に出るわけじゃないから、まあ、そんなもんか。セーラはこっちの馬車に乗るんだよね?」

「当たり前じゃない」


「了解。で、出かけるのは明後日?」

「ええ、そうなんだけど、エヴァンス伯爵家のルパート卿とアンソニー、それにミシェルが今ランガムの方の屋敷にいるらしいのね。だから明後日はそこに厄介になろうかと思ってるのよ」

「それ、セーラだけじゃなくて俺も、って話だよね」

「当然」

「アンソニーとミシェルだけなのは?」

「2人のお母様にあたるシシリー様の命日で、関係者が集まるということらしいわ」

「なるほど。しかしそんな所に俺たちが出かけていって構わないのかね?」

「その集まりももう形だけみたいだし、お母様も、せっかくの機会だから婚約者をお披露目してきたらいいわって」

「あう」

「ふふふ」


 ふと、気になってセーラのステータスを確認。


 セーラ ラヴレース ♀ 18 正常

 Level=3.0 [火*]


「あれ? セーラ、魔法のレベルが3になってるよ」

「え、ウソ。ということは、ファイア・ウォールが使えるようになってるってこと?」

「ファイア・バレットの軌道を曲げる練習が、レベルアップに影響してるのかな?」

「思いがけない成果ね」


 ファイア・ウォールは結局、火力が強い魔法が使えるようになるだけだが、それよりもさっき作った『デモニック・バイト』の方が役に立つのではないかな?

 出かけるまでに「ダガーズの指輪」の第2バージョンを完成させたいものだ。

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