クロチルド館

 午後は時間が空いていたので、ゾーイとサスキア、それとエメルと一緒に、少々改装したというクロチルド館へ行ってみる。

 ここは以前、いわゆる『13番地事件』で人身売買の組織がアジトで使っていた所だが、そもそもはどこかの商社の事務所と倉庫、従業員の寮だったという。レイモンド商会が買い上げて、しばらくは麻薬農園からやってきた女性の宿泊場所として使う予定だ。


 サスキアに警備の仕事をしてもらうとなると少しは武器が必要だろう。この前、ナルポートの武具店から回収してきた刀やら鎧やらを泉邸の一室に並べてあるので、そこからいくつか手頃な武器類を見繕ってもらう。


 建物に入って、ゾーイが説明してくれる。

「多少狭いですけど、2段ベッドを運び込んだので1部屋に4人から6人、全部で60人まで寝泊まりできます」

 壁紙が汚れていたり、建付けの悪そうなドアも目立つが、予想していたよりはかなり人が住める感じになっていた。


「食事とかは?」

「従業員の寮として使っていた時のキッチンと食堂があります」

「だれが料理するの?」

「それはまあ、自助努力っていうか、出来る人が頑張るというか」


 食堂のスペースに入ると、十数人の女性たちがいる。

「昨日、ゾルトブールから第2陣が到着しましたので、現在16人がここにいます。後で少し面談して頂けると有り難いです」

「了解。えっと、サスキアは料理とか得意?」

「孤児院でさせられてました。貧乏料理ですけど」

「何だよ、貧乏料理って」

「調味料は塩だけとか、煮物の具材がイモとイワシだけとか」

 話が聞こえたのか、女性たちから笑い声。

「きっと昼間はあまり仕事がないから、せいぜい台所仕事を手伝ったらいいと思うぞ」

「はあ、了解っす」


 男性と話をするのはまだ抵抗があるという女性が3人いたが、それ以外の女性と話をすることができた。エスファーデンの農園と違い、その辺から力ずくで拉致されてきたという人はおらず、騙されたり、冤罪で身分を失ったりという人が多い。


 ラウラという女性は医師をしていたという。すぐにでも診療できるということなので、まずはクロチルド館の女性を相手に仕事を始めてもらうことにする。

 リアーヌ、マリエッタという2人は学校の教師をしていたという。泉邸で書庫の整理を手伝ってもらうのと、子供たちの教師役もやってもらうことにした。

 商社に勤務していたことがあるという人が4人いたので、あとでチジーかローザさんに雇用を検討してもらおう。

 残りの女性は、どこかの商家か貴族邸にメイドなどで住み込みができればという話だったので、勤め先が見つかるまで難民のサポートをしてもらうことにして、詳細はゾーイに任せることに。


 サスキアはまったく身ひとつでこっちに来てしまったので、エメルと一緒に買い物に出かけることにしたらしい。憧れの聖都で買い物というんでウキウキしているようだ。ついさっきまで農園でひどい目に遭わされていたのに、順応性がすごいというか、たくましいというか。


 ゾーイに聞いてみる。

「警備要員は一人でいいの?」

「これから女性の人数も増えますし、最低でもあと1人。できれば2人は欲しいですね」

「しかし、腕に覚えのある女性ってそんなにいないよね?」


 すると、ゾーイが興味深い提案をしてくれる。

「考えたんですけどね、ゾルトブールで奴隷制度が廃止されるっていうじゃないですか」

「そうだね」

「これまで奴隷だった人が、現地でいきなり普通の平民として暮らすのって大変だと思うんですよ」

「ああ、確かにね。ゾルトブールの奴隷はタトゥーが入れられているというから、平民になったとはいえ、元奴隷だというのは分かってしまうものなあ」

「そういう人たちの中で、新天地で頑張りたいっていう人もいるんじゃないでしょうか。具体的には、ダガーヴェイルの移民の候補になりませんか」

「なるほど」

「さらに、腕に覚えのある女性は警備要員で雇えるかもしれません」


「それはいい考えだなあ。となると、まずはディムゲイトのシーメンズ商会あたりにお願いをしておくといいかもしれない」

 ただ、教育を受けてきていない人も多いだろうから、そのあたりのフォローも必要になってくるだろうな。


 さて、とりあえず2つの麻薬農園は片付いた。

 デルペニアの海賊はどうするかなあ。海賊についてはあまり知らないし、連れ去られた先がどこかも分からない。何とか情報が手に入らないものか。


 さて、少し身体を休めつつ、ダガーズの「アップグレード」計画の続きでも進めておくことにしようか。

 まず、相手の魔法を一時的に使えなくする『魔法凍結フリーズマジック』という新しい魔法を開発する。これは例の『反魔法アンチマジックの指輪』の応用である。あらかじめ登録してあるグループのメンバー以外は魔法が使えなくなる。すでに『なんちゃってファイア・バレット』のプログラムがあるので、これを改良するだけだ。


 ここまでで夕食タイム。

 今日はとりあえず一緒に働いてもらうことになったサスキアを紹介するために、彼女も含めてメイド、子どもたちも一緒に食事にする。


 サスキアはリズを見て数秒間フリーズしている。

「メディア先輩に会った時以来の衝撃です。こんな綺麗な人に会ったことありません」

「メディアってサスキアの中ではトップクラスの美人なの?」

「見たことないですか?」

「実は二百メートルくらい離れた所から見たことがある。ミニスカート履いてたな」


 リズに突っ込まれる。

「顔も分からないじゃない。よく誰なのか分かったね?」

「内乱の真っ只中で、レベル4くらいの魔法で戦ってたから、多分そうだろうという推測だけど」

「で、覚えているのはミニスカートだけ、か」

「あー」


 サスキアは子どもたちが一緒にいることに驚いた様子。

「この子たちは?」

「誘拐されたのを助けたんだけど、親もいなくてねえ。面倒を見てるんだよ」

「へえ。あたしも子供の頃にデレク様に拾ってもらえば良かったなあ」


 すると子供の中で黒い髪のリタがこんなことを言う。

「えー。でもデレク様はあたしたちの顔を見るとすぐ、勉強しろよ、って言うんだよ」

 サスキアが尋ねる。

「おや。デレク様はそんなこと言うの? どうしてかな?」

「なんかねえ、大きくなった時にひとりぼっちにならないようにとか言ってた」

 サスキア、こっちを見て言う。

「デレク様って、実は教会とかテツガクとかやってる偉い人ですか?」

「はあ?」


「エスファーデンでは子供に勉強させるのは貴族くらいですけど、それでも教育を受けさせるのは自分の子供だけです。面倒を見ているというだけの子供に教育を受けさせるなんて、あたしはちょっとよく分かりません」

「俺からするとエスファーデンがおかしく見えるけどなあ。国の将来って結局は今の子どもたちの将来だろ? 今の子どもたちが自分たちで考えて、暮らしやすい国を作ってくれるように、できるだけ学ばせてあげるのは当たり前だと思うけどな」

「ふーむ。そんなもんですかねえ」


「そういうサスキアは、読み書きとか算数とか、どう?」

「えー。苦手というかサッパリです」

「ふふ。そしたら子どもたちと一緒に勉強したらどうかな?」

「えー」

 嫌そうだ。

「今日、ゾルトブールから来た2人に教師をお願いしたから、教えてもらったらちょうどいいんじゃないか?」

「えー」

「読み書きとか算数の勉強も警備員の仕事に含めることにしようかな」

「えー」

 サスキアは不満顔であるが、子どもたち程度には勉強をしてもらおうか。


 その後、サスキアはまた物も言わずにひたすら食っていた。いままで「貧乏料理」ばかりだったのか? しかし、この間ダルーハンで買ってきたクッキーがあの国の平均的な味としたら、屋敷の料理はさぞかし美味いだろうな。


 夕食後。久しぶりに『耳飾り』の情報をチェック。


 【反乱監視】 L3d1R7sh

  ▽: 貴族の裁判を行う準備が整った。粛々と進める予定。

  ▲: 了解。

  ▽: 女王陛下から国民に向けて、時期を見て布告を行うべきではないか。

  ▲: 現在、準備中。


 【ダンスター側近】 2Ue5w9Ci

  ▽: エスファーデンの工作部隊が例の文書に関して情報を収集しているらしい。

  ▲: 部隊の詳細な情報はないか?

  ▽: 現地のメンバーも合わせて十数名は関係している模様。王宮の特務部隊という組織から数名が参加している。

  ▲: 特務部隊とは何か?

  ▽: メディア・ギラプールも所属している、魔法に優れたエリートチームらしい。


 エリート、かどうかはちょっと分からんなあ。

 次はエスファーデン側。


 【ウマルヤード監視】 Y8qbb3T6

  ▽: ラカナ公国が在ゾルトブールのエスファーデン大使を呼び出した。大使館襲撃の件で、正式な謝罪と莫大な賠償金を要求している。

  ▲: 受け入れられないと突っぱねろ。

  ▽: 反乱軍に加担したエスファーデン側の人間が何人か捕縛されている。大使館側にも生存者がおり、証拠書類も向こうが握っている。

  ▲: ガッタム家の意向もある。上と相談する。

  ▽: 例の文書は王宮で保管しているらしい。

  ▲: 王宮に内通者は?

  ▽: 数名で探らせている。

  ▲: 了解。


 うわ。モロにガッタム家って言ってるけど。しかしあそこには金はないんじゃなかったか? どうしてかは知らんけど(←おい)。

 そして、やっぱり文書がある、って話になってるな。何の文書だろう?


 【マミナク監視】 j9S5ugAo

  ▽: エスファーデン国内の農園が襲撃されたという情報がある。

  ▲: 誰が襲撃したのか?

  ▽: 詳細は不明ながら、ゾルトブールの人間が関係している。また、農園にいた王弟が重傷、もしくは死亡したという噂もある。

  ▲: アルカディアというグループの可能性は?

  ▽: 監禁されていた女性たちが消息不明になっているらしい。アルカディアが関係している可能性も高い。

  ▲: 引き続き情報を収集せよ。


 ちょっと情報が古いのは仕方ないか。アルカディアのことを気にしているな。


 次はペギーさんの所。


 【ハイランド商会】 tHn41Bz6

  ▽: エスファーデン王の弟が死亡したらしい。

  ▲: 詳しく。

  ▽: 詳細は伏せられており、王宮がらみの密輸などが理由と噂。


 とりあえずエドナに報告だけはしておくか。イヤーカフで話しかける。

「デレクです」

「あら、久しぶりね」

「エスファーデン王国の国王陛下が崩御されました」

「……どこ経由の情報かしら」

「えっと、言いにくいんですけど、麻薬農園を襲撃したらそこに国王がいてですね」

「はあ?」

「手を下したのはゾルトブールの誰かですけど、まあ、亡くなったのは確かかと」

「なんかよくわからないわ。国王自らが、違法な麻薬の栽培に手を染めていたということかしら?」

「はい、そういうことなります」

「うーん。じゃあ、それって公にはならないわよね、きっと」

「崩御の事実自体は、さすがに数日後に公表されるでしょうけど、病死か何かということになりそうですよね」

「とりあえず大公陛下のお耳には入れておいた方がいいのかしら。しかし、例の大使館の件でエスファーデン王国と交渉している最中ですからねえ。ちょっと面倒かも」

「申し訳ありません」

「いえ、デレクのせいじゃないわ」


「それとですね、別件ですが、リズが聖都に滞在している理由を思いつきましたので、エドナさんにも知っておいて頂こうと思うんですが」

「あら。何かしら」

「リズには絵の才能があるので、聖都に絵の勉強のために出てきている、ということにしようと思います」

「なるほど。それはいい理由ね。誰かに師事するということかしら?」

「そんな方向で考えていますが、まだ具体的には」

「変な教師に引っかかると時間の無駄ってだけじゃなくて、才能を潰されちゃうこともあるから気をつけなさいよ」

「ありゃ。そうですか。情報を集めてみることにします」

 貴族の子弟に絵を教えている人はいるんだろうが、どういう人がいいんだろう?

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