人質作戦

 サスキアの話が続く。なんだこいつ、めちゃめちゃ面白いヤツじゃん。


「それで話を戻すとですね、そうそう、人質作戦なんですよ。農園を襲撃する連中は捕らわれている女性を解放しようとしているらしい。だから、人質をとったら連中はどうしようもないだろうってんで、毎晩何人かを管理棟の1階にいさせておいて、宵の口はなぐさみものにして、襲撃されたら人質にとって盾にして戦おうと。まあ、理にかなったというか、女性たちにしてみたらいい加減にしろよ的な作戦ですよ」


「確かになあ」


「警備要員の中で女性はあたしだけなんで、一昨日の夜から管理棟の1階でその女性たちと寝泊まりしてたんですけど、女の子たちが可哀想でねえ。だけどほら、立場上どうにもできないでしょ? 相手は国王陛下ですよ?」


「ふむ」


「で、昨日の夜。陛下が言うわけですよ。サスキア、お前、人質のフリをして相手の懐に入り込んで攻撃したら効果的だと思わんか、ってね。はあ、そうですね、ってあたしが言うでしょ。よしよし、それは実地に試してみなければなるまい。とか言い出してね、管理棟の2階に連れ込まれて、手枷をされて、ロープで縛られて。陛下、ちょっとこれはやり過ぎです、って言ったら、いやいや、敵に捕まった女兵士は皆こんなことをされるに決まっているではないか、とか言ってね。くっそー。思い出したくもないですけど、思い出したらまた腹が立ってきましたけど。いえ、あたし魔法が使えるから少し油断してたっていうのもあるんですけどね。だけど、手枷に魔法封じの効果があったらしくて。あーもう。最初っからねえ、どうも半分はそういう目的であたしを連れてきたんですよ」


 なんだ、俺が魔法を封じる前に、手枷で魔法は使えなかったのか。


 ゾーイが容赦ない質問。

「でもあなた、陛下のご寵愛を賜れば、将来はバラ色ってことない?」


「いやいや、陛下のご寵愛とやらを賜っている女性はそこら中にいるらしいですし、知らない内に行方不明なんて不穏な噂も聞きますから、嬉しくもなんともないですね」

「あら、ひどい王様ねえ」


「ちょっとごめん。一緒に来たその男性の隊員も、護衛目的で派遣されたなら魔法が使えるのかな?」

「魔法は使えないけど、スキル持ちエクストリでしたね」


 また久しぶりにスキルの話が出てきた。そういえばゾルトブールに派遣された部隊にもスキル持ちエクストリがいると言っていたな。


「そうなると、特務部隊って、魔法士とスキル持ちエクストリから構成されている感じなの?」

「あ、そうっすね」

「スキルを持ってる人って滅多にいないと思うんだけど……」

「それはですね、『スカウト』というスキルを持っている人がいて、国中を探し回っているんですよ」


「え? スキル持ちエクストリを探すスキルがあるの?」

「はい。スキルのだいたいの種類と、魔法の才能があるかどうかが分かるらしいです」

「へー。それは初耳だ」

「あたしね、孤児院の出なんですけど、15歳のある日、その『スカウト』で魔法に優れた才能あり、と認められたので急に王宮に召し出されましてね」

「あら。それはある意味ラッキーよね」とゾーイ。

「ええ。その時はこれであたしも勝ち組、って思いましたね」


「話が戻るけど、その男性隊員のスキルは?」

「いやあ、詳しくは教えてくれないんですけどね、相手の体調とか病気の箇所が分かるらしいんですよ」

「それは役に立つスキルだな」

「それがね、女性が相手だと、その日のも分かるらしいんですよ。それもあって陛下のお気に入りだったみたい。さっき眼の前で死んじゃったから、具体的にはもう分かんないですけど」

「へえ。それは興味深いスキルねえ」

 ゾーイは興味があるらしいが、もうどうでもいいよ。


「細かい話なんだけど、特務部隊って『以心伝心の耳飾り』というのを使ってるんじゃない?」

「えっと、遠くでも話ができるイアリングですか?」

「そうそう」

「ええ、使ってますね。あれを持ってる人はスキル持ちエクストリ以上に少ないらしくて、特務部隊はいつでも探し回ってますね」


「あの農園が何で襲われたかは分かる?」

「陛下やバウトリーは、ゾルトブールの連中の仕返しか、そうでなければ麻薬農園を潰して回っているナントカって組織の連中だろう、って言ってましたね」

「仕返し?」

「これも秘密なんでしゃべったらダメですけど、ゾルトブールの反乱を、裏から手を回して扇動したのはエスファーデンの王宮と特務部隊です。マミナクの領主が切れ者で、どうも感づかれたらしいって言ってましたね」


 ふむ、だいたい正解ってところか。


「サスキアさんがあそこにいた理由は分かったけど、さて、これからどうする? 希望するならあの場所に戻してあげることもできるし、他の場所に連れて行くことも、まあできなくはないかな」

「えっと、その前にですね。ここはどこです? あなたは誰?」


「サスキアさんがエスファーデンに戻りたいなら、こちらの正体を明かすことはできないけど……」


「あ、ちょっと待って下さいよ。あたし、このままエスファーデンに戻ったら、陛下殺しの共犯者にされるに決まってるじゃないですか」

「そう?」


「あたしは陛下のそばにいたけど何の役にも立たなかったわけでしょ? 護衛とか見張り役は戦闘でかなり死んでると思うんで、生き残っている誰かに責任を取らせるとしたら、あたしはちょうどいい立ち位置です」

「よくそこまで頭が回るね」

「孤児院暮らしが長いせいか、こういう時に誰が貧乏クジを引くかとか、いかに責任を逃れるか、みたいなことにはカンが働くんですよ」

 それ、ちょっと哀しい。


「じゃあ、もう戻らない?」

「ええ、身寄りもないし、あたしをレ○プする王様がいるような国には未練はないです」

「どこか行きたいところは?」

 するとサスキア、身を乗り出して言う。

「えっとね、あたし、レキエル聖王国にぜひ行ってみたいんです。エスファーデンと違って、美味しいものとか素敵な服とかがいっぱいだって聞きました」

「あー。そうなんだ」


 ちらっとゾーイの方を向いて聞いてみる。

「どうしようか?」

「今、魔法は使えないんでしょ?」


 サスキアが言う。

「いえ、手枷を外してもらったので土系統の魔法が、……あれ? なんか使えないっぽいですね」

「すまんな、手枷じゃないけど別な方法で魔法を制限してる」

「ありゃりゃ。まあいいですけど」

「いいの?」


「ええ、だって孤児院にいる間は自分が魔法が使えるなんて知りませんでしたし、ほら、火系統とか水系統って日常生活に役立つけど土系統って役立たずなんですよ。だから戦闘にならない限りはいらないかなあ」

「ロック・スウォームとか使えるんでしょ?」

「はいはい、得意技ですね」

 岩石を雨あられのように打ち出すことができる、レベル4のエグい技である。


 ゾーイが聞く。

「魔法は使えなくても、体術とか剣術とかは鍛えているんでしょ?」

「はい」


 ゾーイが俺の方を向いて言う。

「魔法をしばらく封じたままで構いませんから、クロチルド館の警備員で雇ってみたいんですけど、どうでしょう?」

「え? マジ?」

「今これ、ウソがつけない状態なんでしょ?」

「そうだけど」

「信頼というのとはちょっと違うけど、仕事を頼める程度にはいい人じゃないかと思うのよ」

「はあ。でも、警備員って見た目がゴツい男性の方が良くない?」

「あそこにはほら、男性に対して嫌な思い出がある女性が来ますから、男性の警備員はあまり……」

「あ、そうか」


 まあ、悪くない提案かな。


「さて、質問に答えるんだけど、ここは聖王国の聖都、つまりレキエル中央市」

「え。マジで?」

「俺はデレク。テッサード辺境伯の次男で、いろいろな魔法が使える。例えばサスキアさんをエスファーデンからここへ連れてきたのも俺。ただしそれは公にするとまずいので絶対秘密」


「え、じゃあ、デレクさんがあたしを助けてくれたってこと? 命の恩人?」

「正確にはここにいるエメルが、助けてあげたら、って言ってくれたからだけど」

「とにかく、デレクさんとエメルさんがあたしの命の恩人ですね。有難うございます」


「で、このゾーイが君のことを雇ってもいいかな、って言ってるからしばらく任せてみようと思うんだけど、万一生存してることが本国に知られるとまずいよね?」

「超絶まずいですね」

「サスキアのことは黙ってるから、俺たちのことも黙ってて欲しい」

「それはもちろんですよ。命の恩人ですから」


 ふと思い出す。

「えっと、さっきフルネームを何って言ってたっけ?」

「サスキア・ブロームです」

「それ、本名じゃないよね?」

「何でそう思うんですか? 確かにファミリーネームは王宮に召された時、孤児院で適当に付けたみたいですけど」

「サスキア・ヴィンクィスト。これが君の本名のはずなんだけど」

「はあ。よく分かりません」

「これからはこっちを名乗ったらどう?」

「そうですね、一回死んだつもりで頑張ります」


「細かいこととかはこれからちょっとずつ説明するけど、クロチルド館っていうのは、ゾルトブールの麻薬農園で働かされていた女性たちを受け入れる場所なんだ。そこで、しばらく住み込みの警備員として働いてみてくれるかな?」

「はい、わかりました。ところであのー」

「何?」


「デレクさん、……デレク様って呼んだ方がいいですかね」

「そうだなあ、ゾーイはここのメイド長でもあるから、その下で働くとしたらそういう呼び名の方がいいか」

「そうですね」とゾーイ。


「それと、ここって女性のスタッフしかいないみたいに見えるんですけど、これって、デレク様が、その、なんていうか、……そう、寵愛してる方々ってことですか?」


「げ」

 突然何を言い出すのか。


「あはははは」

 エメルとゾーイが大笑い。


「そうよねえ、そう見えても不思議じゃないわよねえ」とゾーイがすっげえ嬉しそう。

 エメルがここぞとばかり言い立てる。

「デレク様、ほら、やっぱりして頂かないとダメじゃないですかあ? 命の恩人には身も心も捧げたいって思うものですよね。ね?」

 アミーまで何か言い出す。

「なるほど。そしたらしてもらいたい人がかなりの人数に上りますけど、大丈夫ですか、デレク様」


「ちょ、ちょっと、やめろよ」


 サスキアはちょっと意外そうだ。

「あれ? 違うんですか?」


 エメルが笑いながら言う。

「ふふふ。残念ながらねえ。どうしたらを頂けるのか教えて欲しいくらいだわ」


「いや、だって俺、ちゃんと婚約者がいるし」

「そんなの関係ないわよねえ」とゾーイ。


 誰か助けて。

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