反魔法(アンチマジック)

 すこしまとまった時間がとれたので、デルフォニーで入手した魔道具とか魔法スクロールをチェックしてみたい。


 まずは『反魔法アンチマジックの指輪』である。魔法を起動すると、周囲の誰も魔法が使えなくなる。自分も含めて、というのがちょっとアレだが、しかし機能自体は凄い。


 魔石に含まれる魔法パッケージから魔法名を見ると、「𐌳魔F」。……あれ? どこかで見たことがあるんだが。

 魔法管理システムでソースプログラムを探していて思い出した。


 例の記念行事の舞踏会。あの舞踏会は聖都の闘技場で開催され、その時、控室として貴賓室を使った。貴賓室の壁には、室内での魔法の使用を禁止するための魔道具が埋め込まれていたので、魔石の内容はコピーさせてもらって、あとで解析したのだ。

 貴賓室の方の魔道具の魔法は「𐌳魔R」。どうやらそれと同系統の魔法である。


 試しにコンピュータ内のシミュレータに取り込んで動かしてみる。

 ……あれ? 動作しないんだけど。


 『鑑定アプレイザル』で見るとちゃんと『反魔法アンチマジックの指輪』なんだけどな。あれれ?


 シミュレータでコードレベルで追いかけていくと、APIのあるルーチンを呼んだところで異常終了している。なんだこれ?

 開発環境でルーチンの機能をチェックすると『ダンジョン固有IDの有効性をシステムに問い合わせる』とある。ダンジョン固有ID、って何だ?


 調べてみるとどうもこういうことである。


 ダンジョンで拾ってきた魔道具の魔石に魔法のパッケージが書き込まれている場合、そのパッケージにはどのダンジョンで拾得したものかという固有の識別コードが含まれている。これがダンジョン固有IDだ。そしてどうやら、そのダンジョンが消滅してしまうと、そのダンジョン固有IDを持つ魔道具も使えなくなってしまうらしいのだ。

 そのチェックをしているのがこのルーチンというわけだ。


 なるほど。世の中には多数のダンジョンがあって、冒険者に魔道具を提供し続けているわけだが、それだとこの世の中はそのうちに魔道具だらけになってしまう。どういう基準かは分からないが、ダンジョンは突然出現して、また同様に突然消えるらしい。ダンジョンが消えた時、そのダンジョンで拾ってきた魔道具もまた使えなくなってしまうのだ。

 この『反魔法アンチマジックの指輪』が叩き売られていたのは、どうやらそういう理由だ。


 しかし、理由が分かれば対応は簡単。このルーチンを呼ばないようにするか、実行が必ず成功する固有IDを引数にすればいい。調べてみると、プログラムをテストする目的で、必ず成功するダミーの固有IDがちゃんと用意されている。パッケージの中身をこのコードで置き換えてやればあっさり解決。


 ということは、これまでにダンジョンで拾ってきた、あるいは貴族邸の所蔵していた魔道具は、その出どころであるダンジョンがある日突然消滅すると使えなくなってしまうわけか。これまでは魔石の情報をコピーしてそのまま使っていたが、ダンジョン固有IDのチェック、または書き換えが必要だな。


 さらに考えてみると、こういう「期限切れ」の魔道具が世の中には案外たくさんあって、古道具屋なんかで叩き売られている可能性があるわけか。そう考えると古道具屋めぐりは止められんなあ。


 さてさて、『反魔法アンチマジック』の仕組みに戻ろう。

 貴賓室の方の魔石の中には魔法のパッケージと、特殊な魔法サーバが格納されている。魔法プログラムは周囲にあるレセプターに働きかけ、一定時間、この魔石の中の魔法サーバだけを使うように強制する。魔石の魔法サーバは水を出す程度の、ごく少数の魔法以外は無視するようになっているため、実際上、魔法が利用できなくなるという仕組みだ。


 『反魔法アンチマジックの指輪』も同じ構成。少し違うのは制御されるレセプターの範囲である。

 レベル1の術者がこの指輪を使うと、せいぜい半径5メートル程度の範囲のレセプターに影響するだけである。それがレベル2以上になると、レセプターからレセプターへと影響の範囲が拡大して行く。こうして、術者のレベルが上がるにつれて、魔法が使えなくなる範囲がどんどん広くなるのだ。

 ただし、指輪の魔法が有効な間、術者の「魔力」がどんどん使われるというのはお約束だな。


 魔法を使えなくする、似たような魔道具に『魔法封じの枷』がある。これも魔石の情報から既に解析してある。

 こいつの正体は「何もしない魔法サーバ」である。この枷を装着された魔法士が魔法を起動すると、枷の魔法サーバが動作して、魔法自体は起動しないのに、周囲のレセプターに対して魔法を起動済みだという通信を行う。『魔法封じの枷』は魔法士の身体に装着する必要があるが、それは、この枷の魔法サーバが真っ先に動作しなければ魔法を打ち消す効果がないからなのだ。


 魔法が使えなくなる仕組みは分かった。どうやら、『自由の指輪』を装着しておけばその効果からは逃れられそうだ。『自由の指輪』は自分専用の魔法サーバだから、詠唱の必要のない魔法は阻害されることなく起動できるだろう。


 だが、仕組みが分かると同時に『反魔法アンチマジックの指輪』の応用方法もいろいろと思いついてしまう。

 相手がどんな魔法を使ったとしても、それが自分の手元にある魔法サーバで起動されるのであれば、いろいろな小細工ができるだろう。

 たとえば、ファイア・バレットを撃たれた時、威力がまったくない視覚効果だけの「なんちゃってファイア・バレット」を代わりに起動させることもできる。そうすると、見た目には俺はファイア・バレットが直撃しても平気な怪人に見えるんじゃないだろうか。


 以前調べたように、射出系の攻撃魔法は高次元接合体を使って「何かが打ち出された」という状況を見せている。つまり、ターゲットに命中するまでは単なる視覚効果に過ぎない。命中した時にはじめて、斬撃とか石つぶてとか火球に対応するダメージが発生するわけだ。ダメージを発生させる処理を取り除いたバージョンを作れば「なんちゃって」シリーズの完成である。


 意気込んで試作品を完成、……させてから、なんか我に返った感じ。

 だから何だと言われると確かに大した話ではないよな。役に立つ機能があるわけでもないし。

 ……ちょっと中二病が再発したのかもしれん。


 あ。

 これを有効にしている間は、自分の攻撃も「なんちゃって」になるな。


 小説を読んでいたリズが近寄ってきて、画面のシミュレータの動作を見ている。

「何これ?」

「相手がファイア・バレットを撃ってきても平気に見える魔法」

「は?」

「または、威力のないファイア・バレットを撃つ魔法」


「デレクが何を言っているのか分からないんだけど」


 ううむ。午後の時間を無駄遣いしてしまったような気がする。


 いやいや、まだ魔法スクロールのチェックという重要な仕事が残っているじゃないか。


 例によって、スクロールの詠唱部分をカメラで取り込んでプログラムでチェック。


「デレクはいつの間にかまたスクロールを仕入れてるし」

「今度はデルペニアで仕入れてきたから面白いものがあるといいなあ」


 1つ目。


【うっかりにも程がある】

 ▶︎ 普通なら間違えようのない選択にしくじる。


「これ、ロックリッジ家にもあったな」

「ターゲットを指定して起動したら何か役に立つかな?」

「いや、間違いというのは想定できないことをするわけだから……」

「都合のいい間違いをしてくれるとは限らないか」とリズも納得。


 2つ目。

【あんただれ】

 ▶︎ しばらくの間、まわりの全員から自分が忘れ去られてしまう。


「あ! あった」

「ん?」

「優馬の記憶にはあったんだけど、この世界ではまだお目にかかったことがなかったんだよ。いやー、本当にあったんだねえ」


 3つ目。

【精霊の選択】

 ▶︎ 精霊が現れて、2つのものから選択をさせてくれる。どちらかだけが役に立つ。


「これは何?」

「えっと、例えば宝箱の鍵が必要なときに2つの鍵のどちらかをもらえるわけ。1つは本物」

「じゃあ役に立つスクロールなんじゃないの?」

「いやいや、そんなことしないで、本物の鍵だけくれれば済むことだよね」

「あ、そっか」


 4つ目。

【もう誰も傷つかない】

 ▶︎ しばらくの間、物理攻撃や射出系魔法に対する耐性ができる。


「あれ? 案外役に立ちそうじゃない?」

「防御魔法のグレードが上がるのかな」

 

 5つ目。

【鳥頭の呪い】

 ▶︎ しばらくの間、1歩踏み出すごとにやろうとしたことを忘れてしまう。


「あはははは」

「ボケ老人か」


 6つ目。これがラスト。

【愛する者たちの試練】

 ▶︎ 『以心伝心の耳飾り』を入手するための条件が示される。


「おお?」

「これはネタ魔法じゃないね」

「そうか、これまで漠然と『試練』って言っていたけど、このスクロールで何をするかが指示されるのか」

「もしかしたら、この魔法をコピーしておいたら役に立つ?」

「そうかもしれないな」


 思いがけない収穫があった。それと、デルペニアで仕入れたからか、いつもとラインナップが違う。これだからスクロール収集は止められないな。



 夕食はアミーがゾルトブール風というチキンの唐揚げを作ってくれていた。

 ふむふむ。確かに何かスパイシーないい匂いがする。

「ゾルトブール風かどうかは分からないけど、アミー、料理の腕は確かに上がったよね」

「ありがとうございます。日頃、ケイトさんに鍛えてもらっている成果です」

「なるほどね」

 以前はコカトリスの唐揚げとか言ってたもんなあ。


 あれ?

「今日はみんなミニスカートなの?」


 明日、ケシャールに帰るというキザシュ、イスナ以外のメイドたちが全員、アミーの買ってきたミニスカートを着用している。


「あたしは止めようって言ったんですけど」とゾーイ。

「あ、いやいや、ゾーイも可愛いよ」

「そ、そうですか?」

 ゾーイが照れるのは初めて見た気がする。


「しまった、あたしもミニスカートにすればよかった」とリズ。


「でも、そろそろ寒くなるし……」

「デレク様がうれしそうなので、時々は着用しますね!」とジャスティナ。

「え、俺、そんなに嬉しそうだった?」

「はい、傍から見てもはっきり分かりましたよ」とエメル。

 なんてこった。


 ちゃっかり夕食を食べにローザさんもやって来た。

「うわ。どうしたの今日は。デレクの趣味? デレクの趣味なのね」

「いいえ、あのー」

 ディムゲイトから帰ってきたとは言えないし、説明しにくい。


 しかしだな。全員がそんな服装だと、なんかみたいじゃないか。いや、個人的には決して悪くはないのだが。


「メイドの仕事の時は止めようよ」

「そうですか?」

 残念そうなノイシャとアミー。

「あたしは全然いいと思うよ」とローザさん。

「ここはローザさんの屋敷じゃないですよね」

「あたしも全然いいと思うよ」とリズ。相変わらず空気を読まないな。


「また情報誌に変な噂を書かれるのも嫌だし」

「確かに、見出しが目に浮かぶようですね」とチジー。


 どんな見出しが目に浮かんだのかは聞かないでおこう。

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