平穏な日々
ラカナ公国から帰ってきて、久しぶりに平穏な日常を過ごしている気がする。
もちろん、あれこれとやらなければならない仕事はある。
まず、難民問題。すっきり解決とは行かないものの、穀物の輸入はできているので、最低限の食料はある。これから冬に向かうが、あちこちの廃村などを利用することで乗り切れそうだ。
チジーが進めているプレハブも、暖かくなる頃には実用化の目処がつくのではないだろうか。
次はダガーヴェイルの開発。最大の問題は交通網の確保だが、シナーク川を溯る道はこれから拡張工事が始まる。厳冬の期間以外はできるだけ労働者を確保して進めたい。
新しい入植者も増やしたいが、難民だからといって開拓地での暮らしに前向きというわけではないので難しいところだ。
特産物が欲しい件では、とりあえずブドウ栽培の可能性を調べている。これは数年がかりになりそうだ。それ以外にも茶葉の栽培など、王宮で農業の研究をしている人にアドバイスをもらって進めたい。
レイモンド商会は実質的にチジーしかいないし、建物もまだ立たないので泉邸に間借り状態。従業員をもう少し増やしたいところだが、あまり魔法とか資金源とかについて明らかにはしたくないというジレンマもある。
のんびり朝ごはんを食べているとリズがやってきて言う。
「ねえ、デームスール王国で出版されている本の続きが気になるんだけど」
「この前、セーラと一緒にスールシティに行ったばかりだよね?」
「そうだけど、人気の小説は次から次へと出るからさあ」
まあ、分からんでもない。
「そういえば、この前デルフォニーに行ったけど書店のチェックはしてこなかったなあ」
「確かに。あそこにもあの国ならではの本があるかもしれないね」
「本当だよな」
他国の本は、正規にしかも安価に入手する方法はほとんどない。
「もしかしたらそういうあたりにビジネスチャンスがあるのでは?」
でも、面倒だし何をやったらいいのか分からんな。
「でもね、他の国の本だと時々分からない所があるんだよ。その国の人にとってあたりまえの有名人とか、地名とか、歴史的な故事とか、そういうのが出てくると分からないね」
「たとえば?」
「このまえ出てきたのはねえ、『まるでミルゴスの大聖堂だな』って主人公が言ってみんなが大笑い、ってのがあってさ」
「ミルゴスの大聖堂?」
「しばらく分からなくて放っておいたんだけど、全然別な本にいわれの説明があって、へーって腑に落ちたけど」
「結局どんな意味なんだ?」
「ミルゴスって田舎町があって、そこに住民が自慢する大きな聖堂があるんだけど、ほかの町の人から見ると全然大したことないんだって」
つまり、「井の中の蛙」とか、「遼東の
だから、他の国の本を輸入して売るだけだとイマイチか。それなりの説明をつけたりする必要があるのかもしれない。……ローザさんと話をしてから、商売にするなら、と考えるようになっている自分を発見。なんだかなあ。
さて、『耳飾り』の最新の情報をチェック。エドナに連絡を入れたのは一昨日になるが、あれからどうなったかな?
まず、ペギーさんのハイランド商会は、戦争にはまったく触れず、貨物船の運行状況などを報告しているだけ。
次に、反乱軍と関係していたらしいペアだが?
【ウマルヤード監視】 Y8qbb3T6
▽: 戦後処理の会談に、ラカナ公国からオブザーバー参加の申し入れがある。
▲: 何故だ? 経緯が不明だが?
▽: ラカナ公国の在ゾルトブール大使館が内乱の際に破壊され、大使館関係者が殺害されるという事件があった。その真相解明を求めている。
▲: その件も了解。こちらで検討する。
おお、大公陛下が動いておられるようだ。有り難い。大使館への攻撃の件を持ち出されたら、最低限オブザーバー参加は拒否できないだろう。
あれ。ちょっとしてからまた通信している。
【ウマルヤード監視】 Y8qbb3T6
▲: ラカナ公国の大使館がどうなっているか、特に生き残った者がいるのかどうかを至急調査せよ。
▽: 了解。
この言い方は、事件に関与していた感じがする。大使館ごと叩き潰して証拠を隠滅したはずだけど、生き残った者がいたら台無しだからね。ふふ、残念でした。
次は「ラシエルの使徒」という連中を支援している組織のペア。
【使徒の支援】 v713fZkQ
▲: 王宮はスートレリア軍が押さえているのか。
▽: そうだ。
▲: レイリー王はどうしている。
▽: やはり軍の監視下にあって、自由には行動できないはずだ。
▲: ダンスター男爵の動向に注目して報告せよ。
▽: 了解。
交渉の成り行きではなくて、レイリー王やダンスター男爵が気になっているような感じだなあ。
あれ? 思い出したけど、デームスール王国のスールシティで聞いた噂話では、ガッタム家が手を回してダンスター男爵家を倒したって言ってなかったか? マミナクを制圧した話が「倒した」になって伝わったんだとは思うが、それにしてもガッタム家が手を回したというのはどういうことだろう?
エスファーデン王国が反乱軍の後ろにいたらしいのは確実だが、デームスール王国のガッタム家はどう関係しているんだろう?
【ダンスター側近】 2Ue5w9Ci
▽: ラカナ公国大公から戦後処理にオブザーバーとして参加したいというの申し入れがあった。大使館が襲撃された件の真相究明を求めている。それから、ハーロックと名乗る者から情報が流れている可能性がある。
▲: こちらに不利な情報があるのか?
▽: シャデリ男爵の令嬢がラカナ公国に保護されているらしいから、ラカナ公国に流れているとすればディムゲイトの農園に関する情報だろう。
▲: こちらで検討する。
しばらくしてまた通信がある。
【ダンスター側近】 2Ue5w9Ci
▲: ラカナ公国のオブザーバー参加だが、むしろ積極的に受け入れるべきとの意見で固まった。大使館の件に関連して何か情報を提供してもらえると交渉を有利に進められるだろう。
▽: 了解。
この通信の片方はダンスター男爵と行動を共にしている人物だろうが、もう片方はスートレリア本国の王宮かどこかの意思決定を伝えて来るようだ。
次は、王都ウマルヤードとスートレリア島の間の通信らしい。
【反乱監視】 L3d1R7sh
▽: 反乱の当初、王宮から密かに何かが運び出されたという証言がある。
▲: 例の文書か?
▽: 不明だが、可能性はある。
▲: 引き続き情報を収集せよ。
ありゃ? これは、レスリー王が桜邸に運び出した古文書のことじゃないか?
例の文書ってあの古文書に含まれている何か重大なものなのか?
レスリー王は何か貴重な資料が含まれていると困るから、という言い方をしていたから、反乱軍やダンスター男爵が探しているらしい「例の文書」については認識していない可能性が高い。
放っておくとまずいかもしれないな。
昼くらいにトレヴァーから使者が来て、例の「婚約を認めない」という宣言は撤回されたとのこと。一安心。
と思っていたら、あまり評判のよくない「レキエル通信」という情報誌にまた記事が掲載されているとチジーが教えてくれた。
「ラヴレース家のセーラ嬢とデレク・テッサード氏の婚約を王宮は認めないと発表、って書かれてるわよ」
「うーん。一昨日くらいの時点ではあながちウソではないが……」
「訂正記事を出すとも思えないですよね」
「婚約を認めない理由は何て書かれてる?」
チジー、紙面をよくよく見ている。
「えっと、普段より素行についてあれこれ言われているテッサード氏、と書かれているだけですね」
「あれこれ、って」
「この書き方だと、明確には褒めてもけなしてもいませんね」
「普通は褒めてないよね」
「でもまあ、他にも色々書き立てられている貴族や有名人はいますから、デレク様だけ集中攻撃しているということでもないですね」
「でもまあ、腹が立つね」
「あの、別件ですけど」
「はいはい」
「シェルドーム商会と最初に契約した穀物の輸入は完了しまして、同様に貨物船に積んだままだった分も交渉して購入したんですが、もしまだ入手可能なら追加でお願いしたいんです」
「まだ足りないってこと?」
「そうですね、来年の春までのことを考えると少々不足気味のようです」
「シェルドーム商会はもう交渉してくれないのかな?」
「分かりませんが、どうも情報ではゴーラム商店が、内乱の関係で現在営業を一時停止しているようで、そちらにかなりの在庫があるという話を聞きました。交渉次第では安く入手できると思います」
「うーん。ゴーラム商店か」
「え? 何か問題でも?」
「ガパックで助けたシャデリ男爵のところの侍女のナタリー。彼女の実家なんだ。交渉はいいけど俺が直接出かけるのはどうかと思ってね」
「じゃあ、連れてってくれたらあたしが交渉しますよ」
「今、ウマルヤードに行くのは危なくないかね」
「やだなあ。だからこそ、狙い目なんじゃないですか」
「ええ?」
なにわの商人か? 昭和の商社マンなのか?
というようなことで、わざわざ政情不安なウマルヤードに出かけることになる。
「シトリー、護衛で付いてきてくれるかな」
「ゾルトブールですか。やった。行きます、行きます」
青い髪のシトリーはもともと風系統の
「そういえばシトリーはゾルトブールには行ったことないんだっけな?」
「あたし、ずっとお留守番でしたから。お昼に本場のカレーが食べたいです」
「あたしもです。よろしく」とチジー。
「お、おう」
インゴットを1つ金貨に換える必要もあって、まずはアーテンガムへ。
賑やかで、どことなくどぎついアーテンガムの雑踏に圧倒される2人。
「うは。スカート(以下略)」
「あ、何あの変な傘。うわ。やばすぎ」
修学旅行生のように浮かれている2人。
「こらこら。ここらへんは治安はあまり良くないから気をつけるように」
「はーい」
「お小遣いをあげるけど無駄遣いはしないこと」
「うんうん」
「いいかな、おれはヴォイド・クルーズだ」
「ほほう」
とりあえずお昼かなあ。オフィス街のレストランに入る。
すると、突然背後から声をかけられる。
「こんにちは。クルーズさんでしたかしら?」
え? と思って振り返ると、ペギーさん。ありゃ。
「先日はお昼をごちそうになってしまって、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、こちらこそ下らない世間話に付き合って頂いて。後から考えて、無遠慮にもほどがあるかなあと反省したような次第で」
ペギーさんはハイランド商会の従業員であり、『耳飾り』で通信をしている元冒険者である。先日は『尋問上手』でずうずうしくも色々なことを聞いたのでウザい奴とかセクハラ野郎とか思われているかと思ったが。……あれって、聞かれた方はどの程度の記憶が残っているんだろう?
「今日は先日の方とは違う方をお連れですのね。またお昼を一緒にどうかと思いましたが、お仕事のお話ですか?」
「いえ、今日は名物料理を食べに来ただけですので」
なんか、逆に誘われて一緒にお昼を食べることになる。
「デ……ヴォイドさん、あちこちに女性の知り合いがいるんですね」とチジー。
「いやいや、こちらはハイランド商会の方で、お世話になってるんだ」
「ふーん」と言いつつ少しニヤニヤしているシトリー。
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