無条件降伏

 スートレリア王国がゾルトブール王国に宣戦布告をしてから1週間である。


 朝起きて、『耳飾り』の最新の情報をチェック。


 まず、反乱軍と通じていたらしいペア。反乱軍は空中分解って言ってたよな?


 【ウマルヤード監視】 Y8qbb3T6

  ▽: 王都にスートレリア軍がやって来た。反乱軍にいた人間も加わって、大変な人数になっている。王都は抵抗もなく制圧されている。

  ▲: 王家や貴族はどうしてる?

  ▽: 王が正式に降伏。貴族は外出を禁止されている。

  ▲: これからどうなる?

  ▽: 今後は王家と貴族の処遇、新しい体制への移行が話し合われる。

  ▲: ダンスター男爵にしてやられたということか。

  ▽: そういうことになる。

  ▲: 例の文書はどこにあるのか分からないのか?

  ▽: 分からない。

  ▲: ダンスターが手に入れようとしているのか?

  ▽: 書庫に厳重な見張りが付いている。可能性は高い。


 降伏か。これで反乱も、戦争も終わりか。

 王が、と言っているから、レスリー王が地下牢から出されたのかな? しかし、色々悪いことをやってきたと自分でも言っていたし、責任を逃れるのは難しいだろうな。

 後は、悪事を働いてきた貴族の断罪と、スートレリア王国の要求をゾルトブール王国がどこまでのむかという話し合いになるのだろう。


 それにしても「例の文書」とは? ダンスター男爵も手に入れようとしている?


 エスファーデンが関係してくる原因がマミナク地方の領有権に関することだとしたら、そういう経緯を示した昔の公文書かもしれないな。それを入手して、正当な領有権があることを主張したいのか?


 「使徒の支援」のペアの片割れもウマルヤードにいるらしい。状況を伝えた後で「例の文書」に言及している。


 【使徒の支援】 v713fZkQ

  ▽: 王宮は封鎖されており、例の文書がどうなったのか分からない。

  ▲: 文書の行方についても情報を収拾せよ。

  ▽: 本当に実在するのか?

  ▲: 実在すると言われているが、私には分からない。


 ペギーさんのところ。ここは王都からの情報が少し遅いみたいだ。


 【ハイランド商会】 tHn41Bz6

  ▲: スートレリア軍が王都を包囲したが、抵抗はほぼ無いらしい。

  ▽: これで終わりか?

  ▲: あとはスートレリア軍の主張がどうなるかだ。


 ダンスター男爵のところ。


 【ダンスター側近】 2Ue5w9Ci

  ▽: 捕らわれていたレスリー王を保護し、メヒカーム伯爵を反逆罪で逮捕。王はその場でスートレリア王国に対する無条件降伏を宣言。

  ▲: 了解。

  ▽: 王都に戒厳令を施行。特に貴族は外出を禁止し、軍の監視下に置いた。

  ▲: 降伏後の体制についてはどうか。

  ▽: 基本的には奴隷魔法に関係のない王宮関係者を選定し、王の全権委任特使として会談を設定する予定。

  ▲: 例の文書はどうなった?

  ▽: レスリー王は文書についてはそもそも知らないらしい。こちらからの質問の意味が分からないようだ。

  ▲: 書庫にはないのか?

  ▽: 現在、書庫を封鎖して調査中だが見つからないようだ。


 あれ? ダンスター男爵のところまで「例の文書」とか言っているが? おなじ文書を探しているのだろうか?


 エドナに情報を伝える。

「無条件降伏だそうです。えっと、昨日のことですね」

「なるほど。無条件だから、基本的にはスートレリアの言い分を全部きくわけね」


「それと、ディムゲイトからジェインの侍女だった人とか、7名ほどがペールトゥームに向けて出発する予定なんですが、リリアナさんが助けられた件と一緒に、ジェインに伝えておいて頂けますか?」

「あら。なんで? デレクが言えばいいじゃない」

「いや、俺はあっちではまた別な名前で活動していましたし、情報を知っているとおかしいです」

「へー。じゃあ、その人達がこっちに来たとしたら、デレクは顔を出せないわよね」

「残念ですがそうなりますかね」


「よし。降伏の件、大公陛下に連絡してくるわ」

「よろしくお願いします」


 朝から懸案が1つ片付いていい感じだ。


 今日は、メロディがダズベリーに向けて出発する。ケイも一緒だ。

 コリンさんもランガムまで一緒に行って、孫の顔を見てくるそうである。


「デレク様、いろいろお世話になりました。ダズベリーにいらした時は声をかけて下さいね」

「これまで本当にありがとう。結婚式にはセーラと一緒に行くから」

 それから、こっそり耳打ちする。

「いざとなれば、ケイに言ってくれれば駆けつけるし、新刊の小説もケイがなんとかしてくれるよ」

「ふふ、ありがとうございます」


 笑顔で旅立ったメロディ。いろいろあったなあ。

 とか考えていたら、入れ違いのようにローザさん登場。


「あれ? ケイは?」

「やだなあ、さっきメロディと一緒にダズベリーに出発しましたよ」

「ありゃ。今日だったか」


「ところでローザさんはどこに行ってたんですか。探しましたよ」

「え、あたしがいなくて寂しかったって? しょうがないなあデレクは」

「違います。スワニール湖のそばに温泉が出たんです」

「え、マジで?」

「はいはい。地元の猟師さんとか山師の人に教えてもらって、掘ったら出ました」

「うひゃあ。これはもう一大温泉街を作るしかないわねえ」

「それ自体は嬉しいんですけど、現状は人里離れた山の中に熱いお湯が出てるだけですから、温泉地にするにはガパックの経験とかノウハウを知っている人に助力を求めようってことになっています」

「わかった。それは何、マイルズ様かアラン様に会って話をすればいいのね?」

「そうです。お願いします。で、どこに行ってたんです?」


「ほら、そろそろ寒くなるから練炭の増産とかそういう相談をしにベンフリートあたりまで行ってたのよ」

「ベンフリートですか。行ったことはないけど」

「ナイワーツ川の対岸のゾルトブール側にアーテンガムがあるわね。ラカナ公国側の町ね」

「そこに練炭の工場でもあるんですか」

「そうそう。そこで船に積んで、ミドマスを経由して聖都まで」

「へー」


「それでね、業務用は別として、家庭向けに販売するとなると、雑貨屋とか油屋に置いてもらって1つとか2つとか買ってもらうことになるじゃない」

「そうですね」

「だけど、そのまま持ったら手が真っ黒になるからどうしようかと思ってるんだけど」

「紙でくるんだらいいじゃないですか」

「うーん。やっぱりそうかなあ。手間が増えて面倒」


「あ。そうだ、それを逆手に取るんですよ」

「どういうこと?」

「練炭は便利だけど換気に注意しないとダメでしょう? だから、まず、そういう注意が分かりやすいようにイラスト付きで印刷されている紙でくるみましょう」

「なるほどね」


「さらに今、グ○コのオマケ作戦を思いつきました」

「何それ」

「一般家庭には子供もいる可能性が高いですから、練炭といっしょに子供がちょっと喜びそうなオマケをくるむんです」

「ふーん。たとえば?」

「たとえば子供が好きそうな簡単な工作の型紙とか、単純な手品のやり方とか、ちょっとしたパズルとか、子供にウケる笑い話とか、冒険小説を1ページずつとか、そういうのを印刷した紙を1枚だけ入れるんです。で、練炭の包みを開けるまでは何が入っているか分からない」

「ほう。開けるたびに違うものが出てくるわけか」

「そうです。どうせ練炭は人の手でくるみますよね。大した手間が増えるわけでもないですし……」

「いいわね、それ。同じように練炭を売る業者が出てきても、そこまでマネをしたら二番煎じで馬鹿にされるわね。ただ、ネタ集めは大変かもしれないわねえ」

「下ネタは入れたらダメですよ」

「うふふ、さすがにその辺は心得てるわよ」


「じゃあ、そういう紙を印刷して、練炭をくるむための作業場とかが必要ですよね」

「そうねえ。工場からは練炭だけが木箱に入って来るから、聖王国内に小売りに出す前に作業が必要よね」

「ミドマスはロックリッジ男爵領ですから、そこはどうですか?」

「場所とか労働力ね、問題は」

「難民を定着させたいって言ってましたから、可能性はあると思いますよ」

「なるほど。でも練炭は寒い時期だけだし……」

「これから寒くなるのに仕事があるってのは逆に貴重ですよ」

「ああ、そうかもしれない」


 話の方向が決まったので、ロックリッジ男爵家に使者を出して、作業場を作る可能性について問い合わせることにした。


「あとはよろしくおねがいしますね」

「え、デレクも一緒に行ってくれるんじゃないの?」

「やだなあ、練炭はRC商会のお仕事でしょ?」

「うん、まあ、そうかな」

「もっと人を雇ったらいいじゃないですか。今度、ゾルトブールから女性が何人も来ますから紹介しますよ」

「え! ついに女性の斡旋までするようになったの?」

「いえ、ちょっと違います」

「ちょっと、か」

 ゾーイが一枚かんでいるから、そのあたりは確かに微妙ではある。


 ローザさん、数日間は聖都に(というか泉邸に)いるそうで、温泉の件はエイドリアンに手紙を出しておいてくれるそうだ。


 ディムゲイトにキザシュたちを迎えに行く。

 帰ってきてからみんなで昼ごはんである。


「アミーがゾルトブール風のご飯が作れるようになったって言ってたよ」

「うそぉ。あたしカレーが食べたいんだけど」とジャスティナ。

 するとアミーが言い訳がましく言う。

「あー。スパイス類が手に入らないと難しいなあ」

「でも、ゾルトブールが戦争で負けたみたいだから、もうじきスパイスも安く輸入できるようになるかもしれないぞ」

「戦争と関係あるんですか?」

「一部の貴族が威張っていた体制が崩れると、自由に商売ができるようになるかもしれないからさ」

「そんなもんですかね?」

 そのあたりはローザさんにも頑張ってもらわないとな。


「そういえば、アミーはミニスカートを買ってなかった?」とキザシュ。

「ふふふ。もちろん買ってありますよ」

「ウソ。アミーがはくの?」とエメル。

「やだなあ、お土産に人数分買ってあります。あ、これはダンスター男爵に現地の作業服代として経費で請求する予定ですけど」

 どんな作業服だよ。変なところでちゃっかりしている。


「そしたら、みんなでミニスカートはいて、デレク様に見てもらおう!」とノイシャ。


「え? なんで俺?」

「男の人はみんなミニスカートが好きだと聞きましたよ」

「あ、そ、そうかな?」


 年かさのゾーイが少し引き気味である。

「あ、あたしは、いい、かな」

「やだなあ、もちろんゾーイさんのも、リズさんの分もありますからね」

「あー、そーなのかー。……だそうですよ、デレク様」


 う。リズのミニスカートは見てみたいかもしれない。いや、見たい。

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