新しい関係

 パーティーが終わり、参加者を見送ってからセーラが声をかけてくれた。

「デレク、お疲れ様。急にこんなことになってごめんね」


「いや、いつかはしなければならないことだったんだから、このタイミングで、しかもうまく事が進められて良かったんじゃないかな」

「うん。ありがとう」


「ところで、ね」

「何かしら」

「今日、婚約という話になるとは思っていなかったから、ネックレスじゃない誕生日プレゼントもあったんだよ。それを渡しておこうかと」


「え、ほんと?」

 セーラも疲れていたと思うが、また期待に満ちた笑顔になる。


 バッグから取り出したのは、昨日、ゾルトブールの王宮から持ち出された文書類の中から発見した古い本。


『エインズワースの交友録』


「え? これ、プリムスフェリー家にあった本、……じゃないわね」

「これ、ゾルトブールの王宮に所蔵されていたもの」

「何でそんなもの持ってるのよ」

「ほら、レスリー陛下から別荘ごと頂いた書類の中にあったのさ」


 ぱらぱらと本をめくってみるセーラ。

「これ、手書きの写本ね。っていうか、どちらかが正本で一方が写本なのかしら?」

「俺もちょっとだけ見てみたけど、ストーリーがあるわけじゃないし、違いはよく分からないな。こちらの方がページ数が多い気がするけど」

「それは興味深いわ。両方を照らし合わせたら何か発見があるかも」

「喜んでもらえたかな」

「ええ、もちろんよ。他の人はこんなプレゼントは絶対に持ってこないわね。デレク、やっぱり大好きよ」


 それからそのままラヴレース家で家族と一緒にディナーを頂くことになる。


「ねえ、お父様」とセーラ。

「何かな?」

「この前、ダズベリーに行った時に、本当にお世話になったテッサード家のメイドで、メロディという方が今度12月の頭に結婚するのよ。そのお祝いと、それから婚約をしたという報告のためにテッサード家に行きたいんだけど、いいわよね?」


 フランク卿が何か言う前にイライザが先回り。

「あら、それは当然行くべきよ。デレクも一緒に行くわよね」

「はい」

「いいわよね、あなた」

「あ、……うん」


 イライザにも助けられてばかりだな。


 ハワードがゾルトブールがらみの件について聞いてくる。

「セーラに少し聞いたけど、他の国は遠方でも話が通じる通信手段を持っているんだって?」

「なんじゃそりゃ?」とフランク卿は知らない様子。

 ハワードには、以前泉邸が不逞の輩に襲撃された時、俺がそういうイヤーカフを持っていることは知らせてある。


「ええ。ダンジョンで稀に発見される魔道具に『以心伝心の耳飾り』というものがあります。ラヴレース家の宝物室にも1つ所蔵されているはずです。これは、将来を誓いあったカップルがダンジョン内の試練を乗り越えると拾得できるもののようですが、そのカップル限定で、どこにいても会話をすることができるのです」

「それをどうやって通信に使うんだい?」

「つまり、そのような魔道具を使えるカップルを高い報酬で雇う国とか商社があるのですね。雇われたカップルは離れ離れになってしまいますが、身分と報酬は保証されるというわけです」


「でも、そういうカップル自体が希少なのでは?」とハワード。

「そうですね、多分世界中でも数組しかいないと予想されます」


「で、デレクは何でそんなことを知っておるのかな」

 フランク卿が俺をデレク、と呼んでくれた。婚約を認めてくれたのかな。


「ゾルトブールで内乱が起きて、プリムスフェリー家がゾルトブールから避難してきた人を何人か保護しているのですが、その中にまさにこの魔道具を所持している人物がおり、ゾルトブール国内で何が起きているのかという情報が刻々と大公陛下にもたらされていると聞いております」

 これは大公陛下にも言い訳として使っている作り話だからいいだろう。


「ふーむ。では聖王国でもそんな人材を見つける必要があるのかもしれんな」

「そういうことの実務は外務省がするのですか?」

「そうそう。ホワイト男爵が担当だね」とハワード。

 ホワイト男爵はラヴレースの縁戚と聞いている。会ったことはないけど。


 ふと思い出した。

「私がプリムスフェリーのランディ卿の訃報を聞いて聖都から出た後で、何やらセーラが白鳥隊と一緒に大立ち回りを演じたと評判になっていたようですが」


 セーラ、一瞬動きが止まる。少しむせたらしい。


 フランク卿、話に乗ってきた。

「おお! そうなのだ。巷では『13番地事件』などと呼ばれておる。何やらな、キーン・ダニッチとか名乗る怪しい奴が先導して、人身売買組織の拠点に乗り込んだというのだよ」

「ちょ、もうその話は散々……」

「いいではないか。あの時の勇姿は聖都中で大評判だったようでな。いやあ、ワシもこの目で見たかったところなのだが」


 自慢の娘の活躍について得々と語るフランク卿。

 ハワードと弟のジーンは少し辟易しているようだが、まあ、フランク卿の機嫌が少し直ったみたいだからいいじゃん。


 ディナーが済み、改めて婚約の礼を述べてからラヴレース邸を後にする。

「デレク、あたし明日も非番だから、そちらにお邪魔してもいいかしら」

「ああ。待ってるよ。土産話もいろいろあるしね」


 婚約したということは、俺とラヴレース公爵家は単なる知り合いから、新しい関係になったということか。そう考えると感慨深いものがある。



 さて、泉邸へ戻る。


 主だったスタッフを呼んで、セーラと婚約したことを報告。

 皆から一斉に拍手で祝福される。

「おめでとうございます。デレク様」

「ありがとう」


「それで、12月の頭にダズベリーでメロディの結婚式があるから、それには俺とセーラで出席するつもり。リズとケイも出るよね?」

「あたしはメロディと一緒に、一足先に帰る予定になってる」とケイ。

「あ、そうなのか。ケイは行ったり来たり大変だな」

「まあ、メロディはあたしのお義姉ねえさんになるからね」


「そうなると、俺とセーラと、リズと、あとは御者でエメルとノイシャということになるかな?」

「了解です」

 エメルとノイシャは張り切っている。


「それから、メロディがここのメイド長みたいな立ち位置だったじゃない。メロディがいなくなった後のまとめ役を、やはり年長者ということでゾーイにお願いしたいんだけど、いいかな?」

「はい、承りました」


「それと、セーラと婚約ということになると来客も増えるだろうから、年末までに追加で何人かメイドを雇いたいと考えているんだ。みんなにもしっかりやって欲しいと思ってる。ゾーイもよろしく」

「はい」



 自室に戻ってぐてっとしていると、リズとケイがやって来た。

「デレク、婚約おめでとう」

「ありがとう。これからいろいろ大変かもしれないけど」


 リズが言う。

「それでね、あたしはプリムスフェリーの方にいることになってるじゃない」

「まあ、フランク卿にはそう説明してきちゃったな」

「だから、聖都にはあまりいない方がいいのかな?」

「泉邸から外へあまり出なければ問題なくない? あと、来客が来ても対応しない」

「そんなんでいいかな?」

「リズは従姉妹という立ち位置だから、別に一緒にいても変じゃないよ」


 ケイがぼそっと言う。

「人前でイチャイチャしたらダメだね」

「えへへ。人目のない所でイチャイチャすることにするよ。ケイもそうしたらいいのに」

「え、あの、あたしはそういう……」

「ケイも今度デレクと一緒にお風呂に入ろうよ」

「二人がかりで、何か後戻りできない危ないことをされそう」

「信用ないな」


 さすがに疲れたので、その晩は早く寝た。

 起きてから朝のニュースヘッドライン、『耳飾り』の情報である。


 反乱軍と通じているらしいペア。やっと気づいたらしい。


 【ウマルヤード監視】 Y8qbb3T6

  ▽: スートレリア王国がゾルトブール王国に宣戦布告。

  ▲: 間違いではないのか。

  ▽: 間違いない。すでにナイワーツ川沿いに王都に向けて進軍中。

  ▲: 王宮側の対応はどうか。

  ▽: 戦闘になっているという情報はない。

  ▲: スートレリア王国は何故宣戦布告をしたのだ。

  ▽: (ここから、例のダンスター男爵のチラシを読み上げている)

  ▲: こちらで対応策を協議する。


 しばらくしてから再び通信がある。


 【ウマルヤード監視】 Y8qbb3T6

  ▲: 反乱軍でスートレリア軍に抗戦できないのか。

  ▽: 反乱軍は和平案に反発して空中分解状態だ。

  ▲: メディアはどうしてる。

  ▽: メディア・ギラプールは負傷したためすでに帰国。

  ▲: 王宮側に働きかけてなんとか抗戦するように仕向けられないか。

  ▽: 和平案を提示した段階で、すでに騎士隊は戦闘を放棄している。


 ああ、これはもうどうしようもないな。

 そしてどうやら、メディア・ギラプールはゾルトブール王国ではなく、エスファーデン王国の人間か。ラカナ公国の大使館を潰したのはメディアだろうから、下手をするとヤバい問題になりかねないな。


 あれ? まだ通信がある。


 【ウマルヤード監視】 Y8qbb3T6

  ▲: 例の文書だけでも入手できないのか。

  ▽: どこにあるか分からない。書庫かもしれない。

  ▲: 誰が知っている?

  ▽: 王が知っているかもしれない。専門家は近くにいないのか?

  ▲: 王宮近辺には心当たりがない。王はどこにいる?

  ▽: どこかに監禁されているらしいが、具体的には分からない。

  ▲: なんとか入手できないか情報を集めろ。

  ▽: 努力はする。


 「例の文書」って何だ? 王の悪事の証拠? いやいや、それなら「王が知っているかも」というのはおかしい。専門家?


 【使徒の支援】 v713fZkQ

  ▽: スートレリア王国がゾルトブール王国に宣戦布告。

  ▲: 意味がわからない。

  ▽: ダンスター男爵がばらまいているチラシがある。(チラシを読み上げている)

  ▲: 反乱軍はどうなっている?

  ▽: ほぼ活動を停止しているように見える。


 次は、片割れがマミナクにいるらしいペア。


 【マミナク監視】 j9S5ugAo

  ▽: ダンスター男爵からの声明がある。(チラシを読み上げている)

  ▲: 最終的な目的は何だ?

  ▽: ゾルトブールの現王宮と貴族を叩くことにあると思われる。

  ▲: マミナクはどうなっている?

  ▽: 反乱軍の構成員の大半は和平案に反発して、反乱軍を離脱。

  ▲: つまり、マミナクを押さえているのは誰だ?

  ▽: 反乱以前のような状況に戻っている。


 ペギーさんのところ。


 【ハイランド商会】 tHn41Bz6

  ▽: ディムゲイトも、マミナクも、ほぼ反乱前の状況に戻っている。

  ▲: 反乱軍はどうなった。

  ▽: 雲散霧消という感じだ。


 ダンスター男爵のところ。


 【ダンスター側近】 2Ue5w9Ci

  ▽: 現在、ウマルヤードの直前まで進軍。特筆すべき反攻はない。

  ▲: 了解。


 【反乱監視】 L3d1R7sh

  ▽: 王都は騒然としているが、兵力を集めている様子はない。

  ▲: 了解。



 反乱軍が目的を見失って自然消滅してしまえば、マミナクは日常を取り戻すことになる。ダンスター男爵はこれを読んでいたのか?


 朝からエドナにイヤーカフで連絡。

「実は昨日、セーラの誕生日だったのですが、父上から婚約の話が手紙で伝えられていたようで、その流れで婚約という運びになりました」

「あら、おめでとう。良かったわね」

「有難うございます。緊張しましたが、一応予定通りです」

「結婚はどうするの?」

「まだ何も決まっていません。ところで、ゾルトブールの戦況ですが」

「はいはい」

「スートレリア軍はほとんど抵抗を受けることなく王都目前まで迫っております。対する王宮側には兵力を集める動きもなく、反乱軍は自然消滅という様子です」

「これはもう、数日中には終わりそうね」

「そんな情勢ですね」


 さて、面倒な話は片付けたし、今日はセーラが来る。

 いい一日になるといいなあ。

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