セーラの誕生日

 今日はセーラの誕生日である。

 本人に一足先にお祝いを言っておこう。


「もしもし」

「あら、デレク」

「お誕生日おめでとう」

「ありがとう。待ってるから来てね。あ、それで本当に申し訳ないんだけど」

「何?」


「今日はリズとケイには遠慮してもらえるかしら?」

「え、どうして?」

「それは例の『聖都では従姉妹いとこ』作戦を成功させるためよ」

「そうなの?」

「本当にごめんなさいね、リズとケイには、この埋め合わせは必ずするからって言っておいてくれるかな」

「分かった。で、何時くらいに行くとベストかな?」

「そうね、お昼を食べてすぐくらい。12時半には来てよ」

「早くない?」

「いいから来て」

「うん」


 何だろう? まさかお父様に何か言われたとか?


 早めに昼食を済ませて、馬車でラヴレース公爵邸へ。ちなみに、今日の御者はダズベリーから来た厩務員にお願いした。エメルとノイシャはお休みである。


 時間的にはかなり早いので、招待客もまだ来ていない。


 会場になるボールルームのそばまで行くとセーラが待っていた。

 純白のマーメイドタイプのロングドレス。胸元に豪華なレースがあしらわれているが、肩から脇のラインがばっさりカットされていて、横乳がすっげえ見える。背中も肩甲骨の下まで見える。太ももからスリットが入っていて、ちらりと見える脚がすごくセクシー。もちろん、ウエストラインの美しさは言うまでもない。


「今日も惚れ惚れするなあ」

「ありがとう。それから絶対気にすると思うから最初から言っておくけど、屈んだ時にも胸が横から見えたりすることはないわよ」

 実際に屈んで見せてくれる。

「あ。本当だ。なるほど、こうなってるのか」


 セーラが俺の手を引っ張る。

「さあ、行くわよ」

「どこ……まさか」

「そのまさかよ」


 ボールルームの隣の控室に、フランク卿と奥方のイライザ。そしてさらにフランク卿のお姉ちゃん、エヴァンス伯爵夫人のソフィーである。


 どうしてこうなった?


 落ち着け、デレク! 素数を数えるんだ。1、2、3、……ああ! 1は素数じゃないぞ。


「ご無沙汰しております、昨日、ラカナ公国から戻りました」

「うむ。デレク君の活躍はマイルズからの手紙で拝見したよ。名誉騎士に任じられたそうではないかね。いや、素晴らしい」

「ありがとうございます」


 そっかー。親父→親父の連絡ラインか。そうなると、あの話が来る、よな。


「ところで、プリムスフェリーの後継者の問題が片付いたわけだが、その、あー」

 するとイライザが横から口を出す。

「ほら、あなたしっかりなさいな。婚約の件でしょ」


「うむ、マイルズからの手紙によると、後継問題が片付いたのでセーラと婚約したいとのことだが、間違いないかね?」

「はい。その通りです。セーラさんからの申し入れを受けてからずいぶん待たせてしまいましたが、結婚の約束をさせて頂きたく、お願い申し上げます」


「しかし、先日はプリムスフェリーのリズ殿を支えたいと申されておったよのう?」


「リズの母であるエドナと、弟のアルヴァの行方が知れ、アルヴァがプリムスフェリー家の当主となりました。現在はエドナがリズの後ろ盾となっております。私の役目は十分果たされたと考えます」

「では、リズ殿は?」

「現在はラカナ公国におります」


「なるほど、そう、か」

 フランク卿、上を向いて目をつぶる。

「残念ながら、反対する理由はないな」


 黙って聞いていたソフィーがこれに噛みつく。

「あら。フランク。残念ながら、とはどういうことよ。それは失礼よ」

 イライザも同調する。

「本当ね。若い2人をお祝いすべきところでしょ? まったく何を言っているのよ」


「あ、だがしかしだな、ワシとしてはその、あー」


「お父様、ありがとう。あたし、お父様と同じくらいデレクが好きだから、とても幸せだわ」

 セーラのナイスな攻撃。


 イライザとソフィーも畳み掛ける。

「お誕生日に婚約だなんて、めでたいわねえ」

「今日、いらしていただいた方々にもお披露目してお祝いして頂きましょう」


 おれも乗っからねば、このビッグウェーブに。

「フランク卿、いえ、お義父とう様。ありがとうございます」


 その途端、セーラが飛びついてきて抱きつく。

「デレク! デレク! 大好きよ!」

「俺も大好きだよ! セーラ!」


 その場で2人で抱擁。


「あ……。セーラをよろしくな、デレク君」

「はい! 命にかえましても」


 セーラは知らんけど、実のところを言うなら、俺的にはちょっと心の中で冷めている部分もあったんだよね。

 セーラが大好きな気持ちは本当なんだけど、フランク卿の前ではしゃいで見せるみたいなのはちょっと演技というか、セーラに合わせておくか、と思った部分が大きい。


 あとでこの話を正直にセーラに言ったら、こう言っていた。


「あれはほら、お父様があそこで何か言ったら『娘が喜びを爆発させている感動的な場面に水を差す野暮な父親』になりかねなかったわけでしょ? そういう局面を作ったら勝てるかな、って思ったわけ。デレクも乗ってきてくれたから良かったわよ」


 セーラ、恐ろしい子。

 そして、イライザとソフィー、側面からの援護射撃、本当に有難う。


 イライザはフランク卿に向かって色々言っている。

「結局あなたが昔言っていた通りになったわけで、万事丸く収まったということよ。これ以上を望むのは高望みにも程があるというものよ」

「あ。うん。まあ、マイルズとは旧知の仲だし、心配とかはもちろんしておらんが」


 ソフィーもフォローする。

「ウチの子も、いとこの子たちも、もうセーラとデレクは当然婚約するものだと思っていましたから今更という感じよ? あなただけがいつまでもグチグチ言っていたらみっともないわよ」

「そんなグチグチとかはだな……」とやっぱりグチグチ言うフランク卿。


 ううむ。こうなったらもうあれを出すしかないな。


「実は、婚約を認めて頂いた時のために、セーラへの贈り物を用意してあるんだ」

「え? 何かしら」

 セーラ、期待に満ちた目でこっちを見る。


 持参したバッグから取り出したかのように、ストレージから箱を出す。

 箱を開けると、中にはネックレス。


「これは宝飾店『ブレストン』に依頼して作ってもらったネックレスです。『夜見の星あかり』という名前が付いています」


「まあ。これは……」

 見事な細工と造形美に言葉を失うセーラ。


 箱から取り出し、セーラの胸にかける。

 これを見たイライザとソフィーも感嘆の声を上げる。


「素晴らしいわね。これまでに見たどんなネックレスよりも高貴に見えるわ」

「ブレストンの作で、しかも名前が付いているんですって? デレク、随分頑張ったわねえ」


 フランク卿も短いコメント。

「見事なものだな。感謝する」


 セーラ、ちょっと涙ぐんでいる。

「デレク、有難う」

「セーラこそ、いつも有難う。これからもよろしくね」


 先日、聖都に来て、ケイから頼まれた新刊を買ったりするついでにブレストンさんの店に寄ったのだ。当初の目的はエドナが使う金細工のイヤーカフを作るため。見た目が安いイヤーカフは嫌だって言うからね。

 で、その時に、いつかこういうこともあろうかと思って依頼したのだ。


 依頼の内容は、リズに贈った『夜見の花あかり』と対になっても遜色のないネックレス、である。するとブレストンさんの言うには、そもそも対になるネックレスはデザインの段階から存在していて、リズと店を訪れた時にたまたま『花あかり』の方が先に完成していたのだそうだ。

 対になるネックレスを同じ方にお買い上げ頂けることになるのも夜見の巫女様のお導きでしょうか、とブレストンさんは言っていたが、もちろん、今回は正規の値段で購入。

 正直、めっちゃ高かった。


 はあるけれど、俺の心の中の賃貸対照表バランスシートではあそこから借りた形にしてある。従って、デレクくんは目下大赤字。

 これからレイモンド商会とかRC商会に頑張ってもらって収益を上げて行かないといけないわけだ。まあ、頑張りましょうか。



 予期せぬ緊急ミーティングがパーティーの前に設定されたわけだが、無事に切り抜けることができた。本当に良かった。


 その後、パーティーの参加者が次々にやって来るのを、セーラと並んで出迎える。


 ミシェルとフローラがやって来た。

「あら? なんでデレクがいるのかしら?」

「実はね、婚約したのよ」とセーラがにっこり。

「え、うそ! あ、ソフィー母さんが一足先にこっちに来たのはそういうことか!」

「あ、何、この凄いネックレス」

「もう、デレクったらしばらく聖都にいないと思ってたら」

 大騒ぎである。


 その後も、来る人来る人に同じような反応をされる。


 ロックリッジ家からタニアとマリリン、それにレオが登場。

「あら。婚約されたの?」と勘のいいマリリン。

「ええ」とセーラがにっこり。

 タニアも祝福してくれる。

「うわあ、おめでとう。いやあ、デレクならお似合いだよ」

 マリリンは早速ネックレスに気づく。

「しかしこのネックレス、凄いわね。ブレストンのところの? ふーむ。これは……デレク、頑張ったわねえ」

「ネックレスよりも、フランク卿が最大の難関でした」とこっそり。

「やっぱり」とニヤリと笑うマリリン。


 さて、パーティーを始めるにあたって、婚約をしたことを参加者にお披露目。

 イライザがフランク卿に言っている。

「本来ならあなたが喋るべきでしょうけど、絶対余計な事を言いそうだから、あたしが紹介するけど、いいわよね?」

「ああ、いいよ」と何か力が抜けた感じのフランク卿。


「本日はセーラの18歳の誕生日パーティーにいらして下さり、誠にありがとうございます。さて、エントランスでもお伝えしましたが、本日、ラヴレース家のセーラはテッサード辺境伯家のデレクと婚約する運びとなりました」


 会場から拍手喝采。お辞儀をする俺とセーラ。


「デレクは聖都に出てきてから日も浅いので、馴染みのない皆さんも多いかと思いますが、こちらのフランクと、テッサード家当主のマイルズ卿は若いころからの気心の知れた親友であります。また、つい先日までデレクはラカナ公国に出向いておりましたが、そちらでの数々の功績によってラカナ大公陛下から名誉騎士に叙せられるという栄誉を賜っております」


 ここで「ほほー」という反応。そうだよね、大半の人は知らないはずだ。


「国内においては、ナリアスタ難民の救済にも取り組んでおり、先日は王妃殿下より直々に感謝の言葉を賜ったとのことです。今後も両家、ひいては聖王国の繁栄に尽力してくれるものと期待しております」


 うう。あまり持ち上げないで下さい。


 パーティーの主役のセーラから挨拶。

「本日は有難うございます。この節目の日に、婚約を発表することができてとても幸せです。今後ともよろしくお願い致します」


 俺の出番か。緊張する。

「デレク・テッサードです。聖都にはまだ馴染めない点も多いのですが、皆様のお力もお借りして、両家の繁栄のために力を尽くして参りたいと思います。どうかよろしくお願い致します」


 会場から拍手。なんとか乗り切ったかな。


 その後はセーラとダンスを踊ったりもしたが、参加者からの質問攻めに終始した印象しかない。


 とにかく疲れたよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る