証拠の書類
今日はランガムを出立して、夕方には聖都に到着の予定。
証拠の品を選り分けるために桜邸に行くと言ったらリズがついて来るという。
「ちょっと待って。リズが一緒に来ちゃうと、昼食で馬車に合流できなくなる」
「えー。でもお尻痛いよ」
「すまんが、午後からならいいよ」
「うん、分かった」と渋々納得。
で、なんでかノイシャが一緒に来る。まあいいけど。
「うわー。いい景色の別荘ですねえ」
「今日は一瞬だけど、馬でここまで来るのはそれなりに大変だったぞ」
窓を開けると、大きな暖炉があるリビングには陽の光がいっぱいに入る。
「いいですねえ。老後はこんな所で暮らしたいですね」
「冬は寒いと思うけどな」
「デレク様はすぐ否定的な所を探して何か言いますよね」
「そう?」
批判的にモノを見たり、長所と短所を並べて考えるのはいわゆる理系脳のせいか?
「逆に、みんながいいところしか見ていなかったらそれも困りますけどね」
さて、回収してきた書類ケースを取り出そう。
「アイテムボックス、『書類』を
途端に、リビングの床一面に古い書類の山。
「うわ。何ですかこれ」
「ゾルトブールの歴代の王様のイケナイことの証拠だってさ」
俺はとりあえず問題の「赤い書類ケース」を探す。すると、確かに真っ赤な書類ケースが1つある。あとはオレンジだったり、茶色だったりだ。やはりランタンの明かりでは色の区別が難しいんだな。
書類ケースの中を見てみる。中には書類、メモと手紙。
まずは書類。シャデリ男爵の所有しているブドウ農園に関する権利関係の書類の写しらしい。
それと、シャデリ男爵が反逆罪で有罪になった裁判の記録。これは写しではなくて本物のようだ。案外たいした分量はなくて、判事の名前や証言に立った貴族の名前なんかが書かれており、それぞれの署名も付いている。
手紙はバームストン男爵からのもの。最近、他国へ密輸する麻薬の摘発が相次いでおり、儲からなくなってきているので、高名なブドウ園をシャデリ男爵から取り上げてはどうか、と書いてある。
メヒカーム伯爵からの手紙もある。シャデリ男爵は奴隷制度に反対する態度を見せているので、これをネタに反逆罪ということにすればいい、と書かれている。さらに、これに加担して有罪判決を出してくれる判事の名前や、偽証してくれる貴族のリストが具体的に書かれている。ここに列挙されている名前はさっきの裁判記録と一致している。
バームストン男爵から、ブドウ園の取り分に関してあれこれと注文を付ける手紙も来ている。しかも、シャデリ男爵の裁判よりもかなり前の日付だ。
メモというか証文の束。これは、偽証した貴族や判事にそれぞれどのくらいの裏金を王から渡したかという記録。受け取った貴族たちの署名が付いていて、これもさっきの裁判記録の署名と同じ。
さらに、偽証の対価として犯罪行為をもみ消した貴族の事例も書き残されている。
証拠としては十分だろう。しかし、酷いね。
ノイシャは別の書類ケースを開けて中を見ている。
「これ、すごいっすよ。一目惚れした貴族の奥さんを無理やり自分のモノにする悪だくみの証拠ですね。こんなのが王様じゃあ大変だ」
「この膨大な書類ケースの1つ1つが、そんなことの証拠というわけか。気が滅入るな」
赤い書類ケースは持っていくとして、残りはどうするかなあ。
今はもう関係者が死んでいるとしても、子孫に影響するような何かがあるかもしれんし、逆に、不名誉になるから抹消してしまった方がいいような記録もあるかもしれない。
「……読むだけでおぞましいような記録もあるかもしれんなあ」
すぐには判断しかねるので、当面はここの地下室にしまっておくことにしよう。断捨離ができない俺である。
さて、地下室。
それほど広くはない物置の片隅に鉄の扉がある。
開けてみると中は真っ暗。そりゃそうか。
ランタンをつけて恐る恐る階段を下る。
「今、地震なんかが起きてここが崩れたりしたら大変なことになりますね」
「はいはい。手を繋いで降りようか」
「うふ」
降りた先には結構広い地下室。多分、さっきのリビングの真下になる。
そこには頑丈な木箱が4つ置かれている。それぞれ、大人2人でやっと持ち上げられるくらいな感じ。
箱の蓋を開けると、古い本や書類が雑然と入っている。
「うわー。これは何がどこに入っているのかさっぱりわからんなあ」
ランタンの明かりで照らしながら調べると、魔法や伝承に関する資料、魔王討伐までの古い資料がそれぞれ1箱、魔王が倒されてからの資料が2箱、という別になっているらしいことが分かる。
しかし、それぞれの箱に入っている文献は、ひとつずつ取り出して見てみなければ何だか分からない。きちんと整理しようとしたら大変な労力が必要そうだ。
プリムスフェリーの屋敷の書庫もそうだったが、ちゃんと調べたら価値のあるものがもっと出てきそうなんだがなあ。
ノイシャは降りては来たものの、興味を引くものはなかったのか、上へ戻ってしまった。また歴代の王の不正とか不倫とかについて調べているのだろうか。
ふと、木箱のひとつに入っていた本を取り上げて見てみる。
「あ、これは……」
これはいいものを見つけた。王様、ありがとう。
勝手口のあたりに何に使っていたか分からないが適当な木箱があったので、秘密の地下室から回収したイケナイことの証拠書類を詰め込んで地下室へ。多分、2度と読むことはなさそうだが。
ノイシャがどこに行ったかと思って見回したら、裏手の井戸のあたりにいた。
「ここに住もうと思ったら、ちゃんと管理しないとダメですねえ。まず、水が不安」
「ほう」
「寝具がみんな古いので新調しないとダメ。かまども随分使っていない様子ですし、この分だと暖炉の煙突掃除も必要です。しかも薪がありませんから、このままでは冬を越せません。馬小屋ももうちょっと綺麗にするか、いっそ作り直さないと」
「ふむ」
「きっと、夏の頃に数日間だけ寝泊まりに使っていたんじゃないでしょうか」
「ああ、そうかもしれない。冬はここまで来るだけで大変だろうからな。で、結局どうしたらいいと思う?」
「しばらく誰かに住んでもらわないとダメでしょう」
「やっぱりなあ。いい貰い物だと思ったんだけど、管理が大変だなあ」
「でも、手放すには惜しい物件ではありますね」
「だよなあ。守備隊を退役した人あたりに任せたら丁度いいくらいかな」
そろそろお昼なので、リズに迎えにきてもらう。
「うわ。すっごく素敵な別荘じゃない」
「だよねえ。ただ、管理をどうしようって話を今もしてたんだよな」
「春になるとこの周りが桜でいっぱいになるって?」
「そうらしいよ」
「楽しみだなあ」
「それまでにはなんとかしないといかんかなあ」
聖都のひとつ前の宿場のフェアラムで昼食。
「夕方までには聖都に着けそうだな」
「長い旅でしたねえ」とエメル。
「ノイシャとエメルには御者もしてもらったし、悪人の討伐もしてもらったし、すごく助かったよ。一緒にきてもらって本当に良かった」
「正直、少し休みが欲しいですけど、デレク様とはまたこうやって出かけたいです」とノイシャ。
「そうだなあ。ダズベリーやダガーヴェイルには何度も行かないといけないだろうから、その時はまた2人に頼もうかな」
「はい、是非とも」
午後はリズと一緒にラカナ市へ。
「あら。今日はリズといっしょなの?」
「お久しぶりです。エドナ母さん」
「デレクと仲良くやってる?」
「えへへ。そりゃあもう」
「えーとですね、レスリー王から言われた通りの場所に証拠の書類がありましたのでお持ちしました」
「それは重要ね。どれどれ」
「ブドウ園を取り上げようという悪だくみを書いた手紙と、冤罪の裁判記録、裁判に加担した貴族や判事の名前と署名、それに王から裏金を渡した証文です」
「ふむふむ。これはすごいわね。これでシャデリ男爵の名誉回復には十分と思うわ」
「ところで、名誉回復って、具体的には何をするんでしょう?」
「まずは、裁判記録を抹消の上、裁判が誤りであったことへの公式な謝罪ね。それから真の悪人の処罰、遺族への補償、かな。今回はブドウ園をジェインに返すことも必要ね」
「シャデリ家から召し上げられた爵位はどうなるんでしょう?」
「それはゾルトブールの慣習なんかに従うのかしらねえ」
「ジェインの侍女4人と、シャデリ男爵家のメイド3名を麻薬農園から救出しまして、この7人は遠からずペールトゥームへ来るように段取りをしています」
「なるほど。ゾルトブールの方の決着がそれより前になるか後になるかは分からないけれど、そちらは進めておいて頂戴」
「了解です」
「ゾルトブールの状況はどうかしら」
「昨日ちょっと行ってみた感じでは、メヒカーム伯爵が王を名乗ったものの、誰も付いて来ないので何も決められない状況ですね」
「そうなると、大した戦いも起きずに、王都がスートレリア軍に占領されて終わり、になる可能性が高いかしら」
「奴隷魔法を使っていた貴族なんかは、どうにかして逃げ出そうとするんじゃないでしょうか」
「海上は封鎖されているし、ラカナ公国は入国を拒否するでしょうし、アドニクス王国は奴隷制度が嫌い、となると逃げ場所なんてないわよね」
「本当ですね」
「ま、しばらくは様子を見ておいて欲しいかな」
「大公陛下にはよくお会いするんですか?」
「ここのところ、時間があれば報告に参上してるわ。あ、それとね」とエドナはニヤリと笑ってこう言った。
「大公陛下から、あたしが再婚したらどうか、という打診を受けているわ」
「え」
「ほら。あたしって若いからさあ」
リズの縁談じゃなくて、そっちが先だったか。
確かに実年齢は30だから、まだ子供だって十分作れるだろう。
「再婚するんですか?」
「あたしの時間では、バートラムが亡くなったのはついこの間じゃない。だから、今のところその気はないわね。ん? デレク、気になる?」
「あ、まあそりゃあ……」
「うふふ」
夕方。
やっと聖都の泉邸に帰着。
「デレク様、おかえりなさいませ」とメロディ、コリンさんの出迎え。
「思いの外、長い旅行になってしまったよ」
エントランスに入ると、例のオークションで入手した絵と彫像が飾られている。
「うーん。こうやって飾るとまた感じが違って、いいね」
「一挙に貴族の邸宅って感じ」とケイ。
「しかし、魔王はエロカッコいいいなあ」と相変わらずな感想を述べるリズ。
「ラカナ公国では大活躍されたと伺っております」とコリンさん。
「プリムスフェリーの後継者に指名されなかったのが、俺的には一番良かったよ」
「しばらくは聖都でお仕事をされることに?」
「うん、そうなるね。ダガーヴェイルの開発と、あとは難民対策とか」
子供たちも出迎えに出てきたので、先日デルペニアのみやげ物屋で買った子供向けの本などを一人ずつ渡す。
「デレク様、ありがとう」
「アルヴァくんは帰っちゃったの?」
「アルヴァはねえ、ラカナ公国で貴族になったんだ」
「へえ、まだちっちゃいのに?」
「ちっちゃいけど、頑張ってるぞ。みんなも負けないで頑張ろうな」
「そっかあ」
メロディが言う。
「今日はデレク様と夕食をとれるというので、皆、楽しみに待っております」
「そうか。それは嬉しいなあ」
「明日はゆっくりできますか?」
「いや、明日はセーラの誕生日だから」
「あ、そうでしたか。では、その準備をしなければなりませんか?」
「俺は正装して出かける程度だけど、リズとケイはちゃんとしないとね。メロディはどうする? セーラだったら喜んで迎えてくれると思うけど」
「いえ、折角なのですが、私、そろそろダズベリーに帰ろうと思って準備をしておりますので」
「あ、そうか。来月の頭には結婚式か」
「ええ」
メロディはちょっとはにかんで微笑む。
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