第0夫人
午後はディムゲイトに転移。解放した女性たちの身の振り方について相談をしなければならない。
小さな机を囲んで、キザシュ、アミー、イスナと相談。
「王都の周辺は宣戦布告で浮足立っているから、やはりアーテンガムの対岸のベンフリートまで船で送り届けるというアミーの案が正解だと思う。で、その場合に何人がどこに行きたいかを把握しておく必要があると思うんだ」
イスナがおおよその人数をまとめてくれていた。
「当初、国外に行きたいと言っていた人の中にも、考え直して郷里に帰る人とか、ゾルトブール国内で別の地域に行きたいと考える人もいて、少し変動がありましたが現在はこんな感じですね」
レキエル中央市(聖都): 56名
ラカナ公国: 16名
国内: 42名 (うち、22名はすでに帰郷)
・ ディムゲイト: 4名
・ アーテンガム: 4名
・ その他の地域: 12名
未定: 3名
「最初、118人だったけど、リリアナさんを別とすると合計で 117人ということか。ディムゲイトに残る人もいるんだね」
「ええ、ここが気に入って残りたいという人がいますね」
「ラカナ公国の16名というのは?」
「この前お話した4名の侍女の他にメイド3名がシャデリ男爵の関係です。その他の9名はラカナ市のあたりに親戚や知り合いがいるという話でした」
「その人達はベンフリートじゃなくて、ルジルからラカナ公国に入国した方が絶対に早いね。……未定の3名って?」
「すっかり精神的に参っていて、どうしたらいいか、まだ決められないようです」とアミー。
「うーん。しばらくここにいてもらって様子を見ないといけないかなあ。決まらなければ聖都に来てもらうか」
アーテンガムあたりの、内乱や戦闘の影響のない地域から、護衛を付けて出立してもらうことにしよう。
キザシュが申し訳無さそうに言う。
「あのー、あたしとイスナはそろそろディプトンに帰りたいんですが。11月に入って、ケシャールの選挙の準備を本格的にしないといけないので」
「あ、そうか。それは申し訳なかったなあ。アミーはまだしばらくここでも大丈夫?」
「あたし一人だとちょっと心もとないです」
「じゃあ、聖都に行きたいという人の中で、人をまとめたりするのが得意な人、経理関係に詳しそうな人を見つけて、その人をレイモンド商会が雇用するということでどうだろう。シーメンズ商会のバックアップも期待するとして、4人くらいいると大丈夫かな?」
「そうですね。いいと思います」とキザシュ。
「じゃあ、人選をお願いするよ。その人達に仕事を引き継いだらキザシュとイスナはディプトンへ帰るという予定で」
「分かりました」
馬車と合流して、夕方にランガムの街へ。
「ここは賑わっていていい感じの街だね」とリズ。
「街道の合流地点だからね」
解放された女性たちもベンフリートに上陸したら、あとは陸路で山を越え、このランガムを経由するルートを通ることになるだろう。
コリンさんのパン屋がある商店街の近くに宿をとる。
夕食後、あたりが暗くなってきた。そろそろ出かけるか。
「秘密の地下室に行くんだけど、ケイと、あと……」
「はい、あたし」とエメルが手を挙げる。
ノイシャが何か言おうとするが、エメルがそれを手で制止して言う。
「今朝はノイシャだったじゃん」
「うー。まあいいか」
ノイシャにベッドで押さえ込まれた件だな。
すっかり暗くなって、ウマルヤードの王宮の礼拝堂に転移。さすがに誰もおらず、物音ひとつしない。真っ暗なので持参したランタンで照らしながら作業をする。
調べておいた敷石を外して、3人で勇者像を動かす。
「(小声で)せーの」
押してみると、たしかに像はズリズリと動く。
動いたあとに、暗い穴がぽっかり空いている。穴の中はトンネルになっていて下りの階段がある。
「ほう。本当にあった」
ケイには外で警戒に当たってもらうことにして、俺が先頭、後をエメルに付いてきてもらう。
トンネルは人ひとりがやっと通れるくらいで、しかも天井が低い。階段をしばらく下ると、今度は右方向へ曲がる。ランタンを灯して進むが、時々、蜘蛛の巣があったりしてちょっとげんなり。
「もしこれでトンネルが崩れたりしたら大変なことになりますね」とエメル。
「怖いこと言わないでよ。まあ、転移魔法で逃げるけどさ」
「いざという時はデレク様だけでも」
「いやいや、エメルもちゃんと連れて逃げるから」
「じゃあ、手を繋いでおいて下さい」
「あ、うん」
しばらく行ってからまた右へ曲がる。
急に広くなって、そこには5メートル四方くらいの空間があった。
「ほほう。ここは何だろう?」
トンネル内では微かに空気の流れを感じたので、どこかに換気口くらいはあるのだろう。そうでなければ窒息して死んでしまう。
「書棚がいくつかありますね」
「歴代の王のヤバい記録がたくさんある、と聞いてきたけど」
厚手の封筒のような形状の書類ケースがいくつも無造作に棚に入れてある。
「あ、これは……」
エメルが何かを見つけたらしい。
封印のためのロウ(封蝋)と、溶けたロウの上に押して封筒などを封印するスタンプである。封筒のフタなどに押された封印のロウが割れていないことで未開封であることが分かる。スタンプには貴族の紋章などが刻まれており、それを見て書類の真贋をある程度判断もできる。
ただ、ここには色々な紋章のスタンプが何種類もある。
「これ、ニセの封印を作るためにあるんじゃないか?」
「偽造書類の製造所ですか」
国王自らがコソコソとそんなことしてたらダメだろう。
「さて、赤い書類ケースに証拠の書類があると言っていたけど」
「赤い書類ケース、いっぱいありますよ」
「うわ……」
どれだか分からん。
しかも、微妙な色違いの書類ケースもあり、ランタンの光では赤なのか朱色なのかオレンジなのか、明確には判別できない。ライト・ランタンの魔法の光で照らしたとしてもきっと同じことで、結局、昼間の日光の中で見ないと本当の色は分からない。
レスリー王の頭の中では、赤い書類ケースといったら1つに決まっているのだろうが、この部屋に来ていきなり見たら判断できない。
「これ、どうするんですか」
「あー。もう。全部回収だ」
ストレージに、部屋にあったものを全部回収。選別するのも面倒だ。
用事は済んだからさっさと帰ろう。
外へ出たらケイが暇そうにしている。
「エメルが何か叫んだのが聞こえたけど、エロい拷問道具でもあった?」
「あるかい、そんなもん」
「エメルはなんでうれしそうにしてるのさ」
「えへ」
頭に蜘蛛の巣がくっついたりしたので、今日も風呂に入る。
さて、回収した書類はどうしようか。大半は昔のもので、今となっては不要なものが多いだろう。いらないものは捨ててもいいが……。
問題は分量がそれなりに多いので、ストレージから取り出してからどこかで仕分け作業が必要だということだ。
そうだ、明日の明るい時間帯に桜邸に持って行って調べてみるか。地下室の中も見てみたいし。
突然、ガラッと戸が開いて全裸のリズが入ってくる。
「堂々と風呂に入ってくるのはどういう了見かな」
「元気がないデレクは励まさないといけないからさあ」
「いや、もう十分元気を取り戻したので……」
「どれどれ? 見せてごらんよ」
「こら、やめろ」
などと言いながら、結局、湯船の隣にぴったりくっついてくる。今日もリズのプロポーションは見事だなあ。正直、押し倒したい。
「はー。デレクとお風呂は幸せだねえ」
「本当に」とうっかり。
「でしょう? デレクもそう思ってるなら問題ないよねえ」
「いや、その、だね」
「早くセーラといっしょに、デレクをいじり倒したいなあ」
何を不穏なことを言うのか。
「あのね、セーラと婚約するじゃない」
「そうだなあ」
「デレクはあたしとも結婚する?」
「セーラはそれでいいって言ってるけど、フランク卿がいいとは言わないだろうなあ」
「セーラの考えでは、しばらくは縁談が来てもエドナ母さんに断ってもらって、そのうちにあたしがデレクの事実上の奥さんだ、ってラナカ公国の中で認識されるようになればいいという筋立てだよね」
「ふーむ。逆に聖都で、リズがいつもそばにいる理由を聞かれたら?」
「仲のいい
「そんなんで納得してくれるかね」
「デレクがセーラと仲良くやっていて、そしてあたしに子供がいなければ、他人が文句を言う筋合いはないはず」
「でも、おれとしては相変わらずリズを支えたいんだ」
「あのさ、そういうデレクだけが頑張るみたいな、一方通行な言い方はやめようよ。せめてパートナーとか」
なるほど、そうか。それは反省せねば。
「つまり、リズは聖王国では仲のいい
「あたし的には、デレクの『第0夫人』になる、という気分なんだ」
「なにそれ。聞いたことないぞ」
「工学的には、インスタンスを作らない抽象インタフェースということかな」
「意味不明な例えをするのはやめれ」
ふとひらめいた。
「リズ、絵の勉強で聖都に滞在してることにしたらいいよ」
「ほう」
「スケッチは見事だけどまあ我流だよね。油絵とかそういうのを専門に学んだら、きっと凄い絵が描けるようになるよ」
「なるほど。それは楽しいかもしれないなあ」
「うんうん、そうしよう。それなら聖都に単身で滞在していても何の不思議もない」
「ありがとう、デレク」
「うわ。裸でだきついちゃらめ」
「ははは」
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