乱れるお嬢様

 そろそろ宴会もお開きで、明日も勤務があるメンバーから段々と帰り始める。


 リズが気づく。

「あれ、セーラさん、寝てる」


 いつの間にか、座ったままうつむいたように頭を前に落として寝ている。


「あー。これはもう帰らないとダメだな」とブライアン。

「私とブライアンで連れて帰りますので」とフレッドが立ち上がる。


「セーラ、帰ろう」

 フレッドがセーラの肩に手をかけると、セーラが一瞬、目を覚まして手を払い除けようとする。

「あー。もう、うるさい」


 ガチャン。


 手を振り下ろしたはずみに、テーブルの上にあった皿に手が当たり、残っていた料理の煮汁を自分の服の上にぶちまけてしまう。


「うわ」

「うひゃー。……やっちまったなあ」


 セーラは相変わらずで起きる気配がない。


「あーもう、酔っ払いはしょうがないなあ」

「どうする、これ?」

 途方に暮れるブライアンとフレッド。


 せっかくの美人さんから、何だか生姜の煮汁の匂いがする。これはいかん。

 しかも放っておいたら服にシミが残りそうだ。


 そのとき、すくっと立ち上がったのは我らがメロディ。


「お任せください。私がなんとかします」

「え、本当ですか」とブライアンとフレッド。地獄で仏とはこのことか。


「はい、いったん東邸にお連れして、代わりの服を着てもらっている間に洗濯します」

「夜なのに大丈夫でしょうか」とブライアン。

「大丈夫。明日には乾いて元通りです」

 もちろん、洗濯乾燥機を使うのである。


「デレク、任せちゃってもいいかな?」とブライアン。

「ああ、これはもう、そうするしかしょうがないよなあ。ま、メロディに任せておけば大丈夫だよ」

 もちろん、洗濯乾燥機で洗うからである。


 ふとみると、ケイまで寝てる。あー。


「ケイ、帰るぞ」

「あのねえ、……焼き鳥はもういらないよ。ダニッチさん」

 あぶねえなあ、おい。酔っ払いの寝言なので誰も気にしないけど。


「俺たちでデレクの屋敷まで連れて行こうか?」

「あ、大丈夫。そんなことしたら、ブライアンたちまで生姜臭くなるよ。馬車を回してもらうように連絡するから」

 実際には転移魔法を使うのだが。


「そうか、すまないなあ。俺たちは表通りの『ヘイワース・イン』って宿に泊まっているから」

「了解です」

「あのな」

「何か?」

 耳元でブライアンがぼそっと。

「悪さはするなよ」

「しませんよ」

「一応、注意はしたからな」

「はいはい」

「責任は取れよ」

「だからしませんよ」



 俺が、眠りこけて身体がぐにゃぐにゃで、しかも生姜臭いセーラを背負って、リズとメロディはケイを両脇から支えて帰る。

 生姜臭いけど、セーラの身体は暖かくて柔らかくて、背負った時の重さはなんか、いい圧迫感でした。

 ……なんて思ってしまうあたりが、……ダメなのかねえ。いいじゃん。


 居酒屋の裏口から外へ出るふりをして、転移魔法で魔法管理室へ。


「うわあ、俺の服まで生姜臭いな。……で、どうする、これ?」

「まず、ケイは自分のベッドで寝ててもらいましょう」

 リズとメロディで、ケイを2階の寝室に連れて行く。


 セーラは眠りこけている。床に転がしておくわけにもいかないので、背負ったまま浴室の脱衣スペースへ。

 注意深く背中から下ろして、壁にもたれかかるように座らせる。

 うーむ。意識のない人間は重いものだな。


 しかし、美人さんを独り占めできたのは、思いがけない役得と言えよう。


 誰もいないのをいいことに、至近距離で顔を見る。あ、俺、リズでも同じことやってたよな。はたから見たら変態っぽいかなあ。


 まじまじと顔を見ると、可愛いと言うより、本当に美しい。


 パッとセーラが目を開けた。

「あ」

 電光石火の早業とはこういうのを言うのだろうな。


 ガバッと頭を抱かれて、唇を奪われた。なんでそうなる?

 ジタバタする俺。


 数秒間、ねっとりとしたキスを味わったセーラは満足げに顔を離してから、俺を見つめて、世にも美しく、そして恐ろしい顔で笑う。


「ふふーん。デレク、油断したな」

「起きてたのか」

「……」


 あれ?


 セーラはまた寝ている。寝ぼけていたのか?


 ……キス魔っているんだなあ。


 俺もちょっと脱力して壁にもたれていると、リズとメロディがやってきた。


「さあさあ、着替えてシャワーしますから、デレクは出てってね」

「はいはい」

「本当は覗きたいでしょう」とリズ。

「そりゃあもう」

「でも、ダメ」

「あははは」

「代わりに、後であたしと一緒にシャワーしようか」

「え」

「あれ? あたしとは嫌なんだ、おかしいなあ」

「いや。その、ですね」

「じゃあ、メロディも一緒なら?」


 メロディが呆れたように言う。

「リズさん、ふざけてないでシャワーしますよ」

「あ、ごめん」


 メロディーはリズより強いな。


 セーラのキスは、まあ当たり前だけど、ビールの味だったよ。



 とりあえず管理室で生姜臭い服を脱いで、赤いソファに座る。

 しかし、今日は色々あったなあ。朝から捕縛作戦に出かけたのが昔のことのようだ。


 ぼーっとしていたら、うとうとと寝てしまったようだ。


 ふと目を覚ますと、目の前にリズの顔。

「あ、リズ」

「セーラさんはシャワーしてから、メロディのパジャマを着てもらって、昨日と同じベッドで寝てるよ」

「ああ、すまないねえ」

「デレク」

「ん?」

「夜這いに行っちゃダメだからね」

「いかねえよ」

「行くなら酔っ払ってない時ね」

「だから、行かないって」


 リズとメロディはシャワーを浴びてしまったそうなので、俺もシャワーを浴びて、あとはもう寝るだけ。



 次の朝。目を開けると、目の前にリズの顔。

「おはよう、デレク」

 あれ?

「なんでリズが一緒に寝てるのかな?」

「だって、あたしのベットはセーラさんが寝てるから、しょうがないよね」

 などと言いながら腕やら脚やらをからめて俺の領域に侵入してくるリズ。


 あー、そうだった。

 昨日の大騒ぎを思い出した。少し酔いが残ってるな。


 ……違うよね。


「セーラさんは、新しいベッドルームで寝てるって言わなかった?」

「あ、バレたか。正解は、デレクの様子を見にきたら寝ていたので、添い寝してみた、でした」

「何が正解だよ」

「メロディはもう起きてるみたいだよ」


 なんて仕事熱心なんだ。


 リズと一緒に1階に降りると、もう朝食の用意ができている。


「メロディ、おはよう」

「おはようございます」

「俺はまだ少し酔いが残っている感じなんだけど、メロディは平気なの?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「お酒、強いって本当だったのか。……そういえばセーラさんはどうしたかねえ」

「まだ起きてきませんね。あ、洗濯物はもうできていますよ」

「ありがとう。素晴らしいな」

「洗濯乾燥機の手柄ですけど」

「いや、いざという時に的確に使える人がいないと、機械って役に立たないよ」


 リズがメロディを手伝って、コーヒーをカップに注いでくれる。


「ケイもまたダメかな?」

「きっと」

「しょうがないな」


 昨日のセーラとのキスを思い出す。あの顔は、怖いほど美しかったな。


 まだ朝方だが、今日も日差しが強く、日中は暑くなりそうな予感がする。



「デーレークーくーん」

「おはようございます、クリスさん」

「あれ? ケイは?」

「酔っ払って寝てます」

「しょうがないなあ。あいつは弱いくせに見境なく飲むからなあ」

「昨日は聖都から来た騎士さんたちと楽しく盛り上がりましたから」

「コーヒー淹れますね」とメロディ。


「それはそうと、密輸組織と売春組織のボスが捕まったらしいじゃないか」

「そうそう、それでクリスさんの耳に入れておきたいことがあるんですけど」

「何だろう」

「行方不明のメイドのクロチルドですが、本名はゾーイじゃないかって話をしましたね」

「ふむ」


「一昨日、最初に捕まえた麻薬の運び屋がゾーイという紫の髪の女を知っていました。売春組織のナジフって奴の手下じゃないかって言うんですけど」

「えー? 売春組織?」


「その運び屋は、聖都のラヴレース公爵邸の件の盗賊団の一員でもあるんですが、盗みの提案も、侵入の手引きも公爵家のメイドがしたことだと供述しています。テッサードの屋敷も盗賊に狙われていた可能性は捨てきれないように思います」

「うーん。そりゃ金目のものはないわけじゃないけど、一応、グランスティール家からこっちに派遣されて来てる人員だし……。ちょっと意味が分からないなあ」


 ダガーズに資金援助していたらしい件も含め、クロチルドことゾーイの正体や意図は分からないことだらけだ。


「取り調べは警ら隊じゃなくて検察が直接行うみたいですよ」

「うん、このあと、様子を聞きに行こうかと思ってる」

「じゃあ、すいませんが確かめたいことがあるんですけど」

「うん、何かな?」


「まず、捕まってる中にテランスって男がいます。そいつが俺の暗殺計画に関わっているようなので、その指示はどこから来たのかってことですね」

「ああ。それは重要だね」


「それと、売春組織は聖都の方で人身売買にも関与してるらしいですが、そこで奴隷魔法というのを使っているらしいんです。この奴隷魔法の正体が分からないので、その情報をもし誰か知っていれば聞いてきて欲しいということですね」

「なるほど。了解」


 クリスさんは今日もうまそうにコーヒーを飲んで、用件を切り出す。

「さて、今日来たのはだね」

「はい」

「今年は勇者一行が魔王を討伐してから 300年になるので、カラナ公国はもちろん、聖王国でも色々記念行事が行われるらしい」

「記念行事、ですか」

 もう魔王も勇者もいないのに、今更何をするのか。


「聖都でどんな行事が行われるか分からないが、もし、王宮からテッサード辺境伯家に出席の要請などがあった場合、デレクくんに出てもらう可能性もあるから、よろしくね、という伝言をことづかってきました」

「げ」


「時期としては9月から10月だろうけど、問題は、この前も言っていたけど、プリムスフェリー家のランディ卿のご容態だね」

「はあ」

「もちろん仮定の話ではあるが、記念行事前にお亡くなりになると、デレクくんは服喪期間ということになるから、晴れがましい行事には出席できなくなる。っていうか、むしろラカナ公国の方で行われる葬儀に出ないといけない」

「なるほど」

「だから、どっちかには出ないといけないわけだ」

「げ」

「最悪、両方ね」

「げげ」


 という、心が重くなるような話をして、クリスさんは去っていった。

 ああ、面倒くさい。

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