ある意味、修羅場

 セーラとケイはあれやこれやと結構飲んで、食って、楽しそうである。


「焼き鳥ってなに?」

「主に鶏肉とか野菜なんかを串に刺して炭火で焼いたやつ。これも、お好みで辛子を」


 いつもながら思う。というか、全俺が心の中で力説する。

 美人さんが楽しそうに食事をするのを見るのは、とてもいい。


「セーラさんはごきょうだいは?」とケイが尋ねる。

「兄と弟がおります。兄ハワードは私より2つ上で、昨年から学院にて勉学に勤しんでおります。弟ジーンは2つ下になりますが、騎士隊の下部組織で体力作りといったところですね」


「では、ハワード殿が将来の公爵ということですか?」と俺が質問する。

「ええ。すでに父の仕事の見習い的なこともしております。それから、私にはいとこ、義理のいとこにあたられる方が多くいらっしゃいます」


「エヴァンス伯爵家のお嬢様方が来年学院に行かれるというので、タニアさんも一緒に行きたいと希望されているそうですが」

「あら、よくご存知ですわね。いとこたちの中でも、エヴァンス家、ロックリッジ家とは歳が近いこともあって、仲良くさせて頂いております。ご存知のように中でもタニアは元気ですね」

「レオくんとも仲良くなりましたよ」とケイ。

「レオはちょっと人見知りなところがありますけど、かなり賢い子ですわ」


 酒が少し回ってきたのか、白鳥隊の勤務が形だけでつまらないとかセーラがぼやきモードに入りつつあった時。


 居酒屋がどよめいた。

 あれ?


「あ。デレクの婚約者フィアンセのほら」

「リズさん? 俺、初めて見たよ」


 リズとメロディが登場。なんで?

 二人とも少しラフな格好だが、メロディが見立ててくれたのだろう。泥臭い守備隊員の制服の中ではすごく目立つ、というか、可愛い。


 みんな酔っ払いだからえらい盛り上がりである。

「リズさーん」

「あ、メロディさん。俺、メロディさんのファンなんだ」


 リズとメロディは、例の誘拐事件で守備隊に助けてもらった際に、守備隊員の中にも知られるようになっているのだ。


 リズは目ざとく俺を見つけて手を振る。

「おーい。デレクぅ」

 いつもリズは明るいなあ。


「リズ、あのさ。これは守備隊の打ち上げでさ……」


 するとすっかり陽気になったドッツ隊長。

「あー。リズさん。いつもデレクをこき使わせてもらっとります。今日は、テッサードからも資金援助が出る予定なので、もう遠慮せずに飲み食いして下さいよ、ってワシが言ったらいかんか。ワハハハハハ」


 このオヤジは。


「えへへへ。居酒屋で宴会って初めてだよ。楽しそうだねえ」


 俺の隣の席にスルッと入り込むリズ。メロディが居場所がなくて困っている。

「メロディ、ほらここへおいでよ」とケイ。

「あ、うん」と椅子を持ってきてケイの隣に座るメロディ。

「さあ、メロディも飲もう」


「あれー、デレクさんの奥さんがいっぱいだ。楽しいねえ、デレク」

 セーラは何を言い出すのか。もしかしたら酔ってるな。


 ブライアンとフレッドはドッツ隊長に捕まっていたようだが、やっと解放されたらしく、隣の席にやって来た。


 かなり出来上がっているフレッドが尋ねる。

「こちらのきれいなどちらさまは奥様ですか、デレクさん」

「こちら、リズ・プリムスフェリーと申しまして、訳あって今、私の邸宅におります。そっちはメイドのメロディです」


「リズ、こちら、聖都の王宮で騎士をされているフレッドさんと、ブライアンさん」

「よろしくお願いします。リズです」


 ブライアンも酒が回っているのか、バカなことを言い始める。

「しかしリズさんは、実にお美しいですね。私、常々、聖王国で一番の美女はセーラか、さもなくば私の婚約者フィアンセのミシェルだろうと思っておりましたが、これは一度、徹底的な議論の必要がありそうですなあ」


 ミシェルはブライアンの婚約者だったのか。


 フレッドもバカを言い出す。

「バカか。ブライアン。そういう時はウソでも自分の婚約者フィアンセを先に言えよ」

 酔っ払いのセーラがからむ。

「あー、ウソとかいったなあ、フレッドったらあ。ミシェルに言いつけてやる」

 ああもう。


 ブライアンがプリムスフェリーという名に遅ればせながら反応してリズに尋ねる。

「えっと、プリムスフェリーというと、ラカナ公国の?」

「ええ、デレクの母上がプリムスフェリー家の出身で……」

「そうか、リズ殿はラカナの方か。では、聖王国の第1位は揺るがないようだぞ、セーラ」

「だから自分の婚約者フィアンセを大切にしろよ、ブライアン」


 フレッドが余計なことを思い出す。

「プリムスフェリーの後継者が聖王国にいるって話を聞いたけど、それってデレクさんのこと?」

「まだ、跡継ぎと決まったわけでは……」

「あー。だからヘンな魔法をつかうのか」とブライアンが変な納得をしている。


「デレク、また変な魔法使ったの?」とリズ。

 傷口を広げないでくれよ。

 リズを黙らせるにはうまい料理だな。

「とりあえず、この野菜と鶏肉の煮付けを食っておけ。美味いぞ」

「うんうん」


 席の配置は、正面にセーラ、その両隣はケイとフレッド。俺の両隣はリズとブライアンで、メロディは端っこに司会役みたいに座っている。


 少し気になって騎士の2人に聞いてみる。


「言っては何ですが、こんな国境近くまで、実家の公爵家のこととはいえ、良家の子女であるセーラさんをわざわざ派遣してよこしたのは何か理由があるのですか?」


 するとブライアンとフレッドは顔を見合わせてちょっと笑った。

「いや、それはね」


 セーラが挙手して発言。

「はい、不肖セーラがせつめいさせていただきます」


 あれ? もしかしてセーラ、かなり酔ってるよね?


「そもそも今回のはんにんついせきを命じられたのはブライアンでした。ブライアンには婚約者がいます。そりゃもう可愛いんです。あたしの義理のいとこで、エヴァンス伯爵家のミシェルっていいます」

「そうなんだ」とケイが合いの手を入れる。


「で、ミシェルとフローラがあたしにいうわけよ。ブライアンはいい男だから地方へ行ったら羽をのばして浮気をするんじゃないかって」

「うはははは」とフレッドが大笑い。

「笑うなよお」とブライアン。


「だから、いとこのあたしに、そもそもラヴレース家の事件なんだし、セーラがいっしょに行って、ブライアンを監視してほしいの、っていうわけ」

「くくくく」とフレッドの笑いが止まらない。


「でね、あたしもおもったのね。あたし、聖都からあまり出たことがないけど、これはチャンス。だからお父様に言いつけたのよ。そうよそうよ、ブライアンはきっと羽をのばしてとんでもないことになるわ、って」

「ひゃひゃひゃひゃ」とフレッドが笑い死にそうだ。


 そんな理由かよ。


「うま。この麺、甘辛い味がすごい美味しいねえ」とリズ。

 リズはお酒が苦手らしいのであまり飲まない。食べる方が専門だ。

 一方、心配なのはケイだ。

「ケイ、この前、お酒は一生飲まないとか言ってなかったかなあ」

「忘れた」

「メロディも、ケイに付き合ってあまり飲むと大変なことになるよ」

「あたし、みんなに結構強いね、って言われるからきっと大丈夫です」

 本当かよ。


「このベーコンとチーズの入ったやつは、お酒がすすむねえ」とセーラ。

 ブライアンに聞いてみる。

「セーラさん、結構飲んでるみたいだけど、大丈夫?」

「いやあ、実はあまり大丈夫じゃない」


「セーラさん、あまり飲み過ぎると二日酔いになったりしますよ」

「あははは。デレクったらまた。そんなに心配するとハゲるよ」

 ちょっとちょっと。ガラが悪くなってないですか。


「明日、聖都に帰るんじゃないんですか?」

「そうそう、しってる? 聖都にはさいきん、せいぎのかげだんってカッコいい女の子たちがあらわれて、悪いやつらをやっつけるんだよ」

「はあ」

「それってさあ、ほんとうは白鳥隊がやるしごとだとおもうわけよ」

「なるほど」

「あたしら、毎日たんれんしてるけど、じっさいに敵をやっつけることなんてないんだよねえ。あ、だから今日さ、あの悪そうな女にビシッと決めたときにね、我ながらおもったわけよ。きまった。カッコよくきまった。わざわざ聖都からきてよかった、って」


 そんなこと思ってたのかよ。


「でね。れんきんじゅつしなんて怪しいやつも出てきてるらしいんだよねえ」

「錬金術師って何をするんですか」

「それがね、タニアの兄さんが知ってるらしいんだけど教えてくんないの」

「トレヴァーさんはダンディでカッコいいと聞きましたが?」

「そうそう。トレヴァーはねえ、むかしからちょっとすかしたやつでさあ。いや、まあカッコいいのはみとめよう。だけどあいつはお姉ちゃんが大好きなのよ」

「はあ」


「あたしが思うにね、あのマリリン姉さんが聖王国でいちばんの天才だね」

「へえ。なんの天才ですか?」

「ふふふ。それは秘密なのだ」

「えー、教えてくださいよ」

「だ、め。乙女の秘密ってやつかな」

「乙女、関係あるんですか」

「ない。ないけど、ちょっとある」

 どっちだよ。

「でもマリリンさん、まだご結婚とかされてないですよね」


「えっとねえ、あ、これはないしょね。学院にいったときにステキな人がいたらしいんだけど、ほら、お父上が亡くなっちゃってさ、学院をやめちゃったじゃん。それっきりになってるのがいまでも心のこりらしいのよ。ねえ、ねえ、いいでしょ、この話。なんか乙女ってかんじ?」

「へー。どんな人だか知ってますか?」

「えー。知らないけど、ラカナから来てたカラダのゴツい人らしいよ」


 あれ?


「あー。それってもう、グランスティールのロスさんに決まってるじゃん」とリズがあけすけに言う。

「え、リズさん、知ってるの?」


「知ってる知ってる。この前、デレクの兄さんが結婚したんだけど、そのお相手の兄さんで、グランスティールの跡取りだよ。昔学院に行ってたって言ってたよ。これがねえ、親子揃ってカラダがイカついんだよね。ねえ、ケイも覚えてるでしょ」

「うん。わざわざ治水の様子を視察したりして、立派な人だったよ」


「そうか、ロスさんって言うのかあ。こんどマリリンにきいてみようかな」

「いやいや、それはやめた方が」

「あれー。デレクはそんなえらそうなこと言えるのかなあ」

「セーラさん、からみますね」

「デレクもマリリンもラカナに行っちゃうのかあ」

「そうと決まったわけじゃないですよ」


「あたしもラカナにおよめに行こうかな?」

「セーラさん、デレクのところにお嫁に来るなら、もうそろそろ定員いっぱいだから急いだ方がいいよ」とリズがおかしなことを言い始める。

「何だよ、定員って」

「ほら、新しくベッドルームを作ったけど、セーラさんがきたら満員だよ」

「あれは来客用のつもりなんだけど」


「でも、デレクに騙されたらダメ」とケイ。

 何だよ、何が言いたいんだよ。

「デレクは大抵の女の子に優しい上に、最近はあちこちに無自覚に恩を売って歩いているんだよね」


「ほほう。それは聞き捨てなりませんなあ」とブライアンが話に食いついてくる。

「デレクはねえ、男の名前はすぐ忘れちゃうけど、女の子の名前と顔は忘れたことがないんだ」とケイ。おい。

「ぷ、それ、ブライアンと同じじゃん」とフレッドが笑っている。


「えへへへ。聖都にいたらこんなに飲んだり騒いだりできないでしょ。今日は楽しいなあ。ねえ、フレッドもそう思うよね」

「確かに、こんなに酔ってたら、またお父様に叱られるよね」

「そうなのよ。お父様、もうちょっと好きにさせてくれないかなあ」


 なんだ。聖都から離れて羽を伸ばしてるのはセーラだったというオチか。

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