没収

 守備隊の詰め所まで帰ると、ドッツ隊長がいつになくいい表情で出迎えてくれた。


「諸君の活躍のお陰で犯罪組織の大ボスを逮捕することができた。大金星だ。礼を言う。ありがとう」

「そうでしたか。いやあ、良かったですね」

「だがな、関係する犯罪者をあぶり出す必要があるので、しばらくはこの件は他言無用だ。いいな」

「了解です」


「それで、騎士の諸君。今回の強盗事件、および組織の一連の犯罪行為については、検察の方から取り調べ結果の報告書が出るとのことだ。検分や取り調べなどに立ち会う必要もない。明日にでも、回収した物品を持って聖都への帰路について頂いて結構だ。ご協力に心から感謝する」


 3人を代表する形でブライアンが言う。

「それは有難い。今回は我々としても思った以上に迅速に解決しました。協力して頂いた皆さんには感謝の念しかありません。本当にありがとうございます」


 ドッツ隊長、普段見せたことがないような笑顔で言う。

「で、だ。無理にとは言わないが、とりあえずの解決を祝って、今日の夕方、ささやかな夕食会を企画したのだが、いかがだろうか?」

「それは嬉しいですね。当地のうまい食事にも興味があります。ぜひお願いします」


 ドッツ隊長、うんうんとにこやかに頷きつつ、なぜか俺の方へ近寄ってくる。

「デレク、経費はテッサード家からも出るよな?」

「はあ?」

「出るよな?」

「あ、はい、それはもう、もちろんですとも(棒読み)」

 しょうがないなあ。まあ、聖都からラヴレース公爵の関係者が来ているのだから、親父殿も出してくれるだろう。きっと。


 早朝からの作戦に参加した我々守備隊員はとりあえず昼食が取りたい。

「デレク、どうする?」

「『空飛ぶ黒牛亭』とかでいいんじゃないか?」

「いつもより時間が遅いけど、やってるかな?」


 騎士3人もどこかで食べたいという。道すがら、表通りのレストラン『フロリアーナ』を覗いたら、4人がけのテーブルが空いているという。

「騎士チームはそこで食べればいいんじゃないですか」

「デレクさんも一緒にいかがですか?」とセーラが誘うものの、3対1ではアウェイ感が半端ない。

「ちょっと定食屋のランチをガッツリ食べたい感じなので」

「そうですか、では、夕食の時にまた」


 守備隊チームは黒牛亭でランチ。

「デレク、セーラさんと一緒に行きたかったでしょ」とケイ。

「いや、ひとりで集中砲火を受けそうなのは目に見えてるじゃない」

「今日も怪しかったからなあ、デレク」とジョナス。

「でも、こちらに被害を出さないで捕縛できたから上出来だろ?」


 一緒にいたカーラが目をキラキラさせながら言う。

「ねえねえ、『遠見の筒』って、この前ダンジョンで拾った魔道具だよね? あたしでも使える?」

「ええ、いずれかの魔法レベルが1以上あれば使えるはず」

「ちょっと貸してよ」


 断る理由もないし、まあいいか。


「あのー、見たいと思ったあたりにいるカラスかネコの視界を共有する魔法です。注意事項を先に言っておくと、まず、カラスは高いところから飛び降りることがあります。それから、カラスもネコも残飯あさりとかネズミ捕りに行くことがあります。それで……」

 前日のセーラの件もあり、注意事項の事前説明が必須だが、医薬品の説明みたいになってきたな。


「ふふふ。どこを見てみようかなあ」


 筒を覗き込んでカーラがじっとしている。

「なんか、森の中だね」

「どこ見てるんです?」

「あたしの実家ってスワンランドなんだけどさ。そのあたりを見たいと思って」

「森の中? もしかして……」

「あ、走り出したね。あれあれ。これはウチの近くの牧場じゃないかな?」

「それ、ネコやカラスじゃなくて、ブレードウルフの視覚ですよ」

「うそぉ。すごく速い。……あ、牛が狙われているっぽい」


「うし? ボルソンヌの危機?」とトビーがボソっと言う。思わず吹き出すエミール。

「変なこと覚えてるんじゃねえよ」

「ボルソンヌってもしかして昔の彼女?」

「そんなわけねーだろ」

「ひと目見たら忘れられない魅惑的な乳牛?」

「だからあ」


「あ、牧場の犬がやって来て応戦してる。すっごい勢いで吠えてる」

「でも、声は聞こえないでしょ?」

「俺のボルソンヌに手を出すなー」

「いい加減にしろよ」

「あれ。グスタフさん登場だ」

「うわ、それは想定外」

 意外なところでのOB登場で、盛り上がる守備隊員。

「グスタフさん、でかい剣で切りかかってきて、超ビビるんですけど」


 グスタフさんと犬の奮闘の甲斐あって、ブレードウルフは去っていったらしい。


「いいねえ、これ」とちょっと興奮気味のカーラ。

「ドッツ隊長に、守備隊に寄付しろって言われてるんですけど、使える人が……」

「デレクと、あたしと、ケニーくらいか」

「メグが土系統の魔法レベル1らしいぞ」とトビー。

「それは有望だな」とエミール。


 料理が運ばれてきて、食べながらさっきの一味についての話になる。


「一味はあのアジトで捕まえた奴らで終わりじゃないですよね」とトビー。

 するとエミールが言う。

「主だった幹部は今日捕縛したと思われるが、当然、中クラスの幹部や末端のそれこそ使いっ走りまで含めるとまだかなりの人数が残っているだろうな」

「麻薬が入って来るルートを断たないと、いつまでも組織は残り続けるのでは?」とジョナス。


 エミールが答える。

「それがなあ、ゾルトブール王国あたりでかなり組織的に作られているらしくてな」

「組織的に、ってどういうことです?」

「つまり、もちろん公式にはそんなことはありえないはずなんだが、領主クラスの貴族が原料の生産から麻薬の生成、さらには密売に至るまで大々的に関与しているという話はあるんだ」


「そんなことってありうるんですかね」

「ゾルトブール王国は奴隷制度が認められているだろう? さらに、噂だが非合法に奴隷的な身分で働かされている人もかなりいるという話だ。そういう、虐げられている人々の不満を逸らす安易な手段として使われているらしいんだ」

「ひどい話ですね」とトビー。

「我々のレベルでは解決できないということですか?」とジョナス。

 エミールは半ば諦め顔で言う。

「できることと言えば、頑張って密輸犯を検挙することくらいだなあ」


 一足先に食事を終えたカーラが、また『遠見の筒』で遊んでいる。

「スワンランドの街を見てみよう」

 しばらく黙って筒を覗き込んでいたカーラがつぶやく。

「なーるほど、これはケイがデレクのことを心配するわけだ」


 嫌な予感。


 ジョナスが聞く。

「何が見えるのさ?」

「どうもこれはネコの視点でね。いやあ、街を歩くお姉さんたちを見上げる格好になるわけさ」

「だから?」


「パンツ丸見えだね。圧巻だよ」


 おおー、と男性隊員から感嘆の声が漏れる。

「何だよ、デレク、そんなけしからんことになっていたのか」

「そんな魔法は全守備隊員に等しく利用させるべきだなあ」とジョナス。

 口には出さないが他の隊員も同じようなことを考えているに違いない。


「これはもう、守備隊に寄付して、あたしとメグだけで使うべきじゃないかしら」

 なんか悪い流れになってきた。

「そんな横暴な……」

「でも、このままだとデレクは覗き魔というイメージで定着しちゃうよ?」

「うぐぅ」


 ……ということがあって、『遠見の筒』は没収。守備隊に寄付ということになりましたとさ。もちろん、男性隊員は使用禁止。


 ケイは寄付に賛同はしていたが、食事の後でこそっと言われてしまう。

「あっちの魔法は秘密にしておいてあげる」

「すまないねえ」

 あっちの魔法とは、もちろん『遠隔隠密リモートスニーカー』のことである。こっちは秘密を死守せねばならない。……もちろん、パンツのためではないぞ。断じてだ。



 そういえば、ここ数日はダガーズと連絡をとっている暇がなかった。ちょっと話しかけてみよう。

「もしもし?」

「あ、ダニッチさん。キザシュです」

「どんな感じ?」

「まだ聖王国内なので順調ですよ。今日はサームウッドの町までの予定で進んでいます」

「サームウッドの次がフォグバリーで、それからやっと国境のギリング峠か」

「そうなんですよ。フォグバリーから先で馬車を使うかどうか、現地で情報を集めて検討することになってます」

「国境をこえて聖王国に逃げてくる人はかなりいるようですか?」

「ええ。ここ数日はラプシア川とその支流をさかのぼってきたのですが、その途中でも、野宿している人をかなり見ました。逃げてきた人たちだと思います」

「分かりました。では身体にお気をつけて」

「有難うございます」


 ふーむ。心配していた難民が入ってきているようだな。



 ドッツ隊長の言う「ささやかな夕食会」は、下手に洒落たレストランでない方がいいだろうと、普通に守備隊がよく使う居酒屋「マム・バーク」を貸切にして催されることになった。要するに普通の飲み会だな。


「ふふふ。今日、ミザヤ峠の担当の奴らは残念だったな」とオットーがニヤニヤしている。


 あ、今日は晩御飯いらないよ、とメロディに言っておかないとな。

「メロディ、聞こえる?」

「あ、デレク。何やってんの?」

「あれ? リズか」

「なんかケイも帰って来ないし」

「いや、今日の作戦で犯罪組織を捕縛できたもんだから、これから『マム・バーク』って店で宴会なんだ。だから、俺とケイの夕飯はいらないよ、ってメロディに言っておいてくれるかな?」

「ふーん。わかった」



 店に到着するなり、セーラに捕まって店の一角に連れて行かれてしまう。

「テランスとサビーナに使った魔法の件ですが」

「あー。あれは、ねえ、うーん」

 美人さんに捕まって正面切って問いただされると言うシチュエーションは非常に素敵なんだけど、これは困ったなあ。


 ケイがやって来た。助けて。

「またデレクは何かやったの?」

 俺が悪いのが前提ですか。


 セーラがケイにも同じことを聞く。

「さっきの戦闘で、幹部のテランスとサビーナが、魔法をいきなり使えなくなってね。デレクさんが何かしたんだと思うんだけど。ケイさんなら知ってるわよね?」

「あれぇ、何のことかなあ(棒読み)」

 ケイも嘘が下手。


「ふーん。人に言えない怪しい何かがあるのか。……ふふふ。それなら仕方ないなあ」

「すいません、見なかったことにしておいてくれると実に有難いんですけど」

「じゃあ、後でいいから、私のお願いをひとつ聞いて下さい。ね?」

「え、どんな?」

「それは後のお楽しみ」

「はあ。まあ」

「よし。約束ね」


 これが後でえらいことになるとは、神ならぬ身の知るよしもないってやつだ。

 ……似たようなことが、つい最近もあったような気がする。


 テーブルにセーラ、隣にケイと並んで、セーラの正面に俺。

「よし、ケイさん、今日は飲もう」

「あ、ダメだよ、ケイはこの前……」

「デレクさんも飲もう」

「……はい」


 いかにもな居酒屋メニューが次々にテーブルに並ぶ。セーラはそういうのが珍しいらしい。

「何これ? こんなにこってりした煮付けは初めて」

「こういうしつこい味付けは、上品なディナーとは対極な感じでしょう?」

「でもそれがビールに合うわねえ」

「ちょっと味に飽きてきたら、辛子とか、クリームを足してもいい」とケイが指南する。

「どれ。……本当だ。別なうまさに」


 それにしても、セーラは美人だ。

 守備隊のメンバーも、男性はもちろん、女性もこっちをチラチラ気にして見ている。ロメイとかヤニックがぼーっとこっちを見るのはまあ分かる。

 ジョナス。カーラが横にいるのにぼーっとしてんなよ。しっかりしろよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る