ドッツ・ガンドール

 アジトにはヴィドと呼ばれるボスはいなかった。


 運び屋のザニックの言うには、サグス商店のマーヴィン・サグスがそのヴィドだそうだが、今のところ、その決定的な証拠はない。今回捕縛した幹部らはナジフが死んだのをいいことに、悪いことはみんなナジフがやったと言うに決まっている。


 サグス商店にはドッツ隊長が向かったはずだが、どうやって裏の顔を暴くのだろうか。


 ドッツ・ガンドール隊長。


 以前は聖都の獅子吼ししく隊に所属し、その活躍について王から直々に褒賞を賜ったほどの騎士である。

 ただ、有力な貴族のバックアップがあったわけではないので、それなりの年齢になったのを機に生まれ故郷のこの地に戻ってきた。この近隣では結構な有名人であり、信頼もされている。


 国境守備隊の隊長を務めるようになって分かったのは、この国境地帯には、何やら様々な悪事に裏から関わっているが存在するらしいことである。

 町にチンピラや、チンピラを束ねて町のボス気取りになっているゴロツキがいるのは、好ましくはないが、まあ、よくあることだろう。不気味なのは、それらのチンピラやゴロツキがそのには無条件で服従せざるを得ないらしいことである。


 例えば、裏町でチンピラグループ同士の争いが大きくなり、普通の飲食店や酒場の営業にも支障が出るくらいの事態に発展したことがある。

 国境守備隊は関係ないのだが、隣国との通商が主要産業と言えるこの町では、治安の維持は最も重要な関心事のひとつでもある。その争いが一夜にして沈静化したのだ。2つのグループのボスが突然行方不明になり、それ以降、その件については誰も触れなくなってしまった。警ら隊ですら、である。

 何か不気味な力がある。その力は守備隊にまでは影響していないと信じたいが、どうにも実態が掴めない。


 今回の件は、ひょっとしたらこの裏の勢力に繋がるものかもしれない。ドッツは用心深く事を進め、マーヴィン・サグスの有罪を立証したいと考えていた。


 町外れのアジトを急襲するグループが出かけた後、ドッツ隊長と隊員のオットーの2名はサグス商店にやってきた。

 サグス商店はこの町の中心近くに、比較的大きな店を構えている。扱っているのは主に食用油、香油など。せっけんや化粧品も置いており、昼近くのこの時間、女性客が何人か品定めをしている。


 ドッツ隊長は店番をしている女性店員に声をかけた。

「やあ、こんにちは。守備隊のものです。店主はおられますかな」

「いらっしゃいませ。今日はどのような御用向きでしょうか」

「うむ。実は、国境の税関担当者が、サグス商店が運び込もうとしている荷物に税金の申告で疑わしいものがあるとか申しておりましてな。店主に事情を説明いただけないかというわけです」

「はい、承知しました。しばらくお待ちください」


 少し待つ間に店内を見回すが、特に変わったところはない。品揃えが豊富で、誰でもが安心して買い物ができる油、化粧品の店である。


「オットーもここで買い物をすることがあるだろう?」

「はい、油関係とかせっけん類はここで買うのが普通です。他で買うと品質が悪かったりしますので」


 などと話をしていると、奥から小太りの男が出てきた。店主のマーヴィンである。

「これはこれは、隊長。お役目ご苦労様です」

「こんにちは、お久しぶりですな、サグス殿」

「今日は何ですか、私どもの商品に問題が?」

「あ、多分大した話ではないと思うのですが、ほら、以前にもあったような、あの、何オイルでしたが、私どもには馴染みのあまりない南の地方の……」

「あ、ココナッツオイルの件」

「そうそう、あんなことだと思うのですが、私どもには分かりかねますので」


 これは昨年の案件である。商店が新しく扱おうとして取り寄せたココナッツオイルが、検問所の守備隊員にも税関の係員にも全く馴染みのないものだったことから、わざわざ店主を呼んで品物の説明をしてもらうという騒ぎになったことがあるのだ。


「はて、今回は普通の荷物しか扱ってはいないような……」

「私も税関担当ではないので詳しくは分からんのですが、食品なのか化粧品なのか、区別がつかないものがあると言われましてなあ。詰め所までご足労いただけませんか」

「分かりました。多分すぐわかることでしょう」

「ありがとうございます。で、安い方の食料品の税率で計算してあるとのことですので、その品物が高価な化粧品などだった場合には差額を現金でお支払い頂くことになるそうです。手持ちの金貨を何枚かご持参ください。もちろん、私どもがしっかり護衛いたしますのでご安心くださいよ」

「お安いご用ですとも」


 というわけで、ドッツ隊長はオットーとともに、マーヴィンを伴って詰め所まで戻ってくる。ここまでは予定通りだ。


「今、経理の担当を呼んで参ります。こちらのお部屋でお待ちください」


 マーヴィンが通されたのは応接室。オットーは入り口で待機。そこへ隊員のオリーブがお茶を出してきた。

「どうぞ」

「ありがとう。おや、オリーブさん、髪のこの香りは当店の新製品『ムーンリバー』ではないですか。ああ、女性にこんな事を聞くのはマナーに反するかと思いますが、ご愛用頂いているのかと思って少し感激してしまいました」

「あら、そうなんですよ。サグスさんの所には聖都でも評判の品が置いてあるので、私たちもちょくちょく寄らせてもらってますよ」

「いやいや、ありがたいことです」


 ドッツ隊長が応接室から出ると、程なくしてロメイが馬で戻ってきた。

「ただいま戻りました」

「うむ、ご苦労。首尾はどうだ」

 物陰でこそこそと首尾を報告する。

「ナジフはすでに死亡。それ以外の幹部とその場にいた構成員全員を捕縛しました。盗品も確保しました。こちらに負傷者はおりません」

「上出来だ」

「ただ……」

「何だ?」

「われわれが踏み込んだ時には、ナジフがすでに死亡しており、残った幹部らは組織のボスはナジフだったと言い張っている様子です」

「ううむ、そりゃあいかんなあ。……詳細は後で聞くとして、例のものは手に入ったか?」

「はい、これでしょうか」

 手渡されたものを見て、ドッツ隊長は何度もうなずく。


 ドッツ隊長が見知らぬ男性を一人伴って部屋に戻ってきた。男性は黒髪の短髪、少しひょろっとして事務員のような服装をしているが身だしなみが良い。年齢は35くらいで、バリバリの経理担当みたいな感じだ。


 ドッツ隊長が申し訳なさそうに言う。

「お待たせした申し訳ありません。経理の実務のものが今からこちらに参りますが、お支払いいただく金額がかなり多いらしいのです。申し訳ありません。今、手持ちはいかほど……」

「え、そうなんですか。いやはや」


 マーヴィンは懐から革製の銭入れを取り出すと、中から金貨や銀貨を何枚もつかみ出して金貨を選り分けて机に並べて行く。

「金貨なら20枚はすぐにお支払いできますぞ」


「このお金というのは、商店のものですか。それともサグス殿個人の?」

「私個人の持ち金です。後で商店の方で精算しますので問題はないですよ」

「ふむ」


 後ろを振り返って、先ほど一緒に入ってきた男性に言った。

「今の、お聞きになりましたか」

「はい、確かに」

「オリーブも聞いたよね」

「はい」


 怪訝な表情のマーヴィン。


 ドッツ隊長がゆっくりマーヴィンに近づき、肩に手をかけながら言う。先ほどまでと声色が違う。

「この金貨、どこで手に入れた?」

「え? いや、普通に……」と言いかけてマーヴィンの顔色が変わった。

「そうだよ。おかしいよな」


 何も言い返せずに硬直しているマーヴィンに、ドッツ隊長が低いが通る声で言い聞かせる。

「我々が普通に使っている金貨は現国王陛下の、または先代の国王陛下の肖像が入ったものだ。だが、この金貨はそうじゃない。もう100年ほど前の女王陛下の御代に作られた金貨だ。女王陛下の肖像が入っているだろう? 昔の金貨の方が質がいいから、最近ではこの女王陛下の金貨は取引には使われない。なぜそれをあなたがこんなにたくさん持っているんでしょうかね」

「え、えっと、この前取引したあの商人が確か……」

「苦し紛れの事を言ってもすぐ分かりますよ。大きな額の支払いをわざわざその金貨でする商人がいるわけがないですよね」


 ドッツ隊長は懐から金貨を1枚取り出す。

「ここにも同じ金貨があります。奇妙ですよね。これ、どこにあったか、あなたならご存知のはずだ。ねえ、『ヴィド』さん」


 マーヴィンことヴィドは何と答えたらいいか分からない。あの金貨は一昨日山分けにしたものだろう。


 そうか、あれは金庫ではなく、宝物室にあったと言っていたな。通貨としてではなく、宝物として保管していたものか。うかつだ。あれがドッツ隊長の手にあるということは、信じられないがテランスとサビーナが一緒にいたにも関わらず、捕縛されたということか。


 ドッツ隊長が口を開いた。

「紹介が遅れましたな。こちらの男性は聖都から警ら隊に派遣されている検察官の方」

「特別検察官のグレアム・ガボールです。あなたがどうやらお尋ね者のヴィドで間違いないようですね。ちょっと失礼しますよ」

 というとガボール氏は見かけに似合わぬ素早さでヴィドの左手を掴んで袖を捲り上げる。そこには奇妙な形のタトゥーが入っていた。

「このタトゥーが何よりの証拠です」

「国際手配犯ヴィド・ユーウェル、殺人、強盗、密輸の容疑で逮捕する」

 ドッツ隊長が合図すると、オットーがヴィドに縄をかけ、部屋から連れ出す。


「ご協力ありがとうございました」とガボール氏。

「いえ、こちらこそ。国際手配犯がこんな平和な町でぬくぬくと暮らしていたとは。警ら隊の調査のつもりが、とんだ大物が見つかりましたな」


 ガボール氏は、聖都の警ら隊隊長の不祥事を受けて、それぞれの地方都市の警ら隊の調査に赴いて来ていたのである。


「しかし、彼を捕まえただけで問題が解決するかは分かりませんなあ」

「そうですね。目下、警ら隊を調べていますが、この町は少しばかり掃除が必要かもしれません」

「ヴィドが逮捕された件は少し内密にしておきますので、警ら隊の方の始末はお願いできますか?」

「それこそが私の仕事ですので。お任せください」

「もうしばらくすると、聖都からの騎士殿と、捕縛した悪党どもが検察の方に到着すると思います。あ、その前にお茶でもいかがですか」

「頂きましょう」


 ドッツ隊長は自ら茶の用意をしながら思う。ヴィドの捕縛ではだいぶ緊張したが、とりあえずはひと段落ついたかな。

 こちらにデレクとブライアン殿がいたこと、それからザニックというあの男がペラペラよく喋る奴だった事が、ヴィドの敗因だったな。

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