急襲

 次の日の早朝。


 国境守備隊の詰め所に集合した我々を前に、ドッツ隊長が話を切り出す。


 アジトとして使われているのは、ダズベリーの南の町はずれにある宿屋の跡である。2棟あるうち、表通りから見える1棟が火事で焼け落ちて廃墟になっているが、裏手にあるもう1棟はそのまま残されており、そこがアジトに使われているとのこと。

 正面入り口の他には、裏手に勝手口が1箇所。


 まず構成員だが、アジトへの突入は俺とケイ、ジョナスと、騎士3名。さらに、後方の支援を行う戦力としてケニーとエミール、トビー、カーラ。全体の様子を見て指示を与えるのはケニーの役割。連絡要員としてロメイとヤニック。さらに騎士の従者3名は見張りと馬車の担当とする。


 作戦はこうだ。

 突入部隊と支援部隊はアジトから1キロほど離れた森まで移動して待機。そこで俺が『遠見の筒』でアジトの監視をして、テランスが来るのを待つ。


 テランスが来たら、まずは少人数で見張り役を黙らせ、その後で正面と裏口に分かれてアジトを急襲する。支援部隊は弓矢も装備して遠巻きに戦況を見つつ、必要に応じてサポートを行う。連絡要員は、いつでも馬を走らせられる体勢で待機。


 この作戦と並行してドッツ隊長ともう1名オットーとでサグス商店に向かう。アジトにマーヴィン・サグスことヴィトがいればそこで捕縛すればいいが、そうでない場合に備えるためだ。


 連絡要員の2人は新入隊員だ。ロメイは以前に体術の訓練で一緒になったことがある。ヤニックは黒髪、灰色の瞳の小柄な男性隊員。2人は乗馬が得意ということで連絡要員に選ばれたようだ。


「ロメイ。事が済んだら馬を飛ばして詰め所まで報告に来い。それでだな」

 何かロメイに指示をするドッツ隊長。


 突入は、正面を騎士3名、裏口を俺、ケイ、ジョナスで担当。


「ブライアン殿とデレクがいれば、大抵のことは大丈夫だろう。接近戦ではケイが頼りになるだろうしな」とドッツ隊長。


 ブライアンが余計なことを言う。

「なるほど、デレク殿の強さはよく分かっておりますので、安心してお任せできます」

「は? ……おい、デレク。何かしたか?」とドッツ隊長に睨まれる。

「あ、話は後で」


 ところが、これにセーラが異議を唱えた。

「正面はどうせブライアンがいれば問題はないので、ぜひデレク殿の腕前を間近で見てみたいです」

 どうせ、って。


 ジョナスは嬉しそうだ。うむ、俺も異論はないぞ。というわけで、正面はブライアン、フレッド、ケイの3人に、サポートのケニーとトビー。裏口は俺とジョナス、セーラの3人に、サポートのエミールとカーラ。

 トビーはちょっと不服そうだが、いや、君はぜひ聖都屈指のブライアン殿の腕前を見ておくべきだな。俺とジョナスはもう見たからいいや。セーラの腕前が見たい。


 ブライアンとフレッドは、今日は騎士っぽい威厳のある制服だが、セーラは昨日は東邸に泊まったので、昨日と同じ黒っぽい服。しかし、メロディがちゃんと洗濯しておいてくれてある。


 作戦部隊は2台の荷馬車に分乗してアジトに向かう。連絡要員の馬がその後に続く。

 アジトからかなり離れたあたりで、通りからは見えない茂みに馬車を隠して待機。馬の気配を勘づかれるとまずいので、あまり近くまでは寄れないのだ。

 夜間の見張りからの情報では、人員の出入りは確認されていないとのこと。

 ここから俺が『遠見の筒』を使って、カラスの視点で偵察。


「えーとですね。アジトの手前の道端に座り込んでダベっているチンピラが2人います。多分見張りですね。そのほかには、建物の外に人影はありません」


 そのまま正午近くまで数時間待つ。暇である。

「テランスが隣のスワンランドあたりからやってくるならそろそろだな」とエミールがつぶやく。


 と、1台の荷馬車がガラガラと音を立てながらやって来た。カラスの視点で見たところ、荷台には色白の巨漢ともう一人の男。

「あ、どうやら来ました。テランスらしき大男と、もう一人乗っています。御者と合わせて3名」


 荷馬車はそのままアジトの宿屋跡の裏手に止まった。同じところにもう1台荷馬車がある。

 3人は馬をつなぐと建物に入って行く。


 サポート役のうち、エミールとトビーは守備隊の制服ではない、野良仕事風の服装をしている。もちろん、見張り役を排除する目的である。

 2人は野良仕事へ行く途中で通りかかったような感じでトボトボとアジトへ近づく。それに気づいたチンピラが絡んでくる。


「あー。んだめーらわよお」

「すいません、飼い牛が逃げてしまったのですが、ご存知ないですか」とエミール。

「うし? 知らねーなあ」

「名前はボルソンヌ、っていうんです。一度見たら忘れられない魅力的な牛なんですが」

「バカか、おめー。牛が自分の名前を名乗るかってんだよ、なあ」

「全くだ、ハハハハ」

 油断してバカ笑いをした隙に急所にパンチがめり込んで、ものも言わず崩れ落ちるチンピラ2人。


 この様子を見ていた俺たち突入部隊は、作戦通り正面と裏口に回る。


 裏口担当の我々は、まずは正面口担当が乗り込むのを待つ。

 裏口のそばに到着し、気配を殺して待っていると、表の方で数人が大声で言い合う声が聞こえる。始まったようだな。


 しばらくすると裏口から、何やら荷物を持った大男ともうひとりが飛び出して来た。待ち構えていたジョナスが戦槌で足元を強打する。

「ぐわああああ」


 あ、こいつはテランスだな。ザニックに聞いていた通り、二重アゴに妙な髭を蓄えた色白の巨漢だ。痛そうだなあ。こりゃあ骨までやられてるな。ステータス・パネルで確認。


 テランス ジャーコック ♂ 41 正常

 Level=4.0 [土]


 なんてこった。魔法レベル4なんて初めて見たよ。非詠唱者ウィーヴレスじゃなくて良かった。普通なら防御魔法が動作する所だろうが、ジョナスの戦槌は高確率で攻撃が命中する「剛勇の槌」。見事に渾身の一撃が決まった。

 念の為に無効化させてもらう。


魔法無効化イモビライズ


「なんだてめえら。警ら隊か」

「俺たちが誰でも、君らが悪人なのは変わらないだろ」


 もう一人の男にセーラが切りかかっている。頬に傷がある。幹部のムーリックだろう。


 一方、足をやられたものの、テランスは魔法の詠唱を開始。まあ、無駄なんだけど。

「不動のいしずえをもって大地を支える地の精霊ゲノラクに……」


 さらに二人、手下らしき男が出てきて、長剣を抜いてこちらを牽制しつつ、片足をやられたテランスの前に立ち塞がる。詠唱の時間を稼ぐつもりだろう。


 セーラがムーリックを斬り伏せた。いや、お世辞抜きに素晴らしい腕前だなあ。


 俺とジョナスが手下の男たちと向き合っている間に、テランスが詠唱を終えたようだ。

「貴様ら、タダじゃおかねえ。思い知るがいいぜ。ロック・スウォーム!」

 テランスを守る男たちも一瞬余裕を見せる。きっとこれがテランスの勝ちパターンなのだろう。


 何も起きない。


「ロック・スウォームか。大量の岩石を相手に打ち出す強力な魔法だよね。でも、起動できないんじゃ、あんたはタダの水ぶくれデブだな」

「なんだ、何しやがった」


 セーラは詠唱を聞いて怯んだようだが、何も起きないのであっけに取られている。


「サンド・エッジ」


 何も起きない。

 魔法が起動できないことに気づいた手下が、テランスを見捨てて逃げようとするのでフレーム・スピアで脚を撃ち抜いておく。

「ぎゃー」

「痛くてごめんね」

「えええ? あなたも非詠唱者ウィーヴレスですか?」

 セーラが驚いている。


 テランスと手下3人がやられたのを見計らったかのようなタイミングで、ちょっと痩せた女と手下らしい男二人が裏口から出てきた。女は紫がかった巻き毛で赤い派手な口紅。いくつもネックレスと指輪をはめている。

「お前がサビーナか」


 サビーナ コロック ♂ 42 正常

 Level=3.7 [火*]


「ふん。テランスはだらしないねえ。さて、お前らどうやら警ら隊じゃないね。守備隊か? そこのお嬢さんは騎士、かな」


 急襲された割には少し余裕があるように見える。非詠唱者ウィーヴレスだし、注意が必要だ。


 セーラが気づいた。

しゃくを持っているっ!」


 後ろ向きに飛び退いて、サビーナとの距離をとる我々。


 今は風もない。猛毒のガスなんぞ出されたらとてつもなくヤバい。サビーナはニヤッと笑うと笏を両手で胸の前に掲げ、詠唱を始めた。

「天と地の間に満つる風の精霊セフィルに申し上げる……」


 サビーナは非詠唱者ウィーヴレスだが火系統なので、別の系統の魔法を使うには基本詠唱から唱える必要がある。どうやら、あの笏の特殊魔法を起動するには風系統の詠唱が必要らしい。


 俺たちとサビーナの間は8メートルくらいか。男二人は詠唱中のサビーナを守るべく両脇で刀を構えている。

 セーラはちょっと焦っているようだが、左手で「抑えて、抑えて」とジェスチャーを送る。非詠唱者ウィーヴレスだから殺さずに捕らえるにはこれしかないかな。


魔法無効化イモビライズ


 さて、もう大丈夫。ゆるゆると攻撃してみようかね。

「ファイア・バレット」


 昼休みの中庭でやってるバレーボールほどののどかさで、火球を飛ばす。火球はサビーナの右側2メートルほどの横を通り過ぎる。普通に見たら単なる撃ち損じだろう。


「……願い奉るは我サビーナ。邪な力をなぎ払う御使いの力をお示しあれ」


 サビーナはニヤッと笑って魔法名を唱える。

「ポイズン・ジェイル」


 はい。何も起きません。

 代わりに、俺が飛ばした火球が軌道を変えて後ろからサビーナを襲う。


「ぎゃー、熱っ。何すんの」


 今、魔法で人を殺そうとしてたヤツにそんなこと言われてもなあ。


 思わず後ろを振り向いた男2人の利き腕をフレーム・スピアで撃ち抜く。

「うぐっ」

「ガアッ」


 すかさずジョナスが突っ込んで、右側のひとりを戦槌で叩きのめす。俺も左側の奴に切り掛かる。利き腕が使えない奴に勝機はない。ボディに拳をめり込ませて終わり。


「くそっ、こんなはずじゃ。……ファイア・ウォール!」


 いつもの自分の魔法が出ないことに気づいて焦りまくるサビーナ。


「あら? 魔法が使えるという事前情報だったけど?」とセーラが不審がっている。

「単に偉そうに威張ってるだけの無能な幹部だったんじゃないですか」と、知ってて煽ってみる。


「あんたさっき変な魔法使ったでしょ。許さないわ」

「許さないとどうするんですか」

「ファイア・バレット!」

「ファイア・バレット、いい魔法ですよね。もう使えないけどね」

「え、あ、何? ……ファイア・ボール!」

「捕まえるから縛りますよ」

「くそ、こっちくんな」とナイフを出して振り回すサビーナ。


 それを見たセーラが足を踏み出した、と思ったら次の瞬間、長剣の鞘でサビーナの急所に一撃を入れていた。見事である。

 悶絶して崩れ落ちるサビーナ。


「デレクさん、軌道を変えるファイア・バレットも、男たちを撃ち抜いた一撃の威力もすごかったけど、テランスとサビーナが魔法を使えなくなったのはなぜ? 魔法?」


 あー。まずいね。

「えーとですね」

 とか言いながら、持ってきた『魔法封じの枷』を今更ながらテランスとサビーナに付ける。もう必要はないが、どうせ教会で神聖魔法をかけるまではこのままだからどっちでも同じだ。


「あのー」

「はい」

 わあ、真剣な表情でこっちを正視すると、やっぱりとても美人。……あ、そうじゃなくて。


「見なかったことにしてください」


 頭を下げる俺。後ろで大笑いしているジョナス。

「デレク、何それ」

「え、ちょっと意味が分からないんですけど」とセーラ。


「また何か怪しいことしたんだろう? 詳しくは分からないけど、大体理解したぜ」

 ジョナスはいいやつだなあ。

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