聖都の騎士と戦う

 丘を少し下ったところがちょうどいい感じに開けているので、そこで手合わせをすることになった。

「こちらの武器はこのナイフしかないので、攻撃魔法を使ってもいいですよね」

「もちろんだよ。私も使わせてもらうよ」


「ではもう一度確認ですが、勝った方が男の身柄を貰い受けると」

「いいさ。君たちを手ぶらで帰すのは哀れだから、世の中の正義の痛みと言うやつをお土産に付けてあげるよ」


 よくもまあ、こんなに上品な悪態がつけるものである。毎日鏡に向かって練習でもしているのだろうか?


 20メートルほど離れて向かい合い、立会いが始まった。


 多分ブライアンも、内心では俺の言うことが嘘ではないと分かっている。

 立会いまでしようということになったのは、互いにムキになっているのと、あとはこの生意気な奴に正当な理由を付けて痛い目を見せてやろうという敵愾心である。


 ブライアンがこちらに走って来る。右手で長剣を抜いたものの、切り掛かるには遠い間合いだ。すると、剣ではなく、左手の指2本を立ててこちらに向けてシュッと振った。魔法陣が出現し、石つぶてが高速で飛んできた。

 石などを風圧で後押しして高速でぶつける魔法、エアロ・ショットである。


 手甲で跳ね返す。

「う」

 思わず口に出てしまった。防御魔法も発動しているはずだが、かなり痛い。魔法の威力は相当なものと言えるだろう。


 間髪入れず、長剣で切りかかって来るのをナイフで受け流しつつ体全体を左へ逃がす。


 すると突然の風圧がドン、と体を揺らす。レベル1の魔法のエアロ・ストームだが威力がでかい。少しバランスを崩しかけたところに再びエアロ・ショット。手甲で跳ね返すと長剣での攻撃。ナイフで受け流して後ろへジャンプして避ける。


 戦い慣れしているようだ。こっちの状態を見ながらエアロ・ショットとエアロ・ストームを入り乱れて撃ってくる。魔法陣が出るので魔法が発動することは分かるのだが、分かっても避けにくいような間合いで打ち込んで来る。


「ふーん。さすが国境守備隊を名乗るだけあって、身体能力は高いようだねえ」

 ブライアンが余裕の表情でニヤリと笑う。


「うまい戦闘方法ですね。風魔法をこんなに巧妙に使いこなす人は初めて見ました」


「ほう。よく見ているな。しかし攻撃をいつまでも避けられると思うなよ」


 ブライアンが左手を広げてサッと振る。反射的に両方の腕を体の前で構えて手甲で防御するが、パンッという大きな音と強い衝撃が襲う。威力が半端ない。手甲の鋼鉄を覆っていた布が切り裂かれている。

 エアロ・ショットより上の、レベル3の魔法、エアロ・ブレイドだ。これは空中に真空状態を作り出して相手を切り刻む。つまり「かまいたち」である。


「防ぐのがやっとじゃないか。そちらも魔法を使うんだろう? 使ってもいいよ。でも、詠唱している間にこちらの魔法が五発くらい命中しそうだがね」


 あくまでも余裕の表情のブライアン。開いた左手をこちらに向けると、パンッ、パンッ、パンッ、とエアロ・ブレイドが連発で来た。

 一発だけ防げずに左腕にもらってしまった。衣服も破れ、刃物で切られたような傷から血が流れている。正直、かなり痛い。慌てて後方へジャンプして間合いをとる。エアロ・ブレイドは比較的射程距離が短いはずだ。


 エアロ・ブレイドは、攻撃対象にエアロ・ストームをぶつけるとともに、真空状態の空間、つまり物理ストレージを相手の体表で解放する技である。物理ストレージが前触れもなくいきなり炸裂したら防ぐのは難しいが、エアロ・ストームと同時に来ることが分かっていれば何とか防ぐことができる。ただし目には見えないのでエアロ・ストームとエアロ・ブレイドを乱れ打ちされたら結構辛い。


「そろそろ降参したら許してあげるよ」

 楽勝モードのブライアン。

「ツイスター・アタックはまだですか」


 ツイスター・アタックは高速の竜巻を起こして相手を巻き込む魔法である。エアロ・ブレイドと並ぶレベル3の魔法だが、かなりの熟練度と魔力が必要とされている。


「負け惜しみかい。残念だけどツイスター・アタックは練習中でね。お披露目できないのが残念だなあ」

「そうですか。じゃあ」


 お手なみは十分に拝見したし、これ以上怪我をするのは痛い。


 ブライアンの真似をして左手で指2本を立ててサッと振る。怪訝な顔のブライアン。

「ほいっ」

 ブライアンの右腕を何かが襲った。

「うっ。何っ?」

 ウォーター・カッターをお見舞いしてやった。軽くね。でも、俺の魔法は魔法陣の発動なしに起動し、しかも相手は防御魔法が発動できない。


 右腕に付けられた切り傷に、何が起きたのか分からずに一瞬呆然とするブライアン。だがさすがにすぐに長剣を構え直してこちらに走り寄る。


「貴様、まさか非詠唱者ウィーヴレス?」

「さあどうでしょう」

 ブライアンが何か魔法を仕掛けて来そうなので妨害してみよう。

 小さいファイア・バレットを、しかも低速で出す。これ自体はレベル1の魔法だ。盾で防いだり、剣ではたき落とすこともできる。


 ブライアンも単純な、しかも威力の弱いファイア・バレットだと認識したのだろう。剣で牽制しつつ軌道をかい潜ってこちらに攻撃を仕掛けようとしてくる。

 だが、その小さなファイア・バレットはフラフラっと軌道が逸れてブライアンを側面から襲う。


「く、何だと?」


 そちらに気を取られている間にもう1つ、今度は反対側から同じようなファイア・バレットをお見舞いする。


「ファイア・バレットが追尾してくるだと?」


 こちらも手の内をあまり晒すのは良くないな。そろそろ終わりにしようか。

「ほいっ」

「う。何だ。立っていられない……」


 光魔法、ヘヴンリー・グレイスである。光系統の魔法は存在すら知られておらず、実際に使える術者は皆無だろう。人間の三半規管は強い電磁波で混乱する。これと合わせて視神経を麻痺させる光の点滅を発生させる。テレビで強い光の点滅を見るとひっくり返る人がいるがあの原理である。良い子は真似しちゃダメだ。


 ささっとブライアンの背後に回って首元にナイフを突きつける。

「私の勝ち、ってことでいいよね」

「くっ……」


 あっけに取られるブライアンの従者たち。

 彼らはまさか聖都屈指の実力者がこんな国境の町で苦杯をなめることになるとは思ってもいなかったであろう。


 一方、ジョナスは比較的落ち着いている。

「今日はどうしたんだよ。怪我してるよ。大丈夫?」

「ああ、ちょっと熱くなったな」


 ブライアンは魔法の影響で少しへたり込んでいたが、しばらくすると立ち上がって神妙な表情で語りかけて来た。


「先ほどは騎士にあるまじき誠に失礼な態度をとった。貴殿の実力、骨身に沁みて理解できた。私の方に驕りがあったと認めなければなるまい。どうか非礼を許してもらえないだろうか」


 打って変わって紳士的な態度である。なるほど、さすがに聖都でも名高い実力者と言えよう。


 そういう低姿勢に出られてはこちらも大人の対応をせねばなるまい。


「こちらこそ、少しばかり意地になってしまいました。こちらの名乗りがまだでしたね。私は国境守備隊に所属するデレク・テッサードと申す者。テッサード辺境伯の息子です。高名な騎士殿と手合わせできて誠に光栄です」


「テッサード殿、本当に恐れ入った。まだ世の中には実力者が潜んでいるものだな」

「いえ、私の方が年下でしょうし、デレクと呼んでいただいて構いません」

「ではデレク殿。私のこともブライアンとお呼び頂きたい。強者には敬意を払うべきと考えます」と右手を差し出して来たので、仲直りの握手。


「双方に少々の誤解がありましたが、この後のことについては互いに協力できるのではないかと思います」

「おお、そうですな。貴殿らは信頼できる有能な方々のようです。ぜひご助力を賜りたい」


 うかうかしていると日が翳ってくる。山の日没は案外早いのだ。こんな山の中で話をするのもあれなので、町に運び屋を連行した後で事情を説明してくれることになった。

 森の外れに馬と荷馬車が待機しているというので、それに乗せてもらって守備隊の詰め所まで移動することに。歩いて帰らなければならないかと思っていたのでこれは楽だ。ありがたい。


 捕縛した麻薬の運び屋は痩せて鼻がでかい男で、なんか酒臭い。

「お前、名前は?」

「ザニックでやす」

 山の中に行くのだから身なりが薄汚れた感じなのは俺とジョナスも一緒だが、それにしてもなんか、しょぼくれた奴である。年は30くらいだろうか。


 そうか、酔っ払っていたなら、あの警戒心のない振る舞いも納得だ。

 ダメだなこいつ。


 待ち合わせ場所には、ブライアンと一緒に派遣されてきたという騎士の男女二人とさらに従者が1名。


「こちら、国境守備隊の方々だ。やはりこの男を追っておられたそうだ」

「おお、そうなのですか。私はフレッド・ソールズベリー。このブライアンとともに獅子吼隊に所属しております」

 男性の騎士は20歳くらいだろう。栗色の髪に黒い瞳。背の高さは俺と同じくらいだが、相当鍛えているらしく胸板がかなり厚い。

「フレッドはかなり強いですよ」

「お手柔らかにお願いします」


 女性の騎士は真っ赤な髪に黒い瞳。


 なんだろう、怖気付くような美人である。正直言って、リズを見て以来、初めて見る同レベルの美しさ。CGで作ったような嘘っぽい感じさえする。女性としては背が高い方で、俺よりちょっと低いくらいかな?


「セーラ・ラヴレースです」


 唇がちゃんと動いた。おいおい生きてるよ……。あ、いかんいかん、そうじゃない。

 ラヴレース、ってもしかして公爵家の子弟なのか。挨拶はきちんとね。

「お目にかかれて光栄です。国境守備隊のデレクです」


「……ジョナスです」

 ジョナスは瞳孔が開いたような顔で呆然としている。まあ分かるけれど、あまり不躾に直視し続けるのは失礼だぞ。


 とか言いつつ、ステータス・パネルでチェックせねばなるまい。


 セーラ ラヴレース ♀ 17 正常

 Level=2.8 [火*]


 なるほど。どうやらそれなりの実力者でもあるようだ。

 制服ではなく、動きやすい感じの、身体にぴったりする黒っぽい服を着ている。しかし、身体全体の見事なプロポーションは隠しようもない。とても美しい。


 あ、ちょっと待て。

 美人に見とれてうっかりしていたが、ラヴレース公爵って、強盗事件のあった邸宅の主ではないだろうか。それ関係か。だったら、わざわざ聖都から騎士が3人もやって来るのも納得だ。


 騎馬が2頭、馬2頭を繋いだ荷馬車が1台だった。フレッドが提案する。

「馬は従者たちに任せて、われわれは荷馬車でどうだろう」

「そうだな、せっかく知り合いになれたことだし」

(ナイスな提案だ! フレッド殿、グッジョブ!)


 俺とジョナスは心の中でガッツポーズである。牧場に預けた馬はカイルとユタが乗って帰ってしまっただろうから、帰りは犯人を追いかけて町まで歩きかと思っていた。馬車に乗れるならそっちの方が楽だ。

 いや、しかし問題の本質はそこではない。


 優馬の記憶の、さらにネット情報だが、人間は(とりわけ男という生き物は)、綺麗な女性を目にするだけで脳内が幸せになるらしい。


 今日の担当で本当に良かった。

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