強盗犯

 縛り上げた運び屋のザニックと我々は荷馬車に乗り込む。正直乗り心地は良くないが、そんなことはどうでもいい。

 何度でも言う。今日の担当で本当に良かった。


 セーラがブライアンの腕の傷に気づく。

「ブライアン、この傷は?」


 ブライアンがチラッとこちらを見るのでしょうがない。

「アルフォード殿は噂通りの強さで感服致しました」


 セーラは状況を察したようだ。

「呆れた。もう強者つわものを見つけて腕試しですか。戦闘狂もいい加減にしてよね」

「デレク殿、その言い方はむしろ私の恥になりますのでご勘弁ください」

「え、まさかブライアンがやられたの?」


 驚くフレッドとセーラ。しかし、聖都屈指の騎士が苦戦した話があまり噂が広まるのも互いに良くはないだろう。


「いえ、私もこのように手痛い目に。互いにいい腕試しになったと言うようなわけで」


 ブライアンは額に手を当てて天を仰ぎながら言う。

「いや、すまない。年下に気を使わせてしまうとは情けない。……しかし君はなかなかの胆力だな。まだ若いだろう?」

「17です、もうじき18になります」


 するとジョナスが余計な一言。

「デレクは見た目はともかく、中身はおっさんですよ」

「ぐ」

「あら、私と同い年ですか。確かに妙に落ち着いていらっしゃいますね」

「あははは……」

 なんかもう少し格好良くまとめたかったなあ。


「ところで、先ほどのファイア・バレットについて聞いでもいいだろうか?」

「はい、どうぞ」

「あのファイア・バレット、途中で軌道が変わって、私を追尾して来たように思ったのだが」

 すると、火系統の魔法を使うセーラも食いついてくる。

「何ですって? そんなことって……」


「ええ。ファイア・バレットは強く意識すると術者の思うように軌道を変更できるんですよ」

「本当ですか? あたしにもできるかな」

「セーラさんも火系統ですか」

「ええ」


「他の系統魔法の射出系の攻撃は、射出速度が大きく、さらに石つぶてをぶつけたり、斬撃を飛ばしたりするので相手へのダメージが大きいのですが、火系統はあまり相手へのダメージがないという印象ですよね」

「そうなんです。火系統は日常生活には便利ですけど、攻撃の時は盾で防がれると効果がいまひとつなので、派手な割には実用的ではないのかと思っていました」

「ところが、射出速度が遅いので、打ち出した後から術者が思うように制御できるというメリットがあるようなのです」

「それは初耳ですね」

「誰にでもできるかどうかは分かりませんが、私は意識して使っているうちにできるようになりました。この前もダンジョンで盛大に使う羽目になりまして」


「ダンジョンですか。どんな敵に有効なのですか?」

「なんか藁でできた人形みたいな奴が、盾を持って大勢で襲って来るんですよ。ジョナス、あれはどの階層だっけ?」

 少し気をつかってジョナスにも会話に参加してもらおう。


「あれは、ダズベリーの近くのガリンゾっていうダンジョンの第2階層でした。最初、デレクがファイア・バレットを普通に撃ってたんですけど、あいつら、盾で防ぎながら鎌で襲って来るんですよ」

「え? 自分たちは藁のくせに持ってる武器は鎌なんですか?」とセーラ。

「そうそう。おかしいでしょ」


 結構、和気藹々とした感じで時間を過ごし、1時間くらいで詰め所に到着。


 ドッツ隊長が表に出てきた。

「なんだ、運び屋を捕まえたらダメだろう?」

「いえ、ちょっと予定外のことが。こちら、聖都からいらした騎士の方々です」

「騎士様と一緒とは、こりゃ一体どういうことだ?」


 ブライアンが騎士然とした挨拶を。

「貴殿が守備隊長殿ですか。私、聖都は獅子吼ししく隊副隊長のブライアン・アルフォードと申す者、これは同じ隊のソールズベリー、白鳥隊所属のラヴレースです」


「おお、あなたが高名な『百裂』殿ですか。お噂はかねがね。私は国境守備隊のドッツ・ガンドール。よろしくお見知り置き下さい。ところで不躾ながら、アルフォード殿は前の隊長のグライムズ殿はご存じですかな」

「ええ、私が入隊した当時に厳しく教育いただいた方です」

「そうですか、彼は私の知己でしてな。もし会う機会がありましたら……」


 おっさんが昔の人脈のつながりを見つけて盛り上がるのはどの世界でも一緒のようだ。


 しかし『百裂』か。そうそう、彼は『百裂のブライアン』という二つ名で呼ばれる実力者だったな。風系統の魔法を次々に繰り出す手腕とその威力は確かに大したものだ。


 さて、運び屋のザニックはとりあえず奥の留置場に放り込んでおいて、経緯の説明と今後の方針の相談である。


 ブライアンが語る所によると、聖都のラヴレース公爵家の屋敷に盗賊が入り、財宝のほか、所有する危険度の高い魔道具が持ち去られてしまったとのこと。セーラが同行しているのはそういうわけか。


 通常の盗みであれば警ら隊に任せたり、国内の守備隊、国境守備隊に情報を回して行方を追うのが常道だが、盗まれた魔道具がちょっとヤバいらしい。


「ご存じかは知らないが、ポイズン・ジェイルと呼ばれる魔法を起動できるしゃくが盗まれてしまったのです」

「デレク、知ってるか?」とドッツ隊長。

「ポイズン・ジェイル……存じ上げません」

「魔法オタクのデレクが知らないとは。希少な魔法なのですな」


 セーラが説明してくれる。

「猛毒のガスを発生させるという凶悪な魔法です。魔法のレベルがそれなりにある術者なら、その笏の魔法を使うだけで相手をほぼ確実に死に至らしめることができます」

「それはまずいですね……」


 風系統魔法には相手を窒息させる魔法もあるが、猛毒とはさらにえげつない。今日のように試しに相手の攻撃を受けてみたら、その時点で死んでしまう。


 ブライアンが続ける。

「問題は、盗賊が魔道具と知って盗んだのかどうか分からないことです。知って盗んだのであれば万一の場合でも対抗できる戦力で応じる必要があります。そうでないとしても、国中に手配の情報を流してしまっては、逆に良からぬ目的で手に入れようとする者も現れるでしょう」

「なるほど、それで魔法の能力もあるあなたが指名されて賊の行方を追っているというわけですか」

「その通りです。あの捕えた男はザニックと言いますが、この男が公爵邸に侵入した盗賊団の一人であることが分かっています。この男の後をつけて、盗まれた品を取り戻そうというわけです」

 騎士の制服では尾行にならないから、違う服を着ていたのか。


 ブライアンが尋ねる。

「あなた方はなぜこの男を?」


 ドッツ隊長が応じる。

「われわれは麻薬の取引を追っていまして、この男は麻薬の運び屋です。男が持っていた荷物があるでしょう。あれが持ち込まれた麻薬です。中身はすり替えてありますがね。われわれはアイツの後を尾行して密輸団の本拠を探ろうとしていた所だったのですよ」


「では私は尾行の邪魔をしてしまったことになりますね。なんとも申し訳ない」

「しかし、その凶悪な魔道具を持っている可能性を考えれば、一刻も早く捕縛すべきと言うのは分かります」


「ご理解いただき、かたじけない。で、その男の行動は従者に探らせたのですが、昨日隣町のワーデンにやってきて、夜遅くまで飲んだくれた挙句、宿で昼近くまで寝ていて、その後なぜか手ぶらで山の方に向かったというわけです。宿には2泊と言って料金を前払いしていたそうなので、まあ戻って来るのであろうと森の途中で待ち伏せしておりました。われわれが山中での追跡に慣れていないこともありました」


 ワーデンはダズベリーの南の隣町である。昔は栄えていたらしいが、現在はすっかり過疎が進んで、小さな宿くらいしかないはずだ。だが確かに、麻薬の隠し場所へ行くならダズベリーから行くよりは近いかもしれない。


「いや、賢明な判断だと思います」

「待ち構えていると、何やら荷物を持って現れたので、これは、と思いまして」

「あちこちで悪さをしているんですな、アイツは」


「で、ザニックが昨日町に来た時に立ち寄った所がありますので、そこが怪しいのではないでしょうか」

「ああ、確かに怪しいですね」

「どうしましょう、今からなら賊を捕縛できるのではないでしょうか」

「確かにチャンスかもしれません。しかし、麻薬の受け渡しをするはずだった場所と時間を把握しないと我々も動けませんね」


 まずは、運び屋のザニックを連れてきて尋問である。まだ酒臭いな、こいつは。


「単なる使いっ走りなんでさあ」


 ザニックは麻薬の売人として聖都へ行ったり、今回のように運び屋をしたりしているが、組織の幹部というわけではないと申し立てる。そりゃあ麻薬の密輸も密売も重罪だから、組織の幹部ともなれば極刑も普通にありうる。

 末端の構成員なら鉱山労働に数年間従事するくらいで放免になる可能性はある。ザニックは組織の情報は洗いざらい喋るから何とか勘弁して下さいと言う。司法取引というやつだな。


 ザニックが麻薬の売人として聖都に行った時、ラヴレース公爵家のメイドとして働いているシンディという女と知り合ったという。


 シンディはお屋敷に内緒でギャンブルに相当な額をつぎ込んでしまい、かなりの借金がある。そろそろ取り立てが厳しくなってきてお屋敷にバレるかもしれない。そこで、屋敷に盗みに入る手引きをするから少し分け前を欲しい、と持ちかけて来た。


 自分が盗みを働いたのではすぐにバレてしまうが、外部から明らかに盗賊が入るのなら自分は疑われずに無傷でいられるだろうというのだ。


「ひどい女ですね」

「女の見た目は?」とブライアンが質問。

「ピンク色の髪で灰色の瞳。華奢な身体つきで、歳はそうですねえ、30手前くらいですかね」

「確かにラヴレース家から失踪しているメイドと一致します」とセーラ。


 ドッツ隊長が追求する。

「分け前は渡したのか?」

「前金で半分、成功報酬で半分。ただね、屋敷の宝物室にもヤツは一緒に来たんですが、宝石箱の中にあったなんてことのない指輪をひとつ摘み上げてこれをくれ、と。これは大した金額にはならないだろうけど、あたしの借金を返すには十分だからこれがいい、と」

「ほう」

「成功報酬の分はあっしにくれるとまで言うもんですから、指輪はヤツにやりました」

「それで昨日散々うまい酒を飲んだと」

「なんだ、お見通しですかい。あ、これは幹部連中には内緒ですよ」

「そんなことは知らんよ。ところで、公爵家には何か目当ての宝があって盗みに入ったのかね」

「いえいえ、そもそもがシンディに誘われて乗った話ですから、とにかく宝物室にあった金目の物をガーッとかき集めてさっさとトンズラでさあ」


 ブライアンが質問する。

「金庫室もあっただろう?」

「金庫室は鍵が開かなくて。シンディは宝物室の鍵はくすねて来たんですけどね。これが逆だったら売り払うような手間が要らないから良かったんですけど」


 うーん、何か引っかかるんだが。何だろうな。

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