山の中でまったり

 そして翌日。

 ジョナスと一緒に早朝に町を出立して、ダズベリーから南の方へ馬で向かう。途中の牧場で馬を預かってもらったら、あとはひたすら森の中を歩く。


 密輸団が使う道を我々も使うと、足跡などで監視がバレる可能性がある。そこで、地元の猟師に協力を仰いで違うルートを教えてもらったそうだ。監視場所への往復はこちらのルートを使う。


 しかし、ぶっちゃけ、単なる岩場やら沢やらの連続である。しかも、生い茂った木がところどころで行く手をさえぎる。あちこちに我々にだけわかるようにマーキングがしてあるが、うっかり見落としたら簡単に迷子になりそうだ。

 山の中は鬱蒼とした緑の匂いが立ち込めている。歩き続けるうちにだんだんと日も高くなり、次第に暑さが増してきた。


 俺とジョナスは軽装に必要最小限の武器。そして1日分の食料を担いでいる。通常は水も必要だが、俺たちの前の担当のカイルとユタが、ダンジョンで拾った例の「無限コップ」を持って行っているはず。俺も指輪から水を出せるので、水筒を1つ持って行くだけでいい。これだけでも随分と楽だ。


 やっと目的の場所に到着。カイルとユタが嬉しそうに俺たちを迎える。

「やあやあ、お疲れ様」

「全然山の中じゃないっすか。きついなあ」とジョナス。

 カイルが「無限コップ」をジョナスに手渡しながら答える。

「ブレードウルフとかのテリトリーじゃないし、夜中に食料を狙ってくるイタチやキツネも出ないみたいだからマシな方だよ」

「じゃ、頑張って」


 カイルとユタは嬉しそうに帰って行った。


 麻薬の隠し場所は山奥の巨木の陰にある岩の裂け目だった。自然にできたものらしいがうまい具合に枝が垂れ下がっていて岩全体を覆い隠している。

 これを見張るために、少し離れた茂みの中に監視スペースを作ってある。快適とはお世辞にも言えないが、雨風が少しは凌げるのでそれだけでも有難い。隠し場所からは数十メートルは離れている。その間には木々が生い茂っており、よほど勘の鋭い人間でも気づくことはないと思う。


 さて、あとは俺とジョナスで見張りである。いつ運び屋が来るかは分からないが、来るなら足元が暗くなるよりも前の時間帯だろう。ああ、警報装置的な何かを作っておけば良かった。どうやって作ればいいかは思いつかないけど。


 山の中はシーンとしている。時々遠くで鳥が鳴く程度だ。

 監視スペースは網で覆って木の葉などで偽装してあるが、日が高くなって、内部はだんだん暑くなってきた。


 ジョナスとは気が合う同士なので、こういう任務も少しは気が紛れる。


「なあデレク」

「あ?」

「お前、カーラのことどう思ってる?」

「何だよ、恋バナかよ。美人だしいいんじゃね? この前誕生日プレゼントをあげたって聞いたぜ?」

「何だよ、知ってたのか」

「カーラもまんざらじゃないんじゃないの?」

「そうかなあ」

「この前のダンジョンも、お前が行くって言ったから来たんだと思ってるけど」

「そう?」

「いやあ。青春だな」

「カーラがどう思ってるかはわかんねーけど、俺はそれなりに頑張ってみようと思ってるわけよ」

「大丈夫だよ。カーラの性格からしたら、嫌だったらもう嫌って言ってるよ。自信持っていいと思うけどな」


 何だか実年齢相応の若者の会話だ。

 優馬の記憶がふと表面に出てきて、客観的に今の会話を振り返るとかなり照れ臭いものがある。本当、青春だなあ。

 俺の中でデレクの意識と優馬の記憶が交差する。だが、優馬の恋愛経験はあまり思い出せない。大学や社内には綺麗な女性もいたし、憧れていた人もいた気がするんだけど。もしかしたら、そういうあたりの記憶のコピーは完全ではないのかもしれない。


 2人でずっと集中して見ているのも疲れるので、メインとサブといった感じで交代しながらの監視である。昼飯も交代で食べる。


「ちょっとトイレ」とジョナス、離脱。

 時刻は午後の2時を回ったくらいだ。


 遠くで鳥が一斉に飛び立つ音がする。鳥が餌を求めて活動するのは早朝と夕方である。何かが来たのかもしれない。


 じっと隠し場所のあたりを見ていると、黒い人影のようなものが動いている。岩陰から偽の荷物を取り出している。

 来た来た。


 懐にナイフだけを忍ばせ、そっと監視スペースから出る。森の中は障害物が多い。しかも足元は岩だらけなので、一歩ずつ確認しないと簡単に足をくじく。

 ジョナスもこちらの様子はどこかからか見て、気づいているはず。


 運び屋が下って行くのは以前は旧道と呼ばれた山越のルートらしいが、使われなくなってからもう百年単位で時間が経過している。さっきの道ほどではないが、やはり普通に歩くのは難しい。しばらくは足元に注意しながら、慎重に距離をおいて尾行することになる。


 万一見失っても、『遠隔隠密リモートスニーカー』を使って上空から追跡も可能だろう。相手に気づかれないことを最優先にしよう。


 しかしこの運び屋、振り向いたり、あたりを見回したりするような素振りもなく、なんだか気楽にフラフラ歩いているように見える。警戒心がないのだろうか?


 2時間以上かけて山からだいぶ降りてきたが、人通りのあるあたりまではまだずいぶん距離がある。木がまばらに生えた、なだらかな丘を越えて行く運び屋。こちらは見つからないようにかなり遠くから追う形になる。ジョナスも追いついてきた。


 突然、運び屋が走り出した。


 気づかれたか?


 しかし、彼の視線はこちらには向いていない。彼は左手の森の中に誰かがいることに気づいたらしい。その人物も森から走り出て運び屋を追う。


 誰だあいつ。尾行して本拠を突き止める作戦が台無しだ。


 運び屋は山道の往復で体力を消耗していたのであろう。たちまちその人物に追いつかれてしまう。われわれもやむを得ずに走り出すが、こちらからは距離がかなりある上に丘を登らなければならないのでなかなか追いつけない。


 運び屋は突然現れたその男に刃物で切りかかるが、男はめっぽう腕が立つ。あっという間に打ちのめされてしまう。


「ブツの横取りか?」とジョナス。

「やばいな」


 われわれが駆け寄ると、我々よりは立派な身なりをした男。剣と小さな盾を手に立っているのを見ると、聖都の警ら隊か、王宮の騎士ではないだろうか。しかし、制服を着ていないのは何故だろうか。


 近くまで来てみると金髪碧眼、結構な男前じゃないか。年齢的には20代後半といったところだろう。きっと女癖も悪いに違いない。そうに決まった(個人の偏見です)。


 それに引き換え、われわれは山中で一夜を明かすつもりで、何とも薄汚れたような風体をしている。俺は懐に忍ばせたナイフだけ。ジョナスは背中に比較的軽い棍棒を背負っているが、それ以外の武器は何もない。


 男がわれわれを見咎めて大声で呼びかける。


「何者だ」


 走るのをやめ、歩み寄りながら答える。

「われわれはこの区域を管轄する国境守備隊の者だ。その男は犯罪に加担している。身柄を引き渡して頂けると有り難いのだが」


 男はわれわれを見て少し怪訝な様子で言う。

「国境守備隊? 何とも貧相な風体の守備隊もあったものだな。おおかた、この男の仲間か、そうでなければこの荷物を狙ってきた不逞の輩であろう」

「いやいや、ちょっと待って頂きたい。そう言うあなたは一体どなたですか。いきなり暴力沙汰に及んだ上、我々に非協力的な言動は見逃すことができません。同行して頂いて事情をお聞きしたいですね」

 男のいささか無礼な物言いに、こちらの口調も少しキツくなる。


 男はこちらを小馬鹿にしたように少し嗤って言う。

「王宮にお仕えする獅子吼ししく隊の副隊長、ブライアン・アルフォードである。まあこんな辺境の地でもあるし、身分をわきまえない言動も見なかったことにして進ぜようよ」


 あー。獅子吼隊のブライアンね。なんか聞いたことあるかも。ジョナスは知らないようである。

 獅子吼隊とは、王宮に仕える騎士の中でも精鋭部隊として知られている。その副隊長というのは相当な実力者と思っていい。ちなみに獅子吼ってのはライオンの咆哮ほうこうのことだ。


「デレク、知ってんの?」

「ああ、なんでも歴代屈指の実力者だそうだよ」

 こちらのヒソヒソ話が聞こえたのか、まんざらでもない様子。くそ、でも手柄は譲ってやらねーぞ。


「まあ、一応伺ってはおきます。有名人を騙る小悪党かもしれないけど、こちらとしてはこの男の身柄さえ渡して貰えばそちらの問題行動は見なかったことにしますよ」


 ジョナスが慌てて割って入る。

「ちょっと。本物だったら不味くね?」

「何だよ、こっちは職務中に容疑者を攫われるわけにいかねえだろ? 何か事情があるなら後から然るべき筋から話を持ってきてもらいたいものだね」


「ふむ。国境守備隊を名乗る諸君。私は聖都から重要な案件でこの男を追跡して来たのだよ。容疑について詳細を明かす訳には行かないし、ここでこの男の身柄を『はいそうですか』と渡す訳にも行かないね」


 そんなやりとりをしていると、ブライアンが出てきた森の方角から騎士の従者と思われる男たち2人がやって来た。

 そうだよな、さすがに一人で男を連行するのは無理があるもんな。


「ブライアン様。どうされましたか」

「いやいや、傑作なんだ。この怪しげな男二人が国境守備隊だと言い張ってな。私が成敗した悪党の身柄を渡せとしつこいのだよ」

「はあ、なるほど」

「とりあえずこの悪党を縛り上げておいてくれ」

 従者たちはおとなしく下がって、運び屋を後ろ手に縛り上げ始める。よしよし、作業ご苦労様。


 その様子を横目で見ながらこっそりステータス・パネルで確認。


 ブライアン アルフォード ♂ 22 正常

 Level=3.6 [風*]


 ふむ。確かに本物だな。しかも風系統魔法のレベル3、非詠唱者ウィーヴレスか。


 ただ、ここら一帯は国境守備隊が管轄する領域だし、いくら聖都の騎士様でも突然やって来て容疑者を掻っ攫って行くのは道理が通らない。ドッツ隊長も怒るだろう。

 それに何より、聖都と地方という立場の違いだけでこちらを見下す態度が気に食わない。よし、決めた。


「なるほど。もし本当に聖都からやって来られたのであれば、さぞ腕に自信のある騎士様なのでしょうな。翻って、われわれも国境の地の保安を任された身。どうでしょう、提案なのですが、貴殿と私で腕試しをしてみませんか。本気で切り結ぶとは言わないまでも、双方、それなりの強さが確認できれば本物と分かるでしょう。もちろん、勝った方が男の身柄を引き取るということで」


 ブライアン氏、心底こちらを馬鹿にしたように言い放った。

「は、世間知らずもここまで来るとむしろ哀れだな。いいぞ、その提案に乗ってやろう。命までは取らないが、多少痛い目にあっても泣き言を言うなよ」


 よし、言ったな。騎士たるもの、言動に責任は取ってもらおう。


「はい、了解です」

「おいおい、本気か。何なら二人がかりでも構わないぞ」とブライアン氏。

 従者二人もニヤニヤしている。


「いえ、私一人で」

 ブライアン氏は呆れたようにジョナスに向かって軽口を叩く。


「君は仲間がこれからメチャクチャにやられちゃうというのに助けに入らなくて大丈夫? 心配だろ?」

「あ、はい。もちろんとても心配です(棒読み)」

 小学生みたいな感想をありがとう。ジョナスはあまり心配していない様子だ。


「ガタイがいいから君の方がよかったんじゃないか? 彼だと僕に一撃で吹き飛ばされちゃうよ、きっと。何だろうなあ、地元じゃ負け知らずとか言うやつか? 立場が分かっていないというのは怖いねえ。ははは」

 従者の男たちもつられて笑う。

「はははは」


 ついでも俺も笑っておいてやろう。……何でジョナスも笑ってるんだよ。山の中で笑う5人の男たち。しかも目は笑っていない。変な図である。

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