守備隊の仕事もしないと

 少し暇な時間ができたので、『遠隔隠密リモートスニーカー』でステータス・パネルを使うにはどうするか検討。

 現在のステータス・パネルでは、例の「ᚢ∵∋」、つまり「返答せよ」という意味の通知ノーティフィケーションへの反応として、指定したストレージに固有IDを書き込ませるようにしている。


 これを『遠隔隠密リモートスニーカー』経由で行うとしたら、通知ノーティフィケーションを出すのがカラスやネコになるだけで、ストレージに記録された固有IDから相手の情報を見る部分は今と変わらないのでは?

 そう思って実装してみたら、効率はともかく、それなりに完成。


 聖都を歩くお姉さんの名前も確認できた。あ、それが目的じゃないからね。


 聖都のお姉さんの名前を確認しても虚しいし、聖都をフラフラ見て回っていると事件に巻き込まれるような気がするので、今日はどこか別な場所を見に行ってみるか。

 スワニール湖からオフニール湖の方へ、カラスの感覚共有と転移魔法を繰り返し使って近づけるか試してみよう。


 湖だ。カラスの視点で上から見下ろしている。水辺に人がちらほら見える。

 カラスくんに少し北の方へ飛んで行ってもらおう。カラスの縄張り自体はそれほど広くないらしいが、それでも数キロくらいは遠くまで飛ぶ。

 最初の地点からかなり飛んだつもりだが、スワニール湖はまだ全然終わりが見えない。想像していたよりずっとでかい湖だな。

 カラスがもう遠くには行きたくなさそうで、湖畔の木にとまってしまった。

 まず周囲を観察。次にその地点に転移魔法で移動。


 ドアを開けて外へ出る。湖と山以外、なーんにもない。

 山奥だけあって、ダズベリーより涼しいが、緑の匂いがむせかえるようだ。湖の水は透き通ってとても綺麗だ。周りには道らしいものもなく、そこから歩いて移動することは難しい。人が足を踏み入れないような地点に出てしまったようだな。

 いったん東邸に帰る。


 もう一度『遠隔隠密リモートスニーカー』を起動しようとして、ふと考える。この操作をどれくらい繰り返したらオフニール湖まで到達できるのだろう。

 カラスの移動距離から考えて、1回に10キロ以上の移動は難しそうだ。だが、出発地点のドリュートン付近からオフニール湖までは下手したら50キロ以上あるはずだ。

 そう考えると少しゲンナリする。


「デレク、何やってんの」

 リズが管理室に入ってきた。


「今、スワニール湖あたりのカラスと視野を共有して、オフニール湖の方に移動してもらってからその地点に転移してみたんだよね」

「なんで?」

「そういう動作を繰り返したら、手間はかかるけど行ったことのないオフニール湖に行けるんじゃないかと思って」


「ねえ、そもそもさあ」とリズ。

「何?」

「転移魔法も、遠隔隠密リモートスニーカーも、行ったことがある場所しか指定できないのが問題でしょう? あれはなんでそういう仕様というか、縛りがあるの?」

「うーん。そこは追求したことがなかった」

「それを追求しないで、無闇にカラスの感覚共有を繰り返すのは、デレクらしくないというか」

 ううむ。リズの指摘の通り。


 何か別な方法を考えた方が良さそうだ。

 もしそんな方法が見つかれば、カラスくんに頼んでちょっとずつ進む必要はなく、好きな場所に一発で行けるようになるかもしれない。そっちの方が絶対楽しいよね。



 夕方、ちょっとイヤーカフで通話。

「キザシュです。一行は順調にハダリーに到着しました」

「了解しました。道中、気を付けて」



 翌朝。守備隊の旗を確認したら、あれ。召集になってる。暑いのに面倒な。


「ケイ、守備隊の旗が召集の青色になってる」

「本当だ。何だろう」


 朝飯もそこそこに守備隊の詰め所に駆け付ける。

「お、いいところに来たな」

「げ」

 詰め所に着くなりドッツ隊長に見つかってしまう。


「ちょっといいか。先日、マイルズの旦那から聞いたんだが、状況が変わって、身辺警護をそれほど気にしなくても良さそうなんだってな」

「はあ」

 例の、女系男子が生まれそうな話である。


「国境検問所に詰めるのはリスクがあるけど、領内で何か事件があったら分担をお願いするのは構わないよな?」

「ええ。了解です」

「よしよし。実はな、最近また密輸関係が怪しいのだ。詳細はこれから説明するから待て」

「はい」

 なんか嫌な予感がする。


 待っている間にも次々と隊員が集まって来る。

「やあ、ジョナス」

「おはよう、デレク、ケイ。この前のダンジョン以来か?」

 カーラもやって来た。

「セリーナさん、元気にしてる?」

「領内のことを熱心に勉強してて、頭が下がるよ」


 かなりの人数が会議室に集まったところにドッツ隊長が現れる。

「おう。暑いところ申し訳ないが、密輸団に動きがあったので対応を協議したい」

 ケニーが立って説明を始める。


「麻薬の密輸団だが、最近、動きが活発化している。少し前にミザヤ峠で捕縛した以外に、実はミドマスでも海上ルートで持ち込もうとしていた麻薬が大量に摘発されるという事案があった」

 ああ。あれか。こっちまで情報が来るほどのでかい取引だったのか。


「今回は、ラカナ側のフレスタムの宿場で、刃傷沙汰を起こして捕まった女がたまたま運び屋の愛人でな、取引の概要が判明した」


 密輸団も思わぬところから情報が漏れているな。


 明らかになったのは、検問所を突破するのを避けて、山中の道なき道を踏破して運び入れているということ。恐れ入った根性である。

「国境検問所には麻薬犬もいるし、この前のように抜き打ち検査で発覚することもある。そこで奴ら、こっそり山越えのルートを開拓していたらしい」とケニー。


「峠以外はほぼ行き来できない岩山ですよね」とジョナス。

「そうなんだが、野生動物は平気で行き来してるわけだから」

「でも、ヤギが登れるからって人間には無理でしょ」とカーラ。

「そこは知らんが、地元の猟師からも、見かけない奴らがウロウロしているという情報が来ている」

「へえ」


 ミザヤ峠よりも少し南へ行った国境の森林地帯に、大昔に山を越えるのに使われていた「旧道」と呼ばれる道があるらしい。ただし、山崩れなどですでに通れなくなっている上に、この時期はブレードウルフとかその他の野生の肉食生物がウロウロしているため危険極まりない。

 そんなところをわざわざ通って、麻薬自体はすでに山中の隠し場所に運び込んであるのだそうである。情報が漏れていることは密輸団には知られていないはずで、数日中には別の運び屋が聖王国国内に運び込む手筈になっているらしい。


「というわけで、われわれ国境守備隊が行うのは、運び屋がやってくるのを張り込んで待つ簡単なお仕事だ」

 ドッツ隊長がさらっと言う。


「え、1日中見張るってことですよね」とジョナスはいかにも嫌そうだ。


「うむ。すでにカイルとユタが山中に監視ポイントを設営してくれている。2人1組で1日交代で張り込んでほしい。ブツは偽物にすり替えてあるので、発見していきなり捕縛する必要はない。後を尾行して本拠を突き止めるのが望ましい」


「えー、警ら隊にやって貰えばいいのにー」とカーラ。

「国境地帯の事件はわれわれの担当だ」と副隊長のケニー。

 まあそうだろうけど、他の隊員も浮かぬ顔である。そりゃあ、何もない山の中までわざわざ出かけて行って、いつ来るか分からない麻薬の運び屋をひたすら待つなんて任務は誰だってやりたくない。しかもこの暑さである。


 ドッツ隊長が皆を見渡しながら言う。

「山の中でゆったり過ごせる楽な仕事を希望するヤツは多いだろう、ということでワシが不公平なく担当者を決めておいた」


 えー、と全員からブーイング。

「今日はカイルとユタが行っているので、明日からの担当な。明日はジョナスとデレク。明後日はケイとカーラ。それ以降でも来なかったらまた担当を割り当てることにする」


 げげ。嫌な予感的中。しかも明日かよ。

 国境検問所の勤務の割り当てがない俺が優先されたようだ。


「暗い時間帯に山に入ることは考えられないので、まあ、用心しなければならないのは昼近くを中心にした時間帯だろうな。ジョナスとデレクは明日の朝10時くらいに現地で交代すること。運び屋は今日来なかったら多分明日だろう。頑張れよ」


 うわあ。


「しょうがねえなあ。デレク、よろしくな」とジョナス。

「なんかうんざりだなあ」

 割り当てがなかった隊員は安堵の表情で詰め所から出ていく。ジョナスはこの後、体術の訓練だという。

 こそっと帰ろうと思っていたら、ケニー副隊長に目ざとく見つけられてしまう。

「お、デレク。ケイも一緒に体術の訓練に付き合っていかんか?」

 はいはい、そうなると思ってました。


 修練場に行くと、新入隊員4名とジョナス、オリーブがいた。


 さて、今日はジョナスと久しぶりに手合わせである。

「デレク、腕が落ちたんじゃね?」

「ジョナスこそ、技にキレがないぜ?」


 ケイは背の高い新入隊員のメグと組んでいる。

「あれ? また投げられちゃったよ」とメグ。

 メグはまだ力任せに技をかけるクセが抜けきれないみたいだ。


「よーし、じゃあ相手を変えてやってみろ。ケイはデレクと」


 おや、ケイと当たったよ。トレーニングは一緒にやっているが、体術で組み合うのは久しぶりだな。


 しかしケイは強い。力じゃなくて技だね。

 あれあれっと思っているうちになんか投げられたり、脚を絡められてひっくり返されたり、上に乗られて身動き取れなくなったり。

 今日のこのメンバーの中では間違いなく一番強い。下手をするとケニーより強い。


 今日もどうにも敵わない。

「うーむ、相変わらず強いなあ」と呟くとケイは少し笑った。


 よし、もう一本。今度は組み合った時にちょっと押してみる。ケイが押し返して何かしようとした時に逆に引いて、ふと閃いてクルッと後ろを向いてケイの片手をつかんだまま腰を上に跳ね上げた。ポン、と一本背負いが決まった。


 投げ飛ばされてあっけに取られるケイ、そして驚いたのは俺も同じだ。見ていたケニーも思わず叫んでいた。

「わ、デレク、すげーじゃん」


 ケイも驚いている。

「デレク、なに今の。ふわってなったよ?」

「え、なんか体が勝手に動きました」

「なんだとお。伝説の格闘家みたいなこと言ってやがる」

「あははは」


 練習を重ねることで、「前世」の知識をこの身体に覚えさせることができているのかもしれないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る