雲隠れ
夕方になって、キザシュとエメルが帰ってきた。
早々に準備して、明後日の朝には出立ということになったようだ。
「ロックリッジ男爵はどんな人だった?」
キザシュが半ば興奮して答える。
「いや、あの人、すごいね。やり手って感じだし、ダンディだし」
「あー、そうか、キザシュのタイプど真ん中か。なるほど」とエメル。
ナリアスタ国に2人が出かけている間、イヤーカフはキザシュとチジーに持ってもらうことにして、道中のあれこれを聖都側でも把握できる体制にすることにした。もうひとつはダガーズとしての活動用。
「ところでチジーさんって、一番年長なんですか?」と一応質問はするが、すでに確認はしてある。確かに他のメンバーよりもお姉さんだ。
チジー ブレーダ ♀ 20 正常
Level=0
「ええ。あたしは元々聖都に住んでいて、ナリアスタから来た人をサポートするみたいなことをしていたんですよ」
「ああ、それで拠点を作る時にチジーさんが」
「そうそう。あたし自身はミノスって町と聖都の間を行き来して刃物や農機具の仲買をしていたんですけどね。最近はもっぱらダガーズの活動です。もっとも、戦闘要員ではないですけど」
「失礼ですけど、生活費とかは?」
「色々なコネクションからサポートしてくれる人がいるのと、あとは大きな声では言えませんが、誘拐団の拠点を潰した時の『副収入』ですね」
「ああ……」
確かに大きな声では言えない。
「最近は誘拐団の話を聞きませんけど」
「どうも時系列で考えると、ナリアスタで災害が起きてから、誘拐団も活動が止まっているみたい」
「なるほど」
「このまま終わってくれるといいんだけどなあ」
「本当ですね」
「だけどそれだと収入がないのも事実」
「正直ですね」
「あははは」
旅の安全を祈って、ダズベリーに帰ってくる。
「すごくトントン拍子に進んだね」とケイ。
「うん、きっとね、この問題をどうにかしたいと思っている人があちこちにいたということだよ」
「そうか。世の中悪い人も多いけど、いい人もいるんだよね」
「そういうことかな」
次の日。
暑くなる前の早朝に、ケイに付き合ってトレーニングである。
「デレク、身体のキレが悪い」
「く、少し遊びすぎたかな?」
ちょっと疲れた。ケイは何であんなに朝から元気なんだろうか。
朝ごはんの後。
「デーレークーくーん」
「こんにちは、クリスさん。昨日に引き続き、何か用件でも?」
早速、メロディがコーヒーの用意を始める。
「うーん、急ぎというわけではないんだが、伝えておいた方がいいかな、ということがあってさ」
「何です?」
「グランスティールから来ていた、クロチルドってメイド、知ってる?」
「げ」
その場にいたケイも反応する。
「クロチルドが何かしたの?」
クリスは少し意外そうな様子。
「あれ? なんでそんなに反応するのかな? いやね、クロチルドっていうメイドが昨日から行方不明なんだよ。正確には昨日の午後の休憩が終わったらいなくなっていた」
これはあれか。昨日の昼の、俺たちの話を聞いていたのか。
それで、ナリアスタ国関係者であるらしい彼女は大至急何かをしたくなった、あるいはしなければならなくなった、のかな?
「クロチルドのことを何か知ってるの?」
「えー、そのー、あのー」
ケイが助け舟を出してくれる。
「前にね、クロチルドがグランスティールから来ていたアトキンスさんと立ち話をしているのを聞いたことがあって、その時は何を話してるのか分からなかったんだけど、今となっては、ナリアスタの難民の話をしていたんじゃないか、って、ちょうど昨日、思い出して話をした所なの」
「ほう」
「それで、デレクと旦那様が昨日の昼食の時にナリアスタで何かあったらしいという話をしたから、何かその関係じゃないかな」
「ははあ。……しかし、何も言わずにいなくなるかな?」
確かにそれはおかしい。もし、ダガーズやナリアスタ難民に対する善意の支援者だったなら、別にはばかることなく、理由を言って暇を貰えばいいだけのことだ。
「それとですね、これはミノスあたりに来ている商人に聞いた話なんですけど」
「お?」
「その商人が言うには、クロチルドは偽名じゃないかと。本名はゾーイのはずだというんですけどね」
「偽名?」
「それで気になったのは、聖都で起きた貴族邸の強盗事件なんですけど」
「ああ、昨日聞いたよ。ラヴレース公爵邸に賊が押し入ったらしい」
「さる情報筋によると、メイドが賊を手引きしたとか」
「本当かい?」
「だから、もうひとつの可能性は、何らかの目的があって屋敷に潜り込んでいたけれど、聖都でメイドが手引きしたとされる強盗事件が起きたので、疑われる前に逃げた、とか」
「なるほど。否定はできないなあ。しかし、お屋敷で何かが盗まれたということは今の所はないようだよ」とコーヒーを啜るクリス。
「何らかの事件に巻き込まれたのか、勝手にやめただけなのか、あるいは何かの犯罪に関係があるのか、さっぱり分からないが、その偽名の件も含めてグランスティール家に連絡はしなければならないだろうな」
個人的にはアトキンスさんも怪しいと思うんだけど、これは何の裏付けもない。
今のところ順調なアランとセリーナの結婚生活に水をさすようなことにならないように願うしかない。
その日はそれで終わり。
その後、俺は魔法システム管理室にこもって、『
プログラムを作成するコンピュータと、そのプログラムを実際に動作させるマシン(実機)の種類が異なる開発を、クロスプラットフォーム開発と言う。優馬の世界でいうスマホとかIoTの機器などが典型的なクロスプラットフォーム開発で、パソコン上のシミュレータでプログラムの動作を確認してから実機で動作させる。
カラスやネコに相当するシミュレータは存在しないみたいなので、プログラムを作っては実機(カラスやネコ)でテスト、の繰り返しになる。面倒だ。
実装では、感覚共有を開始する時に常駐型のプログラムである「発射台」をカラス(またはネコ)側で起動させ、術者側と共有するグローバルストレージを経由して情報をやり取りする。
発射台で起動する魔法は普段は空にしておいて何もしない。
起動させたい魔法は後から発射台に設定できる。つまり「弾込め」だ。その後、発射命令を送ればカラスやネコから魔法を起動できる。
試行錯誤でガタガタやって、プログラムに形がついたのはもう暗くなってから。とりあえず「妖精の明かり」を一瞬点灯するプログラムをネコに実行させてみよう。
今日も聖都の裏通りを見る。人間の目なら薄暗いはずの路地だが、ネコの目で見ると薄明るく見える。
さて、「弾」を込める。次に発射命令を出す。
あ。ネコの右前足の上あたりが光って消えた。成功だ。
ネコも気づいたようで、不思議そうに足を振ったり、舌で舐めてみたりしている。
もう1回。
また、光って消えた。
いいねえ。
使うかどうかは分からないが、色々な系統の魔法で「弾」を作って準備しておこう。
リズに報告。
「へー。そんなことができるとは思わなかったよ。デレクはそういうのが好きだねえ」
「色々役に立つと思うんだけど」
「うーん。まあ、そうかな」
あれ? なんか思ったよりテンションが低い。
「あたしも使えるかな?」
「今持ってる『
「じゃあ、お願い。あと、『弾』にはどんな魔法があるの?」
「普通の4種の系統魔法と光、闇について、それぞれレベル3までは用意したけど」
「マメだねえ、デレクは」
リズに聞いてみる。
「そもそも、『
「ときどき、かな。カラスもネコも、すぐネズミとか残飯とか食べに行くからさあ」
テンションが低い理由はそこか。
その次の日の早朝。
今日はダガーズの2人を含む「ナリアスタ国視察団」が出発するはずだ。
イヤーカフを付けてみる。
「もしもし。おはよう」
「あ、ダニッチさん?」とキザシュの声。
「おはようございます」とこちらはチジーの声。
キザシュ: 今、ロックリッジ男爵の屋敷前に集合しているところ。
俺: 一緒に行くメンバーは決まったの?
キザシュ: あたし、エメル、アイラさんはもうご存知ですね。『聖都テンデイズ』からはマシュー・ポッツマンという若い人。背が高いヒゲのお兄さんね。それと外務省から、って言っているけれど、どうも諜報機関の人じゃないかなあ。名前はヘンリー・オークウッド。体格は普通だけど目力がすごい。
俺: へえ。……ロックリッジ男爵の屋敷ってどこ?
キザシュ: 王宮前から少し北へ行って……
ちょっと見てみようと思って、『
カラスの視線で王宮前から言われた通りの方向に行くと、ああ、人が集まっているな。確かにキザシュとエメルがいる。背が高いヒゲのお兄さんがマシューか。ヘンリーというのはこっちの人か。
えーと、ロックリッジ男爵は? 確か、トレヴァーだけ栗色の髪の毛、とマリリンが言っていたな。
あれかな? マリリンによく似ているが栗色の髪。確かにダンディだな。
俺: 今日はどこまで行く予定?
キザシュ: ニルタウンの次の次のハダリーという宿場までだそうです。
俺: 了解。何かあったらイヤーカフで伝えて下さい。ただ、駆けつけることはできないから、あまり力にはなれないと思うけど。
キザシュ: 本当にありがとうございます。行ってきます。
これで通話は終わり。
これから何日もかかりそうだから、定時連絡的に報告をもらうのがいいかな?
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