ロックリッジ男爵
本家の屋敷からお土産にクッキーをもらってきたので、お茶の時間にみんなで食べる。
「さて、テンデイズのメトカーフ記者は段取りをうまくつけてくれたかなあ?」
「今日、また行ってみるの?」
「そうなんだけど、もしアイラさんが来てたらまずいよね」
「絶対まずいね。顔は誤魔化せても声と仕草でバレる」とケイ。
「アイラさん、お父さんがナリアスタ国の人らしいから、取材への同行はオッケーしてくれそうなんで、その点は良かったんだけどねえ」
「でも、どうしてテンデイズの記者がアイラさんを知ってるんだろう?」とケイがもっともな疑問。
「実は結構有名人?」とリズ。
「いい意味の有名人ならいいけどな」
「マリリンさんの護衛もしてたようですし、評判は悪くはないんじゃないでしょうか」とメロディ。メロディは常識人だなあ。
ここでリズが提案。
「イヤーカフは渡してあるんでしょう? キザシュさんかエメルさんに付けておいてもらえば、デレクが相談に直接出かけなくてもいいじゃない」
「ああ、それはいい案だな。それと、キザシュさんとエメルがナリアスタ国へ出かけてしまうとすると、聖都の拠点にもうひとりくらいイヤーカフが使える人を設定しておいた方がいいな」
適任が誰かを聞いておこう。
「もしもし?」
「あ、キザシュです」
「えっと、このイヤーカフなんだけど、ナリアスタ国に出かける人に1つ渡すとすると、聖都で使えるのがもう1つあった方がいいかな、と思うんだ」
「そうですね。でもいいんですか?」
「せっかくだから役立ててもらわないと。キザシュさんが出かけている間、聖都のまとめ役は誰になりますか?」
「まとめ役はチジーでお願いします。彼女が一番年長です」
「チジーさんって、この前のあのグレイの髪の人か。了解」
すると、リズが意外な反応を見せた。
「え? チジーって言った?」
「どうした?」
「だって、チジーって、あのクロチルドってメイドが言ってた名前だもの」
「何のことだ?」
「クロチルドはこう言ってたよ。『拠点作りの件だが、予定通り進んでいると聖都のチジーから報告があった。ただ、資金が少し足りないと言われている』」
「え、リズには聞こえていたのか」
そうか。俺に聞こえなかったから、リズも当然聞こえていなかったと思い込んでいた。
「クロチルドって、ラカナから来たメイドのことですか? あの紫の髪の」とメロディ。
「そうなんだよ。俺とリズで、誰か怪しい2人がコソコソ会話をしている現場に出くわしたことがあるんだけど、内容が良く分からなかったから個人的な会話かなあ、とか思って放っておいたんだけど」
「もうひとりは誰?」とケイ。
「前にグランスティールから来ていたアトキンスさんらしい」
「アトキンスさんとクロチルドがダガーズに関係してるの?」とケイが驚く。
「いや、その時の会話の調子では、アトキンスさんは資金を出したくないような感じだったから、ダガーズに関係しているとしたらクロチルドの方じゃないかな?」
メロディが不思議そうに言う。
「でも、クロチルドってラカナから来たメイドで、ナリアスタとは関係なさそうですけど」
「ちなみに、俺の方でも少し注意して見ていたんだけど、クロチルドっていうのは偽名。本当の名前は確か、ゾーイ・オードビー。しかも、風魔法のレベル3で、
「怪しい」とケイ。
「そう。怪しいんだけど、偽名でメイドをしてはいけないという法律はないし、何か事情があったのかもしれないし……」
「でも、クリス兄さんには伝えておくべき」
「そうだなあ」
そういえば、ラヴレース公爵家に侵入した強盗団は、メイドが手引きしたって言ってたよな。それを考えると用心した方がいいだろう。
「これから聖都に行くし、チジーに事情を聞いてみるか」
さっきのプランの通り、イヤーカフを1つ新しく作って、これまでのパーティーラインにチジーも追加する。
「さて、ミルキーさん、行きましょうか」
「了解」
聖都に転移。
「うわ、思った以上に暑いな」
「蒸し蒸しする。デ……ダニッチさん、その服、暑いでしょ」
「そうだなあ。代わりの服を考えないといけないなあ」
ダガーズのアパート。
「ナンシー……」
「いらっしゃい、どうぞ入って」
なんか普通の友だちレベルだな。
中に入ると、キザシュ、エメル、ノイシャ、ジャスティナ、そしてチジーという顔ぶれ。
「暑いねぇ」
「本当に」
「さて、『聖都テンデイズ』は知ってると思うけど、あそこの記者さんに、一緒に取材に行ってくれないか、と依頼してみた」
「ほう。あたしたちのことはバレませんかね」とキザシュ。
「内務省じゃないから、いきなり逮捕したりはしないと思うし、今回は君たちに道案内をしてもらう、というのが取引条件だから」
「なるほど」
「それに、迫害を受けていたという事実も知っているから、マイナスにはならないと信じたい。話したくないことは話さなければいいし」
「問題なのは、聖王国への再入国なんだけど」とチジー。
「うんうん。誘拐事件に関して国王から特命を受けているロックリッジ男爵という人がいるんだけど、この人がナリアスタ国の迫害と誘拐事件の関連をすでに把握済みらしい。この人に頼んだらなんとかなると思っているんだけど」
「うまく行くかな?」
「うまく行かなかったら、もう行政長官に頼み込もうと思ってる」
「え、知り合いですか?」
「まさか。でも何かの方法はあると思っている」
エメルが質問。
「あたしたちと一緒に取材に行くという記者は男性ですよね」
「うん、それについても懸念があったので相談した結果、女性冒険者を護衛ということで付けたらいいんじゃないか、という話になっている。具体的に名前が上がっているのはアイラさんという……」
「アイラさん?」とエメル。
「え? 知ってるの? もしかして有名なの?」
「アイラさんは、誘拐団と揉めた時に助けてくれたことがあります。アイラさんも誘拐団のことを良く思ってなくて、ひとりで子供を助ける活動しているらしいんです」
ああ、なるほどね。
「じゃあ、ちょうどいいね」とミルキー。
「それでだね、私としてはあまり大っぴらに交渉に出たくはないので、申し訳ないけれどキザシュさんとエメルさんでその記者さんの所に行ってくれないかな」
「大丈夫でしょうか?」
「キザシュさんにイヤーカフをつけてもらっておけば、周りの声もある程度聞こえるので、必要に応じて俺がここから指示をするということでどうです?」
「了解です」
相談が大体まとまって、2人にはテンデイズの編集部へ行ってもらうことに。
彼女らが現地に到着するまで時間がある。新しいイヤーカフをチジーに渡しつつ、クロチルドの件を聞いてみる。
「チジーさん、あのね、クロチルドって人、知ってる?」
「さあ?」
「では、ゾーイさんは?」
「あ、知ってますよ。聖都で拠点を作る時に資金援助してもらった人です」
ミルキーと顔を見合わせる。
「どういう人?」
「ナリアスタの出身だそうで、あたしたちの活動を支援したい、って申し出てくれたんです。今はダズベリーにいると聞いています」
「何をしている人?」
「そこまでは分かりませんが、ナリアスタで迫害されて国外に出た人たちは色々なコネクションで連絡を取り合っていることが多くて、それで紹介してもらったんです。直接会ったことはありません」
なんだか、話を聞く限りは善意の支援者みたいだ。
「ダニッチさんはどうしてゾーイさんのことを知ってるんです?」
「あー。それは話すと長いのだけれど……」
いや、別に全然長くないけどね。
しかし、そうなるとアトキンスさんから資金を調達する流れがよく分からん。
「トマス・アトキンスさんって知ってる?」
「さあ?」
これはもう、本人に直接聞くしかないか。
キザシュとエメルが編集部に着いたみたいだ。
「警備のおじさんを見つけて、『例の怪しい人の件で、メトカーフ記者に会いたいんです』って言えば案内してくれると思うよ」
「何ですそれ」
しばらくウロウロしていたらしい。
「本当に警備のおじさんが案内してくれました。魔法ですか?」
部屋に通されたようだ。メトカーフ記者の声が聞こえる。
「えっと、あなたたちは『正義の影団』の方?」
キザシュが答える。
「私たちについてあまり質問しないで頂けると有り難いです。とりあえず、ナリアスタ出身で、ヒメリ湖までの地理に詳しい者、ということにしておいて頂けますか」
「うむ。了解です。それで、紹介させてください。こちら、誘拐事件の担当官をされているロックリッジ男爵です」
まさかの本人。
「トレヴァー・ロックリッジと申します。失礼ですが、お名前を伺っても?」
「キザシュ・ブラックベラです」
「エメル・プレスコットです」
トレヴァー卿、落ち着いた口調で語り始めた。
「この度のナリアスタでの事態に関して、現時点では聖王国での情報の開示は控えていますが、遅かれ早かれ、国民に知らせる必要があると考えています。その際に、必要なのは正確な情報です。誤った情報で国民が踊らされるようなことがあるとそれが一番困ります」
「どこから知ったのかは置いておいて……」と少し苦笑しながら続けるトレヴァー卿。
「テンデイズさんから現地取材の話を聞いて、これは我々としても支援しなければならないと思い至ったわけです」
お、好感触ではないかな?
「ご提案では記者と冒険者にあなたたち道案内、ということでしたが、我々政府機関からさらに1名、同行させたい。人選はまだですが、こちらにも正義感にあふれた若者がおりますので、その中から体力的にも問題なさそうな者を選びます」
メトカーフ記者が質問。
「それは素晴らしいお話ですが、我々は道中のことを記事にしても構わないですよね」
「もちろんです。先ほども申しましたが、正しい情報が何よりも強い武器になります。政府からの発表だけではなく、民間メディアからの発信もあれば、国民も自分の目で真実を見極められると思います」
すごいな、この人、かなりの切れ者じゃないの? あ、でもタニアはマリリン姉様の方が凄腕だと言っていたな。ロックリッジ家、恐るべし。
キザシュの声。
「あの、あたしたちは聖王国に帰る時が心配なんですが」
「大丈夫です。私は国王陛下から特命を与えられているという立場です。それに誘拐事件や一連の迫害に伴う難民などに関しては行政長官殿、それに外務省の方とも協議しております。おふたりの通行証を出すのには何の問題もありません」
「ありがとうございます」
メトカーフ記者の声。
「あと、こちらで候補に挙げているのは……」
ドアをノックする音。
「こんにちは。アイラって言います」
うわ。アイラさんまで登場か。行かなくてよかったあ。
「あ、アイラさん」とエメルの声。
「おや、この前のお嬢ちゃんじゃん」
「面識がありましたか?」とメトカーフ記者。
「失礼。私、トレヴァー・ロックリッジと申します。失礼ですが、以前、マリリン・ロックリッジの護衛を引き受けて頂いたアイラ殿ですか?」
「はい。そうです」
「ああ、ならば安心ですね。マリリンは私の姉ですが、アイラさんはとても頼もしくて、しかも楽しい方だったと伺っておりますよ」
「あ、そうだったんですか。お褒め頂いて光栄です」
何だかそれぞれに繋がりがあったようで、その後は日程のこととか、馬車を使うかどうかとか、そんな具体的な話になった。
予想以上にスピーディーに進みそうだな。
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