最強姉妹登場
ああ、なんか午前中だけでやり切った感が半端ない。
「昼ごはんに行こうか?」
「行こう行こう」
魔法管理室から2階の書斎に出る。
「俺もちょっと着替えるから、リズも昨日買った服に着替えて来てよ」
「うんうん」
着替え終わって窓から外をぼんやり見ていたら、急に後ろから抱きつかれてしまった。
「えい」
うわ、不意打ちは卑怯、いや、嬉しいですごめんなさい。
夢の中の言葉を思い出す。やっぱり、天使は寂しいのかな?
事務所から出て、表通りに向かう。
リズは昨日買った白いブラウスに濃いグレーのスカート。終始ご機嫌である。
まずは昼ごはんだが、やはりちょっと洒落た感じのレストランの方がいいかなあ。
でも何がいいのか分からん。デレクにも優馬にも分からん。
ああ、そうだ。昨日、テイクアウトでラザニアを買った店は本来はパスタ屋だ。あそこにしよう。守備隊の詰所からちょっと遠いので、顔見知りがランチで来ている可能性が低いのもポイントが高い。
目的のパスタ屋に到着。
店に入って気がついたが、通りに面した間口よりも店自体の敷地は結構広い。天窓があちこち開けてあるのでそんなに暗くはないが、座席がいわゆるボックス席みたいになっているので落ち着いて座れていい感じだ。
「今日は何食べるの?」
「そうだなあ。ランチなら『海鮮のパスタゆず風味』か『キノコとベーコンのパスタ』だな。どうする?」
「海鮮って何?」
「海でとれる魚とかのことだけど、貝とかエビとかイカも入ってるかな?」
「じゃ、それ」
オーダーしてから今日の予定を相談。
「まず、昨日は間に合わせで下着を買ったけど、本来はちゃんと試着して丁度いいのを買わないとダメ」
「それはユウマくんの記憶ですか」
「まあそうだけど。それと、部屋着は俺のダブダブのやつじゃなくて、何着か買っておいた方がいいし、普段着は暑い時、寒い時とかに合わせていくつか必要だろうし……」
「何を買うといいのかな」
「ううむ」
優馬の記憶が頼りだが……優馬の世界とこちらでは少し服装に対する考え方もセンスも違うだろうなあ。
そもそも優馬の知識がすごく浅い。妙に深いのも変だが、それにしても興味が無さすぎるのではないか。物理的にあり得ないフィギュアの衣装の方をむしろ詳しく覚えているのは人間としてどうなのか。
実際問題として考えるなら、たとえば、お嬢さん方は外出するときに白い洒落た手袋などをするべきものなのだろうか? あるいは普段のお出かけでそれはおかしいのか? 帽子はどうなんだ? 日傘は? ネックレス的なものもあった方がいいのか?
ああ、ダメだなあ。
パスタが来たので美味しく頂く。
「デレク、今日もご飯がおいしくて幸せだよ」
「うん。それは確かにそうだなあ」
そして可愛い子が(以下略)。
食後のコーヒーを飲みながら、当面の懸案事項のあれこれを相談する。
「リズがもし、俺の知ってる誰かに出くわしたときなんだけど」
「奥さんでいいよ」
「ダメダメ。一応俺は貴族の次男なんで、親の承諾を得ないで結婚はできないの」
「じゃあ
「同じことだよ」
「じゃあどうするの?」
「リズは俺の亡くなった母の親戚ということにしようと思う。母方の姓はプリムスフェリーなので、リズ・プリムスフェリーを名乗るように」
「ふーん。いいけど」
「それで、今までプリムスフェリーの本家があるラカナ公国にいたけれど、頼っていた親戚が亡くなって最近こっちに出てきた、みたいな?」
「そんな設定で大丈夫かな」
「俺の父親に直接追及されない限りは大丈夫じゃないかな」
母親のティーナと結婚していた当事者の親父殿が、プリムスフェリー家の事情に最も詳しいに違いない。
「で、日常生活のあれこれは、これまでお屋敷のメイドに頼んでやってもらっていたけど、急に俺の所に来て、何をどうしていいか分からなくて困っている、と」
まだ細かい部分で突っ込まれたらボロは出そうだが、まあしょうがない。
「ところで、リズは化粧品的なものはいらないのかね?」
天使とはいうものの、ほぼ人間なので、基礎化粧品だの保湿だの紫外線防止だの、あるいはリップだのチークだのアイラインだのは必要なのではないだろうか。知らんけど。
「うーん、よく分からないなあ」
リズに分からないなら、俺にはさらに広く深く、分からないよ……。
「そのほかの日用品は? たとえば、その……」
天使さんは顔の産毛をカミソリで剃ったりしないのかな? それとか、ムダ毛処理とかしないのだろうか。あまりストレートに色々聞くのもなあ。
日用品の話をもっと聞こうと思ったその時である。
「あれ? デレク」
レストランの奥の席から出てきたのは、国境守備隊の同僚、女性隊員のケイだ。姉のローザさんも一緒。食事を済ませて今から外に出るというところだろう。
2人はテッサード家の警備を担当しているコンプトン家の娘さんである。俺は守備隊に入る前からコンプトン家の道場に通わされていたので、小さい頃からの顔馴染みだ。
ケイは俺より1つ下で体格は俺より二回りくらい小さい。少し切れ長の目と黒髪が美しい和風美人だが、隊の中でも屈指のスピードと格闘センスを誇り、接近戦、特にナイフを使わせたら隊の中では誰も敵わないんじゃないかな(ドッツ隊長は除く。あの人はナイフで刺されてもきっと平気だ)。
ローザさんは確かケイより3つくらい年上。ケイと同じ黒髪美人だが、身長は女性としてはかなりあり、しかもかなりのグラマーで、積極的にグイグイくるタイプだ。
そもそも、昨日からの新居は、ローザさんに貸してもらっているのだ。
「あっれー、デレクくん。新居の住みごごちはどう? っていうか、そちらの美人さんはどなたかしら?」
これはまずい。
忘れていた宿題を友人に写させてもらっている最中に、その教科の先生が後ろから見ていたの気づいたくらいまずい。どんな記憶だよ、優馬。
とりあえず1200%のパワーをフル回転して平静を装う俺。
「あ、ケイ。そっか。勤務日が一緒だから、非番の日も一緒か」
「当たり前」
ケイがぶっきらぼうに答える。ケイは普段から感情があまり顔に出ないタイプだ。俺は付き合いが長いからまったく気にしないが、初対面の人はちょっととっつきにくいだろうなと思う。
「紹介しておきます。俺の母方のいとこに当たるリズ。えーと、……リズ・プリムスフェリーです」
「はじめまして。リズと言います」
おお、さすがの人工生命。やる時はやるのか。打ち合わせ通り頑張れ。
「リズ、こちらは同じ守備隊員のケイ。そしてこちらはケイのお姉さんのローザさん」
「はじめまして、ケイです。守備隊でお世話になってます」
ケイは普段の隊員のユニフォームではなく、白いブラウスにスカイブルーのスカート。初夏っぽい装いですね。
ローザさんの方は、今日はクリーム色のトップスにネイビーのロングスカート。二人とも美人さんではあるが、今日は少しおめかしという感じ。
ケイは相変わらず淡々としているなあ。一方、お姉さんのローザさんは、ケイが淡々としている分を補うかのようにグイグイ来る。
「ローザです。リズさん、お綺麗な方ですね。でも」
はい。でもなんでしょう。
「もっとお化粧とかお
「ちょっと姉さん、いきなり失礼」
痛いところを突いてきたなー。
ローザさん、そりゃそうなんですけど初対面の相手に遠慮のない発言をぶつけて来るのはさすがとしか言いようがないですね。ああ、もう。
「今まではお屋敷のメイドにしてもらっていたんですが、急にこちらに来ましたので勝手が分からず困っています」
おお、リズも頑張る。いいぞ。
「デレクって、いとこなんかいたっけ? 初耳だけど」
ケイは何か信用していない的な空気? というかケイの反応はいつも薄いので分かりづらいけどな。
「ケイは覚えていないかもしれないけど、亡くなったティーナさんに良く似ていらっしゃるわよ」とローザさん。
あ、俺もそんな気がしてたけど、他人から見てもそうなのかな?
「実はずっとラカナの方にいたので、俺ともしばらく疎遠にしていたのですけれど、つい最近こっちに出てきたんですよ。急なことだったので、色々不便なことも多くて」
「じゃあ、あの事務所に一緒に住むの?」
「ええ、幸い部屋は空いていますから」
「ふーん。デレクは最初からリズさんと住むつもりだったのか。なるほど」
「あ、いえいえ、リズがこっちに来たのは、本当に昨日、一昨日くらいのことで」
「ラカナで頼っていた親戚が亡くなってしまって……」
リズも精一杯頑張る。
「テッサードの家としては、今はもう直接は関係ないわけですが、しかしながら俺にとっては身内ですから」
「ああ、プリムスフェリー家は最近後継問題で少々もめてるとか言ってたわね……。そっか。お屋敷には頼りにくい事情があるんですね。ごめんなさい」
あれ、なんか急に風向きが変わったかな? そうか、後継でもめてるのかー。
でも、ケイは釈然としない風だ。
一瞬の間の後、ローザさんがパッと何か閃いた風で。
「そうだわ、私たちこれから、表通りに新しくできたブティックに行くんです。よろしかったらご一緒にいかが? 最近聖都で流行のデザインの服が取り揃えられているらしいですよ」
いえ、また今度、と俺が答えようとするより256倍速く、リズが反応した。
「いいですね、ぜひぜひ」
あー、こりゃどーすんだ。
世界の隠された重大な謎と秘密をどうこうする前に、女性陣に混じって婦人服を見に行くというラブコメ展開になっているんですけど。もちろんラブコメという概念は優馬の記憶から来ているんだけどさ。
そして能天気なリズ。
「ねえ、デレク。この際だからさあ、色々な服を買ってもいいかな。いいよねえ?」
「ちょっと懐具合が……」
「こういう時のためのテッサード家のコネ」
「あ、ケイ。それだわ」
ケイ&ローザ姉妹、そんな悪知恵を巡らせないで欲しい。
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