非詠唱者(ウィーヴレス)
UserSetting(ユーザセッティング)の表示内容に戻ろう。
「魔法系統と特権系統って表示があって、『System』とあるのは何?」
「系統魔法のひとつで、システム魔法だね」
「システム魔法って、優馬の記憶にはないんだけど、誰が作ったんだろう?」
「さあ」
まあいいや。ザ・システムをインストールした桁外れな能力の持ち主だろう。
「そのシステム魔法とは?」
「たとえば、デレクは転移魔法が使えるようになったよね。転移魔法はシステム魔法のひとつだね」
「ちょっといいかな。魔法系統に [光, 火] とあるけど、この意味は何だろう」
「光系統と火系統が使えるということですね」
「まじか。……確かに光系統なんて使ってみようと思ったことすらないけど」
俺が驚くのには理由がある。この世界では魔法が使える人間自体が限られているだけではなく、魔法が使えたとしても、使える系統は1種類に限定されているというのが常識だからである。
「じゃあこの、特権系統という項目は何?」
「これは、この系統の魔法は無詠唱で使えるということだね」
「え? もしかして
「そうだよ」
「嘘だろ……」
魔法の起動には通常は詠唱が必要だが、世の中には稀に、無詠唱で魔法が使える人間が存在する。
そのような人間は「
魔法の訓練を積んでいるうちに、そのような能力に開眼する術者が現れることがある。それは訓練を長く積んだからとか、特別な鍛錬をしたからということではなく、ある時急に、天からの授かり物のように獲得できると言われている。
「でも、デレクは転移魔法が無詠唱で使えるよね」
「あ。そうだった」
「光魔法も無詠唱で使えるはず」
「それが本当なら、レベル1のホーリー・ライトが無詠唱で使えるはずだよね?」
「あ、そうだね。試してみてよ」
「よし」
前方に右手をかざして、魔法を発動する感じで一言。
「ホーリー・ライト!」
たちまち、右手を中心とするあたりから、まばゆい光が放たれた。
「デレク、超眩しいんだけど……」
「あ。ごめん。キャンセル!」
俺自身は不思議と眩しさを感じなかった。そりゃそうか。自分も目が眩んでいたら何のための魔法だか分からんもんな。
「うわー、本当に使えたよ。でも、やっぱりすごく疲れるね」
「
やってみよう。ついでなので光も弱めで。
(さっきの 1/10のホーリー・ライト!)
すると、強めの懐中電灯くらいの光が放たれた。
「おお、強さも調整可能か。ちょっと感動だ」
でも、少々疲れた。
「しかし、知らないうちに光魔法の
世間に知られていない魔法を使うのは要注意だな。
「ところで、そもそもの質問なんだけど」
「はいはい」
「前に、魔法は術者からのリクエストを解析して起動する、と言ってたよね?」
「うんうん」
「魔法の起動方法に、詠唱と無詠唱があるわけだけど、起動までの流れはシステム的にはどうなってるのかな?」
「通常の詠唱で魔法システムに情報を送信する場合、空間中には詠唱を検知するザ・システムのレセプターが遍在、つまり至る所に存在しており、このレセプターが自律的に検知と解析を行うようになってるんだよ」
「レセプターって、何かのマシンですか?」
「さあ」
「レセプターというのは、普通は生体内の仕組みのことじゃないかな?」
「他の分野は分からないや」
「あう」
ある程度の深いレベルに関しては魔法システムに説明の記述がないから、それ以上は推論もできないってことか。ある意味、システムのスペックだけ知っている商品見本市の説明員と同じ感じだな。
まあしょうがないな……。ちょっと上を向いて考える俺。
「無詠唱の場合は?」
「どんな人も、体内、具体的には脳内で……」と頭を指差す仕草をするリズ。
「レセプターとの間で情報を共有可能な量子もつれ状態を保持できるんだよ」
「ちょっと待って、今なんて言いましたか、先生」
「あたしは先生じゃありませんよ」
「『情報を共有可能な量子もつれ状態』ってなんですか」
「さあ」
「あう」
気を取り直して。
「で、無詠唱の場合はどうやって情報を送信するって?」
「無詠唱で魔法を起動できる人は、脳内の情報をレセプターと共有して、リクエストを発出できるんだね」
「むむむ?」
……足りない情報は後から自分で考えてみよう。
「間違ってたら指摘して欲しいんだけど、普通は人間が声として発した詠唱を、そこかしこに存在するレセプターが解析して、魔法の詠唱だとわかったら取り出した情報を魔法サーバに伝える」
「そうそう」
「だけど、無詠唱魔法を使える人は、レセプターにいきなり情報を伝達するように依頼できる、という感じ?」
「まあ、大体そんな理解でいいかな」
今までの魔法の知識がことごとく否定されて行くのはカルチャーショックだ。
どこの誰だか知らないが、優馬の作ったゲームを再現するために、現実世界にどえらい規模で魔法システムを仕込んだということになる。
いや、どえらい規模どころではない。世界を改変する勢いである。ますます目的が分からないし、人間わざとは思えない。
「あれ? でもおかしいよね」
「何が?」
「ある人が無詠唱で魔法が使えるかどうかの情報は、レセプターじゃなくて、魔法システムが保持してる、ということでいいよね」
「うんうん」
「とすると、無詠唱で魔法を起動できるかどうかは、レセプターに直接情報を伝達できるかどうかではなくて、魔法システムが
「さすがデレク。先生が後でご褒美をあげます」
「……先生じゃないんでしょ?」
「レセプターとサーバの情報のやり取りの詳細は情報がないので分からないけど、レセプターは魔法システムが
「はあ……」
「結果として、魔法システムが
「ちょっといいかな、リズ。つまり、この世界は優馬の作ったゲームの世界を再現しようとしているから、実装はともかく、動作が同じならいいのかな」
「その通り」
ああ、大体分かった。辻褄があっていればいいのか。
「まだ質問があるんだけど、いいかな?」
「なになに」
「表示されている魔法のレベルがよく分からないんだ。俺はレベル2のはずだけど 16 になってるし、リズは 256 だって? 何これ」
「魔法のレベルは正確には技のレベルと術者のレベルの2つあってね、使える魔法のレベルは5段階だけど、術者のレベルはもう少し細かいはず」
リズの説明によると、術者のレベルは内部表現としてはかなり細かく設定されており、利用回数や鍛錬で少しずつレベルが上がっているはずだという。ただしこの内部表現は外からは分からないので「使える技のレベル」で術者の能力を認識しているのだという。
「なるほどね。すると、俺の術者のレベル値は16って表示されてるけど……」
「技のレベルに換算するとレベル2の真ん中あたりだね」
「まだまだだなあ。……っていうか、リズのレベルはおかしくない?」
「これは、特権的な値で、いくら魔法を使っても一切疲れたりしないよ」
「ずるいな」
「デレクもこの値に設定すればいいじゃん。このアプリで設定できるよ」
「え。そうなの? ……なんかそれズルくない?」
「魔法システムの管理者のレベルが低いのもおかしいでしょ?」
「まあ、そうとも、いう、かな?」
値を変更するには、編集可能モードにする必要がある。システム管理者のパスワード入力か、指紋認証を、と求められたので、ここは指紋認証で。
「ここを 256にするだけでいいのか」
「そうそう」
表示部分をダブルクリックすると、新しい値を入力できるようになる。キーボードからぽちぽちと入力。
「あれ。ちょっと待てよ。魔法系統と、特権系統にいろいろ書き足しておいたら、全部の系統が無詠唱でレベル上限なく使えることになるんじゃ……」
「いいね! やろうやろう」
値の書き方は、いわゆる辞書型データの記述方法だと思われる。
キーとなる文字列とそれに対応する値をペアにして記述するのだが、値としては整数、実数、文字列、さらにそれらの値の連続したもの(配列データ)、または別の辞書型データが記述できる。
どうやら、値が1つのときはその値だけを書き、2つ以上になったら [ ] で括って複数個を記述するようにしたらいいらしい。
というわけで、俺とリズの魔法系統と特権系統はこんな掟破り状態になりましたとさ。
魔法系統: [光, 闇, 火, 水, 土, 風]
特権系統: [光, 闇, 火, 水, 土, 風, System]
魔法レベル: 256
「いいのか、これ」
「まずかったら戻せばいいんじゃない」
「それもそうか。……情報を書き込んで保存、と」
「これで魔法が本当に使えるようになったのか、試してみようか。水や土は後片付けが大変だから、とりあえず風魔法で」
「わくわくするね!」
手を少し前に出し、声には出さずに念じてみる。
(エアロ・ツイスター)
たちまち、手首に巻き付くように魔法陣が現れ、同時に周囲に風が渦を巻く。
「げ。本当に使えるよ」
「あたしもやってみるよ」
リズは嬉しそうに手を上にかざして、魔法名を唱える。
「ファイア・ボール」
ああ、火の玉が確かに出たよ。すげー。魔法システム、半端ないな。
「あ、しまった」
「え、何?」
「これって、俺たち、激ヤバな光魔法、闇魔法のレベル5が無詠唱で使えるってことじゃね?」
「ありゃ」
「ちょっとやりすぎ……かな?」
「……威力最大で使おうとしなければ……何か役に立つこともある、かな?」
「まあいいか」
ということで、なし崩し的に、人知れず、世界最強コンビが誕生したりする。
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