光と闇
魔法管理システムのパソコンにログイン、設定中である。
なになに、言語の選択をしろって? 「日本語」だな。
この世界の言語は基本的に英語に近い。優馬の世界でいう7ビット文字、つまりアスキー(ASCII)文字コードの範囲でほぼ表記可能だ。これは、この世界がもとはゲームだというリズの説明によれば納得である。そして多分、表記が簡単でフォントデータなども少なくて済む英語版を使ったのがこの世界の元になっているのではないだろうか。
次はパスワードの再設定か。まあ、思いつかないからしばらくあれでいいや。
次に生体認証を設定? アニメーションが出てきて、キーボードの脇に指紋認証のデバイスが付いているからこうやって使え、と教えてくれる。よしよし、完了。
え?
『音楽聴き放題が3ヶ月無料。申し込みますか』
何これ。
……「申し込む」、と。
マウスカーソルがしばらくクルクル回っていたが。
『ネットに接続できません。しばらく経ってから再度設定して下さい』
まあそうだよね。
ここから優馬の世界のインターネットに接続できたら超便利だけどさ。さすがにそれはないわな。やっぱり。
しかし、このシステムで日本語が使えたり、ネット環境がどうこういう設定が残っていると言うことは、このシステムは優馬のいた世界からごっそり持ってきたということで良さそうだ。
アプリケーションのアイコンと思われるものが画面の下の部分に並んでいる。
ふむ。こういう時はまずターミナルでしょう。ターミナルのアイコンっぽいのはこれか。タッチパッドからクリック。
正解である。シェルのプロンプトが表示される。しばらくいじって、優馬の世界で最も広く利用されているフリーのOS(オペレーティング・システム)がベースになっていることを確信する。
コンピュータの基本はまずCUI(コマンドラインインタフェース)だよな。すべての操作がグラフィカルに行える訳ではないからね。
色々と興味は尽きないが、リズが暇そうだ。
「ごめん、リズ。退屈だよね」
「あ、いいんだよ。デレクのこういう作業を手助けするのがあたしの仕事なんだから」
「このシステムについて、リズはどこまで知ってるんだい?」
「えっとね、まずこのシステムの基本的なことは前提知識として知ってる」
「うん。それで、細かい設定とか使い方は?」
「このシステムには生成AIの技術が組み込まれていて、それはあたしの概念イメージモデルを仮想的な意味でバックアップしているんだよ。だから、システム内部できちんとドキュメント化されていることだったら、今は知らなくても質問されたらある程度は正しく答えられると思うよ」
「え? 何て言った?」
「だからね、デレクに質問されたら、あたしの持っているシステム魔法『自動推論』が解答を自動生成して、まるで最初から知っていたみたいに答えてくれるわけ」
「ネットで深層学習の仕組みを持つAIと会話するような感じってこと?」
「デレクが何を言っているか分からないけれど、とりあえず魔法システムが概念イメージモデルの自律的再計算を行なって、常に最善の解答を提供できるようにしてくれるよ」
分かるような分からないような話になってきたぞ。
「……結局、なんでもかんでもリズに聞いたらいいってことかな?」
「いえいえ、それはAIの使い方も同じだけど、表面的な解答が得られただけではダメで、デレクが自分の脳に自身の概念イメージモデルを構築できないと、自発的な行動とかクリエイティブな発想が出てこないから何の意味もないよね?」
「だから、結局?」
「デレクが自分で知識を
「壮大かつ難解な話になるかと思ったが、結局、普通の話に戻ったな」
「学問に王道なし」
「一言で終わったな。……そして、そんな格言も知ってるんだ」
つまり、俺が理解して使いこなせないと意味がないぞ、と。
ファイルを調べてみた。ディレクトリ数もファイル数も、とにかく膨大だ。この規模のファイルシステムを1台のコンピュータで扱えるものだろうか。何か尋常ではないカスタマイズが施されていると考えた方が良さそうだ。
アプリケーションが格納されているディレクトリを見つけて表示してみる。なんと、オフィス・スイートがあるな。でもどこでプレゼンしろって言うんだ。ワープロがあってもプリンタがないじゃん。表計算は何かの役に立ちそうかな。
ゲームもあるよ。おやおや。ソリティアとか懐かしいじゃないか。
メールやウェブブラウザもあるが、ネットに繋がらないので役立たずである。
画面の下にアイコンが並べられているアプリケーション群をざっと見ていくことにしよう。この位置に並べられているということは、魔法システムの管理にとって重要度が高いということだろう。
アプリ名 UserSetting(ユーザセッティング)。ユーザ管理アプリなのだろうか。
どうやら、ユーザのIDを指定してそのユーザの持つ属性などを表示できるらしい。ユーザというのは魔法を使う術者のことだと思うのだが、IDはどうやって指定するのだろうか。いきなり使い方が分からない。
アプリ名 Allocator(アロケータ)。リソース管理らしい。
普通のコンピュータの場合のリソースとは、プログラムが使うメモリやファイルなどなのだが、この魔法システムの場合は何なのだろうか。ちょっと後回し。
アプリ名 ConfigServers(コンフィグ・サーバーズ)。魔法サーバの管理ツール。
これは……説明文書があるが難解だな。しかし、どうやらここらへんが核心部分のように思われるので、後でじっくり読もう。
それから、3Dのエフェクト用ツールとか、機械学習の関係らしいツールとか。
まあ、とっつきにくいからと敬遠していても仕方がない。そうだな、魔法システムのログってどんなものかを見てみようか。
アプリ名 MagicLogger(マジックロガー)のアイコンをクリックして起動。
起動すると、魔法サーバを選択しろと言われる。「周囲にあるサーバ群」という一覧には8個のサーバが表示されているが、とりあえず、一覧の一番上のものを選択する。
すると、そのサーバ名をタイトルにしたウィンドウが表示された。何行かの表示があるが、なんだろうなこれは。
ログなのだから、サーバが処理した魔法のリクエストの履歴なのではないか。とすると、この周囲で魔法を使うのは俺とリズしかいない。使用した魔法の種類も転移魔法くらいだ。と当たりをつけて見ていくと、なるほど、なんとなくわかってきた気がする。
このログには、時刻と、術者を示すID番号に相当する情報、使った魔法を示す情報、さらにパラメータなどの情報が表示されているようだ。パラメータの詳細は分からないが、使った魔法に依存して変わるのだろう。
ちょっと待てよ。このログ情報にあるIDが「固有ID」だというやつだとすると、このIDを使うとさっきの UserSetting(ユーザセッティング)でユーザの指定ができるのではないだろうか。
早速やってみた。ログに表示されていた英数文字列を入力。あ、何か出た。
名前: デレク テッサード
年齢: 17
性別: 男
近傍サーバ: "System Area 0091"
状態: 正常
魔法系統: [光, 火]
特権系統: [光, System]
魔法レベル: 16
……(その他にも何か出たが分からないので省略である)
ほほう。リズも試してみてやろう。
名前: リズ エンキドゥ
性別: 女(天使)
近傍サーバ: "System Area 0091"
状態: 正常
特権系統: System
魔法レベル: 256
……
リズに年齢の欄がない。……ま、いいか。天使だしな。
それから……。魔法系統というのが、使える魔法の種類かな? あれ?
「ちょっといいかな」
「何、デレク」
「この UserSetting(ユーザセッティング)でユーザの情報が表示できるというので、やってみたらこういうのが表示されたんだよ」
「あ、これ、あたしか」
「この『魔法系統』ってので、俺のところに [光, 火] って書いてあるんだけど」
「うんうん」
「光って何?」
「あれあれ? ユウマくんは知っているはずだよ。系統魔法は世の中に知られた4種類だけじゃありませんよね?」
「……あ」
「ね?」
「光魔法と闇魔法か」
「その通り」
「光と闇は、ユウマくんが作ったやつじゃなかったかなあ」
そうだ。ゲーム『オクタンドル』の世界には、風、火、水、土の4つの他に、光系統と闇系統の魔法があるのだった。確かにそういう設定にしていたよ。
「俺、今のいままで忘れてた……。何でこの世界にはないのかな?」
「あるよ」
「あるのか! でも使われてないよね」
「だって。あれ、ヤバいもん。あるけど使わないように、知識を封印しているんだよ」
何がやばかったかな。えーと。
「……ヘヴンリー・キャノン、かな」
これは光系統魔法として設定したが、想定しているのはレールガン相当の攻撃能力だ。
「あとは、ヘル・ケイヴィング、か」
こちらは闇魔法。想定しているのはミニ・ブラックホールだ。確かにヤバい。
「でも実装はされているよ」
「めちゃやば」
「ただ、ヘル・ケイヴィングは、指定範囲の空間を削り取って異空間に捨て去るという穏当なものになってるね」
ちっとも穏当には聞こえないが、ミニ・ブラックホールは世界ごと滅ぼしそうな予感がするので、それよりはずっとマシか。
恐る恐る聞いてみる。
「ヘヴンリー・キャノンは?」
「物理的にはレールガンで実装してあるらしいね。あたしはレールガンとかって知らないけど、ともかく、巨大な城壁を跡形もなく吹き飛ばす威力のはず」
ヤバい魔法決定。優馬の記憶では、魔法をいろいろ考えながら、メモに「戦艦の主砲レベル」とか書いてたなあ。他の系統魔法の威力と比べて段違いにヤバいやつじゃん。
例えば、土魔法のレベル5はブラッディ・ハンマー。マイクロバスほどもある巨大な岩のハンマーで相手を叩き潰す。考えた時はゲームの中の技だから適当に設定したけど、現実世界で使う場面には遭遇したくない酷いスプラッタ技だ。それでも、戦艦の主砲レベルのエネルギー量と比較したら可愛いものである。
「あの、忘れてるんじゃないかな。ヘヴンリー・キャノンはレベル4だよ」
「え? レベル5がまだあるんだっけ」
「光魔法のレベル5はエンジェル・ハンマー」
「はて?」
思い出せない。
「高性能爆薬から反物質による対消滅まで、対象の大きさや範囲に応じた攻撃を行う、となってるね」
「げ」
「反物質による対消滅も実装されてるよ」
「まじか」
超ヤバいじゃん。レールガンよりヤバい。まさにレベルが違う。最終戦争の兵器だ。
ただ、封印してあるとか言いつつ、対象に応じて高性能爆薬を使うとか、妙に実用的な実装になっているのはなぜなんだぜ。
「ま、詠唱は忘れちゃったから、使えないけどな」
自分をちょっと安心させる。
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