魔力の幻想

 ラザニアを食べながら、質問に答えてくれるリズ。


「……(もぐもぐ)体力っていうものは、実際にあるよね。疲れたら力が出せなくなったり、お腹が減ったりするよね。じゃあ、魔力って、どこにあるの?」

「ん? でも魔法を使うと疲れるよ?」


「人間には体力はあるけど、魔力というものはないんだよ。魔法を使うと疲れるのは、魔法システムがその人の体力を奪っているから」

「な、何を言っているのかよく分からないんですけど、先生」

「あたし先生じゃないよ(もぐもぐ)」


 体力が奪われるだけ?


「たとえば、デレクは転移魔法が使えるようになったじゃない」

「うん。あの魔法は使っても疲れないからとてもいいよ」

「他の系統魔法も、誰でも際限なく使えるようだと困るじゃない」

「困る? 誰が」

「ユウマの作ったゲームとしては、困るでしょ」

「そりゃそうだけど、この世界はゲームじゃないよね?」


「……(もぐもぐ)この世界はユウマの作ったゲームの世界を再現しようとしているから、ゲームの中で魔法を使う上での制約があるなら、それはこちらの世界でも同じになるように実装されているということなんだよ」

「え。何のために?」

「さあ」


 また、『理由は分からないけれど、そう作られている』という話になってきたな。


「ちょっと待って、考える」


 さっき、魔法を起動すると術者からのリクエストをサーバに送信して、それで魔法が起動できると言っていたな。

「つまり、魔法システムが魔法を起動すると、それと同時に、どういう仕組みかは分からないけれど、術者の体力を奪うようになっている、のか」

「そうそう。さすがデレク、理解が早いね」


「そうなると、魔法を使う術者のレベルって何だろう?」


「術者のレベルが高くなると、同じ種類の魔法を使っても、奪われる体力が少なくて済む仕組みになっているはずなのね。だから、レベル1のノービス(初心者)はファイア・ボールを出すのに必死だけど、レベル5の大魔導士がファイア・ボールで奪われる体力はほんのちょっとということだよ」


「ああ、なるほどね。……練習を重ねるとレベルは上がるのかな」

「あたしはそのへんの仕組みは知らないけど、努力したらレベルが上がるように作られていると思うよ」


 なるほど。


「レベルの低い術者が高レベルな魔法の詠唱をしても起動できないわけだけど、これも、魔法システムにリクエストするどこかの段階でレベルをチェックされているのかな」

「そうだと思うよ」


「同じファイア・バレットでも、威力のある火球を出せる人と、しょぼい人がいるんだけど、これもレベルの違いかな?」

「魔法システムは、その魔法を起動した術者とリアルタイムで通信しているはずで、その術者のイメージも反映されていると思うよ」

「レベルに加えて、俺が出したい魔法はこれだ!っていうはっきりしたイメージがシステムに伝わらないとダメというようなこと?」

「そうそう」


 少しずつ魔法システムの様子が分かってきた気がする。


「そうなると魔法システムは、それぞれの術者がどのレベルにあるかという情報をすべて把握していることになるよね?」

「そうなるね。ああ、ラザニア美味しかった」

「術者が使える系統魔法は、たとえば俺なら火系統だけ、と決まっているんだけど、それも魔法システムが管理しているからなのかな?」

「そうそう」


 リズは残ったコーヒー(砂糖がたっぷり入った甘々なやつ)を飲み干して、ふう、と大層満足げである。


 他にも聞きたいことは山ほどあるが、まずは例のコンピュータ端末だ。


 食堂から魔法システム管理室へ移動。


「これ、どうやって使うのかな?」


 キーを押すと、どうやらスタンバイモードから復帰したみたいで、ユーザIDとパスワードを入力するパネルが表示された。


「思った以上に普通……」

「ユーザIDには "admin9" って入力して」

「うん」

「パスワード欄は空白でいいのでそのまま Return」


 え? セキュリティ大丈夫か?

 すると、ログインするのではなく、何やら質問事項が表示された。


『あなたは三日城優馬の記憶の所持者ですか。Yes/No』

  —Yes.

『優馬の高校の担任は男性教師だった。Yes/No』

  —Yes.

『優馬はダンス部に所属していた。Yes/No』

  —No.


……こんな感じで、延々と質疑応答が続く。


 何問答えただろうか。さすがに嫌になってきた頃、やっと次のような表示が。


『新規アカウントの設定には2段階認証が必要です』

『システムからの連絡をお待ちください』


 あれ? これで終わりですか?

 しばらく見ていたら、スタンバイモードに戻ってしまったんですけど。


「あのー、リズさん……」

「えへ。わかりません、ごめんなさい」


 何だこりゃあ。


 うむ。せっかく謎のコンピュータシステムを使えるかと思ったが。

 『システムからの連絡』って何? メールでも来るのか? どうやって?


 しばらく考えてみたが分からない。さて、どうするかな。

 リズはまだ色々話がしたいみたいだ。でも、魔法システムのことくらいしか話のネタがないなあ。


「あ、風呂」

「え?」

「風呂が使えるかどうか試してみよう」

「いいねいいね」


 二人で廊下に出て、浴室のドアを引いて中に入ると明かりがほわっと点灯する。

「さて、給湯はどうすればいいんだ?」


 浴室に入ってみる。ちゃんと洗面器もいくつか置いてある。

 どこかで見た、黄色に赤い字が書かれた洗面器である。そこまで凝るかね。まあ、書かれている文字は意味不明だけどな。


 入ったすぐ右手にコントローラらしいものを発見。何か文字で書いてあるが、例によって、この世界の文字でも、優馬の世界の文字でもないように見える。

 だが、風呂に湯を張るのだから、温度調節とかはどれも似たようなものになるのではないだろうか。


 適当にボタンを押す。

 ……どこかで低いゴーッという音がしているのが聞こえる。いきなり爆発したりはしないよね?

 しばらく待ってみると、湯船の隅にあったドラゴンのような彫像の口から湯がジョボジョボと出てきたじゃないか。


「やったね!」


 コントローラには、スマートフォンの設定画面で見るようなスライダが表示されている。指でドラッグすると、ちょっと赤味の強い色から少し薄い色の間で色が変化する。これが温度設定ではなかろうか。ちょうど真ん中くらいにしておいてみるか。


 少し時間をおいて、ドラゴンからのお湯の温度を確認するといい湯加減になっている。どうやら、日本の普通の家庭にあるような風呂の給湯設備と変わらないらしい。

 しばらく待っていると、ちょうどいい感じの深さまで張れたところで湯が止まった。

 なんてナイスなんだ。


「こりゃあ、タオルと石鹸と、着替えもいるなあ」と、いそいそと戻って準備する。


「あ、リズはあとでね」

「えー、なんでー」

「男の子がお風呂に入っている時に、女の子は入って来ちゃダメ」

「いいじゃん、裸の付き合いっていうやつだよ」

 なんでそんな言葉ばかり知っているのか。


「俺が恥ずかしくていたたまれないからだよ」

「あたしはデレクと一緒の方がいいなあ」

「男の子には色々あるんだよ」


 その後もぶつぶつ言っていたが、管理室に戻ったようだ。


 さて、服を脱いで、身体に掛け湯をした後、いざ湯船へ。


「うわあ、極楽だあ」


 デレクはこういう風呂は知らなかったけれど、脳内の満場一致で極楽に認定である。


 しばらく、ぐてーっと湯船につかってから洗い場へ。

 ちゃんと湯と水の出るカランがある。銭湯みたいだね。

 石鹸で身体を洗う。シャンプーがないので頭髪も石鹸で洗ってしまえ。リンスは今後どうしようかなあ。


 頭をゴシゴシ洗っている時に、ドアを開ける音がして、誰か入ってきた。誰かって、そりゃ、リズに決まってるよな。


「デレクぅ。やっぱり一緒に入りたい」


 頭を洗っている俺はすぐには返事ができない。

「え、待っててって言ったじゃん」


 シャワーに手を伸ばして頭の石鹸を落とす。顔も拭く。で、前を隠しつつ。


「あのさあ、男の子と女の子が一緒にお風呂に入るのはダメ」


 リズの方を向くと、ちょっとちょっと。脱衣スペースで服を脱いでるんですけど。


「あたしも入る」

「いやいやちょっと、ねえ、あの」


 リズは浴室に入ってくると、掛け湯もせずにズカズカと湯船に入る。

 風呂というものは知っているらしい。

 当然だが、ハダカである。


「うは、なにこれ。気持ちいいいいいい」


 あ、それは何よりです。風呂は知ってても、入るのは初めてだろうな。


「デレクはなんで独り占めにするかなあ」

「いや、そうじゃなくてね、風呂は男の子と女の子は別々に入らないと恥ずかしいよ」

「あたしは恥ずかしくないよ」

 えー。またこのパターンですか。


「でもほら、あの」

「あの、なに?」


 リズがこっちを向くから、うっかりリズの素晴らしいお胸、どころではなく、お湯の中だけど、あそこらあたりも視界に入るじゃないですか。うわ。


 慌ててシャワーで全身の石鹸を落とし、タオルで身体を拭いて浴室から逃げ出す俺。


「あれー、デレクも一緒に入ろうよお」

 ええとね。色々まずいのよ。だって男の子だもん。


「ちゃんと身体洗って、よく温まって出て来いよ」

 コドモに声をかける親みたいになっているのが、なんだか残念。


 ちょっと情けない感じになったけど、風呂に入るとさっぱりしていい気分だよね。


 それにしても、風呂の色々な設備がちゃんと生きていたのには驚いた。リズの服が劣化してボロボロになった話に比べると全然違う。

 水道のパッキンとかどうなってるんだろう。普通はゴムだろうから300年どころじゃなく、10年くらいで劣化しそうだが。

 そして洗濯機である。あれもモーターとかがちゃんと動くといいのだが。


 魔法管理室に戻ってソファに座ってグデっとしていたら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。


 ふと気がつくと、隣にリズが座っている。目を閉じて、寝ているようだ。

「寝てる、のかな?」

 寝ているのをいいことに、リズの寝顔を至近距離で観察する。……可愛いなあ。


 起こすのも可哀想なので、そのままにして、俺は事務所の2階に戻って寝ることにする。しかし、魔法管理室の照明ってどうなってるんだ? スイッチもないので、まあそのままにしておくしかないな。


 戻る前に再び、リズの寝顔をじっと見守る。

 ……第三者視点で見たら、ちょっと変態かもな。自重しよう。


 転移魔法で事務室の2階に戻ると、真っ暗。

 しかし、新調したばかりの寝具はふかふかだ。ああ、天国。

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