リズとデレクのお部屋

 オーダーしたプリンがやってきて、目を輝かせるリズ。スプーンで突いて、ぷよぷよする様子を楽しんでいる。


「リズはこれからどこで暮らすの? 管理室?」

「あの事務所の2階でデレクと暮らしてもいいよ。夜はもちろん一緒ね。えへ」

「部屋は別な」

「ちぇっ」

「それで、毎日何して暮らすんだ? 食べ物は? 食事は必要なんだろ?」

休眠スリープ状態になったら何もいらないから大丈夫」

「……それは便利だな」

 やはり人工生命というだけあって、人間とは違う部分があるようだ。


 しかし、当然の不安もある。


「リズはでも、今日初めて俺に会ったわけじゃない? 一目見て、それかしばらくこうやって話してみて、ダメだこいつ、って思ってたりしない?」

「えー、何言ってんの。デレクはすごくカッコいいじゃん」

「そんなこと言われたことないなあ……」

「デレクは自己評価が低いんじゃないかな?」

 そうなんだろうか。


 領主の息子だから何につけても褒められるのが当たり前で、でも兄貴がいるから必要以上に頑張って何かを成し遂げることには意味を見出せなくて。

 結果、他人の目を気にしないで、自分の好きなこと、有意義と思うことしかしてこなかったな……。それがいいのか、悪いのか。


 プリンを美味しそうに食べるリズに語りかける。


「男の子としてはね」

「うんうん」

「初めて出会った女の子にいきなり、好きですとか、カッコいい的なことを言われても、なんかさ、ええ、俺なんかでいいのかなあ、と思うものじゃないかなあ」

「うーん、他の女の子はどうだか知らないけどさ」

「うん」

「あたしは、デレクと向き合うために生まれて来たんだよ」

「う」


 何、この重い発言。どう反応したらいいんだろう。


 しばらくお待ちください。


「わかったよ。しばらくコンパニオンというか、そうだなあ、……とりあえず、俺に魔法のことを教えてくれる友人として付き合ってくれないかな」

「いいよ。よろしくね、デレク」


 なんだかんだ言っても、リズを同居人的に養ってあげる方向で話が進んでいるのは、俺がチョロいからですか。そうですよね。わかっていました。いいじゃないですか。さっき生まれたばかりだと聞きましたよ。そんな幼な子を路頭に迷わせることがあっていいでしょうか(いやよくない:反語)。食費は安く上がりそうだし、何より、可愛い。


「あ」とちょっと口に出てしまった。

 リズは実に幸せそうにプリンをつついていたが、手を止めてこちらを見る。

「どしたの、デレク」

「口の周りにクリーム付いてる」

「ありゃりゃ」

 舌を伸ばして唇を舐めようとするリズ。うまく届かなくて結局指で拭おうとするあたりが、もう、子供。しょうがないな。ハンカチ貸してやるか。


「リズが人並み以上に賢いのは分かってきたんだけど」

「え、本当に? うふふ」

「他には何ができるの? 格闘とかが弱いのはさっき聞いたけど、普通の人がやってる程度のことは期待していいのかな?」

「そうね、やったことはないけど、家事とか料理は得意」


 ちょっと待て。


「やったことがないけど得意って」

 優馬の記憶に『通信教育で空手の達人』というコントがあるなあ。


「さっきも言ったけど、天使の記憶の中にあるのね。洗濯のやり方とか、裁縫とか、料理の作り方とか、あ、子供の作り方も」

「……あのなあ、最後にネタで落とすのはやめようよ」

「てへ」

「リアルな食事だって今日が初めてだろ?」


 レシピ本の内容を暗記していても、美味い料理が作れるわけではない。しかも、たとえばリアルに包丁を握ったことさえないのではないか?


「なんで天使が家事するんだ?」

「さあ」

「ちなみに得意料理は?」

「そうね、記憶によれば、チリソースを使ったヨーグルト茶漬けとか、ウサギの……」

「あ、分かったからもういいよ」

 怖いからその話題はもう掘り下げないことにしよう。


「管理室だけどさ」

「はいはい」

「あの部屋にはほとんど何もないよね」

「うん、何もないね」

「あそこでしばらく何か、読書とか昼寝とか作業をとかをするとしよう」

「いいねいいね」


「……トイレどうすんの」

「外へ出てするかな」

「平安貴族かよ」

 平安貴族だけじゃなくて、パリをはじめ、ヨーロッパは庶民の家も宮殿も、近世以前のトイレ事情はひどいものだったと聞いている。その話に比べると、下水が発達しているこの世界はかなりマシだと思う。


 まあそれは置いておいて。


「いや、リズのいう『外』ってどこ? 事務所の1階に降りてきて、ってこと?」

「魔法管理室の廊下に出たら多分、トイレがあるよ」

「廊下? トイレ? あそこにそんなものあるのか。早く言ってよ」

「聞かれもしないのに食事中にトイレの話を始める女の子はきっと嫌われます」

「ごめん、俺が悪かったです」

 全裸は恥ずかしくないのかと聞きたかったが、全裸ネタをあまり引っ張るのはやめておこう。それこそ嫌われそうである。


 気を取り直して。

「トイレがあるということは、洗面所くらいはあるのかな?」

「あたしもまだ確認はしていないけど、あるはず。食事する場所もあると思う」

 え? それは素晴らしい。


「でも、リズの服が劣化していたことを考えると、どういう状況なのかを確認して、必要な日用品や消耗品類を用意しておいた方がいいな」

「消耗品?」

「つまり、トイレットペーパーとか、タオルとか、あとは場合によっては食器類とか」

「そうだね」

「まだ夕方まで時間があるから、いったん管理室に戻って確認しないか?」

「うんうん」


 喫茶店を出ると、日が傾いてきていた。3時くらいかな。


「ちゃんと転移できるか確認しておきたいな……」

 転移魔法を使うために、人通りのない裏道に入る。町なかで人が突然消えたらちょっとした騒ぎになるだろうからね。

 管理室を心に念じながら。

転移トランスアロケート

 目の前の壁に例の白いドアが出現。普通にドアに入るように、管理室に移動できた。


「さて、廊下とトイレだ」

「はいはい〜」


 さっきソファを出したみたいに、壁で何やら操作している。

「それ何?」

「操作パネルですよ」

「何が操作できるのかな?」


「この管理スペースに提供されている機材を出し入れしたり、ドアの通行許可を設定したり。そうそう、ベッドも出せますよ」

「あ、うん。とりあえずは……」

「ベッドも出せますよ」

「はいはい」


 リズが操作を終えると、軽くブンッという音がして、さっきまで何もなかった壁にドアができた。ドア自体も真っ白だが、ちゃんとドアノブがついている。

「ここから廊下に出られまーす」

「こりゃすごいな」


「ちょっと待ってね。廊下に出るのはいいんだけど、戻れなくなると困るので、登録が必要です」

 リズに促されて、ドアに両方の手のひらを押し付ける。何これ。静脈をスキャンするとかの生体認証的なやつ? 軽くポピッという感じの音がして、登録が終わったらしい。


 水平になっているノブを押し下げ、少し体重をかけてノブを引くと、ドアが内側に開いた。ドアの隙間から向こうを見ると、真っ暗。

「あれ、何も見えないよ」

「外へ出れば自然に明るくなるよ。多分」


 その言葉を信じて、ドアを開けて外に恐る恐る足を踏み出す。すると、ふわあっと周りが明るくなって、そこには病院の廊下を思わせるような白い通路が存在していた。

 幅は2.5メートルくらいかな。慎重に部屋の外へ出て辺りを見渡してみる。

 明かりはこの部屋の左右10メートルくらい先までの廊下を照らしているが、その先にも廊下はずっと続いているようだ。そして何の物音もしない。


 廊下の両側には他にもドアらしきものが見えている。

「お? 他にも部屋があるぞ」

 今出てきたドアが微かに音を立てて自然に閉まる。閉まったドアの廊下側に、文字が書かれたプレートが貼られていることに気づいた。


『リズとデレクのお部屋』


「え?」

 恥ずかしいからやめてくれ、と文句を言おうとしたけど、絶対直してくれない気がするのでやめた。他の誰かが見るわけでもなかろう。

 他のドアの表面にはプレートは貼られていない。全体として、やっぱり病院みたいである。そして誰もいない。シーンとしている。


「今までいた部屋が魔法管理室、かな」

「そうだね」

「この廊下とか、他の部屋も含めた全体は何?」

「ザ・システムの管理スペースだと思うよ」

「誰が何を管理するの?」

「さあ?」

 また要領を得なくなってきた。


「そうだ、トイレはどこ?」

「急ぎ?」

「いや、別に今すぐトイレに行きたいわけじゃなくてさ。いざという時のためだよ」

「うんうん。真っ直ぐ歩いて行ったらあるよ。多分」

「ふーん」


 リズの言う真っ直ぐがどっちなのか分からないが、とりあえず廊下を右に進んでみよう。廊下は何か合成素材のようなものでできているのか、靴音もしない。

 リズと手をつないで歩いて行く。進んで行くにつれ、自分の前後10メートルくらいが自然と明るくなる。いくつもドアはあるが、プレートが貼られたドアはない。


「プレートが貼られているドアはさっきの魔法管理室だけだねえ」

「そうね、表示のないドアは使われていないっていうことだね」

「他にも部屋はたくさんあるということ?」

「いや、使われていないドアがたくさんあるんだよ」

 ……どう違うのかよくわからないぞ。


 管理室から15メートルくらいかな。トイレらしいドアがあった。他のドアと違って、取手を持って横に引いて開けるタイプみたいだ。

「よし、開けてみよう」

 取手をつかんで、体重をかけるとドアが開いた。これまた自動で明かりがふわっと点灯し、中の様子が見渡せるようになった。


「あれ? 風呂場じゃん」

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