天使はいるんだ
「デレクくんは、別の世界でゲームを作っていたユウマくんの記憶を持つ転生者なんだよ」
突然現れた全裸の美少女は、屈託のない笑顔でこんなことを言い放った。
「転生者? ウソだろ。……俺、死んだ記憶はないぞ」
「ユウマくんの記憶があるでしょ」
「今朝、夢で見たばかりだけど……。何でそれを知っているんだ?」
部屋をぐるっと見渡す。白い壁に白い天井、白い床。
机とイスとコンピュータの端末だけが、優馬が勤めていた会社から持ってきたかのような感じで置かれている。
「まず、君。君は誰?」
すると少女は真っ直ぐこちらを見つめて言った。
「あたしは天使です。名前は、リズ・エンキドゥと言います。デレクくんのコンパニオンです」
短い自己紹介の中にツッコミどころが満載だ。
「天使?」
「ザ・システムの使いだから、つまり天使です」
また意味のわからない言葉が増えた。
「ザ・システムって何?」
「ユウマくんが作っていたゲームを元に作られた、この世界を管理する仕組みです」
何を言っているかわからないよ……。朝起きてから混乱することばかりだ。
「……この世界を管理する? 誰が何のために?」
「さあ」
「ちょっと待て。天使さん天使さん」
「リズって呼んでくださいよ」
「ああ、リズさん」
「リズ、って呼び捨てがいいですぅ」
めんどくさいなあ、もう。
「じゃあ、リズ」
「はい、ご主人様ぁ」
リズと名乗った少女は少し近づいてきて、上目遣いで甘えた様な声を出す。
大きめのシャツの胸元から中身がチラッと見える。ちょっと理性がぐらついたのは内緒だ。平常心。平常心。
「ちょっと。ふざけないで下さいよ。話が進まないんですけど」
少女は俺の手を取り、俺の目を見つめながら言葉を続ける。
「あたしは転生者のコンパニオン、つまりはお話相手というか、相談役というか、そういう役割と決まってまして、つまりは仲良くしたいんです」
仲良くする、ってなんだろう?
「でもむしろ、あたしとしては下僕的な立ち位置でビシビシ責められるのもいいかなあ、なんて思っているんです。……とりあえずベッドに行きましょうか」
「ああああ、あのさあ」
「ふふふ、半分冗談ですよ」
デレク17歳。ぼく、なんかいじられてる。
「デレクくん、せっかくイスがあるから座ってくださいよ」
「あ、ありがとう」
コンピュータ端末らしい機器が置かれたデスクとイス。とりあえずイスに腰を下ろす。
……って、何で膝の上にちゃっかり腰を下ろすんですか。
天使さんも普通に体重はあるんですね。女の子の太ももって柔らかくて暖かいなあ。
あ、何かはわからないけどいい香りがする。
密着して体に手を回しちゃうんですか。立派なお胸が目の前ですよ。俺は自分の腕をどこに持っていったらいいのかな。
色々なアレをグッとこらえる。
「あのっ! 密着しすぎじゃないですかねっ!」
「いいじゃないですか。スキンシップってやつですよ」
平常心。平常心。
「いい加減にしてください。他にイスはないんですか」
「ちぇーっ。つまんないのー」
リズは立ち上がって、しかし少し楽しげに壁際に歩み寄ると、何もなさそうな壁面を指で突いたりしている。何かそこにユーザインタフェース的なものがあるのだろうか。
すると電子音のような音が軽く鳴って、ちょっとした振動と共に、部屋のコーナーのひとつに小さな真っ赤な色のソファと木目調のローテーブルが出現した。
す、すげーな。
「こっちに座りましょ」
真っ白な部屋にそぐわない感じの赤い派手なソファ。
確かにさっきよりは座りやすそうですけど、このソファは二人掛けだよね。カップルシートって感じじゃないかな、これ。
で、やっぱり密着して座るのな。……あ、ふかふか。
そしてリズは予想通りもたれかかってくるんですね。女の子は柔らかいなあ。体温が伝わってくるよ? 髪の毛がふわあってなって、なんか色んな意味でダメになりそうだよ。
「あー、あのですね、もう一度聞きます。何かのシステムがあって、それがこの世界を管理してる、というのですね、リズさん」
「リ、ズ。」
顔が近い。……美少女……だ。なんとなく亡くなった母に似ているかも。
赤い唇がとても柔らかそうだ。まつ毛が長いなあ。
「……ですね、リズ」
「はいそうです、ご主人様ぁ」
うわあ、抱きついて胸を押し付けるなあ。
「や、やめ……」
「あれー、あれあれー。若い男の子はこういうのが大好きだと聞きましたよ?」
「そりゃ好きですけど、さっき会ったばかりだし」
「それともあたしのこと、嫌いですか?」
唇を少しすぼめて、悲しそうな顔でこちらを見る。
あざといけど、ドギマギするじゃないか。
「……えと、まだよく分からないというか、あ、でも決してその、一般論として嫌いではないというか、正直、友達から始めるべきであると申し上げざるを得ないかもしれないというか」
なんか言葉が変。
「じゃあ、これから仲良くしてくださいね」
きゅーっと抱きつかれると、正直とっても嬉しいです、ごめんなさい。
「は……い」
「ベッドに行く?」
ああもう、話が進まない。落ち着くんだ、俺。
「ちなみに、参考までにお聞きするんですけど」
「そんな他人行儀じゃ聞いてあげない」
「……参考までに聞きたいんだけど」
「はいはい」
「天使と人間ってそういうことできるの?」
「うふふっ。そういうことって、な・あ・に?」
「だからさ、その、つまり、あの、子孫を作る、的な?」
「うふ。……できません」
「できないなら冗談で誘うなよ」
正直、とことんがっかりした。
そして俺だよ、俺。……何聞いてんだよ。
「あたしたち『天使』と呼ばれる存在はザ・システムが作った人工生命なので、個体の
ドヤ顔で言うなよ。ああ。本当に、色々失望した。
「わかったわかった。リズとはこれからも良いお友達でいましょうね」
「あー、実はその気があったでしょう。もう、デレクくんったらあ」
またまたぎゅっと抱きつくリズ。
くっそー。イライラするー。
ふう、気を取り直して。
「話がちっとも進まないんだけど。さっきの質問。ザ・システムの使いの天使さんたちは、ザ・システムとやらが何のためにこの世界を管理しているか知らないの?」
「うん、知らなーい」
「何で? それおかしくない?」
「別におかしくないよぉ? あたしたちはザ・システムの機能の一部、つまり歯車みたいなもんだけど、歯車が全体の目的を知っている必要はないよね」
「自分のことを歯車とまで言う?」
「だってあたしはザ・システムに作ってもらったという立場なわけで」
「じゃあ逆に、ザ・システムの方に天使から何か質問したりはできないの?」
「そんな機能はないと思うよ」
「いつ作ってもらったの?」
「自意識が芽生えたのはさっき、かもしれない」
「さっき?」
「そう。気がついたらこの体に自意識があって。で、デレクくんを迎えに行かなくちゃ、って目的意識があったわけ」
予想を遥かに超えてきたな。生まれたばかりなのか。
「さっき生まれたばかりにしては、ちゃんと会話もできてるし、この部屋の機能も知っているし、妙にあざと……大人っぽくて素敵な振る舞いができていると思うんだけど」
「へへへ。自意識が芽生える前に、ザ・システムが『天使』タイプのインスタンス、つまり天使の一個体を生成して、知識を初期設定したんだと思うよ」
難しいこと言い始めたな。
「……知識を初期設定?」
「自意識ができてからの、あたし自身の記憶はとても短いんだけど、それとは別にこの世界について長い間勉強していた記憶もあるのね。だから、天使の間で共有される知識はすでに用意されていて、新しい天使をひとり作る時に、それをインプットしているんだと思うんですよ」
また記憶の話が出てきた。ザ・システムは人間や人工生命の記憶を操作できる仕組みを持っているのだろうか。
しかし、なるほどな。天使全員に長い時間勉強させるより、代表者に勉強させてその知識を共有したら簡単かもしれないな。
「あのさー。性格も天使はみんな同じなのかな?」
「システム全体が外乱に強いように、性格はランダムで設定しているはずです」
外乱ときたか。それも理にかなっている。
何らかの予想外の事態に直面した時、全員が浮き足立っているのも、全員で落ち着きはらっているものマズイ。色々な考え方や性格を持つ個人が存在することが、組織全体が存続するために重要だ。
ということは、リズの性格がやや能天気でピンク方向のベクトルが強いのは、ランダム生成のせいだということか。
……「天使ガチャ」かな。
「さっき生まれた天使さんは、これからどうするのかな?」
「えへへ、これからずっとデレクくんと一緒だよ」
「え?」
「お世話になります」
「……は?」
俺が聞きたかったのはそういうことではなくて、どんな使命があるのか的なことだったのだが。
何ですか、この押しかけ女房宣言。
「どこかに帰ったりは?」
「帰る所はないです」
「俺以外に知っている人とかは?」
「誰も知りません」
「ちなみに生活費……」
「体ひとつってやつ、かな?」
「俺と一緒にいるのは、何か成すべき目的があるのかな?」
「だからぁ。デレクくんのコンパニオン、つまり相談役というか、いっそ奥さんでもいいよ。えへ」
デレク、美人の奥さんゲットしました。
いい最終回だった。完。
……いや、そうじゃないよな。
つまり、行く場所も知り合いもいないから養って欲しい、という虫のいいお願いではないのかと。
「天使っていうからには、何かすごい超能力とか戦闘能力とか、あるの?」
「んー、特にないかな」
「え、何も?」
「体の強度は人間並み。特に鍛えてないから、攻撃されたら簡単にやられちゃうな」
「何その期待外れ」
「あー、でもさっきみたいに転移魔法は使えるよ」
魔法というキーワードにホイホイ食いつく俺。
「え、さっきドアを開けたらここに来ていたのは転移魔法だったのか」
「そうですよ、エッヘン」
すごいな、転移魔法か。
「どこにでも行けるの?」
「いやー、あたしは今のところ、ご主人様のいる近くと、この部屋の間だけ。ただ、行ったことがある場所なら転移できるよ」
「何もないところにポンって出現する感じ?」
「さっきみたいに、ドアがあると移動しやすいかな。いきなり空間にポッドごと現れるのもありだけど」
ううむ、このあたりは後で追求したい。
「ていうか、この部屋はどこ? さっきの書斎から遠いの?」
「ええとねえ、さっきとは違う空間。少なくとも歩いて到達できるところにはないはずですよ」
「でも空気はあるし、そうそう、引力も同じように感じるな」
「うーん、詳しいことは知らない」
「転移魔法、俺も使えるようになるかな」
「もっちろん。あとで教えてあげるね」
それはすごい。ワクワクしてきたぞ。
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