第48話 絆を求めて

 夜が明ける前から、俺たちは森本の運転で一路、高崎へと向かっていた。

 昨日の朝のズームイン・キズナでは北千住、昼からのキズナンデスでは越谷からの生中継であった。

 北千住も越谷もそれなりに栄えた街であることからして、群馬でも栄えている街へ来るだろう。

 となれば、高崎か前橋なのだが、まぁ高崎だろうということで、高崎へ向かっているところだ。

 この目論見が当たればいいのだかな。


 今、時刻は6時半過ぎ、高崎駅近くへ到着した。

 ズームイン・キズナが始まるのが午前7時、ここまでは順調な滑り出しだ。

 森本は車で高崎駅周辺を回る。

 テレビの中継なら、それ関連の車や、いつか見たキズナの顔がプリントされたバスが来てそうなものだが、それらの姿はまだ見当たらない。


 6時55分。高崎駅近くの大通りの路肩に車を停めた。

 車内にテレビを持ち込んであり、それを見て待機することにした。


 7時丁度にズームイン・キズナが安っぽい音楽と共に始まった。

 映像はテレビ局のスタジオからだ。

 スタジオ内の司会進行役のアナウンサーが朝の挨拶をし始める。


[中継先のキズナさんへ、ズームイン!]


 とアナウンサーが言うと、映像がキズナの顔のアップへと切り替わる。

 キズナの背後に見えるのは何かの車内のようだ。例のキズナバスの車内か?


[キズナさんは今、どちらへ向かわれていますか?]


 とアナウンサーが問い掛けると、キズナの野郎は勿体つけた様子でとぼけ、例の決め台詞を吐きやがった。

 思わずテレビの液晶画面を割りたい衝動に駆られるのだが、ここは我慢だ…



 時刻は丁度、7時30分。

 高崎駅周辺を回っているのだが、テレビの中継車やキズナを乗せたバスも見当たらない。

 テレビ番組もあれからキズナからの中継に切り替わらない。


 7時44分。

 画面が中継先のキズナへと切り替わったのだが、相変わらず車内からのようだ。

[もう少しで現地に着きます]とキズナが言った。


「シロタン、そろそろだな」


 と運転席の森本が笑みを浮かべた。


「あぁ遂に…、遂に奴と対峙する時が来た」


 固く握る手に自分の汗が滲むのを感じた。


 まずはこの改造車で突撃し、キズナの取り巻きらを排除。

 そしてキズナ ユキトを確保して拉致…

 これが朝の情報番組で生中継されるわけだ。

 これぞ前代未聞ってやつだ。

 朝一でキズナの信者共は度肝を抜かれること間違い無しな上に、キズナを内心良く思っていない奴らへの示威行為となるはずだ。

 この狂った世界への反撃の狼煙となるだろう…



 8時を過ぎてもキズナらは高崎駅周辺に姿を見せなかった。


「もしかして前橋かね…」


 半笑いのパリスが一言呟いた。


「そうだとしても、このフルチューンされたV8なら番組終了の9時までには余裕で間に合うからよ。安心しててくれ、シロタン」


 と森本は後部座席に座る俺に向かって微笑んだ。

 車のことについては知らないが、森本がそう言うのなら安心だ。


[おはようごさいまーす]


 CM明け、不意に映像が切り替わり、キズナ ユキトの全身が映し出された。

 今日も例の如く、スパンコールがあしらわれたヘアバンドと、デニムのベストとホットパンツだ。

 その服装は見事なまでに、周囲の通勤通学風景から浮かび上がっている。

 キズナはどこだ⁉︎車内から見回すもこの辺りに姿は見えない。

 高崎駅でも線路挟んで反対側か?もしかして前橋か?


「館林だって」


 パリスがテレビの画面を指差しながら呟いた。


「本当か⁉︎」


 俺と森本は目を凝らし画面を見ると、駅の軒先に駅名が掲げられているようだ。

 さらに目を凝らすと、確かにそこには館林駅と書かれていた。


「館林だと⁉︎なんでまた館林なんだよぅ!」


 その肩透かしに俺の怒りが一気に沸点へと達する。


「シロタン!大丈夫だ!まだ間に合う!」


 森本は不敵な笑みを漏らすと、運転席横の収納から茶色い液体の入ったボトルを取り出し、蓋を口で開けると、その液体を一気に喉奥へ流し込む。

 森本がアクセルを踏んだのか、エンジンが唸りを上げると車内がまるで地震のように揺れる。



[館林市の皆さん、お待たせしましたキズナ ユキトです]


 キズナ ユキトがカメラに向かって手を振って微笑む。

 そうだ、この微笑みだ。前に遭遇した時もこの不快な笑みを俺に向けていたのだ。

 キズナは狙ってやっている。

 ならば、俺はあのニヤケ顔から余裕を奪い、狼狽えさせてやろう。

 あぁ、奴のヘアバンドを奪い、それを棍棒へ巻きつけ、奴のケツの穴に突っ込んで、それを奴の口からだす!

 そして、奴の額に狼狽と書いてやろう。

 話はそれからだ…


 話は、


 それからだ…



 森本は道交法を無視した無謀な運転をしている。

 しかしテクニックは正確そのものだ。

 時には人を、時には自転車を、また別の時にはプリウスをまるでカーアクション映画の如く避ける。

 かなりの速度を出しながらも、巧みなドライビングテクニックで切り抜けて行く。



 画面の中のキズナは館林駅前で通学途中の小学生と話している。


[僕の方からは以上です。スタジオにお返しします]


 話を終えると、不意にキズナはカメラに向かって手を振りウインクをした。


「何ぃ!」


 映像がスタジオ内へと切り替わった。


「畜生っ!キズナの野郎!」


 あと少し、あと少しで館林駅前に到着するのに、まるで俺たちが来るのを予測していたかのようだ。


「シロタン、諦めるのはまだ早い。

 中継は終わっても、まだ駅前にいるはずだ」



 館林駅前に到着した。

 森本のその言葉も虚しく、館林駅前はまるで中継など無かったかのような静けさに包まれていた。


「畜生っ!キズナの野郎!」



 まだ付近にキズナらがいるだろう、という事で周辺を探したのであったが全て無駄足となった…

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