第49話 暗黒の祭り囃子

「キズナの奴、あの退却っぷりは何なんだよ、全く!」


 俺の心は怒りで煮えたぎっている。


「敵ながら見事だったな」


 俺の怒りに対し、森本はわりと冷静だ。


「もう少しで俺たちが着くってことをキズナらは知っていたのか。

 それとも偶然なのか」


「偶然には思えないからよ、もしかして車に発信機でも付けられでもしたかと思って調べたんだが、何も出て来なかった」


「あのタイミングで館林駅から離脱するなんて出来過ぎだ…

 もしかして自警団が俺たちを監視していて情報が流れていたとか」


 俺たちは既に森本の家へと戻っていた。

 俺と森本は今日の事の顛末について話しているのだが、もう後の祭りだ。

 パリスはぼんやりとテレビを見ている。

 時刻は午後13時50分ぐらいだ。

 昼の情報番組であるキズナンデスがそろそろ終わりだからか、スタジオに出演者らが横に一列並び、糞どうでもいいトークを繰り広げていた。

 昼時の2時間という時間を使って、延々と様々な情報のフリをした広告と企業案件を垂れ流し、時折、キズナ ユキトの綺麗事、御高説を織り混ぜてくる、クソ中のクソみたいな番組だ。

 賑やかしの為だけに集められた面子と、極彩色で彩られた番組セットは視覚からして五月蝿い。

 こいつらはまるで年中、夏祭りだ。

 俺はその祭の雑踏の中へ、間違えて足を踏み入れた場違いな間抜けだ。

 暑さを感じる間もなく、問答無用に吹き出してくる汗をそのままに、ただひたすら人を避けて歩いている。

 とてつもなく憂鬱なひと時、俺にとって祭の記憶なぞ、この程度だ。


 そんな中、このキズナンデスのエンディング曲が流れてきた。

 これはまるで祭り囃子だ。

 俺には憂鬱な響きでしかない祭り囃子。憂鬱な祭り囃子。暗黒の祭り囃子。

 

 早く終われよ、と呪いながら次の番組は何かと番組表を見る。

 次の番組はキズナヤという情報番組であった。

 この救いようの無い絶望感に、目の前が真っ暗になりそうだ。


[キズナさん、今日は現地中継を早めに切り上げられましたが、これから何か予定があるんですか?]


 とキズナンデスの司会者がキズナへ話を振った。


[今日はこれから映画の撮影なんですよ]


 そのキズナの返答に司会者は大袈裟な反応をしてみせた。

 テレビに飽き足らず、次は映画かよ…

 暗澹たる気分を他所に、画面の中のキズナは待ってましたとばかりに映画の宣伝をし始めた。

 もう、うんざりだ。ソファーから立ち上がったその刹那、


[キズナさん、明日のズームイン・キズナはどこから生中継ですか?」


 キズナは例のあざといぐらいの爽やかな笑みを浮かべ、


[明日は栃木県にお邪魔します]


[栃木のどこからですか?]


[それは明日になってからのお楽し]


 俺はそこで急いでテレビのリモコンを手に取り電源を切る。

 キズナの決め台詞は阻止した…



「聞いたかシロタン、明日は栃木県だって言ってたぜ」


 森本はそう言いながら立ち上がり、踵を返し部屋の隅へと向かう。


「らしいな… 。森本さん、栃木県と言えばどこだろう?」


 俺は生まれてこの方、栃木へ足を踏み入れた事がない。全く土地勘がないのだ。


 森本は畳んだ紙のような物を持って戻って来た。

 そして、その紙を広げるとそれは地図であった。関東圏の地図だ。


「栃木と言えば宇都宮じゃねぇか。ここが一番デカい街で県庁所在地だからよ」


 森本は地図上の宇都宮の位置を指差す。


「宇都宮か」


 デカい街と言われても想像出来ない。


「鬼怒川じゃないかな」


 そんな中、珍しくパリスが口を挟んできた。


「鬼怒川?温泉地の廃墟旅館から生中継!なんてキズナが気の利いたことをするワケねぇだろ!」


 と森本は笑う。


「じゃあ、那須とか塩原」


 珍しくパリスが食い下がる。


「おい、パリス。お前それ全部温泉地じゃねえのか」


 森本のその一言に栃木県には那須と塩原という場があり、そこが温泉地であることを知った。


「パリスよ。お前は風呂入りたいだけだろう」


 パリスは俺のその一言に、照れたような笑い声を漏らす。

 俺はパリスへ流し目加減の眼差しを送り、圧を掛ける。

 パリスは何も言わず、例の半笑いを浮かべていた。


「足利市駅だ」


 突如として、聞き覚えの無い声が聞こえた。

 一同、顔を見合わせる。


「俺じゃねぇぞ」


 森本の一言の後、パリスも自分ではないとばかりに首を横に振る。


「俺でもない」


 じゃあ、誰だ?


「こっちだ」


 その声の主はトレーラーハウスの玄関の扉を開け、顔を覗かせていた。その顔は二つ。


「西松ぅ!」


 森本の一言に西松は気まずそうな表情で頬を赤らめた。

 西松の野郎…、どのツラ下げて帰ってきたのか。

 そんな言葉が口から出かかったのだが、あの時、突然あんな事実を知らされれば、西松のあの行動は仕方の無いことだろう。

 今の俺にはそう思える。


「知らせたいことがあって戻ってきたよ」


 西松は気まずそうな表情で言った。


「知らせたいこと?」


「うん 彼からね」


 西松のその一言を受け、西松の隣にいる男が一歩前に出た。


「堀込…、か」


「よお」


 などと言いながら、堀込は俺たちに向かって手を振った。

 堀込も堀込で気まずそうな表情を浮べている。


 堀込。下の名前は知らない。

 高校時代からの同級生。

 そうだ、入間川高校が黒薔薇党によって占拠された日に、西松と校長と共に人質にされた男だ。

 同じ狭山ヶ丘国際大学に進学してからは、ペヤングの取り巻きのうちの筆頭格。西松と同様に何かと因縁のある野郎だ。

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