第38話 復讐の黒いスペルマ

 炎。

 真っ赤な炎が天高く燃え上がる。

 その炎の中に俺の白ブリーフや母の顔が浮かんでは消えた。


 俺たちは森本のトレーラーハウス近くの河原で焚き火をしている。

 焚き火の周りには俺と西松、榎本、パリスが座っていた。

 大きな薪を組んで燃やしたその様は、焚き火というよりキャンプファイヤーといった趣きか。

 何も無ければ楽しいキャンプファイヤーであること間違いなしなのだがな。俺の一件もあり、重い空気だ。誰も喋ろうとしない。

 


「おい、出来たぞ」


 トレーラーハウスの中から森本の声が聞こえた。

 森本が両手に皿を持って現れた。

 今日、刈った猪の肉を調理したものが皿に盛られている。


「こいつは美味えぞ」


 森本は西松と榎本に皿を渡すと、トレーラーハウスへ戻り、俺とパリスの分も持ってきた。


「シロタン、喰えよ」


「あぁ」


 俺は頷き、皿を受け取る。

 誰が何を言うことなく、皆はそれぞれ肉を食べ始めた。


「おかわりが欲しい奴は遠慮なく言ってくれ。肉はまだまだあるからよ」


 と森本は言った。

 俺は皿に添えられたフォークで肉を刺し、それを口へと運ぶ。


「美味い」


 と誰かが言った。

 確かに美味い、絶品だ。

 味付け、食感共に文句無し、イノシシということで臭みでもあるのかと思ったが、それも全く無い。全くもって美味い肉だ。

 森本がこだわっていた肉の処理が良かったのであろう。


「肉なんてかなり久しぶりだよ」


 西松だ。


「もしかしたら、そんなに日は経っていないのかもしれないが、かなり久しぶりの感覚がある」


 高音の間抜け声の大尉、榎本が格好つけた話し方をしたのだが、その一言には同感だ。

 日数にしたら大したこと無いのだが、何年ぶりかの肉という感覚がする。

 榎本の一言には森本以外の皆が同感のようで、頷き同感の声を上げた。


「ここにいれば毎日喰えるぜ」


「マジかよ。俺ここに居ようかな」


 森本の一言に西松が反応した。西松の反応は意外だ。


「西松、お前は健康志向じゃなかったのか。プロペ通りのラーメン屋で糞みたいなタンメン食べて満足してただろうよ」


 と西松に向かって言うと、西松は俺の方へ振り向く。


「俺はお前と違って、ああいう物も抵抗が無いってだけの話だよ」


「よく言う。お前は早朝から固くて不味いパンとお湯飲んで、マリなんとかってしたり顔で言ってただろうが」


 そんな話は続く。皆は楽しそうにしているが、俺の心は重く沈み込んでいる。

 久しぶりに美味い肉を食っても、それは無理のないことだろう。



 話がひと段落すると、誰もが黙り込んだ。



「これからどうするよ?」


 沈黙を破ったのは西松だった。

 西松のその顔色からは疲労困憊の色が見えた。それも無理はないだろう。


「シロタン、復讐を考えてるなら俺は手伝うぞ」


 西松の一言に森本はそう即答すると、俺の方へ視線を送ってきた。西松も俺を見ている。


「俺は…」


 炎の中に白ブリーフの姿が浮かび上がる。

 白ブリーフ、それは俺の象徴であり、俺のアイデンティティ、存在証明…

 白ブリーフに続いて母さん、近所の園部さん、父である烈堂の姿が浮かぶと、次から次へと俺の失ったものの姿が浮かんでは消える。

 そして、白ブリーフの姿が再び大きく浮かび上がった。


「世界のこの狂った流れを作り、俺の全てを奪ったのがキズナ ユキト。

 そして俺の家族や隣人を屠ったのはキズナ ユキトの狂信者たち。

 俺にとって奴らは仇以上の存在。

 俺はこの代償をキズナ ユキトの奴に支払わせたい。

 奴らを叩かなきゃ気が済まない」


「その言葉を待っていたぜ!」


 俺の言葉に森本は笑顔を浮かべ、両方の手の平を打ち合わせた。


「キズナ ユキトの件もあるが、ペヤングの事だって忘れてはいない。

 不可解なことばかりだが、確実に言えることは青梅財団は世界の裏で蠢き、その陰謀の中心にペヤングがいる!

 俺は所沢駅前で処刑されたことへの落とし前をつける」


 炎の中に“仮面”の鉄仮面が浮かび上がると、続いて頭にアルミホイルを巻いた糞平の姿、そして二号こと城本の姿も浮かび上がった。

 奴ら今、どうしているのか…

 目頭が熱くなる。


「奴らの秘密を白日の下に晒しぶち壊す。

 全ての落とし前をつける」


「シロタン!お前最高だよ!」


 森本は立ち上がると俺の前へ歩み寄り、右手を差し出してきた。

 反射的にその手を握り返すと、森本は俺を抱きしめてきた。


「最高だよ、お前!俺はお前と一緒にやるぜ」


 森本のその言葉に心が熱く滾る。

 頼もしく思うのだがな…

 抱きしめてくる森本の体臭がキツいのだ。軽く目眩がするほどキツい。

 森本が軽く背中を叩いてくるので、同様に返すと抱擁を解いてくれ助かった思いがする。

 それにしても森本は何故ここまで…、熱苦しいのか。

 こいつはそもそも、学校の守衛であり、友達でも何でもないと思うのだが。

 この一方的な熱量に一抹の恐ろしさも感じるのだが、まぁ良しとするか…



「キズナの居所はすぐには掴めないが、まずはペヤングから攻めるのはどうだ?」


「それは良いな。手立てはあるのか?」


「作戦みたいなものは無いが、奴の家なら知っているぜ。

 おい、あんたなら部屋までわかるだろ?」


 森本の視線の先には榎本がいた。


「あぁ。もちろんだ」


 榎本は夜の野外のキャンプファイヤーでもサングラスを掛けていた。

 しかもいつの間にか、サングラスのレンズは修復されている。


「それなら話は早い。善は急げだ。これから不意を突くのはどうよ?」


「よし」



 俺は燃え盛る炎の前に佇んでいた。


「俺は誓おう

 夜が明ける前に、

 復讐の黒いほとばしりを…、

 

 復讐のブラック!スペルマッ!をぶっ掛けてやる…」


 自分でも意味のわからないことを口走っていた。

 全く意味がわからない。しかしだな、これが今の俺の決意なのだ。

 決意の前では意味なんぞ要らない。


 俺は焚き火の前で直立不動の体勢となっていた。

 俺はズボンのベルトの留め金を外すと、一気にズボンを脱ぎ捨て、さらに着用していた極彩色の下着を脱いだ。

 その脱いだ下着を握りしめ、燃え盛る炎の中へ投げ捨てた。


「おい、シロタン。それは俺のだって」


 と森本が言ったような気がするのだが、そんなことはお構い無しだ。

 極彩色のビキニパンツはあっという間に燃え上がる。


「俺にはもう下着なぞ無用」


 そうだ。俺にとって下着は白ブリーフなのだ。


「市場から、世界から、

 俺の白ブリーフは消えても、

 まだ俺がいる。


 俺が、


 俺が、


 俺が…」

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