第32話 転生したら戦場帰り
森本は思いもよらぬ姿で俺たちの前に姿を見せた。
「よう、お前ら。元気か?」
そろそろ森本の出勤時間だろうという事で、俺たちは正門前の守衛室へ向かっていた。
そこで向いから歩いて来た男が、俺たちの姿を見て開口一番、そう声を掛けてきたのであった。
浅黒い肌と鍛えこまれた肉体を誇示するかのように、上半身、迷彩柄のタンクトップのみだ。
春が近づきつつある季節ではあるが、まだまだ朝晩は冷える時期にタンクトップ一枚のみは考えられない。
季節外れの極端な厚着薄着をする人間は尋常ならざる者だ、と俺は思う。
さらにその男は薄着なだけではなかったのだ。
ハゲ散らかし、ウェーブの掛かった髪は伸び放題、無精髭を生やし、ティアドロップのサングラスを装着し目つきはわからないものの、一見、精悍な顔付きの外国人、南米系のように見える。
肩には何やらワンポイントでタトゥーが彫り込まれ、モスグリーンの大きな鞄を背負っていた。
まるで戦場帰りみたいな男が声を掛けてきたと思ったら、口を動かし何か口に含んでいたものを地面へと吐き出す。
ガムではなく茶色いもの、噛みタバコだろう。
俺たちとは無縁の文化を感じさせる男の出現に、容赦のない緊張感が高まる。
「俺だよ、俺」
戦場帰りみたいな男は親しげに笑みを浮かべ、サングラスを外したのだが、やはり見覚えのない南米系の男だった。
「お前らの知り合いか?」
と皆に尋ねるも、三人とも首を横に振った。
「わかんねぇか?俺だよ、森本だよ」
これが森本との再会であった。
森本だと自称されても、あまりに人相が違い過ぎて信じられない。
人相だけではない、声や口調も全く別人なのだ。
「森本ってあんなじゃなかったよな?」
と声を潜める。
「別人だろ」
と西松も声を潜めた。
「別人に見える」
と榎本も例の格好を付けた口調で声を潜めた。
「おい、パリス。お前はどう思う?」
パリスは何も言わず、森本へ向かって目を凝らしている。
「うーん。別人に見えるよ」
事情通のパリスでさえもこの調子だ。
「おい、お前ら。何ヒソヒソ話をしているんだよ!俺だよ、森本だよ!俺を忘れたとは言わせねぇぞ。一緒に工房へ潜入した仲じゃねぇか!」
自称、森本の口から工房の話が出た。やはり、この戦場帰り風は森本なのか?
「本当に森本さんなのか?あまりにも雰囲気が違い過ぎるようなんだが…」
にわかには信じ難い。
自称、森本は自分の顔を指差した。
「これか?これは俺もわからねぇんだけど、この前、気づいたらこうなっていたんだよ」
森本は哄笑しながら、西松を指差す。
「西松は髪増えたな!俺にも少し分けてくれよ!」
森本のその言葉に西松ははにかんだような笑みを浮かべる。
「シロタンとパリスは相変わらずだけど、榎本は…
進歩したな!」
榎本は森本の言葉に口元をほころばせた。
森本は榎本のことを知っているようだ。
自称、森本は俺たちのことを知っており、工房のことまで知っていたことからして、やはりあの森本のようだ。
この変貌っぷりには驚きだが、西松の髪が突如として増えたことや、この世界の変化からすると森本の変貌もあり得なくもない。
それにしても森本は変わったものだ。容姿から声、話し方まで。
危険さは別の方向性へと変化したが、それでも森本には変わらないものがある。
ハゲ散らかし、だ。
どれだけ姿を変えてもハゲ散らかしている。
このハゲ散らかしは森本のアイデンティティなのかもしれない。
「森本さんが警察に連行された所は見たんだが、あれからどうしていたんだ?」
「警察に連行?」
森本は俺からの問いかけに首を傾げた。
「手錠掛けられていたよな?」
「うーん 覚えていねぇ」
俺の一言に森本は再び首を傾げた。
「酒飲めば思い出すんじゃないの」
西松だ。
森本は西松のその一言を受け、背負っていた大きなモスグリーンの鞄から酒の瓶を取り出して、蓋を開け茶色い液体を一気に喉の奥へ流し込む。
「覚えていねぇんだよ。最近は酒飲んでも思い出せないことが多くてな」
と森本は哄笑する。
「酒のせいなのか、俺たちと同じなのか。これはわからないな」
と西松が呟く。
「確かにな」
と俺が返事をすると、不意にサイレンが鳴り響く。
何事かと、全身に緊張が走る。
「これは防災無線だ」
森本だ。
サイレンが鳴り止むと何かノイズが聞こえ、その後に人の声が聞こえてきた。
[防災無線です。
所沢警察署から、イノシシに関するお知らせをいたします。
先程、狭山ヶ丘国際大学構内で、
イノシシを目撃したとの情報が連続で寄せられました。
外出した際は十分注意し、発見した際は近寄らず、身の安全を最優先としてください]
森本は防災無線を聞いた後、破顔一笑し、
「お前ら、今夜は久しぶりに肉が食えるぞ!俺に付いてこい!」
森本は一目散に走り出した。
俺たちはその後につづいた。
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