第31話 自分らしさの大学デビュー

「榎本さん、何で正体を隠していたんだ」


 俺たちは一旦、事務所を後にし、学食に来ていた。


「私は正体を隠してなどいない」


 榎本の、さも当然かのような物言いに俺は驚く。


「え?それなら、その格好は」


「これは自分らしさを表現しただけのことだ」


 榎本は俺の一言へ、食い気味に言葉を重ねてきた。


「なんだよ、それ。大学デビューか」


 と西松は笑う。


「西松。君も似たようなものだろう。

 大学入学と同時にカツラデビューしたのか?」


 榎本も負けじと反論した。

 カツラ、思わずその言葉に思わず吹き出してしまう。


「なんだと!」


 西松は怒りのあまり、立ち上がった。


「失礼、それはヘアウィッグと言ったかな?」


「カツラでもウィッグでもない!これは地毛だ!」


 西松は自分のその長髪を地毛だと言わんばかりに引っ張り上げる。


 「あんたこそ、その萎びた金髪は何だよ。パーティグッズか」


「失礼な男だな」


 榎本はサングラスが割れているのに、それを後生大事そうに掛けていた。

 その割れたレンズの向こうから榎本の眼が見え、西松を睨んでいた。


「争うのはそれぐらいにしておけ。

 それよりも榎本さん、何で名乗らなかったんだ?」


 榎本は俺のその一言を聞き、今度は俺を睨んできた。


「風間。君は先程、私に向かって、“お前の名前など知ったことか!お前はもう“奴”ではない。今日からは“大尉”だ”と言っただろう。

 君は私の言葉に耳を傾けようとしなかったのだよ。

 さらにずっと私のことを“奴”だとか“大尉”だとか茶化していただろう」


 あー、そういえばそうだったな…


「すまん。榎本さんだと気づかなかった。あまりにも大尉の格好が板に付いていたからな。そうだよな?な?西松、パリス」


 思わず西松とパリスに同意を求めた。


「あっ、そうだな。わからなかったよ」


 一瞬の間の後、西松は同意し、パリスも頷いた。


「お前ら、調子が良過ぎるぞ」


 サングラスの奥の榎本の目付きがより険しいものへと変わる。

 榎本の怒りの炎に油を注いだか…

 それならば、ここで話題を変えてみるか。榎本に確認したいことがある。


「それは一旦置いておくとして、榎本さん、あんたはあれからどうしていたんだ?」


「あれからとは?」


「入間川高校が黒薔薇党に占拠された日の後のことだ」


 俺の一言に榎本の表情が一瞬にしてこわばる。


「榎本さん、俺はあんたが入間川高校から脱出をしようとして、地雷を踏んで跡形なく吹き飛ばされたのを確かに見たんだ。

 俺はあんたが死んだものと思っていた。何故だ?何故こうして生きているんだ?

 あの事件の後、どうしていたんだ?」


 榎本はさっきの怒りが嘘であるかのように、顔が蒼ざめていた。


「それが私にもわからないのだよ。気が付いたら、ここで大学生として過ごしていた」


「もしかして、地雷を踏んだ後の記憶が無い。そういうことか?」


「ああ。それだ」


「俺たちも同じだ。俺たち三人も入間川高校の事件直後の記憶が無く、気が付けばここで大学生。

 さらにあの波のようなものに飲み込まれた直後の記憶も無い」


「君らもか…」


「俺はあの波のようなものも青梅財団と関係していると睨んでいる。

 榎本さん、あんたはどう思う?」


「有り得んよ。あんなことを今の技術でどうやって起こすんだ?糞平みたいに地震兵器だとでも言うか?」


 そう言われると返す言葉が無い。


「君らは青梅財団を伏魔殿のように言うが、そんなことは無い。

 私は安子の祖父である理事長の事をよく知っているが、君らが想像するような人物ではない。

 日本全国のあらゆる弱者を保護、支援する施設を私財を投げうって建設し運営している立派な方だよ」


「それなら何故、財団は黒薔薇党と組んでいたんだ?」


「奴らか…、

 奴らのことは詳しく知らないが財団とは無関係のはず。

 奴らは安子が勝手に連れてきたのだよ。

 でも、何があったのか知らないが、私たちが飲み込まれたあの日以来、全く姿を見せなくなった。

 しかもその存在が無かったことのようになっている」


「それなんだよ、シロタン。

 あの日から黒薔薇党はいなくなったし、校内でもそれが無かったことになっている。

 だから、青梅財団は普通の学校法人になった、って言ったんだよ」


 パリスだ。

 大学構内を訳もなくあちこちうろついている、パリスの言葉には説得力がある。

 それでも“仮面”という人間兵器を生み出したことについては疑問が残る。


「それなら“仮面”はどうなんだ?

 世界平和と人類進化を理念とする学校法人が、何故狭山湖の辺りで人間兵器を生み出したのか」


「“仮面”か。私の知る限りでは青梅財団に事故、又は生まれつき四肢欠損した人々の為に、人工義肢の開発をしている部門がある。

 彼はそこで手術を受けたと思われる」


「なるほど、そういうことか。

 確かに“仮面”は交通事故の遺児で死にかけたところを助けられたと言っていたからな。これで合点がいった。

 しかしだな、榎本さん、あんただって財団の全てを知っているだけじょないだろうよ」


 榎本は静かに頷く。


「榎本さん、あんたの言う通りだとしても、俺には到底納得がいかないんだ。

 俺たちは所沢駅前で銃殺刑にされたんだ。あの恐怖、絶望が忘れられるわけが無い。

 青梅財団が何であれ、ペヤングの奴だけは許せない。

 この落とし前はつけるからな」


 西松も同じ気持ちのようだ。俺の言葉に頷く。


「それなら私も協力しよう。

 私も因縁が無いわけではない。

 私は全てを奪われたのだ」


 割れたサングラス越しの榎本の眼差しは、かつての風采の上がらない中年男風からは考えられない程、鋭く、決意の強さを感じた。



「それなら風間、森本に協力してもらおうよ。

 あいつがいたら心強いよ」


 西松のその一言に、工房へ潜入した日の森本のことを思い出した。

 アル中でしかもDVのろくでもない奴だと思っていたが、奴の運転が無かったら、あの日、俺たちは工房からの脱出は無理だっただろう。

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