第12話 俺のだけチャーシューが無い

「風間、まずは何か食べない?腹減ってきたよ」


 と西松は言った。


「そうだな。俺は朝からほとんど食べていないからな、食べに行くぞ」


 と言いつつ、近くに行きつけのラーメン屋を見つけた。


「そこに行きつけのラーメン屋がある。そこへ行くぞ」


「え?ラーメン屋?」


 西松が露骨なぐらいに難色を示す。


「ラーメン屋じゃなかったら、何屋がいいんだ?」


「カフェとかさぁ」


 西松の野郎、言うに事欠いてカフェだのと寝言を言いやがった。

 この所沢プロペ通り商店街にはカフェなど無い。と思うのだが、俺が無いと思うからにはカフェなど無いのだ。


「ここにはそんなものは無い。

 どうしてもと言うならば、お前一人で表参道にでも行ってこい。

 話はそれからだ…」


 俺は流し目加減の眼差しを西松へ送る。


「わかったよ。ラーメンでいいよ」


 と西松は渋々、納得をした様子で俺の後に続く。


 俺は目当てのラーメン屋の引き戸を開けると、近くのカウンター席へ陣取る。

 西松も俺の隣に座ると、店員は二杯の水を持ち注文を取りに来た。


「チャーシュー麺。ネギ及び野菜系全抜き、チャーシューと背脂は通常の五倍で」


 と、いつもの様に注文する。

 これが俺のチャーシュー麺における流儀だ。


「なんだよそれ、すげえな」


 と西松は俺の注文に驚いたようだが、そんなのお構い無しだ。

 すると注文を取りにきた店員の顔色が変わった。


「しょっ、少々お待ち下さい」


 と言い残すと店員は小走りで去る。


「どうしたの?」


 小走りで消えた店員の様子を見て、西松は若干、困惑気味の表情を浮かべた。


「わからん」


 と返事をするとカウンター越しに店長と思われる、頭にタオルを巻いた男が現れる。


「お客さん、うちじゃ、そういうのもうやってないんですよ」


 店長のその言葉で俺の心は瞬間湯沸かし器の様に燃え上がった。そして血圧の上昇を感じる。


「この前までやってたじゃねえかっ!」


「お客さん、申し訳ないです」


 と店長はカウンター越しにその姿が見えなくなるほど頭を下げた。

 腹が立つのだが、それ以上に空腹が勝る。


「それならチャーシュー麺、大盛りで」


「お客さん、申し訳ないけどチャーシュー自体やっていないんですよ」


「え⁉︎」


「例の法律で…」


「例の法律って何だよ?」


「お客さん、ご存知ないですか?

 半年前から施工された国民健康邁進法と生類憐みの令」


 “生類憐みの令”、隣の西松が吹き出すような笑いを漏らす。


「生類憐みの令だと!元禄の世じゃあるまいし!」


「そう言われても、うちは法令遵守でやっていますから。申し訳ない!」


 店長らしき男が再び頭を下げる。

 腹が立つが、やはり空腹が勝るのだ。


「仕方ない。それなら普通のラーメン。大盛りで」


 俺に続いて西松が普通サイズのラーメンを頼むと、店長は注文を繰り返し、かしこまりましたと調理を始めた。


「西松、半年前から生類憐みの令が施工されていたなんて知っていたか?」


「知らないよ。そんなの聞いたこともない」


「そうだよな。何だよ、生類憐みの令って。ふざけているのか?」


 と厨房に聞こえない程度の声で喋ってきるうちに、俺の大盛りラーメンが出てきた。

 俺は思わず絶句する。

 西松も自分の目の前に出てきたラーメンを見て目を剥いた。


「え?これは……、タンメンじゃないの?」


 西松の言う通りだ。具はもやしにキャベツ、玉ねぎにニラ、ニンジン。肉が入っていない。

 スープは透明。麺は…、これはラーメンの麺に見えない。色は茶色のような灰色のような、チャコールグレイってやつか。


「店長、これは何なんだ?」


「ラーメンですよ」


 店長は当たり前だとも言いたげの表情だ。


「これはタンメンじゃないのか?」


「お客さん、半年前からうちではこれをラーメンとして出しているんですよ」


「国民なんとか法と生類憐みの令のせいか?」


「そうなんですよ」


 こんなことで納得など出来るはずがない。

 もしかして俺たちを馬鹿にしているのではと、俺たち以外の客に出された物を見る。

 皆、タンメンみたいなものを食べている。

 西松も同じく、周囲を見たようだ。


「風間。どうやら本気みたいだよ」


「そのようだ。仕方ない、食べるとするか」


 大盛りの丼を受け取ると、割り箸を手に取り二つに割る。

 丼の真ん中に盛られた具を避け、箸で麺を一掴みし啜る。


 なんだこれは…

 薄味なんてものじゃない、味が無いに等しい。

 レンゲでスープをすくい、飲んでみたのだか、思わず吐き出しそうになる。

 俺が憎んでやまない、野菜の甘みってやつとわずかに塩味がするだけなのだ。

 しかも油分さえも無いに等しく、麺はこんにゃくだ。

 俺の怒りが一気に滾る。


「これは何だ!味が無いし、麺がこんにゃくじゃねえかっ!」


「味はありますって!素材そのものの味が」


 店長の言い分を遮り、


「こんなもん病人が食うものだろうがっ!

 脂は無いのかっ⁉︎背脂だっ背脂っ!!

 ラードだ!ラードを俺に貸せ!ラーーーードを入れろっ!」


 俺の渾身の叫びは店内を揺らした。


「申し訳ない!その背脂、ラードが禁止にされているんですよ!」


 店長は顔を真っ赤にして半分泣いているかのようだ。


「ラードまで禁止にされているだと」


「そうなんです。今や日本全国、全ての飲食店及び、家庭でもラードの使用が禁止されているんです。入手も不可能なんですよ」


 目の前が真っ暗になった。

 俺の食は常にラードと共にあったのだ。

 食べ物で、甘いお菓子類以外には全て、ラードをぶっかけて食べていると言っても過言ではない。

 我が家の食卓の俺の席にはチューブ入りの純製ラードが置かれており、不思議なことに烈堂さえも俺がラードと共にあることを黙認していたのだ。

 それなのに…、それなのに…


 今朝、俺のラードは食卓にあったか?あるのが当たり前過ぎてて、全く意識していなかった。


 横でラーメンを啜る音が聞こえた。

 西松だ。西松がこのクソみたいなタンメンを食べていやがる。


「風間も食えよ。店長の言う通り、素材の味が生かされてて、悪くはないぞ」


「何を言う、この悪食野郎が」


 と言うものの、空腹に耐えられず、俺は野菜を避けタンメンを食べ始める。

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