第11話 PARIS

「パリスはどうだ?」


 西松が俺たちの間に流れる沈黙を破った。

 パリスか、今の今までその存在を完全に忘れていた。



「パリスか…」


 何の気なしにその名を呟く。

 その刹那、パリスの記憶が走馬灯のように甦る。


「パリスだとっ!あの野郎っ!ちゃっかり逃げやがって!」


 パリスへの怒りが瞬間湯沸かし器のように湧き上がる。


「そうだよ。だからあいつは確実に生きてるはず!」


「そうだな、西松!逃げやがった事も含めて、奴には聞かなきゃならない!」


 俺は怒りのあまり震える指で、電話帳から奴の電話番号を探し、すぐさま電話する。


 呼び出し音が鳴る。一回、二回。そうだ、パリスは5分は鳴らさないと電話に出ないのだ。

 今日という今日は奴が電話に出るまで鳴らす!


(もしもし)


 意外なことにパリスは6回で出た。


「もしもし、だと?お前は今、どこにいる?」


(シロタン?)


「ああ、俺だ。お前は今どこにいる⁉︎」


(そんなに大きな声出さなくても聞こえているよ。今は福祉学部の風呂場にいるよ。これから風呂に入る)


「福祉学部だと!」


 パリスの意外な一言に俺は度肝を抜かれた。


「え?パリス、大学にいるの?狭山ヶ丘国際大学の?」


 俺の一言に西松も驚きの色を隠せない。


「ああ。これから風呂に入るらしい」


(福祉学部のはダメかな?)


「そういう問題じゃないだろう!お前、青梅財団と黒薔薇党のことを忘れたのか?」


(そのことか。もう無いよ)


「何が無いんだよ」


(青梅財団は存在しているけど、もう俺たちは狙われていないよ)


「嘘を言うな!」


(嘘じゃないよ、本当だよ)


「じゃあ何故だ?どういうことなんだ?」


(わかんない。わからないけど普通の学校法人になってるみたい。

 さっき青木さんにあったけど、何も言われなかったよ)


「青木って誰のことだ?」


(えっと…、ペヤングだ)


「それはお前だからじゃないのか?

 それよりもパリス、お前はそもそも森本のトレーラーハウスで起きたことを覚えているのか?」


(覚えているよ)


「お前、途中で逃げただろ⁉︎」


 俺のその一言にパリスは沈黙した。

 見えていなくても奴の薄笑いが目に浮かぶようだ。


「お前が薄笑い浮かべているのはわかっているんだ!パリスっ!お前、薄笑いで誤魔化すんじゃねぇ!」


(ごめん、シロタン)


 とパリスは言うのだが、パリスの言葉から薄笑いを感じる。


「俺たちがあの後、どうなったかわかっているのか!」


(ごめん)


「ごめんで済む問題か!俺たちは!俺たちはーっ!」


(ごめん、シロタン)


「俺たちがどんな目にあったことかっ!それをお前はーーーっ!

 今日という今日は許さん!

 絶対に!許っ!さんっっ!」


 絶叫する俺の周りには通行人が知らぬ間に集まっていた。

 まるで見せ物にされているようで、通行人らにも腹が立ってくる。


「なんだ、お前ら。俺は見せ物じゃねえんだ。わかったら出てけーっ!!」


 思わず出た魂の叫び。

 ここは屋外なのに、“わかったら出てけー!”と言ってしまった。

 その気恥ずかしさを誤魔化す為に拳を振り上げる。


 そんな俺を見た、通行人らの反応は意外なものだった。


「落ち着いて」


「何があったんだよ。悩んでいるなら相談に乗るよ」


 通行人ら、皆が俺をなだめすかそうと声を掛けてくる。


「これでも飲んで落ち着いて下さい」


 と中学生ぐらいの男子が俺に缶コーヒーを差し出してくる。

 思わず条件反射的に受け取ってしまう。

 どうしたものかと思ったのだが、俺は手に取った缶コーヒーの栓を開け、コーヒーを一気に喉の奥へ流し込む。

 うむ、缶コーヒーも悪くない。


「おい、風間」


 と西松が肘で俺の腹を軽く突いてきた。

 そうだ。俺は通行人らに腹を立てていたのだが、すっかり気勢をそがれてしまった。

 西松と視線が合うが、奴も通行人らに困惑しているような表情を見せる。

 俺は何事も無かったかのような態度をしながら、集まった通行人らの輪の中から抜け出すと、西松もそれに続く。

 パリスへの怒りは収まっていないのだが、これ以上、パリスを責めても無駄だろう。何しろ、今は電話口だ。

 俺は歩きながら、


「ところでパリスよ。お前は森本のトレーラーハウスを出てから、どうしていたんだ?」


(トレーラーハウスから出て、近くの草むらの中に隠れていたんだけど)


「隠れてどうしたんだ?」


(そこからの記憶が無いんだよ)


「何ぃぃ!」


 記憶の欠落は俺たちだけじゃなかった。パリスもだったのか…


 俺は携帯電話の送話口、マイクの辺りを手で押さえ、


「パリスは俺たちと別れてからの記憶が無いらしい」


「まじかよ…」


 西松は驚きの表情を浮かべる。


「パリスよ。今日はこの辺にしておいてやるがな。お前が途中で一人だけ逃げたことへの落とし前はつけてもらうからな。わかったな?」


(わかったよ、シロタン)


 とパリスは同意をしたのだが、また薄笑いを浮かべていることだろう。

 一応はパリスか同意したので、そのまま通話を切る。


「パリスにも記憶の欠落がある」


「俺たち、一体どうしちゃったんだろうな」


「わけがわからないな」


 これからどうしたものか…

 俺はどうしたらいいのか。


[探すんだ]


 俺の心の中に誰かの声が甦る。


[さっきお前か言っていた抜け落ちた記憶とやらだ。それを探すんだ]


 これは二号こと、城本が処刑直前に俺へ言い残した言葉だ。


「西松、お前はこれからどうするんだ?」


「俺?」


 西松は一言発すると黙りこんだ。


「城本が処刑される直前に俺に言い残したことがあるんだ。

(抜け落ちた記憶を探せ)ってな。

 俺はこれからそれを探そうと思う」


 西松は何か決意したかのような表情を浮かべた。


「俺も協力するよ。だから風間も俺の記憶探しに協力してくれ」


「わかった。いいだろう」

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